ログズ社長になった丸太屋4代目 衣料品問屋が目指す新しい流通業の形
東京都中央区の「ログズ」の前身は、90年以上続く衣料品問屋です。2014年に同業の丸太屋に買収された後、丸太屋4代目の武田悠太さん(38)が社長に就き、再建を進めてきました。これまでにファッション雑貨のOEM(相手先ブランドでの生産)や卸売、シェアオフィス、アートギャラリー、10代向けスクールの運営など、様々な事業を手がけています。急速に事業を多角化した背景と、目指すものについてうかがいました。
東京都中央区の「ログズ」の前身は、90年以上続く衣料品問屋です。2014年に同業の丸太屋に買収された後、丸太屋4代目の武田悠太さん(38)が社長に就き、再建を進めてきました。これまでにファッション雑貨のOEM(相手先ブランドでの生産)や卸売、シェアオフィス、アートギャラリー、10代向けスクールの運営など、様々な事業を手がけています。急速に事業を多角化した背景と、目指すものについてうかがいました。
目次
東京都中央区の日本橋横山町と日本橋馬喰町の一帯は、古くからの繊維問屋街として知られます。丸太屋は1953(昭和28)年、武田さんの曽祖母・藤本ヒデさんが衣料品問屋として、この地に設立しました。小売事業者向けの衣料品卸事業のほか、周辺やタイで計4軒のホテルを運営しています。武田さんの父・洋さん(68)が社長を務め、従業員数は186人です。
丸太屋の4代目にあたるのが、洋さんの長男である武田さんです。丸太屋が2014年に近くの衣料品問屋「ニューカネノ」を買収して子会社化した際、勤め先を辞めて社長に就きました。現在の社名は「ログズ」、従業員数は25人です。
武田さんによると、創業者藤本ヒデさん以降、家系に生まれる子どもは女の子ばかりで、武田さんが初めての男の子だったそうです。娘婿として3代目社長になった洋さんから「将来はお前が継ぐんだぞ」と言われて育ったといいます。
はっきり覚えているのは、小学校6年生の時のできごとです。当時習っていたピアノを辞め、中学受験のために塾通いするよう言われました。「ピアノを続けて音大に進んでも、社長になれるわけではない」というのが洋さんの言い分でした。
「表立って親の考えに逆らうことはありませんでした。ただ、高校3年生くらいになると、後を継ぐという決められた道とどう折り合いをつけるか、どうすれば納得した上で家業に入れるか、を考えるようになりました」
慶応大学在学中は、見聞を広めようと自転車で日本一周したり、バックパッカーとして世界70カ国以上を旅したりしました。やがて「レールを敷かれた人生、後を継ぐという宿命を背負った人生は、後継ぎにしか経験できない」と前向きに考えられるようになったといいます。
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就職活動では、いずれ家業に役立てることを見越し、経営についての知見を深められるコンサルティング会社や金融業界を中心に回り、アクセンチュアに入社。医療系法人への経営改善策を提言するチームなどで働きました。
アクセンチュアで学んだことは大きく2つあるといいます。1つ目は、徹底的に働いてやりきる姿勢です。「顧客の期待を超えるため、どこまで突き詰めるべきか」について、仕事に向き合う上司の姿などから学んだそうです。
2つ目は、企業の業務改善の重要性です。武田さんが関わっていたのは、医療法人や宗教法人といった、部外者には仕事の流れをイメージしづらい業種でした。「こうしたら良くなるのでは」と想像しながら、コスト削減や業務フローの見直し、外注先の選定などに取り組みました。
武田さんが30歳だった2014年、丸太屋で大きな動きがありました。会社のすぐ近くの衣料品問屋「ニューカネノ」を店舗物件ごと買収したのです。
ニューカネノは、小売店に卸値で商品を販売する現金問屋でした。地域の商店街にある中小規模の衣料品店の廃業が相次ぎ、ファストファッションが台頭する中、現金問屋というビジネスモデルは先行きが見通せなくなっていました。事業が縮む一方、20人ほどの従業員を抱えていて、倒産寸前の状態だったといいます。
いずれ丸太屋を継ぎたいと考えていた武田さんは、洋さんから事前に買収の話を聞きました。事業会社の現場での経験がなかったため、このタイミングで家業に加わり、子会社の再建に挑戦させてほしいと洋さんに伝えました。こうして武田さんは、丸太屋の100%子会社であるニューカネノの専務に就任します。
家業に関わるにあたり、武田さんは洋さんから2つの助言を受けました。1つは「人への態度に気をつけなさい。特に社員からは常に見られていると意識しなさい」。もう1つは「入るを量りて出ずるを制する(収入以上の支出をしてはいけない)」です。
武田さんは無駄なコストを洗い出し、経費節減を進めます。「赤字体質からの脱却に本気で取り組めない人は辞めてもいい」という意気込みでした。引き継いだ約20人の従業員との間で、軋轢(あつれき)も生まれたといいます。
人件費や光熱費の削減などにより、1年間で純損益は黒字に転換しました。しかし、衣料品問屋という業態の伸びしろはなさそうに思えました。新たな事業を作り、経営を軌道に乗せる必要があったのです。
まず、これまで扱ってきた衣料品の分野で物づくりの力をつけようと、服飾雑貨のOEM・ODM事業を始めます。取引先の要望に応じて、相手先のブランドで商品をデザインしたり、製造したりする事業です。
