「美味しすぎる」を目指さない テンホウ3代目が重んじる3世代家族
長野県を代表する中華料理チェーン「テンホウ」は、3代目社長の大石壮太郎さん(49)らが、評価制度や経営理念の策定で従業員の士気を高め、低迷していた売り上げも再びアップさせました。後編では新型コロナウイルスの感染拡大で打った手や「美味しすぎるものを作らない」というこだわりの理由などから、大石さんの経営戦略に迫ります。
長野県を代表する中華料理チェーン「テンホウ」は、3代目社長の大石壮太郎さん(49)らが、評価制度や経営理念の策定で従業員の士気を高め、低迷していた売り上げも再びアップさせました。後編では新型コロナウイルスの感染拡大で打った手や「美味しすぎるものを作らない」というこだわりの理由などから、大石さんの経営戦略に迫ります。
目次
大石さんは1990年代後半に20代で家業に戻ってから、評価制度や経営理念の立ち上げや浸透などの組織改革を進めました(前編参照)。獅子奮迅の働きでしたが、当時を振り返ると猛烈に忙しかったそうです。
「厨房機器の故障、お客さんとのトラブル、物が無かったら・・・といった具合に、各店舗の問題解決を全部自分で引き受けていました。いつの間にか、仕事の問題点があれば僕に連絡が来るようになっていたのです」
大石さんは問題解決のために、長野県に点在する店舗間を移動しているだけで1日が終わることも多く、負担になっていました。
そして社員に提言しました。
「問題だけを(大石さんに)言うのではなく、解決策や改善の方法、そこに至るまでのプランを持ってきてほしいとお願いしたところ、やっと楽になりました。現場が改善策を考え、それが楽しいと思える人がどんどん増えていきました。これは専務や常務の理解や働きかけによるところも大きいですが、今となっては社員には感謝しかないです」
社内の空気は、以前とは考えられないくらい変わったといいます。
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2020年からのコロナ禍で、テンホウも売り上げが3割減りました。そんなとき、大石さんは従業員に「2050年には日本の人口が2割減になると予測されている。30年後の日本はこういう(コロナ禍のような)社会になるぞ。その時どんな働き方をする?」と話したそうです。
また、大石さんは社員全員に手紙を書いて渡しました。それはこんな内容でした。
「責任は社長が全て持つ。失敗しても解雇はしないから、今やるべきことを考えてどんどんやってくれ」
そうして、逆風下での積極的なチャレンジが始まったのです。
世の中の動きや情報を大石さん自ら社内のSNSで共有し、「うちはどうする?」という問いかけを続けました。
まずは全店舗の責任者である常務を中心に対策を講じ、スタッフからテイクアウトを強化する案が出て、全メニューを家に持って帰れるようにしました。
また、スーパーへの(中華食材の)卸売りを取り扱う店舗数も増やしました。さらに「お店の賃料を下げますよ」と言ってくれる大家さんも現れるなど、これまでの縁の力もあって、多くの人から助けられました。
自販機も4台導入して、冷凍の餃子とラーメンを販売したことでも話題を呼びました。
コロナ禍以降、人を介さずに効率化を追求する商売が流行し、外食産業も例外ではありませんでした。大石さんも様々な手を打ちましたが、結果的には人との接触が大事だと気付かされました。
「効率を追求することも大事ですが、商売は人を介して行うもので、それを省いてしまうのはどうかなと思いました。コロナ禍で生き残ることができたのは、常連さんのおかげです。やっぱり地元のお客さんやその家族を喜ばせることが本筋で、一番大事だと思いました」
大きい店舗を作らず、カウンター席よりも回転率の低い座敷席を多くするなど、テンホウは外食チェーンとして異色の戦略を立てています。その理由はどこにあるのでしょうか。
「一つの店が満杯になったからといって大きな店を建てるのではなく、近くにもう一つ(同規模の店を)作ります。一つのエリアの中にいくつもお店を作り、やがて面にしていく戦略です。主要道路沿いにいくつもテンホウがあれば、コンビニのような状態になります。そして、お店にそれぞれ特徴があった方がお客さんにも喜ばれます」
座敷席が多いのは「3世代家族」を掲げる店だからといいます。「家族が集まることができて、ご高齢の方にもゆっくりしてもらえるようなお店作りをしたいからです」
テンホウは「美味しすぎるものを作らない」ことにもこだわっています。それは、お客さんにとって特別な店ではなく、家庭的な存在を目指しているからです。
