目次

  1. 定番から新しい楽しみ方まで
  2. 米国公認会計士から転身
  3. 表裏一体だった魅力と課題
  4. バイヤーから浴びた厳しい言葉
  5. 「トキメキ」をテーマに新ブランド
  6. ミッション策定で社風に変化
  7. サステイナブルなおかき商品を販売
  8. 経営陣が汗をかいたパーティー
  9. 情報開示や多様な勤務を推進

 中央軒煎餅は東京都と埼玉県に直営店、埼玉県には二つの工場を構え、全国の百貨店や駅ビル、スーパー、オンラインモールなどに販路を持ちます。

中央軒煎餅本社には店舗も構えています
中央軒煎餅本社には店舗も構えています

 商品はおかきを中心に大きく二つのブランドで展開しています。一つは社名と同じ「中央軒煎餅」です。発売19年で累計200万箱を突破した看板商品「花色しおん」のほか、伝統的な味わいの「いねの音色」など、およそ6種類をそろえています。

看板商品の花色しおん
看板商品の花色しおん

 もう一つは、おかきの新しい楽しみ方を提案するブランド「きりのさか」です。焼いた玄米生地にドライフルーツやナッツなどをあしらった「RICE PALETTE」(ライスパレット)や、サルサソースなどがセットの「ディップするおかき」などがあります。2022年には東京駅構内のグランスタ東京に「きりのさか」の常設店をオープンしました。

 従業員は約200人。商品アイテムは約50種類で、最終製品として年間約200万個を販売しています。

洋菓子風の「RICE PALETTE」(中央軒煎餅提供)
洋菓子風の「RICE PALETTE」(中央軒煎餅提供)

 中央軒煎餅は1923年、山田さんの曽祖父が東京都荒川区で創業しました。その後、本家は社名を赤坂中央軒に変更。1963年、祖父の山田宗一さんがのれん分けの形で「中央軒煎餅」として板橋区で独立しました。赤坂中央軒は2002年に廃業し、創業からの歴史は中央軒煎餅が引き継いでいます。

家業のルーツとなった赤坂中央軒(中央軒煎餅提供)
家業のルーツとなった赤坂中央軒(中央軒煎餅提供)

 創業から数えて4代目の山田さんは、祖父から「大きくなったら継ぐんだぞ」と言われていたそうです。当時は社員旅行なども多く、幼心に従業員への愛着が芽生えたといいます。

 山田さんは経営者になる夢を持ち、大学在学中に米国公認会計士(USCPA)試験に合格。卒業後、日本の監査法人などを経て米国の会計事務所で2年働きました。「渡米し、日系企業をメインに仕事するようになるとありがたがられました。これからは数字だけでなく実体があるものに取り組み、人に喜ばれる仕事をしたいと思うようになりました」

 会計知識やキャリアは、今も経営計画や目標を定めたり、財務状況を把握したりするのに役立っているといいます。

 父・忠さんからの打診もあり、山田さんは2011年、28歳の時に中央軒煎餅に入社します。3カ月間の工場研修を経て営業部長として配属されると、自社の魅力と課題が見えてきました。

 「コツコツとまじめに働く方ばかりで、決められた業務にしっかりと向き合う姿勢が素晴らしいと思いました。一方で問題が起きた時などに上司の指示を仰ぐだけの姿勢が気になりました。当時はトップダウンの文化で問題なかったと思いますが、もう少し個人としての意見や提案が出ればと感じていました」

 米菓の将来にも危機感を持ちます。若い友人に聞くと「自分では買わない」、「同年代への贈り物には選ばない」と言われました。

 それまでも味やパッケージのリニューアルを重ねてきました。しかし、販路は全国の百貨店、駅ビル、量販店、スーパーと広範囲に及び客層が幅広く、ターゲットの絞り込みが難しかったのです。

