西澤明洋さん
エイトブランディングデザイン 代表
1976年、滋賀県生まれ。大手電機メーカーのインハウスデザイナーから独立。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド、商品、店舗開発など幅広いデザインを手がけている。「フォーカスRPCD®」という独自手法でリサーチからプランニング、コンセプト開発まで一貫性のあるブランディングデザインを強みとする。主な仕事にクラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、スキンケア「ユースキン」、ヤマサ醤油「まる生ぽん酢」、ブランド買取「なんぼや」、手織りじゅうたん「山形緞通」など。著書に「ブランディングデザインの教科書 」(パイ インターナショナル)などがあり、特集雑誌「デザインノート『西澤明洋の成功するブランディングデザイン』 」(誠文堂新光社)も発刊した。
ひかり味噌󠄀は、1936年に創業しました。大手流通のプライベートブランド(PB)製品をいち早く手がけたことで成長。自社製品では有機みそや無添加みその製造にも注力し、「円熟こうじみそ」、「マル有 有機味噌󠄀」などの商品を送り出しています。業界シェアは3位で、23年9月期決算の売上高は前期比7%増の190億円。2022年には新しいみそ熟成庫「未来蔵 MIRAIZO」も建設するなど、設備投資も積極的です。
林さんは大学卒業後、セイコーエプソンに勤め、退職する前の5年間は英国に駐在しました。当時社長だった父親からの要請で、1994年にひかり味噌󠄀に入社。2000年に社長に就任します。
「入社時の年商は70億円ほど。父が後に『つぶれそうだった』と振り返るほど危なかった時期もあり、私も世襲経営という意識はなく、転職して会社を変えるという気持ちでした。父が築いた大豆の仕入れ先も全部変え、役員会から親族も外しました。周囲から『みそ業界は1千年続いているからなくならない』とも言われましたが、私はみそも(前職で手がけた)プリンターも無くなるときは無くなるという危機感を持って経営しました」
PB商品が中心のラインアップに課題を感じた林さんは2009年に、自社商品の有機みそを新しく開発しようと決心し、パッケージデザインを西澤さんに依頼しました。その約1年前、西澤さんがリブランディングを手がけたコエドブルワリー(埼玉県)のクラフトビール「COEDO」のパッケージデザインが紹介されていた雑誌の記事を読んだのが、きっかけでした。
「ブランドを一新したプロセスを解説した記事で、西澤さんの存在を知りました。COEDOビールのデザインが素晴らしく、記事の切り抜きを机の中にしまっていました。有機みそにもっと力を入れようと考えたときに思い出したんです」
林社長が自ら、パッケージデザインの相談で来社されました。話を聞くと、当時のひかり味噌󠄀が発信していたことと、林社長が目指すイメージが合っていない気がしたんです。その方向性を合わせていくため、まずはコーポレートのリブランディングを手がけたほうが良いのでは、と提案したのを覚えています。
「理想の家族像」にとらわれない
当時のひかり味噌󠄀のコーポレート・アイデンティティー(CI)は、3人の「人」をモチーフしたマークで、「あったか家族の応援隊」というキャッチフレーズが付いていました。3人は結婚した夫婦と子どもという設定で、いわゆる伝統的な家族構成のイメージです。
かつてのひかり味噌󠄀のロゴマーク(エイトブランディングデザイン提供)
しかし、林さんは「その理想の家族像にとらわれた『制度』のようなものに嫌悪感がありました」と振り返ります。
今は事実婚もあれば、結婚して子どものいない人もいます。高齢者に限らず、若い人の単身世帯も少なくありません。林さんは家業に戻ってから、様々な境遇の社員を平等に扱うため、「家族手当」も廃止していたほどでした。
「良妻賢母という考え方も古いと思っています。私がひかり味噌󠄀に入社する直前まで生活していた英国は、男女を同列に扱うのは当然で、女性もたくさん働いていました。それが普通だと思っていて、帰国して『なんで?』と驚くことが多かった。そんな私の気持ちを、西澤さんは察してくれたんです」
林さんは有機みその新商品のパッケージデザイン開発と並行して、CIのリニューアルも決断したのです。
「光」をモチーフにしたデザインに
西澤さんは現在、クライアント企業の社員も参加するワークショップ形式でブランディングに取り組んでいます。しかし、当時はその手法が確立する前で、ひかり味噌󠄀のリブランディングは、林さんとほぼ2人で取り組みました。
「西澤さんには私から色々聞き出してもらい、感じ取ったものをイメージして視覚化してくださいとお願いしました」
林さんが出した条件は、社名のロゴを欧文のみで表記すること。国内だけでなく海外での販売も強化しようと考えたからです。
「国内市場が先細る中、今後は経営の軸足を海外にシフトする必要がある。商品は国や地域によって分けても、ロゴマークは世界共通にしたいという思いは明確にありました」
