大学でベンチャー企業論を学んだ林田さんは、高度な技術を持つ企業の後継者不足問題に興味を持ち、廃業寸前だった吉開のかまぼこを知ります。「後世に残したい」と引受先を探すかたわら、3代目の吉開喜代次さん(79)とともに、2021年秋、完全無添加の「古式かまぼこ」の復活に挑みました。
その味を評価したシステム会社の「フロイデ」(福岡市)が経営権を取得し、林田さんの熱意を買って経営を託しました。2021年12月から林田さんが4代目社長、吉開さんが会長となる新体制がスタートしました(前編参照)。
社長になった林田さんが優先的に着手したのは、かまぼこ作りの技術と知識の継承とリブランディングでした。リブランディングのきっかけとなったのが、新体制発足直後に知ったかまぼこ板の「秘密」でした。吉開のかまぼこで使用している板は、大分県日田市のメーカーのものです。この板は、特許も取得した独自の乾燥技術で、かまぼこの水分を吸収しながらもにおいやヤニ、アクが出にくい仕様になっています。
そんな秘密を知った林田さんが「それ、すごいじゃないですか」と言ったところ、吉開さんは「そんなのかまぼこ屋なら常識だよ」と素っ気ない反応でした。林田さんが振り返ります。
「職人である吉開さんが長年当たり前と思ってきた技術が、消費者目線では当たり前じゃないことも多いんです。そういったことを一つひとつ言語化するのは、まだ素人で消費者の感覚に近い私だからできますし、吉開のかまぼこの魅力と価値が市場でもっと評価されることにつながると考えました」
リブランディングせざるを得ない事情もありました。吉開のかまぼこが2018年から休業している間に、古式かまぼこの原料となる高級魚エソの水揚げ高が海洋環境の変化などもあって減少し、すり身が3倍ほどに値上がりしていたのです。
原価割れを防ぐため価格転嫁しようとしましたが、それではこれまでと同じ顧客層には売れません。
林田さんは、学生時代につながりを持ったベンチャー企業の経営者らにも相談。主要顧客を休業前の地元の家庭から、全国の高級・健康志向の人たちに変えたのです。かまぼこも毎日食卓に並ぶ食品ではなく、お歳暮や年末年始の贈答用商品として価格などを再設定しました。
単品で1本約300円だった価格は918円(税込み)に引き上げ、贈答用の3本セットは2980円(同)、5本セットは4850円(同)に設定しました。有名老舗店などのかまぼこと比較した結果、休業前の無添加かまぼこの価格帯が安すぎたのです。
また、さまざまなマーケット調査から、3~5千円が贈答品として最も買いやすい価格帯というデータを参考にしました。
お祝いの贈答用を意識し、パッケージもより高級感を出す包装に変えました。包装紙の色はそれまでは青がベースでしたが、理由を吉開さんに尋ねると「魚だから、海の青かな」という程度でした。他のかまぼこも青ベースが多く、差別化はできません。
「古式かまぼこ」の旧パッケージ(吉開のかまぼこ提供)
贈答用として「めでたい」イメージをつけるのにふさわしい色として、赤を基調にしたものにリニューアルしました。
ロゴにも、「吉が開く」という縁起の良さをそのままデザイン化。林田さん自身がボールペンで下書きし、デザイナーにシンプルなデザインに仕上げてもらいました。
会社の新しいロゴのデザインは林田さんが下書きしたものです(吉開のかまぼこ提供)
東京近辺からの注文が半数に
オンラインショップも2022年7月に大幅リニューアルしました。デザインやコンテンツは高級感を意識して制作。訪れた人が注文しやすいようにページ構成や導線の設計も、UI(ユーザーインターフェース)を意識しながら整えました。
こうした改善は、親会社のフロイデのグループ会社の力を借りて実行しました。SNS運用も同様に支援してもらいました。
その結果、顧客は次第に福岡から全国に広がり、リピートや新たに始めた「定期便」(古式かまぼこ5本を隔週、1カ月、2カ月ごとのサイクルで発送)の注文も徐々に増加。2024年には東京近辺からの注文が半数を占めるほどになりました。
かつてはお歳暮や年末年始向けに需要が高まる12月が繁忙期でしたが、父の日や母の日、お中元などでも贈答用の売り上げが伸びてきました。
一方、休業前に卸していた「安さ」を売りするスーパーとは取引を再開しませんでした。
「休業前の継続的な取引は大変ありがたかったのですが、完全無添加であることに共感し、熱狂的なファンになってくれるお客さまがメインに変わりました。ある程度は卸先を選ぶこともブランド戦略では重要です。そうしたこだわりがさらなる共感につながっていると感じます」
吉開のかまぼこの実店舗は毎月15日のみ開店しています
「祖父と孫の関係」で理解を深める
吉開さんは休業前、工場近くに店舗も構えていました。林田さんは当初、スタッフの人件費などの経費がかかるため、休業を終えた後も店を再開するつもりはありませんでした。
それでもかまぼこの製造再開を知ってから、吉開さんに会いに来るお客さんも多く、吉開さんも触れ合うことを望んだことから、毎月15日のみ開けることにしました。
開店日は古式かまぼこの販売だけでなく、他の練り物など試作品の試食も行っています。この日はお客さんから直接感想を聞ける、貴重な機会となっています。2024年は年末年始向けの需要が多いと見込み、12月だけ週1日店を開く予定です。
