目次

  1. アサーショントレーニングとは
  2. アサーショントレーニングのメリット
    1. 信頼関係が高まる
    2. ハラスメントの予防につながる
    3. 組織内の噂話や衝突・対立が減る
  3. 4つの自己表現タイプ
    1. まわりに攻撃的なアグレッシブタイプ
    2. 悪口を言いやすいパッシブアグレッシブ
    3. 言いたいことを言わずに我慢するノン・アサーティブ
    4. 自分も他者も尊重するアサーティブ
  4. アサーショントレーニングの具体的な方法3つ
    1. 自分の感情や思っていることを言語化する
    2. 伝えたいことを具体的、客観的に整理して伝える
    3. 批判や違う意見を言う/聞く技術を身につける
  5. アサーショントレーニングの取り入れ方
  6. アサーショントレーニング後にすべきこと
  7. アサーショントレーニングで仕事のしやすい職場環境へ

 アサーショントレーニングとは、アサーションを身につけ、お互いの主張を大切にした話し方や立ち振る舞いができるようになるためのトレーニングのことです。アサーションとは、自分も相手のことも尊重しながら、円滑なコミュニケーションを実現する自己表現(自分の気持ちを言葉や態度で表すこと)のスキルをいいます。

 近年、組織内の誰もが安心して、意見や違和感を発信できる心理的安全性に注目が集まっています。心理的安全性のある組織・チーム作りには、アサーションが欠かせません。日本ではコミュニケーションスキルを体系的に学ぶ機会が少なく、コミュニケーションを「その人の性格」と考えがちです。しかし、コミュニケーションスキルはトレーニングで向上できます。

 アサーショントレーニングでは、コミュニケーションで生じる感情の理解や関係の質を高めるスキル、思考のバイアス、信念、心理的傾向を学び、自己表現の方法を身につけます。それによって社員に「ストレスの低減」や「自己効力感の向上」といった効果をもたらすだけでなく、職場環境にも「他者との関係性の改善や向上」といった効果を与えます。単に個人にとどまらず、「場の風土」にも良い影響があるのがアサーショントレーニングの特徴です。

アサーショントレーニングの実践方法
アサーショントレーニングの実践方法(デザイン:増渕舞)

 アサーショントレーニングを職場に取り入れると、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。筆者は次の3つが期待できると考えています。

 アサーションは、自他尊重が基本です。自分自身と相手の存在や価値観を受け入れ、信頼して大切にする気持ちが土台になっています。

 ビジネスの場においては、言いにくいことを言わなければならない場面があります。そのとき、「相手が理解できるまで、私は何度でも話せる」という自分への信頼と「相手は、きっと耳を傾けてくれる」という相手を信じる気持ちが持てると、臆することなく、相手と対話ができます。このコミュニケーションのくり返しが、お互いの信頼関係を深めていきます。

 上司と部下のような関係性にこそ、アサーションが必要です。部下へ必要なフィードバックをする場面でも、上司が一方通行で攻撃的なコミュニケーションをしていては、パワーハラスメントになってしまいます。アサーショントレーニングでは、伝えたい情報に感情を込めず、事実だけを伝えるトレーニングを行います。相手を萎縮させずに、意識や行動改善を促すことは可能です。

 職場には、人にまつわる噂が絶えません。私たちは、過去の経験や知っている情報をもとにした無意識の思い込みがあり、意識していないと、噂や間違った情報に振り回されやすい傾向にあります。

 アサーショントレーニングでは、自分が「何を伝えたいのか」「どうしたいのか」「何を感じているのか」を整理していくことで、自分自身の思いこみに気づき、適切な判断ができるようになります。すると、噂や間違った情報によるコミュニケーションが減り、組織内の対立やいざこざが解消されます。

 アサーショントレーニングは個人のコミュニケーションスキルを高めながら、職場の健全な人間関係の構築と、円滑なコミュニケーションを促します。

 トレーニングを始めるときは、先にコミュニケーションタイプを理解することが大切です。

 自己表現のコミュニケーションには、次の4つタイプがあります。

  • 自分を優先し、他者に対して攻撃的になる、アグレッシブタイプ
  • 受身的で間接的に攻撃する、パッシブアグレッシブタイプ
  • 他者を優先し、自分は後回しにするノン・アサーティブタイプ
  • 自分も相手も尊重する、アサーティブタイプ

