富士フイルム辞め故郷・獅子島へ 漁師4代目が届けたい「島のごちそう」
鹿児島県の離島・獅子島にかつて、漁師たちが立ち上げた「水産加工グループ・島のごちそう」がありました。長らく休眠状態でしたが、島にUターンした山下城(じょう)さん(39)が2019年に活動を再開させ、3年で売上4000万円の事業に成長させました。大企業を辞めて島に戻った決断と、急成長の軌跡について聞きました。
鹿児島県の離島・獅子島にかつて、漁師たちが立ち上げた「水産加工グループ・島のごちそう」がありました。長らく休眠状態でしたが、島にUターンした山下城(じょう)さん(39)が2019年に活動を再開させ、3年で売上4000万円の事業に成長させました。大企業を辞めて島に戻った決断と、急成長の軌跡について聞きました。
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熊本県の西側、八代海に浮かぶ獅子島。天草諸島の1つで、行政区分は鹿児島県長島町に属します。鹿児島県の公式サイトによると、人口689人(2015年時点)、全周36.5キロメートル。2021年には島の海岸で翼竜の化石が見つかったとしてニュースになりました。
城さんによると、曽祖父の山下義人さんが1919(大正8)年、獅子島で追い込み網漁を始めました。以来、山下家は漁師として生計を立ててきたそうです。漁業は長年にわたり島の主産業でもありましたが、近年は漁獲量の減少や魚価の低下といった危機に見舞われてきました。
一方で2011年、農業や漁業(1次産業)の従事者が加工(2次産業)や流通・販売(3次産業)に取り組むよう後押しする6次産業化法が施行されました。こうした流れを踏まえ、翌2012年、城さんの父で追い込み網漁の漁師である山下英輝さん(60)が、漁師仲間らと計4人で始めたのが「水産加工グループ島のごちそう」です。
「島のごちそう」の当初の活動について、城さんは次のように説明します。
「島では水揚げした水産物のうち、規格外品や自家消費用に残したものを、練り物や干物にして日常的に食べていました。これを商品化し、県外でのイベントなどで売るようになったんです」
こうした水産物の加工以外にも、飲食店の運営や漁師体験といった事業も展開しました。しかし、グループには販売や宣伝のノウハウがなく、どれも軌道に乗らないまま尻すぼみになったといいます。
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「売上から経費を除くと年200万円ほど。さらにそこから人件費を払う必要がありました。事業が先細るにつれ、父は仲間に報酬を支払えなくなり、『島のごちそう』は2015年に休眠状態になりました。その後も機材のリース代が毎月2万円ほどかかっていたそうです」
そんな「島のごちそう」を2019年、城さんが引き継ぎます。飲食店や水産物の加工販売、漁師体験など、順番に事業を再開。オンライン通販にも乗り出し、売上を伸ばしていったのです。
城さんは獅子島で生まれ育ちました。島には中学校までしかないため、卒業後は島を出て、下宿生活をしながら鹿児島県内の商業高校に通いました。長崎大学を卒業後、2009年に医療機器やミラーレスカメラを手がける富士フイルムに入社。東京で法人営業を担いました。
転機となったのが、中国への駐在経験です。2012年から1年間、語学留学した後、そのまま中国の現地法人に出向しました。滞在中、今までになかった気持ちが芽生えてきたといいます。
「現地では、自分でビジネスをしている日本人や中国人に出会う機会が増えました。彼らと関わるうち、自分も何かに挑戦したいと思うようになりました」
同じ頃、獅子島に対する思いも強まっていました。長期休暇で獅子島の実家に戻ると、小学校は統合され、漁師を引退した近所のおじさんは毎日ぼんやりと海を眺めていました。城さんはそれまで「島に戻ることはない」と考えていましたが、次第に活気を失っていく島の現実を見て、危機感を抱いたといいます。
家族への思いもありました。妻が第2子の出産や子育てのため帰国したため、城さんは約6年間の中国滞在中、半分以上が単身赴任でした。毎日家族と食卓を囲む時間の尊さを改めて感じたといいます。
こうした思いを抱えながら、2018年、城さんは帰国します。東京での本社勤務が始まったものの、今までのようなサラリーマン生活に違和感を覚えるようになっていました。自分の経験やスキルを使って、故郷の獅子島を盛り上げられないだろうか――。そう考えていた時、「島のごちそう」を思い出したのです。
「島のごちそう」は休眠状態でしたが、加工に使う機材や飲食店の営業許可などは残っており、短期間で再開可能でした。城さんは「島のごちそう」を通じ、獅子島を盛り上げようと決意します。
