残業減と有休取得率アップを実現 米五12代目が継いだ改革のバトン
1831(天保2)年創業のみそ製造販売会社「米五」(福井市)は、11代目で会長の多田和博さん(65)がネット販売などを広めて早くから事業承継計画をつくり、12代目で社長の健太郎さん(38)にバトンを渡しました。従業員24人の規模ながら採用を積極的に進め、社内の意識改革で残業時間を4分の1にし、有給休暇の取得率の大幅アップにも成功しました。
1831(天保2)年創業のみそ製造販売会社「米五」(福井市)は、11代目で会長の多田和博さん(65)がネット販売などを広めて早くから事業承継計画をつくり、12代目で社長の健太郎さん(38)にバトンを渡しました。従業員24人の規模ながら採用を積極的に進め、社内の意識改革で残業時間を4分の1にし、有給休暇の取得率の大幅アップにも成功しました。
目次
米五はみそを扱う会社としては唯一、大本山永平寺(福井県永平寺町)の「御用達」として知られています。
県内のスーパーや学校給食などにも広く普及していますが、現会長の和博さんが入社した1991年には、売り上げが大きく落ち込んでいました。
みそを売っていた「まちの酒屋」がコンビニに変わり、販売の担い手が無くなってしまった影響が大きく、人口減も拍車をかけました。
米五は自社で小売りを担うことにしました。92年に当時のみそ屋としては珍しいカタログ通販を手がけ、95年にインターネット通販、2006年には店舗での販売を始めました。
インターネットでは「手作り味噌セット」が好評を博し、顧客も全国に広がりました。
ただ、和博さんは「インターネットは私一人でやってきました。今までいた社員に新しいことをやってほしいと言っても難しい」と感じていました。
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和博さんが入社した当時は、従業員9人のうち半数ほどが家族や親族。中途入社がほとんどで、働き手は応募のあった人から順に入れていました。
「新しい仕事は新しく人を入れてやってもらう」と決意し、2009年から新卒採用を始めることにしました。当時、メディアにも取り上げられたことで、募集に対して4倍~5倍の応募があったといいます。
「それまで特に『教える』ということがなく、見て学んでもらう感じでした。でも、新卒社員はそういうわけにもいきません」
入社前にアルバイトで仕事に入ってもらい、課題を与えるなどして会社に慣れてもらうようにしました。入社後は月1回、終業後に若手社員の勉強会も開いています。新入社員には複数の部署を経験してもらうなどの研修も採り入れました。
社内教育を変えた結果、12代目の健太郎さんが入社した14年には社員は20~30代が多く占めるようになりました。現在の年商は約2億円で、従業員数は24人になります。
ただ、和博さんが長男の健太郎さんへの事業承継を進めるのには、若干のためらいもあったといいます。
「業界では継がせないで廃業するという話もいくつか聞いていました。苦労も多いし、給料も安い。親心としては継がせないで会社員になった方がいいという考え方もあるのかなと思います」
入社まで東京の大手企業で働いていた和博さん自身、「一生サラリーマンをやるつもりだった」と振り返ります。
しかし、社内から戻ってくるように促され、家業に入りました。「正直、会社員のときの方が給料は多かった。でも、経営者になってみると面白かったです」
入社から数年で通販に乗り出し、一般顧客を増やすチャレンジをしてきたことは会社員ではできない経験でした。
健太郎さんに継ぐことを強要したことはありません。それでも準備はしようと、事業承継計画の作成を進めました。
和博さんが事業承継を考え始めたのは2012年です。中小企業診断士の竹川充さん(現在は福井県事業承継・引継ぎ支援センター会長)の講演を聞いたのがきっかけでした。
「せっかく聞いたのだからやってみよう」と講演で紹介された事業承継の計画書のテンプレートを使い、社員、株式の配当、相続などに関する項目を埋めていきました。
社員の定年退職の予定年に合わせて退職金を準備するなど、やるべきことや、健太郎さんが次世代の経営者との人脈づくりができる機会を設けることなども書きました。
「新しいアイデアは人脈から生まれることも大きい」と話します。実際、和博さんがカタログ通販にいち早く乗り出したのも、みそ会社の若手経営者たちでつくる「全国味噌青年部会」とのつながりが大きかったといいます。
「会社員と経営者では付き合う人が大きく変わります。そういった人脈をつなげておくことで得るものは大きい」と話します。
「時間をかけて少しずつ引き継ぐことも多く、計画表に書くことで頭の中で意識できるだけでも大きかった。どの時点で何が必要なのか、前もって考えられました」
実際には社員の退職が早まるなど予定通りに進まないことが多かったものの、毎年見直していきました。「想定外のことが起きるからこそ、計画しておいてよかった」と話します。
12代目の健太郎さんも大学卒業後は家業ではなく、県内のIT関連企業で7年勤務し、14年に米五に入社しました。
健太郎さんは「製造に関しては何も言うことはなかった」としながらも、業務の進め方には課題を感じていました。
「部署によって手書きとパソコンの引き継ぎが混在していました。集計して出した数字も他部署では結局使われなかったり、自動化で数字を手計算していたり、業務の無駄が多かったです。部署を横断して課題がわかったので効率化を進めました」
