デザイン経営、採用力など3つの効果 特許庁が中小企業の事例で報告書
杉本崇
(最終更新:)
デザイン経営は、中小企業の持続力を向上する(画像はいずれも特許庁の公式サイトから https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei.html)
特許庁によると、デザイン経営とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。その本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すことにあります。特許庁は「中小企業におけるデザイン経営の効果・ニーズに関する調査」を実施し、報告書をまとめました。報告書のなかから自社の組織風土の改善、採用力アップに役立つ事例を紹介します。
そもそもデザイン経営とは
特許庁の公式サイトによると、デザイン経営とは、経営者自身や従業員、社外の仲間や地域社会、さらにその外側に広がる社会にまで徹底的に向き合いながら、「人格形成」「文化醸成」「価値創造」に取り組むことで、企業の持続力を高め、環境の変化に適応する経営と定義しています。
中小企業の環境変化とデザイン経営の必要性
中小企業は社会全体の供給力が需要に追いつかない環境下で、仕様通りの商品やサービスを提供できれば競争を強く意識せずに成長できました。しかし、いまは国内市場の縮小や海外メーカーの台頭により企業間競争は激化しています。
企業が存続するためには、従来の枠を超えて顧客により高い付加価値を提供し続けることが不可欠です。また、労働力不足も深刻化しており、人材採用の場面でも企業の独自性がこれまで以上に求められています。
こうしたなか自社らしさを軸に、文化醸成と価値創造の営みを行き来しながら発展するデザイン経営は、中小企業の持続的な成長に寄与すると特許庁は説明しています。
デザイン経営の効果 8割が「企業文化/組織風土が改善」
そこで、特許庁デザイン経営プロジェクトチームは、中部・近畿地方のデザイン経営支援プログラムに参加した中小企業および支援機関を対象に、アンケート調査とインタビュー調査を実施しました。
調査の結果、「売上が増加」したと回答した企業が11社(19%)など財務的な効果は一部の企業にとどまるものの、「企業文化/組織風土が改善した」と回答した企業が57社中46社(81%)に達しました。従業員満足度の向上も39%の企業で確認されています。
デザイン経営の非財務的効果
これは、デザイン経営が企業の内側から変革を促し、時間をかけて収益力を高める性質を持つためと考えられます。
そのため、特許庁デザイン経営プロジェクトチームは、財務的効果に加え、その成果を生む原動力となった企業の多様な変化を「非財務的効果」として捉え、可視化するように努めました。
デザイン経営の3つの効果 インタビュー調査から抽出
インタビュー調査では、デザイン経営の効果を深掘りするために22社に詳細なヒアリングを実施。その結果、デザイン経営の人格形成・文化醸成・価値創造に対応する形で、以下の3つの主要な効果が抽出されました。
- 自社らしさの明確化
- 人材の採用と定着化
- 新しい仕事の創出
3つの効果は、デザイン経営の人格形成・文化醸成・価値創造の取り組みから発現し、相互に関係しています。
ある企業では、自社らしさの明確化を通じて新規事業開発(新しい仕事の創出)に取り組み、その取り組みが社外からも注目されてメディア露出や異業種との協業機会が増加し、求職者も増えて安定的な人材採用(人材の採用と定着化)が可能になったという好循環の例が確認されています。
自社らしさの明確化
自社らしさの明確化は、具体的には、歴史を再確認するなかで、経営者が過去を振り返り、MVV策定や強みを再定義するなかで、未来を切り拓く意思を言語化し、「自社らしさ」の本質を明確にすることに取り組むことで始まります。
従業員を巻き込み、対話を通じて相互理解を深める活動や、行動指針づくりに取り組む企業もありました。アンケートでも、企業の70%が「“自社らしさ”を言葉にすること」に取り組んでいました。
缶容器の製造や販売を行う生野金属は、支援プログラムにて自社の歴史を振り返り、強みを棚卸しした上でMVV(ミッション、バリュー、ビジョン)を言語化しました。
