後継ぎ経営者は「守成」ではない事例集 能力不足ではなく異なるスキル
杉本崇
(最終更新:)
トップダウン組織からの脱却を進めている経営者たち(これまでの取材記事から)
中国の古典「貞観政要」に「創業は易く守成は難し」という格言があります。そのため、二代目経営者は「守成」だと言われることがあります。しかし、会社は自分がゼロから立ち上げた会社を経営することと、先代が作った会社を引き継いで事業継続することには「守る」だけでない別の難しさがあるように思います。むしろ、創業社長よりも能力が高くなくては務まらないとさえ考えられます。創業者とは異なる後継ぎ経営者に求められるスキルについて、ツギノジダイに掲載したインタビューから整理してみます。
事業承継の通説への疑問 「守成」ではない後継者
守成とは、創業のあとを引き継いで、事業を守りかためることを意味します。
創業者は、ゼロイチを生み出す挑戦者としてよく称賛されています。対照的に、二代目などの後継者は、先代が築いた事業を安定させて守り固めることが仕事だと言われることをよく耳にします。そして、後継者が事業の守成に苦戦すれば、能力不足のレッテルを貼られがちです。
しかし、これまで取材をしてきた経験からすると、この見方は事業承継の課題を見誤っていると感じています。親であっても他者が築き上げた会社を引き継ぎ、変化の激しい現代でさらに発展させることは、ゼロから事業を立ち上げることとは別の課題があります。
後継ぎ経営者の苦労は、個人の能力というよりも、事業承継特有の難易度にあります。そして、その困難を乗り越えるためには、創業者以上の多岐にわたる能力が求められます。
創業者とは異なる能力が求められる後継ぎ経営者事例
これまで多くの中小企業の後継ぎを取材しWebメディア「ツギノジダイ」で紹介してきました。後継者が創業者とは異なる能力を求められる一例として、多くの事例を紹介したのが「脱カリスマ」「トップダウンからの脱却」というキーワードに象徴される組織の変革の必要性です。
創業者がカリスマ性を持っていることは、事業を拡大することにプラスに働きますが、持続的な事業成長を図るのであれば、組織全体での成長が必要です。ただし、カリスマが率いるトップダウン組織の考え方を変えることは簡単ではありません。
そこで、いろんな角度から組織の考え方を変えようとしている後継ぎたちがいます。そんな後継ぎたちは「守成」の一言では言い表せない変革に取り組んでいます。
「脱カリスマ」でチーム経営へ アイリスオーヤマ
たとえば、生活用品大手のアイリスオーヤマ(仙台市)は2018年、大山晃弘さんが実質的創業者の父健太郎さん(現会長)の後を継ぎ、2代目社長となりました。後を継いでから取り組んだのは、組織運営のアップデートでした。
新製品開発の源泉となっている「プレゼン会議」(アイリスオーヤマ提供)
そのことを象徴するのが、アイリスオーヤマの象徴「プレゼン会議」です。かつては、社長や副社長などの創業メンバーの前で、週1回、長時間にわたって開発担当者が入れ替わり立ち代わり新製品をプレゼンし、その場で成否が判定されるものでした。
大山さんはプレゼン会議を互いにいいものを作り上げる協力の場にしたいと考え、プレゼン会議を一発勝負とせず、コミュニケーションの場と位置付けるようにしたところ、一つの商品に対しての提案回数が増えたといいます。
まずはミッション・ビジョン・バリューから始めた小平
「エネルギー」「DX」「貿易」の3本柱で事業展開する総合商社「小平(こびら)」(鹿児島市)。元々は会長や先代時代からの番頭的な役員が現場に入り込んだり、「飲みニケーション」によって解決したりすることで、組織は機能していましたが、コロナ禍をきっかけに、組織のほころびが顕在化。
そこで、4代目社長の小平勘太さんが最初に取り組んだのが、どんな組織にするかという方向性、考え方の違う社員をまとめる指針となるミッション・ビジョン・バリューの作成でした。
2022年9月に開催された「経営ミッション発表会」。全社員にミッション・ビジョンが初めて共有された
ミッション・ビジョン・バリューを作ったことは、特に役員にとってよかったと勘太さんは考えています。
