コロナ禍で過剰投資を反省 一平HDは「そこにしかない」価値を前面に
九州一円で飲食店を展開する「一平ホールディングス(HD)」社長の村岡浩司さん(52)は、家業のすし店2代目として生まれ、失敗を繰り返しながら事業を拡大。2010年に発生した家畜伝染病「口蹄疫」で売り上げが激減したのを機に九州各県の食材を使った「九州パンケーキ」をヒットさせました。そして、コロナ禍による再びの経営悪化を受けて、村岡さんは事業の取捨選択と「そこにしかない」価値を求める新たなブランド戦略を決断しました。
九州一円で飲食店を展開する「一平ホールディングス(HD)」社長の村岡浩司さん(52)は、家業のすし店2代目として生まれ、失敗を繰り返しながら事業を拡大。2010年に発生した家畜伝染病「口蹄疫」で売り上げが激減したのを機に九州各県の食材を使った「九州パンケーキ」をヒットさせました。そして、コロナ禍による再びの経営悪化を受けて、村岡さんは事業の取捨選択と「そこにしかない」価値を求める新たなブランド戦略を決断しました。
村岡さんは家業のすし店「一平寿し」を経営しながら、タリーズコーヒーのフランチャイズ店を運営するなど事業を拡大してきましたが、宮崎で発生した口蹄疫による風評被害を機に、宮崎県だけに限らず、イートインだけでもない事業をつくろうと模索しました。その結果、生まれたアイデアが東京で始まりつつあったパンケーキブームに触発された「オール九州のパンケーキ」でした(前編参照)。
では、どんなパンケーキなら「九州」を体現するのか――。ヒントは、視察で訪れたハワイのスーパーマーケットにありました。10種類の雑穀を使った「10 Grain Pancake Mix」という商品を見つけ、「九州7県それぞれの穀物を使ってみよう」と思いついたのです。
村岡さんは1年半かけて7県を駆け回り、原材料を提供してくれる生産者を探しました。
選んだのは、宮崎県の発芽玄米、大分県の小麦、福岡県の赤米、佐賀県の胚芽押麦、長崎県のもちきび、熊本県の黒米、鹿児島県のうるち米という7種の雑穀です。そして、沖縄県と鹿児島県の砂糖を配合し、独特のふわふわ、もちもちした食感を生み出すパンケーキミックスを完成させたのです。
人工甘味料や香料は使わず、「オーガニック」にこだわり、また全ての食材は生産地のトレーサビリティーが可能になっています。
当初は地元宮崎のスーパーの店頭に置いてもらって村岡さんが自ら販売したり、宮崎市内の商店街の空き店舗などでパンケーキ教室を開いて試食してもらったり。地道な販促活動を続けました。
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次第に、口コミやメディアに取り上げられて知られるようになります。2013年には農林水産省主催の「第1回地場もん国民大賞」で金賞を受賞し、知名度は一気に拡大しました。
受賞後に東京都内でパンケーキカフェを試験的に開いたところ、来店した台湾人の商社経営者が九州パンケーキの味に感動し、「ぜひ台湾でもやりたい」と打診されました。
その熱心さに心を打たれた村岡さんは15年1月に「九州パンケーキカフェ」を台北市に出店しました。宮崎市内の本店より約2カ月早いオープンでした。
宮崎本店も台湾店も、コロナ禍前までは連日行列が絶えない盛況ぶりでした。台湾では小売店でのパンケーキミックスの取り扱いが増え、16年にはシンガポールにもカフェを開店しました。
海外での人気ぶりを見て、東京など九州以外からの出店のオファーも頻繁にあるそうです。でも村岡さんは、日本国内では九州のみで展開すると決めています。
「まずは九州の地元の人に食べて欲しいということがあります。そして、パンケーキに関してはすでにレッドオーシャンの東京に出店しても根付かないだろうとも予想しています。何より、国内各地から九州に来てもらって、風景や食材とセットで九州ならではの思い出をつくってもらいたいからです」
現在国内外に計6店舗ある九州パンケーキカフェには、パンケーキミックスのみならず、九州のさまざまな食材を販売する店舗も併設し、「九州の食」を広く体験することができるようになっています。
村岡さんは19年、成長していた各事業会社を束ねる一平HDを設立し、「世界があこがれる九州をつくる」という経営理念を掲げました。
しかしその翌20年、一平HDは新型コロナ禍で大きな打撃を被りました。10年前の口蹄疫発生の時以上に人々の往来が止まり、自粛要請でHDが運営する飲食店は瀕死の状態に追い込まれました。
村岡さんは熟慮の末、国内の飲食店3店舗の閉鎖を決めました。いずれも宮崎市内の繁華街やショッピングセンター内の一等地にあった店舗ばかりです。この中には、村岡さんが心血を注いだタリーズコーヒーの宮崎1号店も含まれていました。
「町のすし屋から事業を大きく広げる出発点になった思い出深い店でしたから、すごく悩みました。でも冷静に考えて、コロナで大きく変わった人々の生活はしばらく戻らないと思ったのです。賃料など運営コストが大きい繁華街の店は閉めざるを得ないと決断しました」
一平HDは台湾に3店舗あった九州パンケーキカフェも一つに減らし、予定していた中国・北京での出店も延期となりました(2022年中に開店予定)。
村岡さんは店舗の整理に加え、従業員の雇用は守りつつも、自身の報酬の削減、従業員のボーナスカット、各店舗で食材ロスを削減するなど、「やれるリストラは全てやった」といいます。