健太郎さんが特に力を入れたのは、若い人に米五を知ってもらうことです。「食の多様化でみそ汁を飲まないという家庭も増え、みその消費量が大きく落ちています。若い世代にみそを知ってもらうことで、さまざまな活用法を見いだしてもらえるのではないかと考えました」
取り組みの一つが小学生の出張みそづくり教室です。社内で内容を考え、3年生の教科書で大豆について教えるタイミングに合わせて開くようにしました。その結果、以前は年1回程度だったのが、ここ数年で25校を回るようになりました。
「子どもがみそを作ってきたというだけで親はうれしいじゃないですか。親子の間を取り持ち、学校で手作りして給食で食べているみそを大人になっても思い出してもらえればと思っています」
前職のときの経験を生かし、大学の合同企業説明会に初めて参加しました。「入社を考えなかったとしても、米五の存在を知ってもらうことで、企業のPRやブランディングにつながると思いました」
若い人たちの種まきが功を奏し、米五への応募はコロナ禍の前まで募集に対して20~40人ほどが集まるようになりました。
18年にはカフェと物販、みそづくりの体験教室が一体となった店舗「みそ楽」がリニューアルオープン。みその量り売りだけでなく、みそラスクやみそせんべいなどのお菓子や調理加工品を並べ、カフェスペースでは発酵料理のランチも提供しています。
米五は海外への販路拡大も見据えています。そのためにまず「地元の誇り」と思ってもらえる企業を目指し、地盤固めを進めています。
健太郎さんは「小さな会社なので価格競争では勝てません。雇用でも給与面で勝負というより、どんなキャリアを形成していきたいかを大事にしています」と言います。
社内研修や資格取得のサポートを進めるとともに、本屋大賞を土台にした「みそ屋大賞」というユニークな取り組みもあります。本屋大賞の発表前に社内でノミネート作品を読み、「みそ屋大賞」を選定。作家や出版社に感想文やみそなどを送るというものです。そこから多様なコミュニケーションが生まれているようです。
米五の取り組みが評価され、「ふくい女性活躍支援企業」や「はばたく中小企業・小規模事業者300社 2019」などに選ばれました。
同社はカフェと店舗、みそづくりの体験教室を始めたことで、残業時間が増えるという課題が生じました。そのため、社内で働き方改革を進め、残業時間をグラフで掲示して可視化しました。
取り組みを始める前年の18年上期は1人当たりの月平均残業時間が44時間でしたが、19年には25.8時間に減りました。20年はコロナ禍の影響もあって10.8時間まで減りました。
「給与明細に残業時間を入れていても見ない人が多いですが、タイムカードの前に残業時間のグラフを張り出したら、自分が他の人よりも多いことに気づいて見直すようになりました」
米五はもともと残業がなく午後5時の終業が当たり前でしたが、店を午後5時まで開ければ残ってしまう人も多く、どうしたら残業をせずに仕事をできるか意識するようになってもらえたといいます。
「20人規模の職場では、従業員一人ひとりが意識するだけでも大きかったのだと思います」
有給休暇の取得率も大きく向上しました。18年から年数日程度、社員一斉消化日を設けて計画付与にし、20年には全社員の有休消化日を表にして公開するようにしたのです。
以前の有休取得率は30~50%程度だったのが、20年には社員で66.3%、21年には従業員全体で76.6%となりました。
健太郎さんがさらに採り入れたのは、成果を実現するための行動目標の共有でした。各部署で売り上げ目標や行動目標を立ててもらい、半期ごとに達成できているかどうかを共有し、見直していきます。
「店舗担当者が新しい商品の取り扱いを始めたり、接客方法を見直したり、一押しの商品を変えてみたりといった目標を社員自身で考え、実際に行動したかということを、売り上げの目標達成以上に評価しています。そのような試行錯誤が長期的な目線での成長につながると考えています」
部署内だけでなく、他部署の売り上げを伸ばしたことを評価する取り組みも今期から始めました。
「先代は通販や店舗販売など小売りの軸を開拓してくれました。自分たちの代では、物販に来てくれた人をカフェに、体験教室の参加者を物販に、というように、部署間連携を広めてその軸を広げていきたいです」
社員が個人としても何を目指しているかという点もヒアリングし、ともに考えるという点もユニークです。
「社内では個人として将来どうなりたいか、どんなキャリアを築いていきたいかも聞いたうえで、部署内での数値目標や行動目標を立ててもらっています」
「今はまだいませんが、5年後に起業するという社員がいても全然ありだなと。米五はそのための場を準備できると思っています。週3日時短で働くもよし、起業に向けてバリバリ働いてもらうもよし。時代に合った多様な働き方で、意欲のある人材を会社として受け入れていきたいです」
県外へのシェアを伸ばし、観光資源の一つとしても伸ばしていくのが、今後の目標です。
「福井でみそを買うなら米五と思ってもらえるくらいには地元で愛される企業に成長していきたい。同時に、国内だけでは人口減で目減りしていくのは確実なので、海外に日本の食文化の一つとしてもっと知ってもらえたらと思っています。業界全体として長期的な目でみそを広げていけたらと考えています」
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