「ぎくしゃくしていた人間関係を修復できただけでなく、経営判断や投資判断が迅速にできるようになりました。ミッション・ビジョン・バリューという基準があればやったほうがいいこと・やらなくていいことの判断がすぐにできますし、決定事項に対する腹落ちの度合いが違います。指針がなければ何でもできますが、その場合、迷うことも増えますから、やはり指針を作ってよかったと思います」
従業員発ご当地文具が生まれたオフィスベンダーの工夫
オフィスベンダー(仙台市)は、JR仙台駅前の「文具の杜」をはじめ文具店6店舗を構えています。2020年に父から2代目を継いだ白木二郎さんは当初は「自分がすべて考えて決断しなければ」と気負いがあったといいますが、ある時「父と同じやり方をする必要はない」と気づきます。
そして、「店長をはじめ経験豊富なスタッフがいるのだから、彼らと意見を出し合いながら進めていけばいい」と考えを改めたことで、気持ちが楽になったと振り返ります。
従業員のアイデアから生まれた「ジャス」は「文房具戦隊ゴレンジャス!」へと進化します(オフィスベンダー提供)
その一つの取り組みが、「役職者だけで考えていてもいいアイデアは出ない」という考えのもと、各店舗のスタッフから意見を募り、そこからアイデアを吸い上げ、新商品の開発やマーケティング施策に反映させる仕組みでした。
トップダウン組織からの変革にみられる共通点
トップダウン型の組織である場合、意思決定が速く、効率的な経営には向いています。ただし、変化の激しい今の社会では、従業員が責任と主体性を持って仕事に取り組める組織作りをしている企業が多くみられます。
「仕事は言われたことだけやる」の原因と対策
組織のメンバーの意識を変えて「仕事は言われたことだけやる」から脱却しようとしている企業の共通点は、まず経営者自身がグロースマインドセットを持っていることが挙げられます。グロースマインドセットとは、キャロル・S・ドゥエック・スタンフォード大学教授が提唱している考え方で、能力は経験や努力によって伸ばすことができるという考え方です。
具体的には次のような工夫をしています。
- 社内コミュニケーションと小さな成功体験を積む
- 心理的安全性をつくる
- 挑戦した結果の失敗を評価する
後継ぎに求められる創業者以上の「変革力」と「胆力」
日本には「初代が創り二代目で傾き三代目が潰す」という言い伝えのような言葉があります。こうした言葉はリーダーの才能にスポットライトを当てがちですが、事業承継固有の難易度が見過ごされています。
後継ぎ社長が立つのは、既存の組織文化やシステム、人間関係が築かれた土俵の上です。すでに組織、顧客があることは事業を続けるうえで大きなメリットになる反面、時代に合わせた組織をつくるときには、変革の足かせになる場合があります。
常に「先代社長と比較される」というプレッシャーも抱えています。従業員や取引先が「前社長はこうしていた」と口にする場面にも出くわすでしょう。後継者は、時に理想化された先代の影と戦いながら、自身の判断の正しさを示し続ける必要があるのです。
また、人口も経済も右肩上がりだった時代と比べると、事業継続の難易度は上がっています。過去の成功体験がある組織だからこそ、変化が難しい側面もあります。たとえば、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIの活用は、変化を好まない従業員を抱える中小企業にとってハードルになってしまっている場合もあります。
こうしたことから現代の事業承継は、「守成」ではなく、複雑な人間関係や組織文化、レガシーシステムを抱えつつも、外部環境の激変に対応し、新たな方向性を指し示すという多角的で高度な経営能力が求められているとも言えます。
中小企業庁の調査によれば、依然として多くの中小企業が後継者不在の問題を抱えています。また、後継者難を理由に廃業を考える経営者も少なくありません。
日本経済の屋台骨である中小企業の持続的な発展のためには、事業承継の困難さを認識し、後継者たちがその重責を全うできるよう、社会全体で応援していく風潮が必要ではないでしょうか。