 それぞれを、詳しく解説していきます。

 アグレッシブは、自分のことだけを考え、他者には攻撃的になるコミュニケーションタイプです。このタイプは、常に相手より自分が優位に立つことを目的にしているため、他者に配慮せず、自分の思い通りに物事をコントロールすることを望みます。

アグレッシブタイプの例
・自分の言いたいことを一方的に言い、自分の考えや信念・価値観をまわりに押しつける
・威圧的・高圧的・感情的な態度をとり、自分の思い通りにしようとする
・他者の話には耳を傾けず、理解しようとしない

 アグレッシブタイプは、自分の感情にふりまわされがちで、自己中心的な目的や短絡的な結果に焦点をあわせてしまう傾向があります。パワーハラスメントにつながりやすく、注意が必要です。

 パッシブアグレッシブは、受け身の立場を取り、間接的に攻撃するコミュニケーションタイプです。アグレッシブタイプと違い、怒鳴ったり、苛立ったりのような、わかりやすい表現はしません。

 その代わり、悪口を言ったり、わざと仕事を放棄したりして、まわりを自分の思い通りにしていこうと作為的にコントロールします。パッシブアグレッシブのコミュニケーションの背景には、良い人と思われたい、嫌われたくない、他者評価を下げたくないという無意識の心理が働いています。

パッシブアグレッシブの例
・頼まれたことを無視したり、放置したりする
・明確な意思表示をせず、ため息をついたり不機嫌な態度を示したりして、気分で他者を振り回す
・不満を感じても直接のコミュニケーションをさけ、皮肉や嫌味、陰口、あるいは八つ当たりに転換する

 ノン・アサーティブは、自分よりも他者を優先させ、自分を後回しにするコミュニケーションタイプです。このタイプは、自分の意見や感じていることを表現しません。あるいは、自分が何を思っているかに無自覚な場合もあります。

 ノン・アサーティブタイプは、周囲の目を気にしすぎる傾向にあります。嫌われたり、悪い評価にならないかを心配しているため、自分自身の意見や感情を軽んじて、言いたいことを言わないのです。しかし、我慢が過ぎると、ちょっとしたことで感情的になり、アグレッシブタイプに陥ってしまうこともあります。

ノン・アサーティブの例
・過剰にへりくだる表現を使ったり、自己防衛的な振舞いをする
・言うべきことを言わない
・何を考えているかわかりづらい。自己開示が少ない

 アサーティブは、自分のことも考え、他者への配慮もしながら、自分の感じていること、考えや大切にしていることを率直に表現するコミュニケーションタイプです。お互いの意見が違っていても、落としどころを探し、意見の調整をしていきます。

アサーティブタイプの例
・意見や価値観が違っても、お互いを尊重し、信頼関係をもとに建設的に議論する
・お互いが正直に、忖度せずに意見が言えるように配慮する

 アサーショントレーニングでは、アサーティブタイプを目指して行います。

 アサーティブタイプの大きな特徴は、自分自身の感情をコントロールできることです。そこでアサーショントレーニングでは、自分の感情を正直に受け止め、言語化することを重視します。

 では、具体的なトレーニング方法を見ていきましょう。

 自分の感情を知るトレーニングに、ロールプレイがあります。

 ロールプレイでは、上司と部下、同僚同士などの設定を作ります。そして、「誘いを上手に断りたい」「〇〇を手伝ってほしい」などのテーマごとに対話をし、自分が何を感じているかを受け止め、自己表現のバリエーションを増やしていきます。

 では、「頼まれた仕事を断りたい」をテーマに上司と部下でロールプレイをしてみましょう。

 アグレッシブタイプの部下の場合は、すぐに「私の仕事ではありません。〇〇さんがサボっているのが悪いんでしょう!」と、怒りを表現してしまいますよね。

 ロールプレイでは、「なぜ自分は怒っているのか」「なぜやりたくないのか?」と自分自身に問いかけます。すると、「同期と比べて昇進が遅くて焦っている」「別のやりたい仕事がある」などの具体的な理由が見つかってくるものです。

