コロナ禍で打撃の藤岡組紐店 4代目は「おしゃれの最先端」をネットに
三重県伊賀市の「藤岡組紐店」は、1939年から伝統工芸品の伊賀組紐を作り続けています。4代目の藤岡潤全(ひろはる)さん(44)は、手組みの帯締めを看板に、百貨店の催事などへの出展で売り上げを伸ばしてきましたが、コロナ禍ですべてがゼロに。妻と一緒に、商品のアレンジを増やしたり、それまで敬遠していたネット販売を始めたりして、ピンチを切り抜けようとしています。
三重県伊賀市の「藤岡組紐店」は、1939年から伝統工芸品の伊賀組紐を作り続けています。4代目の藤岡潤全(ひろはる)さん(44)は、手組みの帯締めを看板に、百貨店の催事などへの出展で売り上げを伸ばしてきましたが、コロナ禍ですべてがゼロに。妻と一緒に、商品のアレンジを増やしたり、それまで敬遠していたネット販売を始めたりして、ピンチを切り抜けようとしています。
目次
組紐の起源は奈良時代以前といわれ、仏具や神具、武士の甲冑や茶道具の飾り紐などに使われました。明治中期、城下町の伊賀で帯締めや羽織紐といった和装品の製造が盛んになり、ピーク時の1960年代には伊賀地域だけで90軒近くの組紐店があったといいます。
しかし、ライフスタイルの変化とともに伊賀組紐の担い手は減少。三重県組紐共同組合の資料によると、伊賀で店や会社として組紐を手掛けているのは20軒に満たないのが現状です。
藤岡組紐店は90年以上に渡り、手組紐にこだわり作り続けてきました。現在は4代目の藤岡さんと妻のかほりさん、3代目で父隆さん、母恵子さんの家族4人と職人2人で切り盛りしています。
藤岡さんは長男として生まれましたが「組紐にはまったく興味がなかった」と言います。「子どものころは言われるままに手伝っていましたが、詳しいことを知ろうとも思わなかったです」
両親から後を継いでほしいという話が出ることもなく、大学在学中は大阪の映画館でアルバイトに励みました。当時は映画関係の仕事に興味がありましたが、思うような縁はありません。人生を考える中で、藤岡さんは少しずつ家業を意識しはじめました。
藤岡組紐店では昔ながらの木組み台(高台)を使った手組みにこだわり、絹糸の帯締めを中心に作っています。
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父が下準備として、複数の糸を束ねる経尺(へいじゃく)や、その糸を撚って強度を高める「よりかけ」などの工程を手作業で行い、絹糸を整え、染色店で希望の色に染めた複数の糸を、母が高台で組んでいきます。約150センチの帯締めを組むのに、早いもので2日、複雑な柄は1週間近くかかり、1本の絹糸から帯締めができるまで1~2カ月を要します。
藤岡さんは「楽な仕事じゃないから、継げと言わなかったのかなと今は思います」と振り返ります。しかし、家業のことや組紐の歴史を知るほどに、両親への尊敬の念は深まりました。
25歳のときに伊賀に戻りました。「最初は手伝いという感覚でしたが、仕事を重ねるうち、作り手の技量やセンスが出る組紐の奥深さを感じ、気持ちが固まりました」
上質な絹糸を使い、手で組んだ帯締めは目か細かくて丈夫。吸い付くような締め心地で、一度締めたら緩まない機能美を兼ね備えています。時間と手間がかかるので、値段も安くはありません。シンプルなもので1本約2万円から。複雑な柄で高度な技術を要するものは10万円以上するものもあります。
組紐の流通は大きく分けて問屋を通すものと直売があります。同店は父の代になってから直売に力を入れてきました。
20年以上前、大阪・近鉄百貨店の催事への出展で直売に手応えを感じ、2006年には伊賀街道沿いに、築250年の町家を改築した直営店をオープンしました。
「手仕事で大量生産できないという理由もありますが、問屋を通すとお客様は作り手の顔が、私たちはお客様の顔が見えないという問題があります。職人が高台で組む様子を見てもらい、会話することで、手組み紐の特徴や伊賀組紐の歴史を感じてもらってきました」
上質な帯締めのニーズは百貨店の客層ともマッチし、着物とのコーディネートなどで顧客との信頼関係を築いてきました。
顧客との交流のなかで、潤全さんは立体感のある毛糸を組み込んだ「モケモケ」(1万9800円から)というオリジナルの帯締めを発案。通常は絹糸のみで組み上げるところに毛糸を入れるので、制作に手間がかかりますが、今までにないデザインで幅広い世代の人気を集めるきっかけとなりました。
藤岡さんが妻のかほりさんと出会ったのは家業に入って7年目、32歳のときでした。兵庫県の百貨店で実演販売していた際、かほりさんがたまたま通りかかったのがきっかけです。
富山県で育ったかほりさんは大学卒業後、関西の会社に就職。高台に座り黙々と組紐を仕上げる藤岡さんの姿が魅力的で、話してみると、家業に誇りを持ち、伝統を守ろうとする思いが伝わり感動したといいます。
1週間の出張期間中、かほりさんは毎日のように通い、当時お互いにはまっていたインドカレーの話で意気投合。出会ってから3年後に結婚しました。
かほりさんは縁もゆかりもない土地で、伝統工芸の職人の妻になることに不安はなかったのでしょうか。
「夫もいるし、なんとかなると思っていました。周りのほうがちゃんと務まるのか心配していましたね。夫は家業の仕事をしてもしなくてもいい、という感じで気負わずいられました。でも、私は昔から物づくりが好きでした。誰でもできる仕事ではないので、むしろ関われることをラッキーと思いました」
