発信力が課題だった伝統の革小物 東屋6代目はデザイナーと組んで改善
東京・両国にある東屋は100年以上続く革小物メーカーです。6代目の木戸麻貴さん(48)は異業種の経験を生かし、博物館を運営したり、自社ブランドを立ち上げたりしました。発信力が課題でしたが、デザイナーと進めた革小物職人の技術を生かしたブランド構築やリニューアルが評価され、2020年の東京ビジネスデザインアワード(TBDA)で優秀賞を獲得しました。
東京・両国にある東屋は100年以上続く革小物メーカーです。6代目の木戸麻貴さん(48)は異業種の経験を生かし、博物館を運営したり、自社ブランドを立ち上げたりしました。発信力が課題でしたが、デザイナーと進めた革小物職人の技術を生かしたブランド構築やリニューアルが評価され、2020年の東京ビジネスデザインアワード(TBDA)で優秀賞を獲得しました。
目次
革製品は経年変化を楽しみながら、長く使えるのが魅力です。手に取る機会が多い財布やカードケースなどは、使うほどに愛着がわきます。
そんな革小物を作り続ける東屋の創業は1905年。巾着や手提げ袋など革小物を含む袋物の卸業から始まりました。
現在は家族経営の革小物メーカーで、木戸さんは2016年から6代目社長を務めています。従業員数は社長を含めて7人。売り上げの8割は、手帳販売会社などのOEM(相手先ブランドによる生産)で、残り2割がノベルティーやオリジナルの革小物ブランド「made in RYOGOKU」だといいます。
「made in RYOGOKU」では、水玉模様が特徴の「まるあ柄」シリーズや、財布の内側に葛飾北斎の浮世絵をあしらった「“粋” HOKUSAI」シリーズが看板商品です。
社屋2階には、創業時の資料や江戸時代の日用品などを展示した「袋物博物館」があります。袋物の歴史と革小物の魅力を伝え、日本の革小物産業の発展に寄与したいという木戸さんの母親の思いを受けて、04年に開設しました。
伝統と革新性を備えた東屋を継ごうと決意したのは、木戸さんが40代になってからでした。「両親から継いでほしいと言われたことはなく、私もそのつもりはありませんでした」
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大学卒業後、スポーツクラブに入社しました。その後、海外留学を経て外資系の航空会社に就職。さらにコンサルティング会社に転職するなど、家業とは全く異なるキャリアを積んでいました。
家業との接点が生まれたのは00年ごろ。当時働いていた会社が合併によって千人規模となり、従業員向けにノベルティーを制作することになりました。
「私の実家が革小物メーカーと知った上司が、『だったら木戸さんのところで作ろう』と言ってくれたんです。それまで東屋はノベルティーを手がけたことはありませんでしたが、挑戦することになりました」
制作したのは、従業員の名前入りの革製のA4ファイルです、木戸さんは企画から製造を担当する東屋とのやりとり、従業員への配布に至るまで全工程に携わりました。
世界に一つだけのオリジナルで、とても好評だったそうです。OEMの仕事では実感しづらい購入者の反応を、ダイレクトに知る機会にもなりました。
「喜んで使ってくれている様子を見て、とてもうれしかったのを覚えています。革小物の製造は人に喜ばれる仕事なんだと実感しました」
両親からも「経営が厳しい状況だったとき、仕事を持ってきてくれて助かった」と感謝されたそうです。木戸さんはノベルティー生産の継続を提案し、しばらく会社員との「二足のわらじ」で家業を手伝い始めました。
そのころ、東屋は「袋物博物館」を立ち上げ、木戸さんはホームページも開設。ノベルティーの情報も掲載しました。
「04年当時は、公式HPがある零細企業は珍しかったと思います。墨田区の公式HPでもいち早く取り上げていただき、袋物博物館への取材依頼やノベルティーの問い合わせが来るようになりました」
ノベルティーの問い合わせには木戸さんが対応。その頻度が増えてきたことで、家業に専念する決意を固めます。木戸さんは1年間、地元の経営塾で学んだ後、16年に東屋の6代目社長に就任しました。
木戸さんは社長就任と前後して、自社ブランドの製造に力を入れ、13年には「made in RYOGOKU」を立ち上げ、現在50以上のオリジナル商品を取りそろえています。
その真意は、東屋のものづくりを支える職人の技術力を少しでも多くの人に伝えることでした。「未来に技術を継承するためにも、まずは知ってもらうことが必要だと考えました」
東屋の代名詞的な存在となっている「まるあ柄」は元々、東屋の100周年記念で仕立てたオリジナルの手ぬぐい用の絵柄として誕生したものです。川の水面をイメージした絵柄で、クリエーティブディレクターの小池怜子氏が監修しました。
不規則だけど絶妙なバランスで水玉模様がレイアウトされており、あずまやの「あ」という小さな文字が所々に入っています。遊び心も感じられる、直感的なデザインです。
木戸さんが自社製品として最初にラインアップしたのが、まるあ柄の「がま口」です。「OEMではがま口の発注はほとんどありません。がま口を得意とする職人さんに作り続けてもらうためにも、自社ブランドではがま口を主力商品としています」
「まるあ柄」の革小物シリーズは16年に「すみだモダン」に認証されました。
