文具3万~4万点をそろえた旗艦店
1995年創業のオフィスベンダーは、仙台駅前のランドマーク的な商業施設「アエル」に旗艦店「文具の杜」を開いています。
ワンフロアを丸々使った店内には、3万~4万点のアイテムを常時取りそろえ、宮城県で絶大な人気のお菓子「メン子ちゃんミニゼリー」とコラボしたボールペンなど、オリジナリティーあふれる文房具も並びます。
売り場の目立つ場所にはさまざまなメーカーの筆記具が目を引くポップとともに置かれ、購買意欲を高めます。主要顧客は20~50代の女性です。
「文具の杜」はワンフロアを丸々使っています
仙台市とさいたま市に6店舗を展開し、従業員数は105人(パート・アルバイト含む)にのぼります。
ガラス特有の繊細な美しさが楽しめる「ガラスペン」も扱っています(オフィスベンダー提供)
会社のルーツは、白木さんの祖父が1940年に宮城県塩釜市で創業した「白木屋文具店」です。その後、仙台市に拠点を移し、1972年、株式会社白木屋として法人化。2代目社長の父・進さんが規模を拡大し、小売り事業にも積極的でしたが、約30年前に転機が訪れました。
米国型の大型文具店を展開
そのころ、米国の文具店を視察した進さんは郊外の大型店の勢いに圧倒されました。当時の米国は倉庫型の文具店が急成長し、小規模な文具店が次々と淘汰されていたのです。
国道沿いにあるオフィスベンダー中野店。倉庫型の店舗が目を引きます(オフィスベンダー提供)
「このままではうちの店も生き残れない」。危機感を覚えた進さんは1995年、白木屋の関連会社として郊外型の大型文具専門店「オフィスベンダー」を立ち上げました。
第1号は仙台市青葉区の南吉成本店です。オープン時は商業施設が少なく閑散とした地域でした。
そこで国内の文具店ではまだ少なかった、大量に仕入れて低価格で販売する「エブリディ・ロープライス」(EDLP)の戦略を取り、オープン直後から大盛況に。その後、仙台市内で着実に店舗を増やします。
白木屋はOA機器や事務用品の販売、オフィスの移転サポートなどの法人向けビジネスに集中し、オフィスベンダーがBtoC事業を担いました。
文具をメインに扱う企業は一般的に、法人向け部門が売り上げの多くを占めます。売り上げのほとんどを小売りが占めるオフィスベンダーは珍しいケースです。
後継者の道を一度は断念
次男の白木さんは「会社は兄(大作さん)が継ぐだろう」と考え、東京の大学に進学します。しかし、兄(現・白木屋社長)は当時、家業と縁のない会社に就職しており、白木さんは「自分が継がなくては」と使命感にかられました。
ところが、修業のためにオフィス家具メーカーに就職するも、肌に合わず1年ほどで退職。「紹介してくれた父の顔を潰してしまった」と感じ、一度は家業を継ぐという選択肢を手放しました。
その後、バイク販売やマーケティング業を経て、税理士を目指して会計事務所で働きました。
社長就任直後に襲ったコロナ禍
2015年、白木さんのもとに進さんから「経理や財務を担当していた役員が辞める」と連絡があり、家業に入る決断をしました。
白木さんは入社後、銀行との折衝や売上管理などを担当しましたが、進さんから突然「来月からお前が社長だ」と告げられます。2020年1月、オフィスベンダーの2代目社長に就任しました。
新型コロナウイルスが世界を襲い、仙台市で初の感染者が出たのは就任直後の2月29日でした。
その日は4年に一度の閏年セールで、売り上げが好調でした。しかし、その翌日からぱたりと客足が途絶えます。「最初はセールの反動だと思いましたが、ずっと売り上げが戻らず、厳しい状態が続きました」
ステイホームによる買い控えに加え、「文具の杜」が入る商業施設が全館休館したことが響きました。コロナ禍初年度はマスクやアルコールの販売で、売り上げは一定水準を維持しましたが、マスク需要が一巡した2年目以降は厳しい状況に。まさに、嵐の船出でした。
「役職者だけでいいアイデアは出ない」
事業承継直後には、組織運営の課題も浮き彫りになりました。進さんの時代の経営はまさにトップダウン型。進さんがやり手だったがゆえに、会議の場で従業員から意見やアイデアが十分に出ているとは言えなかったといいます。
白木さん自身も、当初は「自分がすべて考えて決断しなければ」と焦りを感じていました。しかし、ある時「父と同じやり方をする必要はない」と気づきます。
そして、「店長をはじめ経験豊富なスタッフがいるのだから、彼らと意見を出し合いながら進めていけばいい」と考えを改めたことで、気持ちが楽になったと振り返ります。
そうした経験を経て、白木さんが取り組んだのは、従業員が自由に意見を出しやすいボトムアップ型組織への変革でした。
従業員のアイデアを引き出すボトムアップ型の組織への転換を図りました(オフィスベンダー提供)
「役職者だけで考えていてもいいアイデアは出ない」という考えのもと、各店舗のスタッフから意見を募り、そこからアイデアを吸い上げ、新商品の開発やマーケティング施策に反映させる仕組みを作りました。
白木さん自身、「新しいことをどんどんやってみよう」、「周りの従業員の話も聞こう」という姿勢を見せることで、社内の雰囲気が変わったといいます。
例えば、陳列やポップの作成といった売り場づくりは従業員に一任し、それぞれの個性が光る店内になりました。
従業員が自作したポップ
