歴代店主を商品名に 「日本最古」を 打ち出した川越せんべい店5代目
1871年に創業し、日本最古の南部せんべい店とされる「川越せんべい店」(青森県おいらせ町)。5代目の川越 将弘さん(48)は、素材や昔ながらの製法にこだわりながら、歴代店主の名前をせんべいに冠するなど、歴史の長さという強みの発信に力をいれました。価値が伝わる人に購入される高価格帯せんべいをつくることで、衰退する業界の中で売り上げ2割増を達成。地域のプライスリーダーとなっています。
1871年に創業し、日本最古の南部せんべい店とされる「川越せんべい店」(青森県おいらせ町)。5代目の川越 将弘さん(48)は、素材や昔ながらの製法にこだわりながら、歴代店主の名前をせんべいに冠するなど、歴史の長さという強みの発信に力をいれました。価値が伝わる人に購入される高価格帯せんべいをつくることで、衰退する業界の中で売り上げ2割増を達成。地域のプライスリーダーとなっています。
目次
――川越せんべい店のルーツは。
我々が販売している南部せんべいの説明からします。このせんべいは八戸を中心とした青森県南部から、岩手県北部にかけて食べられている伝統食となります。この付近一帯は「やませ(偏東風)」の冷害に悩まされる、稲作の北限地と呼ばれていた場所で、江戸後期の天保の飢饉後に、比較的冷害に強い小麦作りが推奨され、小麦で作る南部せんべいが各家庭に普及したと言われています。
川越煎餅店は明治維新後の1871年創業です。明治維新の際に、帰商政策という武士に対して商いを促す補助金を渡す施策がありました。八戸藩下級武士の3男であった創業者善吉は、そのお金で南部せんべいを焼く一丁型を30丁ほど仕入れ、せんべい店を開業しています。
南部せんべいは元々各家庭で焼くもので、昔は一人一丁分の型をもっていたそうです。明治期に入って米の品種改良でこの地域での米の収穫高が上がったことや、生活様式の変化から、家で焼くことは少なくなり、お店で買うことが多くなったと言われています。
――川越せんべい店を継がれるまでのキャリアを教えて下さい。
八戸の高校を卒業後、東京の大学へ進学しました。4代目である父と母から「南部せんべいは、大変なのにもうからない仕事だ。別の仕事につきなさい」と言われて育ったこともあり、家業を継ぐつもりはなくそのまま神戸の通信販売会社に就職しました。神戸で4年働いた後にアメリカへ留学し、帰国後に大阪で就職、その後シンガポールの子会社社長として5年勤務した後に、日本に戻り東京で働いていました。
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東京で働き始め、「今後のキャリアをどうしよう」と考えていた時に、両親から「南部せんべいはもうやめる」と話をされました。その時に「閉じてしまうのはもったいない」という気持ちと、「経営者としてキャリアを積んだ自分なら、なんとか出来るのではないか」と考えが浮かび、42歳だった2016年に、青森に戻り継ぐことにしました。それまでのキャリアで、営業・経営計画・会計等々広く経験していたことで、本気でやればなんとかなるはずだ、という思いもありました。
――青森に戻られてからのお話を教えて下さい。
うちのような昔ながらの南部せんべい作りは、大きく分けて工程が2つあります。材料を混ぜ合わせてふんわりとたっぷり空気を入れてこねる「手ごね」と、南部最大の専用石窯でこんがり焼く「手焼き」の工程です。父は「見て覚えろ」という職人肌の人間なので、手ごね・手焼きどちらも父のやり方を見て覚えました。
修業に入る前までは、祖父が立ち上げて自分が3代目のお店だと思っていたのですが、父と話す中で、私で5代目になることを知りました。さらに各世代で新しい商品開発をおこない、そのレシピが残っていることも知りました。各時代の店主が残したレシピは10種類以上あり、その全てを1つ1つ引き継いでいきました。
戻ってから1年ほど経った頃、父から「後はお前がやれ」と宣言され、代表を引き継ぎました。その1年で、せんべいの作り方だけでなく、年間を通じた動きや、設備の修理、突発対応等を学んだ形です。私と妻、そして職人であるパートさん2人の4人体制でのせんべいづくりが始まりました。
――代表になられてから、売り上げは変わりましたか?
