岩谷崇志

いわたに・たかし

大同生命保険株式会社 執行役員営業企画部長。2021年より現職。趣味は、故郷の広島カープやサンフレッチェ広島の応援、自転車ロードレース観戦、カラオケ、読書。

田村浩一郎

たむら・こういちろう

株式会社ACES 代表取締役。東京大学大学院工学系研究科卒(工学博士)。松尾豊研究室で金融工学におけるディープラーニング(深層学習)の応用研究に従事。Forbes 30 Under 30 Asia 2022 Enterprise Technology部門に選出。2017年、「アルゴリズムで社会はもっとシンプルになる」というビジョンを掲げACESを創業。

生命保険会社にDXが必要な理由

岩谷 これまで大同生命は、中小企業のリスク対策に適した保険商品や付加価値サービスの開発に、スピード感を持って取り組んできました。あわせて、業務の効率化にも努めてきました。業務が効率的になれば、より多くの経営資源を商品・サービスの開発などに投入できるからです。

 現在、注力しているのが「営業担当者の提案スキルの可視化」です。言い換えると、AIを通じて営業担当者のコミュニケーション力を数値化し、お客さま対応品質を向上させるための取り組みです。当該プロジェクトを進めるうえで、様々なノウハウを提供いただいているのがACESです。

大同生命 執行役員営業企画部長・岩谷崇志さん

田村 私たちACESは、AIアルゴリズムの基礎研究を活用した事業開発に取り組んでいる会社です。東京大学でAI研究を進めている松尾豊研究室のメンバーが中心となり起業した会社で、特にディープラーニング(深層学習)の社会実装およびAIを用いた事業開発に強みがあります。

 ディープラーニングとは、現在の第3次AIブームの火付け役となった技術です。音声・画像・映像といったデータの自動認識処理を飛躍的に発展させたものであり、ACESでは様々な企業のビジネスプロセスにこれを組み込んできました。

 とりわけ大同生命から相談のあった「営業担当者の提案スキルの可視化」は、技術的なハードルが高いものです。なぜなら、「営業」と「人材育成」はいずれも属人性の高い分野だからです。しかしながら、社会的意義の高さを感じてチャレンジしてきました。

 DXの推進には強力なリーダーシップが不可欠ですが、大同生命には「前例のないことにも果敢に挑戦する」という企業文化が根付いているため、良好なパートナーシップが実現しています。

ACES代表取締役・田村浩一郎さん

岩谷 「果敢に挑戦する」という当社のDNAを感じ取っていただけたことは、大変光栄です。当社のお客さまである中小企業は、常に激しい環境の変化にさらされています。半世紀にわたり中小企業とともに歩んできた私たちも、そうした変化に適応していく必要があります。

 コロナ禍により、これまで対面を前提としていた営業活動も変革の必要がありました。当社はコロナ禍前からZoomなどを活用した対面・非対面を組み合わせた営業スタイルを開始しており、リモートによる面談や手続きは比較的スムーズに導入できたと思います。

 しかしながら、悩みの種となったのは「新人営業担当者の育成」でした。従来どおりの方法はリモートに馴染まないので、育成プログラムそのものを刷新する必要がありました。ACESと出会ったのは、まさにそのようなタイミングだったのです。

ロールプレイングを効率化

田村 当社が開催したウェビナーに大同生命の方が参加されたことが取り組みのきっかけです。「私の商談中の表情をAIで分析すると、後半の疲れに伴って笑顔が減っていく様子をこのように数値で表現できます」というデモを恥ずかしながらお見せしたところ、ウェビナーが終了した直後に「もう少し詳しく話を聞きたい」というメールを頂戴しました。

岩谷 「こんなことまでできるのか!」と驚かされましたね。そのとき閃いたのが、アップデートした育成プログラムの効果検証と育成プロセスの効率化を、AIの活用により同時に進めることができないか、ということでした。

 新人の育成プログラムで、実際の営業シーンを想定したロールプレイングを行う。そしてロールプレイングを行った本人に、その場で評価をフィードバックする。そのプロセスにACESの技術を活用できるのではないかと。

 実演からフィードバックまでを含めると、従来のロールプレイングは1回あたり2時間以上かかります。しかも、実演する新人層に加えて、相手役を務めるベテラン層の職員が必要で、通常二人一組で行っていました。つまり、二人分の労働時間が費やされていたわけです。

 そのようにロールプレイングには多大な労力がかかりますが、フィードバックのプロセスをAIに置き換えることができれば、そのぶん、ベテラン職員の時間をお客さまの訪問など、お客さまサービスの向上に充てることができる。また、フィードバックを受けた新人も自分のペースに合わせて一人で復習できる。このようにAIを活用したDXで大きな効率化を期待しました。

 さらに、AIを通じてロールプレイングの評価の質を向上させることも狙いのひとつです。フィードバックの精度がロールプレイングの成果を左右しますが、個々の人間が判断する以上、それぞれの経験やセンスによって評価も分かれがちです。ロールプレイングについてAIの分析データがあれば、より納得感のあるフィードバックが可能になるのでは、という期待がありました。

田村 将来的には、実際の商談でAIを活用することも想定していますが、これは非常にタイムリーな取り組みです。なぜなら、Web会議の普及でAIの解析対象となる映像データが格段に増加しているからです。以前であれば、営業は対面でのコミュニケーションが基本で、分析するにもデータが圧倒的に不足していました。

 ちなみに、ACESのミッションは「アルゴリズムで、人の働き方に余白をつくる」です。つまり、AIの利活用によって、これまで労力を要していた業務を簡略化・軽減化し、ゆとりの時間を生み出そうというものです。その方策として有効なのがAIを活用したDXの推進で、「AIトランスフォーメーション」と呼んでいます。