その後、クレドカードの制作と全従業員への配布に加え、自社らしい事業を従業員が主体的に考えて挑戦していく活動として01A PROJECTが始動し、金属印刷業者との共同事業として「CaranCoron(カランコロン)」が誕生しました。
従業員は自社の個性や強みを軸に、「自分なら、これが欲しい」という当事者意識をもって開発できるようになったといいます。
人材の採用と定着化
人材の採用と定着化は、具体的に、経営者が現場を観察し、自社の個性と自身の思いを、相手に響く言葉として具現化することに取り組むことで生まれます。
その効果として、経営者が自社の魅力を言語化し、社内外に明確かつ自信を持って伝えられるようになります。これにより、企業の魅力を分かりやすく採用マーケットに訴求できるようになり、船橋のように、採用者が増加した事例が確認されています。
土木工事(基礎工事)の専門工事会社である豊開発も、「豊開発の未来を探索する」ことを目的とした新組織「あそ部」を設立。土木業界を盛り上げる情報発信やこれまで経営者が推進していた採用活動を行うようになった結果、入社希望者(応募者)が2倍超になったといいます。
新しい仕事の創出
新しい仕事の創出は、具体的に、自社について客観視できる支援者とともに、既存事業のビジネスモデルや従業員の技術力、保有設備、知的財産権、組織文化などの多様な観点から自社の強みや価値観を抽出し、それを活かした新商品開発に取り組むことから始まります。
回答企業は、試作品に対する顧客や支援者からのフィードバックを繰り返し受け、試行錯誤していました。
効果として、自社の強みと意志が融合し、これからの事業や商品のコンセプトが見えてきます。従業員の創造力と主体性が開花し、事業が新たなステージへ進化することが期待されます。
ガラスと同等の透明度のシリコーンゴムでできた“シリコーンロックグラス” 。透明度を高めるには高い技術力が求められる(錦城護謨提供)
ゴム部品製造の錦城護謨は、自社の優れた技術を従業員に伝えるインナーブランディングに取り組むなかで、外部デザイナーとのコラボレーションによって、透明度の高いシリコーンゴムを活用した割れないロックグラス「KINJO JAPAN」を開発。
自社の技術力を象徴する強い商品と周囲の反響から従業員に誇りと自信が生まれるとともに、異業種企業からの協業依頼が大きく増えたといいます。
デザイン経営継続企業の共通項と投資の考え方
デザイン経営を継続する企業には、いくつかの共通項が見られました。
• 財務基盤が安定し、継続的な投資が可能
• 組織全体でデザイン経営を推進する文化
• デザイン経営の考え方に基づき、経営戦略や事業計画を策定
デザイン経営に対する投資の考え方も特徴的です。これらの企業は、まったく新しい取り組みに資金を投じるのではなく、既存の支出(採用費や展示会費用など)の効果を高めるために、その資金をデザイン経営への投資に振り向けています。
たとえば、「従来の採用活動の予算枠からデザイン経営への投資に振り向けた」という企業や、「従来の広告宣伝費や展示会費用を基準に、デザイン経営への投資額を判断している」という企業の声が紹介されています。
デザイン経営と知的財産の関係性
今回の調査では、デザイン経営の取り組みによって、自社がもともと持っている固有の経営資源が知的財産として可視化されるという効果があることが明らかになりました。
知的財産は「価値のある情報(形式知)」を指しますが、それを生み出す経営資源(人材、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク、技能など)の多くは、企業文化や属人的な技能といった暗黙知として可視化されていません。これにより、潜在的な価値を生かしきれていない中小企業が多いと考えられます。
企業が知的財産を有効に活用するためには、可視化されていない知的資産を掘り起こし、知的財産として「形式知化」するプロセスに注目することが重要です。
デザイン経営の支援プログラムは、自社の歴史や経営者・従業員の想い、自社らしさの源となる経営資源を掘り起こし、アイデンティティの言語化やビジョンの構築、新商品開発などに取り組みます。
これは暗黙知を含む知的資産を知的財産として形式知化するプロセスだとも言えます。これまで行政の知財支援が「権利化」以降のプロセスに重点を置いてきたのに対し、デザイン経営の支援プログラムがその前段階となる「形式知化」に特に効果を発揮しており、中小企業の知財支援策の両輪となり得ることを示唆しています。