M&Aで拡大してきた専門商社の高速 2代目の投資先は“働きやすさ”へ
創業者がリーダーシップで、業界のリーディングカンパニーに成長したのが、食品包装資材の専門商社、高速(宮城県仙台市)です。一方で、成長スピードに人材の確保・育成が追いつかず、現場は火の車でした。2代目の赫裕規(てらし・ゆうき)さんは戦略を一転、社員たちの働きやすさに投資します。業務効率化が進み、現場が混乱することがなくなったといいます。
創業者がリーダーシップで、業界のリーディングカンパニーに成長したのが、食品包装資材の専門商社、高速(宮城県仙台市)です。一方で、成長スピードに人材の確保・育成が追いつかず、現場は火の車でした。2代目の赫裕規(てらし・ゆうき)さんは戦略を一転、社員たちの働きやすさに投資します。業務効率化が進み、現場が混乱することがなくなったといいます。
目次
高速は赫さんの父親である規矩夫さんが、1966年に設立しました。事業拡大に貪欲だった矩夫さんは、営業所の新設や関連会社のM&Aなどで事業を成長させていきます。
1996年には業界唯一となる上場を達成。拠点は全国各地に52ヵ所、グループ会社6社、仕入先メーカーは約1600社、扱う商材は食品トレー、フィルム、紙などジャンルも多岐にわたり、14万アイテムを超えるまでに成長します。
現在では包装機械や設備も扱い、チラシやラベルといった販促ツールの提案といったコンサルティング業務なども手がけています。
「弟である自分が言うのも照れますが、親の言う事をきちんと聞いて、勉強もできる2つ上の兄が本当に優秀だったので、幼い頃は兄が会社を継ぐと思っていました」
赫さんは、兄とは真逆のタイプ、本人曰く“やんちゃ”だったそうです。親の言うことは聞かず、勉強もほとんどしない、外で遊ぶことが大好きな少年でした。
厳格な父親とも、当時は反りが合わなかったそうです。そのため家業を手伝う考えも一切なく、親元を離れたい一心で高校卒業後は東京の大学に進学します。
↓ここから続き
しかし、就職活動で自分の将来について真剣に考えると、父親のように会社を設立し、経営者になりたい。そんな思いが自分の中にあることに気づきます。赫さんは思いを父親に吐露すると、父親も応えます。
「創業はもちろん、事業継続がいかに難しいかを自身の歩みとも重ね、話してくれました。同時に、自分が興した会社があるんだから、利用すればいいと。ただし計画的に行う必要がある。後は俺にまかせろ、と。いま思えばまんまと父親に手玉に取られ、レールに乗せられた気もしますが(笑)」
高速の取引先でもあった発泡スチロール業界最大手のメーカーに、営業マンとして入社し5年働いた後は別の総合商社に移り、スキルアップに磨きをかけます。
「メーカー、商社それぞれの思いや立ち位置なども知ることができ、成長できた8年間でした。メーカーはアットホームで楽しい雰囲気でしたが、商社は競争意識が激しく、実績重視と社風が大きく異なっており、どちらの環境も経験できたことも糧となりました」
高速に戻る頃には、起業の意欲は薄れていました。父親の言葉どおり、経営が甘くはないと肌身を通じて感じたからに他なりません。同時に、反りの合わなかった父親に対して敬語を使うなど、尊敬の念を抱くようになっていました。
兄が継ぐから、赫さんは培ってきた現場、営業でパフォーマンスを発揮することで、高速を盛り上げていこうと考えていました。ところが兄は、弁護士の道に軸足を移す選択します。
「改めてスイッチが入りましたね。同時に、現場のことだけでなく経営者目線で会社を見るように変わってもいきました」
社会人1年目のとき、高速は上場を果たします。父親は上場以降も14社をM&A、営業所も新規に10ヵ所開所するなど、成長を加速させます。
ただ、父親のやり方はいわゆるトップダウンでした。そのため社内、特に現場では混乱が生じていました。
「やることは多いのに、人がぜんぜん足りていない。でも、真面目な社員が多いため、夜遅くまで残業したり、繁忙期は明け方まで他のメンバーを手伝ったりするなど、ハードワークで乗り越えているのが実情でした。そのような状況でも文句を言わず、がんばる社員が評価される環境でもありました」
赫さんが経験を積んだ大手2社とは、大きく異なる環境でした。一言で説明すれば、旧態依然、ザ、昭和の日本企業です。そのため若い人材を採用しても辞めることが多く、働く環境の改善ならびに人材育成が、大きな課題となっていました。
赫さんは2014年に体調を崩した父親に代わり代表に就任すると、社長就任時のあいさつで、これからは“人”に投資すること。具体的には、働きがいのある会社にすること、従業員満足度を高めるための施策に取り組んでいくと、全社員に向かって宣言します。
2015年に策定した当時の中期経営計画では、既定戦略であった「M&Aや新規営業所の開設」との文言を削除し、「既存拠点の充実強化に経営資源を集中させる」と加えます。
「特に大切にしたのは、社員と会社(経営)との信頼関係の構築でした。そのため社長就任前には全営業所を訪れ、社員とコミュニケーションを図るとともに不満の声を聞いてまわり、施策に反映していきました」
たとえば、営業や所長が事務やピッキング業務の手伝いに時間を取られることが多く、本業に時間を充てられていませんでした。販管費を抑える目的で、事務やピッキングメンバーの大半をパート社員で雇っていたからです。そこで正社員の数を増やしていきます。