矢継ぎ早に繰り出す林田さんの施策に対し、吉開さんは基本的に好きなように任せてくれました。それでも林田さんは「なぜ変えるのか」、「どう変えるのか」を吉開さんに何度も説明し、すり合わせました。
それでも、理解を得るのに苦労したのは価格設定でした。吉開さんからは「こんなに値上げすると地元のお客さんが買えなくなる」、「30~40年経営していて、値上げしたのは1回だけ」などと反対されました。
林田さんは言い争いになるたび「広いマーケットに進出すればもっと価値を出せる」、「仕入れ値も上がっているからお客さまも理解していただける」と伝えるだけでなく、「失敗したら私が責任を取りますからやらせてください」などと粘り強く説得しました。
「私たちは52歳も年が離れているので、まるでおじいちゃんと孫のような関係です。言い争いはしても険悪になることはほとんどありません。吉開さんが培ってきた経験と技術、小さなブランドをここまで育ててきた実績は尊敬に値することです。私はそうしたことへの配慮を決して忘れないように接しています」
吉開さん(左)から製造方法を教わる林田さん(吉開のかまぼこ提供)
「健康社会に貢献する」新商品開発
再スタートから3年。現体制での製造も安定してきました。林田さんは今、二つのチャレンジをしています。
一つは新商品の開発です。古式かまぼこは全国的な人気商品になりつつありますが、「一本足打法」では心許ないところがあります。経営を安定させるには、古式かまぼこのほかに安定収益が見込める商品を加えた多角化が必要だと考えています。
吉開さんの時代からの経営理念「健康社会に貢献する」に沿った新商品を開発しようと、林田さんは工場長らスタッフとともに、古式かまぼこの製造の合間に試作を続けています。
「一つはかまぼこと同じすり身を使ったちくわ、二つ目は高タンパク質で低カロリーであるかまぼこの特長を活かして、ダイエットや筋トレ好きの方に向けた商品に挑戦しています。三つ目は離乳食から幼児食に移ろうとする子ども向けに、無添加で柔らかい古式かまぼこのような商品を想定しています」
高級飲食店に飛び込み営業も
もう一つの挑戦は販路の開拓です。林田さんは福岡市のデパートや高級スーパー、さらには全国で展開するオーガニックスーパーなどへの営業に奔走し、少しずつ取扱先を増やしています。
東京や福岡などの高級飲食店にも飛び込み営業し、東京では神楽坂のそば店、銀座のそば店と会員制バーの計3店でかまぼこの取り扱いが始まりました。
こうした販路開拓で重視しているのは、高級・健康志向の顧客向けに商いをしている小売店や飲食店を事前にリサーチして絞り込むこと。そして飛び込み営業です。
例えば飲食店では、ランチ終わりからディナータイムまでの休憩時間に訪れ、かまぼこを試食してもらいながら、吉開のかまぼこの復活のストーリーも伝えるようにしています。これまで「帰れ」や「まずい」と言われたことは一度も無かったそうです。
他にもデパートの催事販売や、規模が大きい食品展示会への出展で、継続的な取引につながりそうなBtoBの販路拡大にも挑戦しています。自ら「売り子」になり、試食販売も精力的に行っています。
林田さんは新商品開発と販路拡大に日々奔走しています(吉開のかまぼこ提供)
事業承継をキャリアパスに
社会人2年目から130年続く会社の経営に携わることになった林田さん。大学時代から交流があった経営者からのアドバイスに助けられています。実際に自ら経営を経験すると「奥が深くて難しく、いつも失敗ばかりです」と話します。
それでも林田さんが日々心がけているのが「失敗を恐れず行動すること」です。
「吉開のかまぼこに最初にいきなり電話して訪問したように、大学時代から見ず知らずの経営者に話を聞きに行ったり後継者不在の企業を支援するプロジェクトを始めたり、行動を繰り返してきました。今も経営者として、とにかく行動することで人脈が広がって情報が集まり、会社の状況も良くなっていることを実感しています。
「失敗しても原因を振り返ることで、大きな学びを得られます。経営者としてはまだまだ経験が浅いですが、その分、失敗を恐れずどんどん挑戦し、吉開のかまぼこをもっと全国の人に愛されるブランドに成長させたいです」
今後については「まずは吉開のかまぼこを成長させるため、目の前のことを頑張ります」と語る一方で、将来的には海外展開も見据えています。
2024年、展示会に出品するため訪れたフランスでは、カニカマが「Surimi」(スリミ)と呼ばれて大人気であるのを知りました。
「古式かまぼこのようにオーガニックでおいしい日本の伝統食はきっと受け入れられる余地があると考えています」と、欧州の食品衛生管理基準など輸出に向けた情報収集を始めています。
林田さんは伝統のかまぼこを守りながら広めることで、事業承継の新たな形を築こうとしています
廃業寸前だった小さなかまぼこ店が、国内だけでなく世界へとチャレンジすることで、多くの経営者を勇気づけたいと林田さんは話します。
「高度な技術を持ちながらも後継者不在で困っている事業者に『吉開のかまぼこのように、私たちも復活に挑戦しよう』と思っていただければと感じています。起業に関心がある若い人にも、伝統企業の事業承継というキャリアパスもあるという、ロールモデルの一つになれればうれしいです」