中小企業が配慮すべき人権リスクと人権尊重の取り組み事例 法務省作成

法務省が中小企業向けの「ビジネスと人権」の取組事例を集めた冊子を公開しました。サプライチェーン上の人権問題や、プライバシー権、セクハラ・パワハラなど企業活動に影響する人権リスクは多岐にわたるなか、法務省は中小企業が実際に取り組んでいる人権尊重の取り組み事例をまとめています。
法務省が中小企業向けの「ビジネスと人権」の取組事例を集めた冊子を公開しました。サプライチェーン上の人権問題や、プライバシー権、セクハラ・パワハラなど企業活動に影響する人権リスクは多岐にわたるなか、法務省は中小企業が実際に取り組んでいる人権尊重の取り組み事例をまとめています。
目次
法務省の公式サイトによると、人権問題を検討する際に、「リスク」という言葉がよく出てきますが、このリスクは企業や組織にとってのリスクではなく、企業活動において従業員など企業が尊重すべき権利を保持する主体が負の影響を受けるリスクを指します。
企業が人権に関するリスクを放置すると、その結果として、訴訟や行政罰等の法務リスク、人材流出やストライキ等のリスク、不買運動やSNSでの炎上等のレピュテーションリスクといった財務リスク等、企業にとって様々なリスクが生じることとなります。
つまり、人権に関するリスクは、そのまま経営に関するリスクにもなり得ます。法務省は、企業が人権リスクの現状を把握し対応を検討する上で、配慮すべき主要な人権リスクを26類型に整理しました。
人権リスク | 解説 | 事例 |
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賃金の不足・未払、生活賃金 |
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管理者が、残業中の労働者のタイムカードを通常の終業時刻に打刻し、残業代を支払わない |
過剰・不当な労働時間 |
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安全で健康的な作業環境 | 労働に関係して負傷及び疾病(人の身体、精神又は認知状態への悪影響)が発生すること |
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社会保障を受ける権利 | 傷病や失業、退職等で生活が不安定になった時に、社会保障制度へアクセスする権利が侵害されること | 労働者に対し、契約上合意された業務災害手当を給付しない |
パワーハラスメント | 優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり、労働者の就業環境が害されること | 皆の前で起立させたまま、大声で長時間怒鳴り続ける |
セクシャルハラスメント | 労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されること |
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マタニティ・パタニティハラスメント | 妊娠・出産等に伴う勤務時間の制限や育児休業等の利用に関して、職場の上司等からの言動によって、当該労働者の就業環境が害されること | 上司に妊娠を報告したところ「他の人を雇うので早めに辞めてもらうしかない」と言われる |
介護休業等ハラスメント | 介護休業等の制度を利用することへの妨害や、同僚・上司からの嫌がらせ等により、当該労働者の就業環境が害されること | 介護休業を申請する旨を周囲に伝えたところ、同僚から繰り返し批判的な発言をされ、取得を諦めざるを得ない状況に追い込まれる |
強制労働 | 処罰の脅威によって強制され、また、自らが任意に申し出たものでない全ての労働 | 海外の取引先の工場で、地域住民や外国人労働者が強制的に業務に従事させられている |
居住移転の自由 | 本人の意思に反して居住地や移動を決定すること | 企業の事業活動により、地域住民が立ち退きを余儀なくされる |
結社の自由・団体交渉権 | 労働者の労働組合加入の自由決定権を侵害したり、従業員による結社の決定を妨げること | 採用試験応募者に対し、労働組合に加入しないことを採用の条件として提示する |
外国人労働者の権利 | 外国人であることを理由に賃金、労働時間、その他の労働条件において差別的な扱いを受けること | 日本国籍でないことのみを理由に、外国人求職者の採用面接への応募を拒否する |
児童労働・こどもの権利 | 児童労働(原則15歳未満の労働と18歳未満の危険有害労働)や「こどもの権利」を侵害すること |