義母や夫に教えてもらいながら、自身も少しずつ組紐職人としての道を歩みはじめました。
かほりさんは結婚から5年後の17年、東海地方の若手女性職人グループ「凛九(りんく)」に所属。「同世代の女性職人との活動はとても刺激になります。一緒に展示会やワークショップなどを重ねる中で、異業種コラボ作品も生まれ、相乗効果で活動の幅も広がりました」
かほりさんは「着物を着ない人にも組紐の魅力を伝えたい」と、額装して眺めるアートや壁にかけて楽しむタペストリーなども制作。帯締めを組むときに出てしまう数センチの「あまり絹糸」を使ったSDGsイヤリングもお気に入りです。
「彼女が楽しそうに家業に関わってくれてうれしい」と藤岡さんは穏やかにほほ笑みます。
同店は藤岡さん、かほりさん、母恵子さんが全国の百貨店に出向き、父の隆さんが伊賀の直営店を守るスタイルで売り上げを伸ばしました。
百貨店での売り上げは多い時で月100万円超で、全体の9割を占めました。コロナ禍の前は、1カ月のうち2~3週間程度は出張していました。
しかし、2020年春、コロナ禍で状況が一変します。百貨店の催事がすべて無くなって出張もできず、伊賀の町からは観光客の姿が消えました。
「いつまで続くのだろうと不安でいっぱいでした。でも夫が『時間が出来たのだから、この状況が終わったときのために作ろう』って家族を引っ張ってくれて・・・。みんなで頑張りました」
かほりさんも当時のことを涙ながらに振り返ります。
藤岡さんは「世の中が動き出したときのために、冷静にできることをやろうと思いました。幸い絹糸は何年経っても腐るものではありません。時間のあるときに商品力をあげようと思いました」と話します。
すぐに取り組んだのが新しい帯締めづくりです。「伝統工芸品が長く愛されてきたのは流行に対応してきたからです。どんなに素晴らしい作品も使ってもらわなければ意味がない」と藤岡さん。
伊賀組紐の帯締めには、家ごとに代々伝わるオリジナルの柄(綾書き)がありますが、まったく同じデザインにするのではなく、時代にあわせて色や、アレンジを加えています。
「伝統文様に洋の色を用いたり、複数の柄を1本の中に組み合わせたりするなど新しい挑戦をしています」。ただ、製作に膨大な時間がかかるのが難点でしたが、コロナ禍でできた時間をそこにあてました。
県の復活支援金や持続化給付金などを申請し、自社ホームページのリニューアルにも着手。「経費を抑えたかったので、ホームページは本で勉強しながら自作しました」
長引くコロナ禍を鑑みて、ネット販売の準備もはじめました。
両親は当初、ネット販売に否定的でした。藤岡さんが家業に入ったころ、雑誌で取り上げられた帯締めのデザインを他社に許可なく模倣され、大量生産されるという苦い経験があったのです。
しかし、藤岡さんは「本家本元がネットを通じて正規品を発表することで伝統を守ることができると、両親を説得しました」。
両親は納得しましたが、課題はもうひとつありました。組紐の繊細な色をどこまで画面上で表現できるかです。
なるべく実物との差がでないよう、撮影用の機材をそろえて商品写真を撮り、かほりさんが微妙な色合いを補正して、藤岡さんが作ったサイトに掲載。夫婦二人三脚で、20年6月にはネットショップをオープンさせました。
色に関する返品はこの2年間で1度だけで、スムーズに運用できていると言います。最初の数カ月は月20万~30万円の売り上げをコンスタントに記録しました。
「買い物に行けず伊賀にも来られなかった、なじみのお客様からの注文もあれば、今まで出張で行けなかったエリアからの利用もありました」
先が見えないコロナ禍で、新規顧客の獲得や売り上げ確保は一筋の光となりました。
22年、百貨店での催事も少しずつ再開されましたが、以前と同じようには戻っていないといいます。新たな顧客開拓へSNSでの情報発信も、催事出展も続けていくといいます。
藤岡さんは家業に入って20年になります。「今は両親がいるので、苦労したことは色々ありますが、大変だと思ったことはありません。本当に大変になるのはこれから。組紐職人としては、母の背中は見えないくらいに遠いと思っています」と言います。
「これからの課題は人材育成です。伝統工芸を担う組紐職人を育てなければと常に思いますが、自分たちのことに精いっぱいなのが現状です」
藤岡さんは伝統工芸を担う後継ぎとしての心構えをこう語ります。
「どんなに良い素材で丁寧に作っても、使ってもらえなければ意味がありません。時代の変化に感覚を研ぎ澄ませ、センスを磨くことを大事にしています。全国各地で目の肥えたお客様とふれあい、最先端の着こなしや今求められている色などを勉強させてもらいました」
「伝統工芸は、当たり前のことを続けるだけではだめ。作品も商売も時代のニーズに合わせて変わり、お客様に選んでもらえることが大切だと思います」
「おしゃれの最先端を意識した」藤岡組紐店の商品は、著名な着物スタイリストも愛用しており、これまで多くの俳優や歌手の衣装として、紅白歌合戦や映画の授賞式の舞台などで使用されています。
若き日に映画業界を目指した藤岡さん。その夢は、家業の伊賀組紐を通してつながっていたのです。
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