自社ブランドのもう一つの看板となるシリーズが「“粋”HOKUSAI」で、葛飾北斎の絵柄をぴったり合わせたデザインが特徴です。これは、革の端を内側に折って裁断面をくるむ「へり返し」という製法で作っており、財布や名刺入れなどを送り出しています。
東屋のブランド商品は職人が細部まで丁寧につくりこんでいますが、思うように販路が広がらず、売り上げは伸び悩んでいました。
良いものをつくっても、それだけでは売れない――。これはどの業界でも共通する課題です。
商品やブランドの価値を、どんな言葉やビジュアルで伝えていくか。木戸さんもデザインや情報発信の必要性は理解していたものの、「実際には手が回らず、何もできていませんでした」
木戸さんが2020年度の「東京ビジネスデザインアワード」(TBDA)に挑戦したのは、そんな状況を打破するきっかけをつかみ、認知も高めていきたいと考えたからでした。
TBDAは、グッドデザイン賞も主催する日本デザイン振興会が運営。東京都内のものづくり企業から技術や素材などのテーマを募り、デザイナーが新規用途の開発やビジネス全体のデザインを提案し、両者のマッチングを行うコンペティションです。
「デザイナーさんと一緒に、売るための仕掛けや企業のあり方などを考えていけたらと思い、応募しました」
TBDAでマッチングをしたのは、ビジネスデザイナーの清水覚さんでした。清水さんは、4年ほど前からTBDAに応募するようになり、何度も受賞を経験している実力者です。
木戸さんはまず「清水さんにブランドの実情や悩み、経営の課題などを洗いざらい伝えた」と言います。
清水さんからは自社ブランドの整理から始めることを提案され、オンラインショップのリニューアルに取り組みました。
「made in RYOGOKU」が東屋の自社ブランドで、「まるあ柄」や「“粋”HOKUSAI」はオリジナル商品のシリーズ名になります。初めてオンラインショップに訪れた人でも、それぞれの位置関係が分かるように整えました。
また、カラーバリエーションが50色以上ある商品もあり、ラインアップや色の表記、商品写真などを見直しました。オンラインショップの顔であるトップページのイメージカットも、清水さんのディレクションをもとに撮り下ろしました。
例えば、商品の色はイタリア語で表記していましたが、清水さんに「分かりづらい」と指摘されたといいます。
「オンラインショップは写真だけで購入するかどうかを決めるので、ブランドの世界観を伝えつつ、説明用のカットも必要です。これまで商品写真は私が撮影を担当し、できる限りきれいに撮っているつもりでしたが、トーンに合っていないものは撮り直すことにしました」
東屋ブランドのコンセプトは「モノづくりに携わるすべての人が、楽しく、笑顔に」。東屋が大切にしているものづくりへの思い、いわば経営方針から生まれたものです。デザインに関するすべてのジャッジも、このコンセプトをもとに行われます。
「仕事の内容も賃金も、職人さんが健やかに働けることを第一に考えています」と木戸さんは言います。
「オンラインショップのリニューアルを清水さんと手がけたことで、デザイナーさんと意思の疎通を図りながら経営していく必要性を感じました」
リニューアルは木戸さんがSNSで告知。売り上げは伸長しました。一連のビジネスデザインの取り組みが評価され、TBDAでは優秀賞を受賞しました。
木戸さんは、両国の自社ビルの1階をカフェにするという新たなプランも思い描いています。
「カフェを通じて自社ブランドやオリジナル商品を知ってもらいたい。たとえば、まるあ柄をカフェで使うカップ&ソーサーの絵柄にしたり、コーヒー豆のパッケージデザインのモチーフにしたり。新規ビジネスとして、計画しています」
木戸さんは家族が働く工場が子どものころの遊び場で、職人や業者に可愛がられながら育ちました。
「そのおかげで人見知りをしないのが私の強みなんです。東屋が生まれ育った両国をもっと元気にして地域の方々と連携し、お客さんともつながっていきたい。一人で成功するより、みんなで分かち合うほうが楽しいですよね」
東屋のカフェに行ったら楽しいことがあり、誰かに会えるかもしれない。そんなハッピーな場をつくることが木戸さんの願いであり、東屋の「次の100年」のためにも必要なことだと考えています。
木戸さんが6代目になってからの歩みは一見すると順風満帆ですが、「決してそうではない」と言います。
「私が社長になってから売り上げは伸び悩んでおり、職人の高齢化や自社ブランドの販路が広がらないことなど、課題は山積しています。新型コロナウイルスの流行で取引先との契約が打ち切りになったり、百貨店の催事に出店する予定が中止になったり。思い通りにいかないことも少なくありません」
それでも木戸さんは新しいことに挑戦し続けています。それは100年以上続く東屋の歴史があるからです。
「歴史はお金で買えませんし、先祖代々一生懸命つないできたバトンも誰でも受け取れるものではありません。私が社長として働くことができるのは、とてもありがたい。大変なことはありますが、色々な方々とのご縁を大切にしながら、一歩ずつ前に進んでいけたらと思っています」
バトンを受け取ったからには、やるしかない。どうせやるなら、楽しみながら。しなやかで揺るがない決意のような気持ちが、言葉の端々から伝わってきます。
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