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テクノロジー・AIに関する人権問題 | ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)等の新しい技術の普及に伴い、人々の名誉毀損・プライバシー侵害や差別等の人権問題が生じること | 差別的バイアスを含む情報をAIが学習し、偏見や差別に基づいたサービスが提供される |
プライバシーの権利 |
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従業員や顧客、又は他の個人に関して有する個人情報の秘密保持を怠る |
消費者の安全と知る権利 |
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製品の欠陥が発覚したにもかかわらず、迅速かつ適切なリコール手続を実施しない |
差別 | 人種、民族、性別、言語、宗教等、遂行すべき業務と何ら関係のない属性を理由に、特定個人を事実上、従属的又は不利な立場に置くこと | 採用の基準を満たす人の中から、性別や年齢、国籍等を基準として採用する |
ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 | ジェンダー(社会的・文化的に形成された性別)に基づき、就職機会や賃金、労働環境などの待遇において差別又は不当な扱いを受けること |
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表現の自由 | 外部から干渉されることなく意見を持ち、求め、受け取り、伝える権利を妨げること | NGOやジャーナリストによる自社に対する批判的な発言を妨害する |
先住民・地域住民の権利 | 企業活動により、先住民や地域住民のあらゆる人権を侵害すること | 企業活動により水資源が汚染され、地域住民が清潔な飲料水を入手することが困難となる |
環境・気候変動に関する人権問題 | 事業活動において環境を破壊し、地域住民の「良い環境を享受し健康で快適な環境の保全を求める権利」を侵害すること | 産業事故により、周辺環境を破壊し、地域住民への健康被害・生計への悪影響等を生じさせる |
知的財産権 | 個人や企業等に属する知的財産権(著作権や特許権等)を侵害すること | 個人がインターネットに公開しているデザインを企業が公開資料に無許可で使用する |
賄賂・腐敗 | 事業を行う中で、不正、違法、又は背任に当たる行為を引き出す誘因として、贈与その他の利益を供与又は受領すること、又は受託した権力を個人の利益のために用いること | 環境基準を満たしていないプラントに関する許認可の獲得を目的として、検査機関の職員に対して金銭を提供する |
サプライチェーン上の人権問題 | 企業のサプライチェーン上で人権侵害が発生すること | 自社の原料の調達先の工場において、労働者が劣悪な環境での労働を強いられる |
紛争等の影響を受ける地域における人権問題 | 国家間戦争や内戦を含む、様々なレベルの武力紛争や暴力が蔓延している地域や国に関連して発生する人権問題のこと |
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救済へアクセスする権利 | 企業が人権への負の影響を引き起こした際に、被害者が効果的な救済を受けるための苦情処理メカニズムへのアクセスが確保されないこと |
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法務省はまず自社での人権尊重への取組を検討したり、自社の製品・サービスの開発・製造過程や提供後に起こり得る人権リスクを想定したりすることから始めることを勧めています。企業による人権尊重への取組は、以下の三つの枠組みで整理できます。
人権尊重責任を果たす姿勢・意思を示すことです。国連指導原則や国際的な人権規範に準拠し、自社の事業に関連して負の影響を受けうる人々の人権尊重について記載することが望ましいです。人権デュー・ディリジェンスの実施、苦情処理窓口の設置、教育・啓発の実施、ステークホルダーとの対話といった要素を入れることが理想的です。
また、すべての従業員が人権方針を自分ごととして捉えられるよう、自社にとってなぜ人権尊重への取組が重要なのかを、経営理念や経営者の思いを事業目的と関連付けて明記することを勧めています。
次に、自社の事業が社内外で起こしてしまう可能性のある人権リスクを特定し、防止や是正を行うことを勧めています。まず、人権方針に基づき、自社にとってどのような人権リスクがあるかを部門横断的に整理し、重要なものや身近な問題を特定して予防・是正に取り組むことが有効です。