週休2日制も導入し、年間休日はそれまでの105日から120日以上に。評価も残業の多さではなく効率と成果を重視するように変えました。
給与の底上げも行います。主任や所長の平均年収を大幅に引き上げ、社長就任前と比べると120万円以上もアップしました。
定年も60歳から65歳に引き上げました。コストはかかりましたが、種まきの時期、投資と捉え、改革を続けました。
種まきの成果は2018年ごろから現れます。離職率が大幅に減り、採用コストも下がるようになりました。その結果、所長も本来行うべき仕事に、時間を充てられるようになりました。
正社員を増やしたことで業務の効率化は高まり、営業はより積極的に顧客との関係構築に時間を充てられるようになりました。
業績は右肩上がりで成長を続け、売上は2015年から7期連続で過去最高を更新、営業利益においても直近5期まで連続の増益で、過去最高利益を更新し続けています。
赫さんが社長に就任した当時718億円であった売上は、直近2022年3月では918億円に、経常利益も28億円から約39億円と、どちらも約1.3倍のアップとなっています。
正社員も、事務員は約110人から約240人へ。ピッキング業務のメンバーは約30人が約120人と4倍にまで増えました。
赫さんは新しい技術を使った改革にも取り組んでいます。
「拠点や顧客により求める商材や在庫が違うこと。アイテム数が膨大なこともあり、以前からネックではあったのですが、ピッキング業務を平準化することが難しい状況でした。これまでは現場の熟練者の経験や勘を頼りに、在庫の配置や作業動線などを決めていました」
このような課題を、量子アニーリングを使い効率化する取り組みを、東北大学発のスタートアップ、シグマアイとの協業で目指しています。
量子アニーリングとは、量子効果を利用する計算技術で、これまでの方式のコンピュータより計算スピードが高いと言われています。特に、膨大な組み合わせの中から最適解を求める際に適している技術とされ、大手IT企業などでも研究はもちろん、サービスの提供を開始しているところもあります。
シミュレーションでは、ピッキングを行うメンバーの移動距離が平均で3分の2に短縮されることが確認できました。2022年4月からは千葉県の倉庫で実証実験が始まり、業務効率化が具体的に確認でき次第、全国の拠点に展開していく計画です。
また、今回の取り組みは効率化という観点に加え、採用、人材育成という面でもメリットがあると言います。
「これまで、ピッキング作業をスムーズに行うには経験が必要であっため、新しいメンバーがスキルを身につけるまでに時間がかかる、取り組みにくいとの課題もありました。今回の取り組みがうまくいけば、現場の人たちがよりストレスなく働くことの環境が実現できると期待しています」
自社製品の開発事業も、2年ほど前から取り組んでいます。その名も「ドリームパッケージングプロジェクト」。
これまでは顧客の要望に見合った先の商品を作っているメーカーを探し出すことが、仕事のメインでした。ただ、望むような商品がなかったケースもあったそうです。
そこで、ないなら自分たちで作ってしまおう。顧客、メーカーと協力しながら、他の顧客にもニーズがあるような製品開発事業に取り組んでいます。
自社開発事業の核となるのが、13人からなるデザインチームです。いわゆるものづくり、企画段階からデザインまでできるスキルを持つデザイナーを大勢抱えることで、対応できる体制を整えており、デザイン賞なども獲得しています。
また、グループにメーカーを抱えることも、強みとなっています。
すでに成果も出ています。バイオマス素材を使った、フォーク・スプーンです。従来のプラスチック製品の削減が求められる時世に即した製品で、月100万本ものオーダーがある大ヒット商品となっています。
「このようなチャレンジングなプロジェクトは、若いメンバーが生き生きと楽しく働くためのものでもありますし、活動を通して、仕事に夢が持てることを感じて欲しいと考えています。実際、以前と比べると若いメンバーが自ら積極的に動き、やりがいを持って仕事に臨んでいる姿を見ることができ、経営者としてはうれしい限りです」
改革はさらに続きます。社内環境の整備で成果が出たことで再び、営業所の新設やM&Aに着手する予定です。
「今の体力や体制であれば、以前のように現場が混乱することはないと考えています」
現在の中期経営計画の目標として売上1000億円を掲げていますが、この数字はあくまで通過点だと言います。一方で、後を継いで真っ先に行った足元を見る改革も大事だと強調します。
「会社としては取引先、株主、お客様などすべてのステークホルダーが大切なのは言うまでもありません。一方で経営者としては、従業員が一番だと考えています。従業員が幸せに、楽しく前向きに働ける環境を整備することが、結果として全ステークホルダーの幸せにつながると考えているからです。これからも一人ひとりの従業員のために、私は経営者として何ができるのか――。しっかりと考え、取り組みを続けていきたいと考えています」
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。