鳴子温泉のにぎわいを取り戻せ 東多賀の湯2代目が広げる協業の輪
宮城県大崎市鳴子温泉の温泉宿「東多賀の湯」2代目の遊佐翔さん(31)は、妻の家業を担い、東日本大震災以降に減っていた利用客を呼び戻そうと、時代に合った設備投資を進めました。温泉街の後継ぎ仲間らと再生プロジェクトを立ち上げ、イルミネーションの企画や空き家の活用など、協業の輪を広げて温泉街全体の活性化に奮闘しています。
宮城県大崎市鳴子温泉の温泉宿「東多賀の湯」2代目の遊佐翔さん(31)は、妻の家業を担い、東日本大震災以降に減っていた利用客を呼び戻そうと、時代に合った設備投資を進めました。温泉街の後継ぎ仲間らと再生プロジェクトを立ち上げ、イルミネーションの企画や空き家の活用など、協業の輪を広げて温泉街全体の活性化に奮闘しています。
目次
東多賀の湯は1988年、保険代理業だった遊佐さんの義父が前の運営元から経営を引き継ぎました。
古くから湯治宿として親しまれ、長期滞在の宿泊客が多いそうです。農業も営み、旅館で使う米や野菜を作っています。客室は七つあり、年間約2300人が宿泊しています。
山形県出身の遊佐さんは高校卒業後に上京。印刷機や食品製造の機械などの運送や設置を専門に行う会社に就職し、肉体労働に励みました。
2010年、2歳年上の妻が大学を卒業したのを機に結婚しました。「実家が旅館を営んでいるのは聞いていたので、結婚したらいつかは自分が継ぐのかなとは思っていました」
しかし、翌11年冬、遊佐さんは交通事故で足に大けがを負い、その後2年ほど治療とリハビリに費やしました。
「肉体労働を続けるのは難しいと思い、妻の故郷に行くことを決めました」。遊佐さんは13年、妻の実家が営む「東多賀の湯」に入りました。
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遊佐さんはけがの回復具合を見ながら、皿洗いや布団敷きなどから仕事を始めました。同時に先代の義父と銀行や税理士との打ち合わせにも同行し、経営も学びました。
「お客さんと接するのは苦ではなかった一方、温泉の管理や設備のメンテナンスなど見えない部分の作業が大変でした」
14年からは保険会社で研修を受け、家業のもう一つの柱である保険販売の資格も取得しました。「戻ってみたら旅館以外にも仕事があって驚きました」
少しずつ家業の仕事を覚える中で、遊佐さんは旅館の宿泊客が年々減っていると感じました。「それまで農閑期や休漁期に長く滞在していた農家や漁師のお客様が、東日本大震災で被害を受けたことで、休みの期間も別の仕事をせざるを得ず、まとまった休みが取れなくなったんです」
遊佐さんは14年にインターネット環境を整備し、旅館での利便性を高めようと努めました。宿泊プランも何度も見直しました。
「一度プランの価格を上げたのですが、それではお客さんが来なくなってしまうと指摘されました。今は、リピーターが来てくれるよう、長期宿泊者が少し割引になるプランを作っています。義父は自由に色々やらせてくれたので、互いにコミュニケーションを取りながら進めていきました」
鳴子温泉全体でも観光客の減少は課題でした。県の観光統計によると、東日本大震災があった11年の観光客入込数は、前年から20万人以上減りました。
17年には震災直前のころに迫る観光客が訪れましたが、それでもかつてのにぎわいにはほど遠い状況でした。
「自分の宿や店だけでは、PRがうまくいかなかった。観光地全体で盛り上がらなければ、お客さんも戻って来ないのではないかと感じたんです」
遊佐さんは18年、他の旅館の後継ぎや土産物屋の店主、ボランティアなど、鳴子を盛り上げたいと思っている人たちと「NARU-Go!再生プロジェクト」を立ち上げました。メンバーは20代から70代まで、20人が集まりました。
代表になった遊佐さんは「旅館業者の考えだけではなく、いろんな人の思いをくみ上げたかったんです。昔の鳴子の良いところを残しながら、今の時代にあった温泉街にしたいと思いました」と振り返ります。
最初の半年は月1度集まって会議を開き、思いつくイベントなどをどんどん提案していきました。「働いている人が参加しやすいように会議の時間を夜に設定するなどして、たくさん意見を出してもらいました」
集まった提案の中から、19年10月に行ったのが鳴子峡大深沢橋のライトアップです。1年の中でも観光客が最も多い紅葉シーズンにお客さんを楽しませたいと、4日間の日程で企画されました。資金は企業の協賛や募金で賄い、ボランティアの協力で機材を調達しました。
「活動内容を聞いて協力したいという方が、破格の値段でライトを貸してくれて、開催期間中は会場に付きっきりになってくれました。(大崎市から離れた沿岸部の)気仙沼市の方もわざわざ音響セットを持ってきてくれて、本当にありがたかったです」
開催期間中、プロジェクトのメンバーは交代で会場の警備や人員整理にあたりました。
「旅館や店を家族だけで経営しているメンバーも多く、本業とのやりくりが大変でした。うちも私と義父母の3人なので、私1人抜けただけでも負担が相当増えてしまうんです」
しかし、温泉街の人たちは一丸となってライトアップがにぎわうように協力。開催4日間で約3500人が訪れる盛り上がりを見せました。「みんな思いは同じなんだと感じました」
