目次

  1. 「うちは1代10事業」
  2. 米国のビジネスで黒字転換
  3. 「そろそろ任せたい」と言われ社長に
  4. 「プレゼン会議」を協力の場に
  5. 社員からDMで業務相談も
  6. 父の姿に学んだ危機対応
  7. 震災への備えで飲料水に参入
  8. ロボットは台数よりも稼働率
  9. カリスマの後を継いだからこそ

 アイリスオーヤマは健太郎さんの父・森佑氏が、大山ブロー工業所として創業しました。健太郎さんが19歳で後を継ぎ、プラスチック製の養殖用ブイの製造などを機に産業資材メーカーに転身。1980年代以降は園芸用品やペット用品などホームセンター市場で存在感を発揮しました。2000年代にはLED照明や家電、精米に参入。2020年からはマスク、飲料水、ロボティクスなどの事業を加速しています。

大山ブロー工業の社長になったころの大山健太郎さん(アイリスオーヤマ提供)
大山ブロー工業の社長になったころの大山健太郎さん(アイリスオーヤマ提供)

 業態転換を繰り返し、グループ31社の売上高7540億円(2023年12月期)、グループ従業員数14196人のグローバル企業に進化しました。大山さんは「うちは1代1事業ではなく、10事業くらいやらないといけません。常に取り組んでいるので、新規事業立ち上げのプレッシャーは、逆になかったです」と笑います。

アイリスオーヤマの家電製品(アイリスオーヤマ提供)
アイリスオーヤマの家電製品(アイリスオーヤマ提供)

 子どものころの大山さんは、両親からことあるたびに「会社を継ぐ可能性もあるからしっかりしなさい」と怒られたそうです。継ぐことを考え始めたのは高校生のころ。2003年、米国にあるアイリスグループの「IRIS USA,Inc.」でキャリアをはじめました。「米国留学も経験したので、父から『行ってこい』と言われました」

 当時は、米国でもホームセンター向けにプラスチック雑貨などを卸していましたが、市場は伸びているのに赤字でした。大山さんは入社直後、チェアマン(日本の会長職に相当)となり、米国のビジネス全般を取り仕切りました。

 「特定の顧客に安く物を売りすぎていたので、値上げしない限りつぶれると初めて英語で強く言いました。最初は営業マンも渋っていましたが、実行したことで一気に良くなりました」

 カリスマ経営者の息子として、最初はプレッシャーも大きかったそうです。

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