「料理はこだわればこだわるほど時間とお金がかかり、お客さんを選ぶ商品になってしまいます。テンホウとしては、誰でも毎日食べられるシンプルな味を作りたい。祖父母と両親、子供たちが一緒にわいわい楽しむ、『3世代家族』の一部になりたいのです」
幅広い世代の人から満遍なく愛される味を作る秘訣は、家庭料理のように食べられること。それは、特別なことや複雑なことをしないことなのです。
そして、お客さんに育てられているという意味を込めて付けたのが「みんなのテンホウ」というキャッチフレーズでした。
昨今の原材料高はテンホウの経営も直撃。人件費が上がっていることもあり、22年2月には値上げに踏み切りました。
「それでも今は2月の値上げでは追いつけないくらい原材料が値上がりしています。特にラードなどの油系が高くなり、肉の仕入れ値も飼料価格の高騰に伴って上がっています。野菜は八ヶ岳の農家さんと組んでいるので安定していますが、これも天候不順があると価格が変動してしまいます。電気やガスなど、光熱費も驚くほど上がっていて下がる見込みがないとも言われています」
コロナ禍や原材料高で多くの飲食チェーン店が苦境に立たされる中、ローカルチェーンが生き残るために必要なことは何でしょうか。
「材料が手に入らなくなった時にどうするか、事前に考えておかないといけないと思っています。例えば、米の文化をピックアップして、米粉を使ったメニューを考えるといったことが考えられます」
「この先、ランチは大幅な値上げも余儀なくされるかもしれません。付加価値を乗せて価格を上げないと我々は生き残れません。給料を上げるのが先か、物価が上がるのが先か。悩ましい時代だと思います」
そんな時代でも、大石さんはお客さんとの信頼関係を作ることが最も大事だと考えています。「そうするとお店が変化しても、お客さんは付いてきてくれるのです」
大石さんは最近、かつて社内改革で導入した評価制度を廃止しました。その理由をこう語ります。
「続けるうちにどんどんマンネリ化してしまいました。目標というのは一つ決めたら終わりではなく、その時々のタイミングで要不要を決めるものです。しかし、その辺が惰性になってきて、やる意味があまりないと思ったのです」
せっかくの評価制度も長く運用しているうちにマンネリ化してしまい、形だけの評価制度として形骸化してしまうような例は、他の会社でも多いのではないでしょうか。テンホウでもその例外ではありませんでした。
そこで大石さんは大胆な手を打ちます。長野地区、松本地区、諏訪地区といったエリアごとに売り上げから分配金を預けて、自分たちの裁量で分ける仕組みを導入したのです。
「エリアの中で、この店舗にいくら払うといったことをみんなで数字を見て決めるという仕組みです。かなり実験的ですが3年かけて徐々に定着し、エリアごとの予測と実績が合うようになってきました」
これを導入するためには、どのような準備が必要なのでしょうか。
「数字が全部公開されていることに加え、それぞれがどんな仕事をしているかを把握し、チームで信頼関係ができ上がっていないと難しいと思います」
これは何より大石社長が社員を信頼しているからこそ実現できる制度に思えます。
これからのテンホウの経営について、大石さんはどのように考えているのでしょうか。
「時代の中で変えなければいけないこと、変えてはいけないことを、社員と共によく考えたいと思います。店舗数も(今の3倍超の)104(テンホー)店舗を目指したいです」
ただ、規模の拡大に力点を置いているわけではありません。
「例えば300年の老舗企業の売り上げが、300年間ずっと上がっているわけではありません。日本は長寿企業の多い国なので、長く続く企業として世界のモデルになりたい。経営とは『経を営む』という仏教用語です。お金もうけより、世の中のお役に立つことを考えてやっていければと思います」
最後に、大石さんお勧めのメニューは何でしょうか。
「定番のタンタンメンや定食もいいですが、各店舗のスタッフが考えた店舗ごと違うオリジナルメニュー、限定商品なども召し上がって頂ければと思います。そしてぜひ、ああでもない、こうでもない、と言ってください。みんなのテンホウですから」
長野県でのみチェーン展開する中華料理チェーン「テンホウ」。そこには、地元への優しい心と、組織としてのしなやかさがありました。
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