 自分の感情がわかると、より適切な自己表現が考えられるようになります。

 つづいては、相手に伝えたいことを正しく伝えるトレーニングです。

 そもそも「伝える」とは難しいこと。そのことを前提に、相手がきちんと話を聞けるような状況を設定し、何を伝えたいのかを事前に書き出しましょう。

 書き出すポイントは、次の3つです。

・事実を話す
 何があったのか/現在どんな状況か/何が話したいポイントか
・感情を話す 
 事実に対して、どう感じているか
・要求や提案を話す 
 何がどうなってほしいのか/何をどうすればよいと思っているのか

 伝えるときは、シンプルに、正直に話すことが大切です。そして、相手がどのように理解しているかまで確認しましょう。

 相手の意見と違う意見を伝えることや、自分にとって聞きたくない意見を聞くことは、技術が必要です。

 人は、「自分と違うこと」に違和感を持ちます。そのため、自分の意見と違う意見を言われると「否定された」と解釈し、何らかの不快感が生じます。

 そのため、相手の意見と違う意見を言うときは、相手の意見を一度受け止めることを心がけましょう。具体的には、相手が話している途中で遮らず、すべて聞きます。そのうえで、「私はこう思います」と伝えます。主語が「私」でスタートする「I(アイ)」メッセージを意識してください。「〇〇について、私の意見を言っても良いですか」と許可を取ってから話すことも有効です。

 反対に、自分にとって聞きたくない意見を聞くときや、他者の意見で不快な感情を持ったときは、やり取りしている情報と自分自身の感情を分けて捉えることが大切です。

 たとえば、上司から「最近、遅刻が多いようだけれど……」と言われたとします。

 ここで、「上司は自分のことが嫌いなのではないか」「評価をマイナスにするのではないか」と疑心暗鬼になる必要はありません。疑心は、自分が勝手に想像している幻想です。情報を受けとめて、「否定しない」「防衛しない」「反発しない」ように心がけます。

 回答例は、「はい、確かに遅刻が増えています」です。

 この回答に対し、上司からは「朝起きられないのは、健康上の何かがあるのではないか」「仕事で悩み事はないだろうか」のような返答があるかもしれません。

 また、「今の会話から、自分は〇〇に感じられたのですが、実際はどうでしたか?」と確認することもおすすめです。コミュニケーションは、勝ち負けではありません。対等な立ち位置で、話し合っていくことが大切です。

 上記のようなアサーショントレーニングを職場に取り入れるときは、「機能する組織とは何か」を明確にしましょう。

 どのメンバーが組織を構成するのか、メンバー同士の関係性や状態は、どうなっていると良いか、メンバーそれぞれが担う責任は何か、を具体的に明確にすることが大切です。

 そして、メンバー間のコミュニケーションに必要な知識を共有するために、アサーショントレーニングを活用します。実際にトレーニングを始めるときは、アサーションとは何かを説明し、取り入れる目的を共有することが大切です。もちろん、経営者自らもアサーショントレーニングに参加し、組織全体でコミュニケーションスキルの向上を目指しましょう。

 アサーショントレーニングは継続が大切です。

 アサーショントレーニングに限ったことではありませんが、研修やトレーニングで学んだ知識は、日々の仕事やコミュニケーションに生かして初めて意味のあるものになります。

 率先して経営者がアサーションを心がけるとともに、部下との1on1やミーティングの中で、アサーショントレーニングができているか、それを通してアサーションな振る舞いができているか確認したり、部下に自分の感じていることや考えていることを言葉にして整理するように促したりするのもおすすめです。

 職場の人間関係には、コミュニケーションのズレがつきものです。しかし、メンバーの置かれている環境、立場、考え方は違うため、意見の食い違いは当たり前のことなのです。それぞれの意見は違うという前提に立つと、アサーションなコミュニケーションが不可欠であると実感できます。

 アサーショントレーニングを取り入れると、コミュニケーションの取り方が大きく変化します。ぜひ職場に取り入れ、仕事のしやすい職場環境を目指しましょう。