「僕が島に戻ることに、両親を含め島の人たちは驚いていました。何しに帰ってくるんだろうと不思議がられましたね」
「島のごちそう」の元メンバーたちに、事業を引き継ぐ相談を持ちかけました。今後生じる機材のリース代約60万円は全て自分が払うという条件付きです。事業を立て直せたら、対価を払って手伝いを頼んだり、素材を仕入れさせてもらったりできる――。そう説明しました。
ただ、最初はなかなか首を縦に振ってもらえませんでした。「自分たちが始めた取り組みだ」というこだわりがあったからだと、城さんは元メンバーたちの胸中を察します。
説得を続けると、やがて同意を得られました。こうして城さんは「島のごちそう」を個人事業として再スタートさせることになったのです。
それは同時に、曽祖父の代から続く追い込み網漁の漁師の4代目になることも意味します。漁は子どもの頃に父・英輝さんの手伝いをした程度でしたが、改めて教えを請うことにしたのです。
富士フイルムを退社後、2019年4月に「島のごちそう」を再開させました。設備や営業許可が残っていて始めやすい飲食店から着手しました。
かつて運営していた、魚の丸焼きや刺し身の盛り合わせを提供する予約制の店です。約40席で、主な顧客はツーリングやツアーで島を訪れる観光客でした。魚介類の仕入れについては、父・英輝さんを含めた「島のごちそう」の元メンバーに頼みました。
ただ、城さんに飲食店での勤務経験はほとんどありません。このため、かつてこの店を運営していた漁師の家族に手伝ってもらうことにしました。昔と同じやり方では伸び悩むと考え、顧客目線に立って運用を見直しました。
例えば食事の提供方法です。かつては客に4人1組になってもらい、1つの皿に刺し身を盛りつけていました。大皿に豪快に盛った方が見栄えがよかったからです。しかし、別グループの人と同じ皿を共有したくない人も多いだろう、と城さんは考えました。1人ずつ小皿に盛りつけた方が、店側の手間はかかっても客の満足度は上がると判断したのです。
食事を出すタイミングも見直しました。かつては定食のように、複数の料理を同時に提供していたそうです。今回はコース料理のように1品ずつ順番に出すようにし、温かい料理を少しずつ楽しんでもらうことにしました。
集客についてはラッキーな面もあった、と城さんは言います。獅子島を所管する鹿児島県長島町が大手旅行会社と提携していたのです。ツアー客が獅子島に立ち寄るような仕掛けを町に頼みました。
すると、鹿児島県北西部から熊本県の天草に行くツアー客が、フェリーで20分ほどの獅子島に立ち寄り、城さんの店で昼食を取ってくれるようになったのです。1回のツアーで25人前後が店を訪れるようになりました。
一方、いずれ本格化する食品加工やオンライン通販も含め、初期投資として700万円ほどの自己資金を投じました。大型の冷蔵庫3基を購入したほか、公式サイトの開設やオンライン販売する商品のパッケージデザインの費用などに充てました。役所や保健所で必要な手続きをするためのフェリー代や宿泊費もかさんだといいます。
飲食店の客が次第に増える中、城さんは鹿児島県のケーブルテレビ局が手がけるUターン特集番組に取り上げられました。九州一円に放映される番組でも紹介されるなど、メディア露出が増え、飲食店の客はさらに増えたといいます。
まもなく、漁業体験などの観光事業や、水産物の加工・販売事業も再開しました。加工品では、父・英輝さんがかつて販売していたご飯のおかずをリニューアルしました。島で育てたあおさのつくだ煮やふりかけで、「百年漁師ご飯のお供」という名前で発売しました。
2019年4月に事業を再開した「島のごちそう」。知名度ほぼゼロからのスタートでしたが、12月までの売上は370万円になりました。
城さんによると、特に飲食店や漁業体験の顧客満足度は高く、伸びしろを感じたといいます。そこで直面したのが、人手不足という課題でした。
「島では毎年11月から4月にかけ、あおさやみかんの収穫がピークを迎えます。漁師も手伝うため、漁に出なくても忙しい人が多く、『島のごちそう』の人繰りがつきにくくなりました。これは誤算でしたね」
両親や妻の助けを得ながら、飲食、観光、加工販売という3つの事業を回していた城さん。人手不足が解決するまもなく2020年春を迎え、新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。
コロナ禍の初期、島への出入りは事実上できず、「島のごちそう」の飲食店や漁業体験も動きが止まりました。そこで城さんが注力したのがオンライン通販です。
当時、生産者と消費者を結びつける産直サイトが注目され始めていました。従来の自社サイトでの通販に加え、「食べチョク」「おうちソクたび」といった産直サイトと提携し、オンライン通販を強化しました。すると加工品の売上が少しずつ伸び始めました。