さいごに、人権リスクが顕在化している場合に、直ちに助けられる仕組みを作りましょう。経営者や担当者だけでなく、従業員との対話などを通して多くの人と一緒に考えることが、社内での理解促進や浸透を深める上で有効です。また、人権を巡る状況は社会の変化とともに変化するため、社員の人権に関する知識を更新する機会を設けることも必要です。
法務省の資料では、実際に人権尊重への取組を始めている中小企業の事例を紹介しています。ここではその一部を紹介します。
外国人派遣を主要事業とするアンサーノックスは、「ドアを叩いてくれた人すべてに応えたい」という思いを原点に、「人権を尊重することで誰もが自由で幸せに生きられる社会を実現し、ウェルビーイングな環境を築く」ことを目指しています。
経営者のリーダーシップの下、人権尊重を基盤とした企業風土確立に注力。細かなルールではなく、経営者と従業員の積極的なコミュニケーションを通じて、大切にすべき価値観を言語化し社内に浸透させています。具体的には、「メンバーに求める10のアクション」と「5つのバリュー」を定義・公開し、従業員の行動指針を明確化。
介護・育児関連の柔軟な休暇制度や、不登校の子を持つ従業員へのサポートなど、個々の従業員に寄り添ったサポートを実践しています。
バングラデシュなどの海外工場で縫製事業を展開する小島衣料は、従業員の労働環境改善に積極的に取り組んでいます。現地従業員とのコミュニケーションを基盤とし、アンケートや日常的な対話を通じて従業員の考えや要望を把握。良い提案や要望は可能な限り速やかに経営に反映しています。
各工場に現地従業員によるコンプライアンス部を設置し、労働法遵守や顧客監査に対応。月に一度、従業員代表が意見を経営層に報告し、労働環境改善等に反映。給与水準を現地平均の2倍以上とし、成果に基づく公正な評価制度や成長支援により従業員の意欲を引き出しており、人材定着にも効果が出ています。これは、従業員の声を直接聞きながら労働環境を改善し、信頼関係を深めた良い事例です。
人や環境、社会に配慮した貴金属流通を目指し、貴金属業界の国際基準であるRJC認証を基盤とした社内体制を構築。日本で初めてこの認証を取得しました。認証プロセスを通じて、就業規則整備やハラスメント研修の実施、取引先への情報発信や人権リスクに関する補足説明などを進め、企業ガバナンスも整えました。
認証にはサプライヤーの取組も監査対象となりますが、創業当初から社会的な影響に配慮した企業からの買付けを目指していたため、多くの項目を追加する必要はありませんでした。RJC認証の広がりにより、認証取得済みの企業からの買付けで安心した取引が可能に。認証取得が企業価値を高め、好循環を生んでいます。
公共事業を主に手掛けるクリーン☆アップは従業員の健康経営と多様性の推進を基盤に人権尊重の取組を進めています。産業医設置や「くるみん」取得などに取り組んでいます。
研修やアンケート調査を通じて、従業員の人権知識向上、意見反映による経営の透明性・一体感を強化。地域の女子サッカーチームのスポンサー就任や選手の雇用、男女共同参画センターとの連携などに取り組み、経営者の信念に基づく未来志向の取組が、働きやすい環境と企業競争力向上につながっています。
大橋運輸は、従業員満足度向上を経営の柱に据え、健康経営やDE&I推進に取り組んでいます。多様な従業員(女性比率が高い)が働く中で、「多様な視点が多様な価値を生む」という考え方に基づいています。就業規則に「多様性への理解のないハラスメントや言動」を禁止事項として明記し、入社時に説明。採用時の履歴書性別欄廃止、配偶者ではなく「パートナー」使用、性的マイノリティへの理解促進を含むハラスメント防止研修などを実施。
障害者雇用では、特性ではなく個人の特性を重視し、チームでサポート。地域貢献活動を奨励するなど、「仕事と人生を楽しむ」職場を目指しており、従業員同士の刺激や成長、会社全体の活性化、地域社会とのつながり強化につながっています。
コマニーは、事業活動を「ウェルビーイング」の視点で見直し、従業員や取引先を含むすべてのステークホルダーの幸福を中心とする「ウェルビーイング経営」を推進。経営理念や事業計画に盛り込み、事業によってウェルビーイングを実現することを目指しています。
人権尊重は簡単ではないとしつつも試行錯誤を重視し、「人権」のその先にあるウェルビーイング実現をゴールに設定。「間づくり研究所」を設立し、空間設計の専門知識を生かしてウェルビーイングを追求する技術・アイデアを模索。環境や仕事のやり易さなど、従業員や取引先の課題解決に取り組み、コア事業に新たな価値を付加。理念研修や取引先満足度調査なども実施し、ステークホルダー全体にウェルビーイングを広げようとしています。
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