ところが新型コロナウイルスの感染拡大で、鳴子温泉に再び暗雲が立ちこめます。県の観光統計によると、20年の観光客入込数は前年より70万人近く少なく、10年前の半分以下に減ったのです。
東多賀の湯も20年の大型連休中は休業に追い込まれました。「団体客が一気に少なくなり、大きな旅館ほど大打撃を受けました。当時はまさかここまで影響が続くとは思いませんでした」
遊佐さんは家業の対策に追われます。共同トイレや他の客と一緒の部屋での食事が敬遠される状況を踏まえ、20年から国や県の補助金を活用し、部屋の改装に踏み切りました。
ビジネスパーソンの年齢層に合わせて洋式化を進め、当時八つあった部屋のうち三つにベッドを導入。その中の2部屋には中にトイレをつけました。「ワーケーションの利用客を見込んでの改装でしたが、実際は高齢のリピーター客にとても喜ばれました」
「NARU-Go!再生プロジェクト」も一時活動が止まってしまいました。感染対策のため会議で集まれず、メンバーの本業への影響も大きかったためです。
鳴子峡大深沢橋のライトアップも延期になり、メンバーの数も11人にまで減少してしまいました。
しかし、「今だからこそできることをやろう」と、残ったメンバーで鳴子峡の遊歩道にあるベンチ4台をリニューアルしました。
「ベンチを一回全部バラし、ヤスリをかけて色を塗りなおして組み直しました。観光客が戻った時に備え、お迎えする準備をしておかなければとの思いがありました」
プロジェクトでは、コロナ禍以前から温泉街で増加した空き家の活用法も議題に上がりましたが、遊佐さんはメンバーだけで進めるには限界があると感じていました。
「持ち主を特定・交渉して管理も担うには、人手が足りません。大崎市のサポートはあるものの、残った11人のうち若手は半分ほどしかおらず、本業が多忙でコロナの影響もある中、並行してまちづくりを主導するのが難しい状況でした」
20年、遊佐さんは他の旅館の若手経営者らと、県や市の担当者が参加する会議に出席。鳴子が抱える課題や打開策、街の将来像などについて議論を重ねました。
すると翌21年、県の観光地空き家利活用推進モデル事業がスタート。自治体とともに地方創生に取り組む仙台市の企業「MAKOTO WILL」が業務を受託し、空き家の調査に乗り出しました。
プロジェクトは空き家調査に協力しました。この時、幅広い年齢層のメンバーがいることが生きたと、遊佐さんは話します。
「年配のメンバーが物件の持ち主を知っているケースもあり、事前にある程度の情報を聞けたり、持ち主とスムーズに連絡が取れたりしました。年配のメンバーを見て『あなたたちになら貸しても良い』という物件の所有者もいらっしゃいました」
事業では23年春に、空き家を活用した店舗・コワーキングスペースのオープンを目指しています。
1階にはカフェを併設したパン屋、2階にはクリエーターの展示や創作活動などを想定したレンタルスペースを設けます。
遊佐さんはこの空き家を借りるため、22年6月、地元の旅館経営者やMAKOTO WILLと地域づくり会社・なるこみらいを設立。遊佐さんは取締役となり、プロジェクトから活動を引き継ぎました。
「MAKOTO WILLやプロジェクトのメンバーなど、みんなで協力して活用を進めていきたいです」。なるこみらいでは今後、空き家を活用したい借り主のサポートなども行う予定です。
鳴子温泉は今も以前のようなにぎわいは戻っていません。「県民割などのおかげで、東多賀の湯はコロナ以前に近いくらいにまで観光客が戻りましたが、震災前に比べたらまだまだです」
遊佐さんはインバウンド需要が戻るときのために、東多賀の湯でも今から準備をしておくことが大切だといいます。
「日本の歴史・文化・食に興味を持つ外国の方は多いので、鳴子はマッチするはずです。今までは東京・大阪・京都などの後に来る方が多かったですが、最初から目的地に選んでもらえるよう、訪日客向けのPRを打ち出さなければと思います」
22年4月、遊佐さんは2代目社長に就任しました。同年8月から、観光庁の補助金「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」を活用し、旅館の全面リニューアルを進めています。
客室を一つ減らして家族向けの広い部屋を作るほか、床をフローリングにするなどして、年内に再オープンする計画です。
「NARU-Go!再生プロジェクト」でも、22年5月から鳴子温泉周辺の国道47号沿いを流れる江合川の河川敷で、週2~3回、ごみ拾いや草刈りのボランティアを始めました。
「国道を通る車からごみが投げ捨てられて草が生い茂り、とてもきれいとは言えない景観でした。約1キロの区間ですが、お客様に気持ちよく過ごしてもらおうと、4~5人で取り組み始めました」。冬を迎えるまでにきれいにするのが目標です。
「今までは泉質が良いことをうたっていましたが、それだけではお客さんは来ません。歴史が感じられる部分は残しつつ、時代に合った魅力を打ち出して他の温泉と差別化し、行政とも関係を作りながら、観光地として鳴子を底上げしていきたいです」
山形からやってきた若き2代目は、温泉街のにぎわいを取り戻すため、走り続けます。
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