林さんは、西澤さんとの対話の中で印象的だったことがあります。先代までが築いた伝統に対して、林さんが「古くさくて嫌だ」と話したとき、西澤さんから「いいものがたくさんあるじゃないですか」と言われたことでした。
そのことをわかりやすく提示したのが、西澤さんがデザインした「光」という漢字をモチーフにした五角形のマークでした。
「それを見たとき、ひかり味噌󠄀のことをよく観察してくれていることがわかり、うれしくなったのを覚えています」(林さん)
リニューアルしたロゴマーク(エイトブランディングデザイン提供)
西澤さんは、新しいマークの狙いをこう解説します。
林社長からは「これまでのイメージにとらわれず大きく変えて構わない」と言われていました。しかし、ひかり味噌󠄀は歴史も実績もある会社。使える資産や財産は残したほうがいいと、提案しました。 特に「光」という漢字表記は紋章として残すべきだと考えました。漢字のアイデンティティーは、海外でも受け入れてもらえるはずです。「光」をモチーフにしたデザインをいくつか考え、五角形のマークが残りました。 ワークショップ型のブランディングは社員の方々にも参加していただき、アイデアの拡散と収束を繰り返しながら、最終案を決めます。それに対し、ひかり味噌󠄀のプロジェクトでは、林社長と僕のセッションのような感覚でリブランディングを進めました。それが可能だったのも、林社長が即断即決の人だからです。好きなデザインの傾向も似ていて「波長が合った」と思っています。
グローバル視点で「味噌󠄀」を残す
林さんはリブランディングの過程で社名変更も検討。社名に「味噌󠄀」を残すかどうか迷いましたが、最終的には残しました。
「それは、海外市場では『味噌󠄀』という言葉が、かっこいいと思われているからです。日本ではみそは当たり前にあり、ありがたみを感じにくいですが、海外では違います。スーパーのドレッシングの棚には、みそドレッシングが並んでいますし、レストランでも同様です」
「自然の恵み、いただきます。」というコンセプトとロゴマークが、2010年に決まりました。CIの刷新について、社内の意見はどうだったのでしょうか。
「当時は自社商品とPB商品との比率は3対7でした。自社のロゴマークが入る商品の取り扱いが少なかったので、CIリニューアルを深刻には受け止めていなかったと思います」
西澤さんはリブランディングに取り組む林さんについて、こう話します。
今回のリブランディングの本当の目的は、単なるCI刷新でなく企業体質の変革にありました。ひかり味噌󠄀はこれまでOEMのPB商品主体で、どちらかといえば受け身なものづくり体質。それを自社ブランド製品をしっかりと作り上げていくことで、ものづくりにおいて主体性を持ち、売り上げとともにブランドの認知も広めていこうと林社長は考えられました。 また、非常にグローバルな視点をお持ちで、マーケットも最初から国内にとどまらず海外に目を向けられていました。僕もデザインリサーチの初期段階から海外視察に同行させていただいて、現地のスーパーでどのようにみそが売られているか一緒に見て歩きながら、勉強しました。
動的イメージをデザインに
コーポレートのリブランディングと同時に、有機みそと無添加みそのパッケージデザインの開発も進めました。
有機みそ「こだわってます」はひかり味噌󠄀の看板商品の一つです(ひかり味噌󠄀提供)
ひかり味噌󠄀には、有機JAS認定された大豆と有機栽培米が原料の「こだわってます」というみそがあります。これは先代社長時代の主力商品でしたが、林さんは「それとは別に、自ら有機みその商品をつくりたいと思った」と言います。
海外の大豆農場も自ら視察し、仕入れなども先代のころから刷新しました。
「パッケージデザインに関しては、西澤さんに一任し、色使いもモチーフも、一切リクエストしていません。ただ、遺伝子組み換えの大豆が生産されている現状や、安心して食べてもらえるようにサプライチェーンの構築に取り組んでいることなどの話は色々しました」
「そして完成したのが、有機みその『有』の一文字を丸で囲み、中央に大きく配したデザインでした。私がモヤモヤしていることや、別の切り口で話した考え方などから、西澤さんはイメージを膨らませて視覚化してくれたのです」
「マル有 有機味噌󠄀」のパッケージは「有」の文字を際立たせています
林さんが求めているのは、みそ業界では若い会社だからこそ、先を見て変革し続けているという動的なイメージでした。西澤さんはそれを表現しました。
パッケージデザインのディテールについて、西澤さんはこう話します。
みそに限らず、市場ごとに基本的なデザインコードがあります。みその場合は、筆文字や木目調や和紙調など、いわゆる和風のデザインというイメージがあります。 同じみそ商品では、マルコメの「料亭の味」のパッケージのレインボーカラーが独自性を放っており、だし入りみそのイメージとして定着しました。 それと同じように、ひかり味噌󠄀の有機みその「マル有」と、無添加みその「マル無」のデザインは、既存のコードを持ち込まずに考え、筆文字ではなく、幾何学的なイメージを表現しました。有機みそは「マル有」、無添加みそは「マル無」とマーク化して商標登録もしました。こうすることで、幾何学的な新しいイメージをひかり味噌󠄀のオリジナルのブランドイメージとして育てていこうとしています。