次に、強い商品を持つべきだと考えました。当時の顧客である小売業者がよく購入していたのが、2005年にアメリカで生まれたブランド「ニューハッタン」の帽子です。武田さんはアメリカの展示会に行き、ニューハッタンの帽子を扱わせてほしいと社長に交渉しました。こうして日本法人の運営を任されました。
続いててこ入れしたのが、売り場の活用です。6階建てのニューカネノのビルでは当時、全フロアに在庫の衣料品を置き、顧客である小売業者が商品を見ながら購入できる形でした。しかし、収益性が低く、武田さんは「せっかくの遊休資産がもったいない。ここに何か作ろう」と考えます。
思いついたのが、外部のクリエイターたちが集まるシェアオフィスです。ニューカネノの今後の事業展開を考えると、ファッション分野のデザイナーやクリエイターの不足が予想されました。そこで彼らが集まるような場を提供し、つながりを作ろうと思ったのです。
そこで武田さんは、ネットで知ったファッションデザイナーの山縣良和さんに声をかけます。山縣さんはアパレルブランド「writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)」の設立者で、少人数制のファッションスクール「ここのがっこう」を主宰していました。
武田さんは「クリエイターが集う秘密基地を作ろう」と提案し、ニューカネノビルのシェアオフィスで、山縣さんに「ここのがっこう」を開講してもらうことになったのです。シェアオフィスには次第に様々なクリエイターが集まるようになりました。
2016年、事業領域が従来の問屋業以外に広がってきたことから、武田さんは社名を変更します。親会社の「丸太屋」にちなみ、英単語の丸太の複数形「logs(ログズ)」と名付けました。同時に社長に就任します。
次に手がけたのが、ホテルのリニューアルです。親会社の丸太屋の運営するホテルが改装時期を迎えたタイミングで、コンセプトや内外装を一新することにしました。1階にキッチンスペース「nôl(ノル)」とアートギャラリー「PARCEL」を開設。食やアートに精通するクリエイターが出入りするデザイナーズホテル「DDD HOTEL」として、2019年11月にオープンさせました。
1階にアートギャラリーを開設したのは、ロシア生まれのアーティスト、アントン・ヴィドクルとの出会いでした。2017年に東京都内で開かれたイベントでヴィドクルのある作品に触れ、武田さんは衝撃を受けたといいます。
「それはロシア宇宙主義をテーマにした作品でした。ロシア宇宙主義とは『これまでに生まれてきた全ての人類を生き返らせ不老不死にする』というキテレツな思想です。アート情報サイト『e-flux』の創始者であり、学際的な知識を持つヴィドクルが、このようなテーマの作品をなぜ作るのか、違和感を覚えました」
ヴィドクルのトークイベントに出た武田さんは、なぜロシア宇宙主義をテーマにしたのか、直接質問しました。ヴィドクルは「人は不老不死になると労働から解放され、アート活動をするようになる。すると、生きていない非生物ともコミュニケーションが取れるようになり、その結果、世界は1つになる」と答えたといいます。「世界が1つになると、何がいいのか」と武田さんが聞くと、ヴィドクルは "I found it beautiful."(それこそが美しいと気づいた)と応じたそうです。
武田さんは次のように振り返ります。
「アクセンチュアでは何億円、何十億円という売上や利益が動くような仕事をしていました。しかしログズでは、目の前の20万円のアパレル案件を追っている。そのギャップを常に感じ、モヤモヤがあったんです」
しかし、ヴィドクルの話を聞いて「何事も見方によって意義が変わる」と感じたといいます。武田さんは「お金は会社を流れる血液みたいなもの」と考えます。もうけを出すことは重要ですが、血液を回すことに夢中になるより、血液が勝手に循環している方がはるかにいい、と思うそうです。
「後継ぎのいいところは、ゼロから稼がなければならない起業家に比べ、既存事業から一定の収入がある点です。お金を稼ぐことだけに集中せず、社会にとって意義があること、自分が大切だと思うことに、もっと時間と労力とお金を使うべきではないか。それを実践してきたから、自分の周りにはクリエイティブな人たちが集まるようになったと思います」
2020年9月、10代に向けたクリエーションの学舎(まなびや)「GAKU」を、渋谷パルコのスタジオに開校しました。音楽、アート、ファッション、建築、メイクアップなどの領域で活躍する人たちが講師を務めます。
キッチンスペースやアートギャラリー、スクール運営といった新規事業を引っ張るのは、社員ではなく、業務委託契約を結ぶクリエイターたちです。彼らとの関係で意識していることはあるのでしょうか。
「クリエイターの方々は、それぞれの領域のプロです。自分がオーナーだからといって、主張を押しつけることはしません。クリエイターの考えていることを聞き出し、発展性のある青写真を一緒に描くようにしています」
ログズの売上の8割は今なお、従来の衣料品問屋事業が占めます。ただ、キッチンスペースやアートギャラリーの年間売上高がそれぞれ1億円程度に伸び、新規事業も着実に育っています。
「家業が育んできた問屋は残しつつ、相乗効果が生まれる事業を手がけていきます。モノではなく、人や人の創造性が流通していく、それが新しい流通業のあり方だと思うんです。キッチンスペースやギャラリー、スクールを運営し、人が人を呼ぶような仕組みを作りたいです」
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