商品の見せ方や値段を上げたことで、私が戻ったころに比べて全体では2割ほど売り上げが伸びています。南部せんべい市場自体が小さくなる中で、価値がわかる人に伝わって売り上げが伸びているのだと思います。
南部せんべいも、今や大量生産品。主流となっているのは、最新設備を導入し価格を出来る限り落として、ポテトチップスと変わらない値段(一袋100円前後)で販売するやり方です。普通のスーパーだとそういった価格帯の南部せんべいを求めます。南部せんべいは昭和中期から値段が変わらないどころか、値下げ傾向にある苦しい市場です。
また南部せんべいは、比較的ご高齢の方の購入が多い商品です。私のお店でもご高齢の方にお店に来て買って頂いています。ただそういった方の中には、例えばお子さんとの同居やホームに入るなどで引っ越されたり、免許を返納したりでお店に来られなくなってしまった人が何人もいます。そのため店頭は年々売り上げが落ちています。
店頭が落ちる一方で、県内のこだわりを持つお店や、関東圏・ネットショップでの売り上げが伸びています。継いでから2度値上げをしていて、当初150円だったものを現在ネットショップでは400円で販売しています。南部せんべいの中では一番高い価格の商品となっていますが、安いから買っていた層ではなく、南部せんべいが本当に好きな人、高くても美味しいものを食べたい人に売れるようになったのだと思います。
以前の売上比率は、店売りが6割・卸が4割という状況でしたが、私が戻ってから卸売りが伸びたことで、店売りが4割程度・卸が6割程度に変わりました。
――なぜ、卸売りの売り上げが伸びたのでしょうか。
卸売りは特に営業はしていないのですが、弊社の歴史を伝えるパンフレット制作やパッケージ変更、イベント出店を続ける中で、お問い合わせをもらえるようになってきました。その問い合わせに答えていくうちに、青森県内のスーパーや道の駅、県外の自然食品販売店等に卸売先が広がった形です。また、他店の商品より香りと食感が優れているとリピート頂き、堅実な売り上げ増につながっており、継続的な取引が続いています。
継いだ時に自分たちは他のお店と何が違うのかを考えないと、生き残れないと感じていました。その際、父から聞いた各代の店主が口伝で残したレシピを活用し、今まで「ごませんべい」、「まめせんべい」と売っていたものを「初代善吉のごませんべい」、「二代目覚次郎のまめせんべい」、「三代目幸次郎のおつゆせんべい」、「四代目陽一のバターせんべい」、「五代目将弘の福みみSEMBE」と名前を変えました。これは歴史があると伝える意味でも有効ですし、我々にしかできないことだと感じています。
店舗の歴史、原材料や手作りのこだわりをパッケージに掲載すると同時に、簡単なパンフレットも作成しました。その歴史をまとめた頃に、日本各地の南部せんべいを訪問している八戸せんべい汁研究所の所長の方から「現存する中では、川越さんのところは一番古いよ」と伝えられ、それ以降は日本最古の南部せんべいと名乗るようにもしています。
私の代になってから、イベント出展も行うようになりました。手作りの価値が伝わる自然食材にこだわったイベント、クラフト系のイベントに絞った出店をしました。そういった出店で、歴史を知ってもらい、味を試して頂くと、取材の連絡をおもらうなどして、取引先が自然と増えて行った形です。コロナ前は年に5−6回出展し、必ずパンフレットを手渡し、自分たちを知ってもらう努力をしました。
――コロナ禍は売り上げに影響を受けましたか?
コロナ禍で、店売りの売り上げが大きく落ちました。やはり来店する人が大きく落ち込んだんです。ただ一方で、近隣の卸店舗や関東圏・ネットショップで売り上げは伸びたので大きな問題にはなりませんでした。
我々の商品を買って頂けるのは、店舗の歴史や、材料のこだわり、手ごね・手焼きの価値が伝わっているからだと思います。材料については、農薬不使用の小麦や、グルテンの少ないものなどを使った新商品を出し続けています。より良い材料を使い、伝統的な手法で焼き上げて、高品質・高付加価値なデパ地下で売られる和菓子店の和菓子のような商品を作り続けていきたいと思います。
コロナ禍になっても、歴史を掘り返しアピールする事で手にとっていただく確率を上げ、食べてリピート頂き、売り上げ増につなげていく方針は変わっていません。時代が変われども、良い材料を使った美味しい手作り商品は、消費者に届く限り購入し続けて頂けると信じて、毎日心をこめて焼いていくだけです。
人数の少ない小規模事業者にとって、「問い合わせが入り」、「その連絡先から受注する」という流れは、理想的なビジネスの形だと思っています。そんな拡大方法を実現できているのが、今回取材した川越せんべい店さんです。
・日本最古の南部せんべい店である
という他にまねできない圧倒的な強みがありますが、そこに留まらない強みの訴求が、売り上げが伸び続けているきっかけだと思います。
・歴史の長さが伝わる5代にわたる店主名のせんべい
・手ごね、手焼きの価値の訴求
・材料へのこだわり
が伝わり、味を試してみることが、取材や取引先の拡大につながっています。
何より凄いなと感じたのは、継いだ時点では「最古店である」という事実を把握していたわけではなく、自社の強みを探す過程で発見した点です。当たり前のお話しになりますが、「自分たちの強みは何か」を掘り下げることが、ビジネスの起点になるのだと改めて感じました。
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