 大同生命と協働で進めているDXは、まさに当社のミッションそのものです。こうした深い部分での相互理解が、協業がうまく進んでいる理由だと思います。

AIで営業を“科学する”

田村 大同生命のプロジェクトでは「ACES Meet」という当社が開発したナレッジ管理ツールを活用しています。これは、記録されたWeb会議の音声データから議事録を作成したり、重要なシーンを特定したりする機能を備えたツールで、AIが活用されています。会議や商談を振り返る際に、その内容を文字で読み返すことができますし、重要なポイントなどをピックアップできるため、個々人の記憶に頼らず効率的に行えるものです。

 さらに、大同生命との協業によりトライアルしてきたのは、AIによる視線・表情・身振りなど「非言語情報の分析」です。これは営業に限ったことではありませんが、一般的にコミュニケーションにおいては、「何を言うか」に加えて「どのように言ったか」が大切とされていますよね。

岩谷 そうですね。例えば、「視線の動き」はベテランと新人で大きく差が出るポイントです。ベテランは相手をしっかり見て会話できますが、自信の持てない新人は目が泳ぐなどなかなか同じようにできないというのが実態です。

 従来からロールプレイングの評価ポイントのひとつに「視線の動き」は挙げられていましたが、属人的な判断に委ねられていました。評価する人によって甘かったり厳しかったりと、どうしてもブレが発生しがちです。

 しかし、AIを活用すれば、視線の動きや向きを数値化し、評価することができます。ですので、「この数値は基準を下回っているから、もっと視線を落ち着けるように頑張ろう」など、データに基づいた的確なアドバイスが可能です。

田村 ベテランと新人の間で差が発生する「視線の動き」を数値化できた点は、今回のプロジェクトによって生まれた大きな成果の一つです。そのほか、失敗や驚きなどの感情が表れた動作をAIが検出できるようになっており、営業スキルの細部にまで科学的分析の“光”を当てる道筋が見えてきました。

<「ACES Meet」で捉えた視線の動きの変化>

DX推進の“壁”を突破するには?

田村 AIを活用した営業スキルの科学的分析に手応えを感じていますが、課題もあります。広く活用し、より多くの分析データを集めることで、AIは進化する一方で、世の中のAIに対する理解が進んでいるとはいえず、いまだ懐疑的な意見をお持ちの方もいらっしゃいます。「ACES Meet」を広く活用いただくためには、たくさんの成功事例をつくることで、より多くの方に効果を実感いただく必要があります。

岩谷 当社内でも「AIに仕事を奪われるのではないか」「会社に監視されているのではないか」など、思った以上に営業担当者がネガティブに受け止めるケースもありました。変革することの難しさをあらためて実感しています。「AIで能率が上がれば、もっとお客さまに寄り添った活動ができる」というメリットをしっかりと伝えていく必要がありますね。

田村 おっしゃるとおり、AIの効果を利用者が実感するには時間がかかります。そのため、より効果を実感いただきやすいメリット、例えば、商談のたびに提出が必要な報告書を自動出力することなどを検討しています。営業担当者の方に「まずは使ってみよう」という気持ちになっていただくため、様々な切り口から課題解決を模索しています。

岩谷 今回のプロジェクトの狙いは、営業担当者の能率向上を通じて「お客さま対応品質を高めること」です。営業担当者の管理ではありません。だからこそ、「働き方に余白を作る」というミッションを掲げておられるACESにパートナーとして協力をお願いしました。

蓄えた知見をもとに中小企業へ還元

岩谷 これまで「営業活動におけるDX推進」を中心にAIの活用を検討してきましたが、現在は営業に限定せず、全社的なAIの活用も模索しています。そのひとつが従業員の体調やメンタルヘルスの管理です。従業員の体調や気持ちの変化をAIが察知して周囲に知らせる仕組みができれば、まわりの人たちがタイムリーにフォローできます。これは当社が積極的に取り組んでいる「従業員がいきいきとやりがいをもって働く職場環境をつくる」という「健康経営®」の理念にもつながるものです。

田村 面と向かって話せばすぐに気づくような相手のちょっとした変化も、リモートワークでは見過ごされがちです。リモートワークが進んだ今、従業員の体調管理も今日的に見直す必要がありますね。

岩谷 これはさらに将来的な話ですが、大同生命とACESの協業を通じて蓄積されたAIの知見を何らかの形でお客さまに還元することも考えられます。例えば、暗黙知ともいえる職人の技術をAIで解き明かすことができれば、その技術をスムーズに次世代に継承できる。そうなると、職人不足や後継者不足が解消できるかもしれません。

田村 そのあたりは以前からACESが携わってきた分野ですので、大きく貢献できそうです。例えば、スポーツの分野では、野球の投球フォームのAI分析を実現しました。

<投球フォームのAI分析>

岩谷 今後少子高齢化が進むにつれて、中小企業の人手不足はますます深刻になるでしょう。中小企業の持続的発展をより確かなものとするうえで、DXは不可欠ではないでしょうか。大同生命は、中小企業のお客さまをお守りするため、これまで様々な解決策をご提案してきました。健康経営®の実践に役立つITツールや、BCP(事業継続計画)の一つとしてお役立ていただける安否確認サービスなど、保険商品の提供に留まらない、付加価値サービスの提供にも注力しています。DXの領域においても「新たな価値」のご提供を模索していますが、中小企業の未来をともに考えていただけるACESは非常に心強いパートナーです。

 「AIトランスフォーメーション」の実践を通じて、自社のDXを推進するとともに、中小企業に新たなソリューションを提供することで、今後も「中小企業に信頼されるパートナー」を目指したいと思います。今後ともよろしくお願いします。

株式会社ACES https://acesinc.co.jp/