「これまで僕は成功と失敗を繰り返してきました。コロナ禍を機に失敗について振り返ってみると、浮かんだ事業アイデアについてきちんと事業性を担保しないまま過剰投資をしてきたという反省に至りました。その結果、従業員らに大きな迷惑をかけてきたと思っています」
村岡さんは「過剰投資」の一例として、初めてベーカリーを併設した「九州パンケーキKitchen イオンモール宮崎店」(2018年オープン)を挙げ、「本来は小規模な店舗で検証するなど慎重な出店判断をすべきでした」と振り返ります。
この店はテナント料も高く、ベーカリー設備などに多額の投資をしたため利益率が悪く、結局コロナ禍で閉店せざるを得なくなりました。
村岡さんはコロナ下で限られた一平HDの経営資源を使って、新たなチャレンジを始めました。
コロナ禍の前、本社オフィスなどにするために、2006年に宮崎市と合併した内陸部の旧高岡町穆佐(むかさ)地区にあった廃校を、約1億2千万円を投じて取得・改装していました。この1階の教室や廊下を21年12月に「MUKASA Coffee and Roaster」としてオープンしたのです。
閉店したタリーズなどの店舗にあった家具やパン用のオーブン、コーヒーの焙煎機などを持ち込んで再利用。コロナ禍で販売を休止していた自社ブランドのパン「九パン」や、自家焙煎のコーヒーを提供しています。
一連の費用には、コロナ対策として国が計上した「事業再構築補助金」を活用しました。
筆者がこのカフェを取材で訪れた日は平日で、朝から強い雨が降っていましたが、午前10時の開店直後から近所の住民らがひっきりなしに訪れ、昼前には40席の客席の大半が埋まっていました。
土日の朝は連日行列ができて、開店から1時間ほどでパンが売り切れるそうです。村岡さんによると、平日は100人以上、週末は150人以上の来店者があるといいます。
カフェのコンセプトは、星野リゾート代表の星野佳路さんが提唱した「マイクロツーリズム」に村岡さんが感銘を受けたものでした。
マイクロツーリズムは、自宅から車で1時間以内くらいの範囲の旅行で地元を再発見しようというもの。カフェも、人口1万2千人の高岡町の人々にとって思い出が詰まっている小学校跡で、焙煎したてのコーヒーや九州の素材の手作りパンなどを味わえるという、“そこだけでしか体験できないもの”を提供しています。
カフェの2階より上は、一平HDの本社が入るほか、ベンチャー企業や起業家向けにスペースを貸し出しています。さまざまな事業者が集まって地域イノベーションの芽が湧き出る場所になることを願い、「MUKASA-HUB(ムカサ ハブ)」と名付けました。
「コロナ禍で早い・うまい・安いだけの再現性が高い商品より、再現性が低く『そこにしかない』ものの価値が見直されたと感じています。マーケティング用語の『情緒的価値』ですね」
「こうした価値はデジタルとも相性がとてもいいんです。このカフェは広告費用をほとんどかけていないのですが、お客さんはほぼ全員が写真を撮ってインスタグラムやツイッターにどんどん投稿してくれて、認知が広がっています」
21年7月にオープンした九州パンケーキカフェ「人吉 HASSENBA店」(熊本県人吉市)も同じコンセプトです。前年7月の豪雨で壊滅的な被害を受けた球磨川の川くだりの発船場を再建した観光拠点「HASSENBA HITOYOSHI KUMAGAWA」内に開きました。
球磨川の雄大な景色を船上から楽しめる川下りとセットで、パンケーキやカフェを来訪者に楽しんでもらい、豪雨被害からの復興のシンボルにもなる。まさに「そこだけにしかない」価値を提供しています。
コロナ禍を経て、村岡さんは採算性が悪化した店舗を閉店するだけでなく、一部の事業の譲渡も始めました。
宮崎市の中心市街地「一番街」にあり、まちのシンボルとして親しまれてきたカフェバー「CORNER」は、県内で複数の居酒屋を営む会社に経営をバトンタッチしました。後継者を探す事業者と経営意欲を持つ人材をマッチングする仲介サイト「relay(リレイ)」を通じて、事業承継に合意しました。
「CORNERでは、日本を代表するクラブDJのイベントを開くなど、宮崎の新しいナイトカルチャーを提案し続けてきました。これからは若い人の感性で事業をアップデートして、宮崎の繁華街も盛り上げてほしいです」
一平HDの「原点」である一平寿しも、村岡さん自身の個人事業として、HD側から買い取りました。「家業」である一平寿しと、九州と世界に事業を展開する一平HDとを切り分け、それぞれ異なる形の成長をめざしたいという理由からです。
「創業から55年を迎えた一平寿しは、レタス巻きの本場としていずれ100周年を迎えられるようにのれんをつないでいきます。一平HDは、九州の食文化を世界に届けるというミッションのため、これからも高い成長を追い求めていきます」
どちらも当面は村岡さんが経営をリードするつもりですが、一平寿しについては有能な若いすし職人が育ってきているため、いずれは事業を任せたいと考えています。
HDについては、まずは財務改善やコンプライアンス体制など「新しい事業を連続して生み出していける」企業としての基盤づくりを進めています。
25年までに新しい体制をつくり上げた上で、「まだ何も決まっていませんが、経営を任せられる優秀な人材にゆくゆくはバトンタッチしたいと思っています」と村岡さんは語っています。
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