山田さんは組織や商品の課題に向き合いました
山田さんは組織や商品の課題に向き合いました

 2011年10月、定番ブランド「中央軒煎餅」とは別に高級ライン「桐乃坂中央軒」をリリースしました。

 しかし、あるバイヤーからは「色んなところで買えるブランドを百貨店には置けない」、「手ごろなイメージの『中央軒』をブランド名から外した方がいいのでは」と言われたそうです。このころは催事販売にとどまり、百貨店に実店舗を持つことはかないませんでした。

おかきづくりはもちを焼く工程から始めています(中央軒煎餅提供)
おかきづくりはもちを製造する工程から始めています(中央軒煎餅提供)

 中央軒煎餅は北海道や宮城県などの契約農家のもち米を使い、もちの製造から始めています。高品質な素材を使い、手間暇かけて作る職人の技術や味の良さには自信がありました。

 それなのに手ごたえがなく、焦燥感を抱いた山田さんは外部のデザイナーに相談し、リブランディングに動きます。「生き残るには、ブランド全体の統一感に加え、高級感や希少性だけではない大胆な発想が必要と感じました」

 山田さんらはターゲットやポジショニングを探り、贈答品の購入機会が多い30~40代女性をメインに据えた「オトナ女子のための新・おかきの時間」というコンセプトにたどり着きます。2018年、「桐乃坂中央軒」に代わるブランド「きりのさか」を打ち出しました。

カラフルなデザインが特徴の「玄米ちっぷす」(中央軒煎餅提供)
カラフルなデザインが特徴の「玄米ちっぷす」(中央軒煎餅提供)

 看板商品には、過去に販売していた「玄米ちっぷす」を採用。商品部を中心に開発を進め、手土産にしたくなるパッケージデザインにリニューアルしました。「トキメキ」がテーマで、イメージカラーはピンク。華やかさや温かみを表現しました。

 「米菓をここまで変えていいのか、という葛藤は常にありましたが、既成概念を取り払わなければとも考えていました。中央軒煎餅ブランドでは実現できないことを『きりのさか』で挑んだのです」

山田さんも催事販売の店頭に立ちました(中央軒煎餅提供)
山田さんも催事販売の店頭に立ちました(中央軒煎餅提供)

 「きりのさか」は都内での催事やポップアップ出店で認知を拡大。渋谷、新宿、銀座などの商業施設に営業すると、バイヤーから「面白い」と支持され、数珠つなぎに声がかかるようになりました。

 2019年にはイタリアの伝統菓子ビスコッティをヒントに玄米でつくった「リゾコッティ」を、2020年には前述のライスパレットを発売し、商品力を高めました。

 一方でコスト上昇などが重なり、当時業績が悪化し始めていたといいます。山田さんは外部コンサルタントを入れようと提案。改革を続けるなら「今後の進退を決めてほしい」と役員から意見されたこともあり、2020年に社長に就任しました。

 山田さんが同時期に取り組んだのが、自社のミッション、ビジョン、バリューのアップデートです。それまでのミッションは「最高の米菓子を提供することで顧客満足を得る」というようなもの。表現が硬く、従業員から深い共感を得られていないのではと感じていたそうです。

 「中央軒煎餅を社会に真に役立つ企業にしていきたい。その思いを従業員全員で形にするためにアップデートしました」

 そして創業100年を前にして、ミッションを「100℃の思いやりで、笑顔を膨らます」に定めました。

 「おかきはもち米に水と熱を加えてつくります。100度で水から気体に変わる力でおかきが膨らむように、私たちもユニークなおかきで世界に笑顔をふくらませたいと考えています」

 社内にミッションを浸透させるため、毎年1月、その年の社の目標や役割分担、行動計画を決めるようにしました。

 「ある年は『面白いせんべい屋になる』をテーマに据えました。実現できるかは別にして、社員のアイデアは否定せず、いったんすべて受け止める姿勢を持つようにしました。するとテーマに伴ったアクションが生まれ、商品開発につながりました」

