「変わり者」の父が勧めた「好きなようにして良い」

 広島の老舗和菓子店「虎屋本舗」はどら焼き、おはぎなどを製菓・販売する地域密着型の和菓子店です。広島県福山市内など11店舗を構え、東京都内の百貨店などとも取引しています。現在の16代当主は、高田さんの父・信吾さん。社長に就任しておよそ30年で、高田さんは父のことを「ジャズとイタリアをこよなく愛する、感性で経営してきた変わり者」と紹介します。

16代当主高田信吾さん

 そんな父は、子どもの頃から高田さんに孫子の「兵法」を説く人で「当時は何を言っているのか、わかりませんでした」。ですが、経営の話を聞いたり、年末年始に家業のお菓子作りを手伝ったりしているうちに「この和菓子屋を継ぐんだろうな」と自然と考えていたといいます。

 和菓子店の後継者は、製菓学校で職人技術を学んで修行を積むことが多いのですが、父は高田さんに「好きなようにして良い」と告げました。そこで高田さんは大学進学の道を選び、卒業後には不動産会社に就職。一般の社会人として、社会の不条理も味わったといいます。そこから「世の中が何を求めているのか、会社の経営を学ぶ前に国の経営を見たほうがいい」と誘われて国会議員の秘書を経験し、家業に戻りました。

400年の歴史から見たコロナ禍とは

 高田さんの曾祖父にあたる14代銀一さんの時代には、広島に原爆が落ちた次の日に、福山に空襲があったといいます。銀一さんが、B29爆撃機が来るのが見えて、地下壕に小豆と砂糖、顧客台帳を放り込み、爆撃後の焼け野原からそれを掘り起こして、なんとか店の再建を図りました。

高田さんの曽祖父銀一さん。出典は「備後産業名鑑」(1958)

 戦後、銀一さんは文化使節団として、フランスのパリに渡航。シャンゼリゼ通りに行ったときに、カフェテリアで男女が高級菓子を食べながら談笑していたのを見て、戦争で負けた日本では見ることのできなかった光景に「こんな風に、一般庶民がお菓子を食べて笑顔になるんだ。お菓子を食べて笑えるようにならなければ、真に日本は豊かになったとは言えない」と感じ、戦後の人々の生活をお菓子で豊かにしようと決意したといいます。

 こうした店の長年の歴史を聞かされて育った高田さんは「コロナ禍で、さまざまな制約条件も変化しますが、豊さという点で今は恵まれています」と話します。

これからの和菓子店「今の世代の感性で考えるべき」

 店の400年の歴史を聞いて育った高田さんは、「おじいちゃんの話を聞いて育って、自分がそれを継がないわけにはいかないだろう」と、家業を継ぐことに迷いはなかったといいます。

 議員秘書ののちに、広島に戻り、現当主の父の経営を継ぐための「伴走期間」に入りました。そこで、経営者と事業継承者の間で起きがちな考え方の違いなどはすり合わせながら、事業承継を進めてきました。

 かつては「変わったモノたくさん売れば、売れた時代」でしたが、今はコンビニで全国どこでもおいしいお菓子を買えるし、ネットで取り寄せもできます。伴走期間のなかで、地域の和菓子屋が求められるものについて話し合います。父も「今の世代の感性で考えるべき」と考えるようになりました。

わらび餅と細工菓子でつくった「てまりすし」。2015年のお土産グランプリ受賞

父との衝突で助けられた母と祖母の存在

 ただし、衝突することもあります。2020年4月~5月ごろには、コロナ禍で休業要請があり、危機的状況に追い込まれました。これまで高田さんが受け持っていた仕事まで「お前は黙っておけ!」と父が取り仕切るようになりました。

 喧嘩になったときに間に入ってくれたのが、祖母や母でした。「おばあちゃんお母さんの存在は大きかった」と振り返ります。

 父親と目線を合わせる方法として「同じ本を読むこと」を挙げます。父が中国古典「貞観政要」や歴史小説「天祐、我にあり」といった本を高田さんの机に置き「これを読んで報告しろといってくる」と宿題を出してきます。

 初めは脇に寄せておくものの、高田さんが手に取って読んでみると「あ、だからあの時父はこういう判断をしたんだ」というのが本を通して理解できるようになったといいます。

「伝統とは革新の連続だ」

 高田さんは、広い視野で経営を学びたいと、グロービス経営大学院でMBAを取得。ファイナンスやマーケティングなど、知識を得たのはもちろんのこと、全国に同じような事業継承者やベンチャー企業の経営者とのネットワークができたといい、彼らのように「変革に走っている人たちに負けたくない」という気持ちが沸いてきました。

 和菓子店は、変わらないものを作り続け、伝統を重んじるイメージがありますが、虎屋本舗は四季折々、花鳥風月を愛でる日本文化を残すため、残すものと守るものについて試行錯誤しながら、新商品を開発し続け、「壊しながら守るべきものを見つけていく」過程にあるといいます。

 その「残すもの、守るもの」の判断の軸として、高田さんは「地域における文化性、身の丈に合った経営を行う持続性、子どもたちに残していきたい文化を考えること」の3つを挙げます。

 「自分たちは、ただ和菓子を売っているのではなくて、文化を商いにしているんだ」。高田さんは父とそう確かめ合い、「守るべき文化」を創り続けています。

次回テーマは「MBAは地方企業の経営者に役立つか?」

 次回のオンラインイベントは12月18日開催です。「武田の笹かまぼこ」代表取締役社長の武田武士さんを招き、MBAの学びをどのように経営に活かし、事業を拡大・成功させてきたのかについて話し合います。

武田の笹かまぼこ代表取締役社長武田武士さん。高校卒業後「セント」に入社。事務器やオフィス家具の営業に7年間従事。その後家業を手伝うため、武田の笹かまぼこに入社。一営業マン、営業部長を務め、現在は代表取締役社長として東日本大震災からの復旧復興を果たし、自社の本社工場への観光客誘致や笹かまぼこの販路拡大、地域とのコラボレーション活動(事業開発、商品開発)を促進、展開している。