「マル無」シリーズ(2011年撮影、エイトブランディングデザイン提供)
消費者をエスコートするデザイン
パッケージデザインについて、林さんは「消費者とメーカーをつなぐインターフェース」と言います。
スーパーやコンビニの客は原則、商品を食べてから買うことはできません。つまりパッケージが、購買意欲をかき立てる大きな判断材料となります。みそのように、スーパーの同じ棚にライバル社の商品がひしめき合う消費財であればなおさらです。
「お客様との接点であるインターフェースをつくりあげるとき、経営者の考えていることと、デザイナーがイメージすることをドッキングさせることが大切です。そこへの投資を惜しまないのは、経営的にも当然のことです」
林さんはリブランディングを通じて徹底した差別化にこだわりました
林さんは、みそ業界における経営の本質は「差別化に尽きる」と言います。レッドオーシャンから抜け出すためには、売り場で目立ち、デザインによる徹底的な差別化がカギになるという考えです。
「私たちが常に売り場に立っていることはできないので、パッケージ自体が語ってくれるのが理想です。そのためにも、商品が売り場でどう見えるかは非常に重要です。会心のデザインが生まれれば、イメージが一人歩きしてくれる。そのためにもマーケティングへの投資も必要だと思っています」
店頭での差別化について、西澤さんはこう分析します。
店頭でどういう面(顔)がつくれるかは、デザインの力が一番発揮されるところです。おしゃれにも、アーティスティックにもできるからこそ、そのブランドが狙うポジションによって、デザインのトーンは異なります。 ひかり味噌󠄀は日本の代表的な有機みそや無添加みそというポジションを狙っているので、マスに受け入れられることを意識しながらデザインしました。スーパーやコンビニなどの棚で、奇をてらい過ぎたり、きわどいデザインだったりすると、一般消費者は手にとりにくいですよね。商品を手に取ってもらい、購入して食べてもらうことが勝負。店頭で消費者をエスコートするデザインを目指しています。
熟成庫にも名前を付けた理由
ひかり味噌󠄀は2022年7月、長野県飯島町の飯島グリーン工場に、みその熟成庫「未来蔵MIRAIZO」を稼働しました。約3千トンのみそが貯蔵できる施設です。
ひかり味噌󠄀の熟成庫「未来蔵 MIRAIZO」(エイトブランディングデザイン提供)
製造工程に関わる施設にも名前をつけて対外的にアピールする狙いを、林さんは「これからも事業を拡張し、経営改革が続いていくという意志を、世間に訴えていくこと」と説明します。国内のみそ市場が縮小傾向にあることも意識したリブランディングの姿勢です。
未来蔵の内部(ひかり味噌󠄀提供)
この「未来蔵 MIRAIZO」のロゴも、西澤さんが担当しました。漢字と欧文のロゴは、コーポレートのロゴマークとも世界観を合わせています。
未来蔵のロゴ(エイトブランディングデザイン提供)
ひかり味噌󠄀よりも規模の小さな企業は、デザインの投資についてどのように考えるべきでしょうか。林さんは、自身の経験も踏まえてこう話します。
「新ブランドを立ち上げて商品を開発し、デザインにもお金をかけて取り組んでも、3年、5年経っても売れないとギブアップしてしまう経営者は少なくありません。数年赤字が続くと、社長が豹変して打ち切ってしまうんですね。海外に挑戦した日本企業で、同様のケースをいくつも目にしてきました」
「やると決めたら最低10年は方針を変えず続ける。そのくらいの覚悟がないと頭角を現すのは難しいと思います。途中で路線変更したり、予算を大幅削減したりするのが一番良くない。それを避けるためにも、物事の読みの深さが肝になるという考えです。例えば、新商品を販売したら、市場規模によってターゲットやマーケティングのアプローチを考えます。その次に私が想像するのは、競合はどんなアクションを起こすか。それが社員と経営者の違いでもあると思います」
ブランドの源泉は「やりぬく力」
西澤さんは、ひかり味噌󠄀のリブランディングを次のように総括しました。
ひかり味噌󠄀・林善博さんの強みは、なんといっても「やり抜く力」。これに尽きます。 家業に戻ってきてまず手をつけられたのが、現代的かつ透明性の高い経営体制へのシフト。中小メーカーではよくある同族経営をばっさりとやめるところから経営者人生をスタートされています。 商品に関しては、PB製品主体のものづくりから自社ブランド製品主体へのシフト。販路は、国内から海外へ拡大。そして、同業他社がほとんどデザイン投資を行っていない業界の中で、CIリニューアルとパッケージデザインの変更。そして最近では、非常に大きな投資を決断されての新施設建設。 ブランディングで「差別化」というのは簡単ですが、実際にやるのはとても難しい。当たり前ですが差別化とは「他と違うこと」を徹底的にやり抜かないと実現できません。それはとても勇気のいる決断ですし、何よりも一度はじめたら最後までやり抜かないと達成できません。ブランディングを伴走させていただいてもう14年になりますが、林さんのこの「やり抜く力」こそが、ひかり味噌󠄀ブランドの根源だと思います。