 そうして、トップダウンの傾向だった社風も徐々に変わりました。

 従業員から募ったアイデアで商品化につながったのが、2020 年10月に発表した「Kakecco」(カケッコ)シリーズです。

「Kakecco」シリーズ(中央軒煎餅提供)
「Kakecco」シリーズ(中央軒煎餅提供)

 工場からの「おかきの製造過程で欠けやこわれがたくさん出て、廃棄する量が多い。活用できたら利益に貢献できるのでは」という提案が開発のきっかけでした。

 欠けやこわれをパッケージ化した「久助」という既存商品はありましたが、あくまで「訳あり」や「お徳用」といった家庭向け商品の立ち位置でした。「『久助』の手軽さは維持しつつ、よりファッショナブルにできれば、利益と社会貢献を両立できると考えました」

 「カケをエコに」というコンセプトのもと、フードロス削減をめざした「Kakecco」が生まれました。家庭用だけでなく贈答用にもなるようなデザインを意識し、保存に便利で食べやすいパッケージに。今まで米菓になじみがなかった層にも興味を持ってもらう工夫を施したといいます。

おかきを使った「みらいスプーン」(中央軒煎餅提供)
おかきを使った「みらいスプーン」(中央軒煎餅提供)

 持参した紙袋やビンなどに、好きな味・好きな量を詰められるポップアップストアを開いたり、そのまま食べられるおかきのスプーンを販売したりするなど、サステイナブルな試みも行いました。

 「Kakecco」の売り上げの3%を国際 NGO「ワールド・ビジョン・ジャパン」に寄付しており、2024年1月時点の累計額は230万円にのぼります。

 そのほかにも、おかきのイメージを変える商品を生み出しています。

 2021年にはスープに入れて食べる「ARARE JUMPIN!」(アラレ・ジャンピン)を販売。子育て中の従業員が、忙しい朝でもサッと用意でき、子どもも喜んで食べるものという視点で考えました。

 自分で焼いて味つけができるアウトドア向けの「CAMP de OKAKI」は、キャンプ好きという山田さんのアイデアから生まれ、焼き工程前のせんべい生地をパックしています。

アウトドア向けの「CAMPdeOKAKI」(中央軒煎餅提供)
アウトドア向けの「CAMPdeOKAKI」(中央軒煎餅提供)

 2023年に創業100周年を迎え、山田さんは全従業員対象の記念パーティーを開きました。料理などの事前準備から余興、サプライズ企画に至るまで、経営チームがすべて担う熱の入れようでした。

 「ただリラックスして楽しんでもらい、従業員が来て良かったと思える会にしたかったんです。結果的に、経営チームのマネジメントに信頼を持ってもらえたらと思っていました」

山田さんは100周年パーティーで、父の忠さんと余興で盛り上げました(中央軒煎餅提供)
山田さんは100周年パーティーで、父の忠さんと余興で盛り上げました(中央軒煎餅提供)

 年中無休の店舗のスタッフも参加しやすいよう、パーティーは1週間に4回も開きました。山田さんは「こうした機会をもっと増やしたい」との思いを新たにしました。

 山田さんは働き方改革にも取り組んでいます。2021年から専門機関による「働きがいのある会社調査」を実施していますが、全設問の平均値を取ると、初年度は働きがいを感じている従業員が44%という厳しい結果になりました。

 「重く受け止め、決算情報の開示や役員会議へのオブザーバー参加、新商品の全従業員プレゼントなどを行いました」

山田さんは従業員と改革を進める決意です
山田さんは従業員と改革を進める決意です

 また、育児休業を取りやすくし、復帰後のキャリアについてのカウンセリング、子どもの看護休暇の拡充、在宅勤務の導入を進めています。夫の転勤場所で在宅勤務している従業員もいるそうです。

 「これまでみんなで行ってきた改革が実を結び、前年度は直近8年間でも最高益を実現できましたが、私達はこれからも時代に合わせて変化していかなければなりません。一方、急ぎ過ぎれば社内との足並みがそろわなくなります。アクセルとギアの調整が難しいと実感しますが、チャレンジ精神を忘れず組織一丸で改革を進めます」