2020年10月、城さんに吉報が届きます。ふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」の「ふるさとチョイスアワード2020」で、返礼品の生産者を表彰する「チョイス事業者大賞」に選ばれたのです。
事業者大賞とは「ふるさと納税の取り組みによって地域産品の価値を高めたり、地域経済の活性化やまちの魅力づくりに貢献した事業者を表彰する」(公式サイトより)もの。城さんは、地域の様々な生産者を巻き込む商社のような存在になりたいこと、雇用を創出し獅子島を盛り上げたいことを訴えました。
「島のごちそう」の加工品は、もともと鹿児島県長島町の返礼品でした。受賞により、「ふるさとチョイス」のトップページに「百年漁師ご飯のお供」の写真が大きく載るなど、長島町へのふるさと納税に焦点が当たりました。この年の長島町へのふるさと納税額は例年の3倍になったといいます。
「受賞によって加工品の生産が忙しくなり、今まで飲食店を手伝ってくれていた人を含め2人をパート雇用しました。おかげさまで2020年の売上は約1300万円と、前年の3.5倍に伸びたんです」
売上増やメディア露出、受賞といった目に見える結果が出るにつれ、最初は城さんに協力的でなかった島の人々も、次第に認めてくれるようになったそうです。特に父・英輝さんと一緒に「島のごちそう」を立ち上げた漁師たちは、新たな「島のごちそう」に携わることで自分たちにも恩恵があると感じ、積極的に手を貸してくれるようになりました。
2021年には卸売業にも乗り出しました。島内の事業者が養殖したぶりや真鯛を仕入れて加工し、都市部の飲食事業者向けに販売するのです。
獅子島ではもともと、養殖業と底引網の業者が一緒に何かに取り組むことはなかったそうです。しかし、ふるさとチョイスでの受賞を機に見えない壁が消え、協業が始まったといいます。現在では東京都や鹿児島県の居酒屋やそば屋、フレンチレストランなどに卸しています。
こうして販路が広がったことや「食べチョク」などの通販が好調だったことで、2021年の売上は約4000万円と、前年の約3倍になりました。
急成長を遂げる中、城さんは人材の活用法について考えることが増えたといいます。
「そもそも人口が少ないこともありますが、必要と思われるスキルを持った人が島内にほとんどいないんです。例えばパソコンを使える人はあまりおらず、オンライン会議も難しい。スキルを持った人材を育てる余裕はありませんし、そのスキルを身につけたいと望む人自体が少ないんです」
島の人々の思いを聞くうち、考えが変わったといいます。今後は「事業に必要なスキルを島の人たちにどう身につけてもらうか」ではなく、「島の人たちが持っているスキルをどう事業に生かすか」を重視するそうです。
「養殖のぶりや真鯛を作っているのは、島で事業を継いだ同世代の仲間たちです。同じ会社で働くわけではありませんが、今後もつながりを強めて島を盛り上げていきたい。将来的には一緒に水産会社を立ち上げたいと思っています」
城さん自身の働き方も変わりました。島に戻った当初は、夏は週に2~3回、あおさのりの収穫で忙しい冬から春にかけては毎日、父とともに漁に出ていました。並行して「島のごちそう」の事業展開を進めました。最近はオンライン通販の売上が伸び、魚介類の仕入れや加工品の製造、その他の事務作業が忙しく、繁忙期以外は漁に出られないほどです。
2022年4月、城さんは個人事業だった「島のごちそう」を法人化し、「株式会社島のごちそう」を設立しました。今後どんな事業展開を考えているのでしょうか。
急成長の原動力になったオンライン通販の売上は、コロナ禍の収束とともに落ち着くと城さんは予想します。コロナ後に人の流れが戻ることを見据え、人口10万人弱の鹿児島県薩摩川内市の商業施設に加工品の販売店を、獅子島内の未利用施設に2つ目の飲食店を設ける予定です。
「中国では日本以上にオンラインの取引が活発でしたが、実店舗を強化する会社も少なくありませんでした。自分の目で見て買い物をしたいというニーズは根強くあります。オンラインとオフライン、両方の販路を広げていきます」
実店舗の開設には経費がかかりがちですが、テナント料が比較的手頃なことから、初期費用は数百万円に収まる見通しです。獅子島にすでにある飲食店はコロナ禍に入って休業状態ですが、店名を「みっちゃん食堂」として再始動します。
パート従業員は5人に増えました。城さんは事業と組織の拡大を進め、ゆくゆくは島の子どもたちが島内で就職したいと思った時の受け皿に、と考えています。
島で捕れた水産物を島に伝わるやり方で商品にし、商品を手に取った人に獅子島のことを知ってほしい――。城さんは故郷の島をどう変えていくのでしょうか。
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