ご当地色の強いボールペンがヒット
コロナ禍で客足が落ち込む中、オフィスベンダーはオリジナル商品の数をさらに増やすことで、新規顧客の獲得を目指しました。
そして2022年、従業員のアイデアから生まれた人気商品がチャーム付きボールペン「ジャス」でした。
「ジャス」とは、ジャージを意味する宮城県の方言です。店長から各店のスタッフに、来店客を呼び込むアイデアを募集したところ、「ジャスをモチーフにした商品を作ってはどうか」という提案が生まれました。
従業員のアイデアから生まれた「ジャス」は「文房具戦隊ゴレンジャス!」へと進化します(オフィスベンダー提供)
この提案に店長会議は大いに盛り上がり、すぐに商品化が決定。県内5店舗それぞれで異なるデザインの「ジャス」チャーム付きのボールペンを販売します。全5色をコンプリートすると、オリジナル缶バッジがもらえるキャンペーンも実施し、店舗巡りを促す仕掛けを作りました。
「ジャス」がヒットしたのを皮切りに、「ジャスの下」などの関連商品も開発され、第5弾まで続く人気シリーズに。全体で累計2600本以上を売り上げました。
宮城県で人気のお菓子「メン子ちゃんミニゼリー」とコラボしたボールペン
現在は、宮城県の名菓「メン子ちゃんミニゼリー」や、ご当地キャラ「仙台弁こけし」とのコラボ文具も展開しています。コロナ禍のさなか、従業員発の商品がオフィスベンダーの可能性を切り開いたのです。
「仙台弁こけし」とのコラボ商品も多数展開
従業員に背中を押されてSNS発信
白木さんは社長就任に先立つ2018年8月、自ら「文具の杜」の公式Instagramを立ち上げます。「これからの店舗運営にSNSは欠かせない」という従業員の声を受けたものでした。
SNSの運用方針は「文房具の魅力や使い方を伝え、オフィスベンダーの認知度を向上させること」。商売っ気を抑え、商品紹介の投稿でも価格を明記せず、ビジュアルとキャプションの工夫で興味を引くようにしました。
多くの人の目につきやすい午後9時に毎日投稿し、年末年始も飲み会の席でも欠かさなかったそうです。
その戦略が功を奏し、拡散する投稿も増えていきました。とくに反響が大きかったのが、ゼブラのラインマーカー「マイルドライナーシリーズ」や限定デザインの筆記具の紹介投稿です。
1カ月で1万以上のフォロワーを獲得することもあり、現在は8万フォロワーに。SNS経由での問い合わせや商品の取り寄せ依頼が増え、売り上げにつながりました。
現在は白木さんではなく、店舗スタッフが運用し、投稿内容も一任しています。
「杜の文具博」に5千人が集う
白木さんは顧客との接点を広げるため、文房具イベントへの出展や自社主催のイベント開催にも注力します。代表例が、2023年から始めた自社イベント「杜の文具博」です。
都市部の文具系イベントが人気を集めていることに刺激を受けた白木さんが、「仙台でも文房具好きが集まるイベントを」と企画。取引のある文具問屋3社と協力し、開催にこぎつけました。
杜の文具博は、1年がかりで企画・準備を進める一大プロジェクトです。各店舗から2~3人ずつ実行委員が選出され、問屋の担当者も加わり、「企画委員」「動員委員」「会場委員」に分かれて準備が進められました。
企画委員は、出品商品の選定やオリジナル商品の企画を担当。メーカーとの連携も必要で、もっとも労力を要する役割です。動員委員はホームページやSNSを活用した広報を担い、イベントの認知度を高める施策を展開します。会場委員は、会場レイアウトやレジ周りの動線設計、BGMの選定など、来場者が快適に過ごせる空間づくりを担当しました。
実行委員長の白木さんを筆頭に、スタッフ一人ひとりが役割を持ち、それぞれの得意分野を生かしながら、杜の文具博を成功へと導きます。
初回開催は自由入場制でしたが、会場が混雑しすぎてレジ待ちが1時間以上に及びました。そこで翌2024年は、1時間ごとに区切った時間制に改めます。
来場者数は前年とほぼ同じ約5千人でしたが、客単価が1.5倍に上昇し、売り上げも大幅に向上しました。
2024年11月には、JR仙台駅構内の「駅の文具祭り」にも出展。ターミナル駅のコンコースに多くの通行人が足を止め、オフィスベンダーの認知向上に大きく寄与しました。
白木さんは今後も品ぞろえを広げ、発信力を強める方針です
人口が年間6万人超が転入・転出する仙台市は、住民の入れ替わりが激しい街です。いかに転入者に店の存在を知ってもらうかがカギとなります。
今後もイベント出展やSNS運用を通じて「文房具といえばオフィスベンダー」というイメージを根付かせていく方針です。
「実用性を超えた楽しさ」を
ペーパーレス化が進み、文房具市場全体が縮小傾向です。それでもオフィスベンダーでは、えだまめをイメージした万年筆インク、仙台七夕で展示された8万8千羽の折り鶴を再生利用した黒板型学習ノート「こくばん七夕ノート」など、独自性のある商品を展開しています。
「宮城いちご」や「えだまめ」など、仙台らしさが伝わるインクが並びます
付加価値のある文具やコレクション性の高いアイテムを中心に品ぞろえを強化することで、思わず愛でたくなる「実用性を超えた楽しさ」を目指しています。
「人口減少が進むと、文房具だけでなく小売業が今後厳しくなることが予想されます。元気なうちにどんどん新しいチャレンジをして、道を切り拓いていきたいです」