心筋梗塞を機に視野広げた印刷会社3代目 「自社だからできる」動画に進出
奈良で1957年から続く「JITSUGYO」(2014年に実業印刷から社名変更)3代目の沢井啓秀さんは元々、休みもなくバリバリ働くタイプでした。しかし、コロナ禍の精神的重圧がかかるなかで心筋梗塞を発症。それをきっかけに「自社だからできるサービス」について深く考えるようになりました。こうして生まれた豊富なインタビュー経験を生かした動画アニメーション事業は、会社全体の売り上げの1割を占めるまでに伸びています。
奈良で1957年から続く「JITSUGYO」(2014年に実業印刷から社名変更)3代目の沢井啓秀さんは元々、休みもなくバリバリ働くタイプでした。しかし、コロナ禍の精神的重圧がかかるなかで心筋梗塞を発症。それをきっかけに「自社だからできるサービス」について深く考えるようになりました。こうして生まれた豊富なインタビュー経験を生かした動画アニメーション事業は、会社全体の売り上げの1割を占めるまでに伸びています。
目次
沢井さんは大学卒業後、2001年に第二新卒として東京の大手印刷会社に就職し、営業部で働き始めました。当時は印刷物への需要が高く、積極的に営業活動をすればその分、多くの契約を取ることが出来ました。
インセンティブ制度もあり、1件でも多く受注しようと、1日200社に営業電話をかけました。当時100人以上いた営業担当の中で売り上げがトップ10に入るなど、数字で評価されることで満足感を得ていました。
3年ほど働くうちに、徐々に営業成績以外に関心が広がりました。クライアントから「大量に印刷した冊子が余ったから捨てた」などと聞くことがあり、自社の印刷物が本当にクライアントの役に立っているのかが気になるようになりました。
そこで取引先の社長に直接ヒアリングするなどして積極的にニーズを聞き出し、印刷だけでなく、ウェブサイト制作やノベルティ制作などの幅広い提案をしました。
クライアントの利益を自分の利益のように捉える“圧倒的当事者意識”が、新たなビジネスチャンスを切り開くと学び、その視点を現在でも大切にしています。
そんな中、大手工作機械メーカーのマーケティング部門への出向が決まりました。印刷物はもちろん、動画制作やウェブ制作など、マーケティング関連のディレクションを幅広く担当し、2年間の経験を積む事ができました。
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ところが2009年、リーマン・ショックによって状況が一変。機械の生産がストップすると同時に、マーケティング関連の業務も無くなりました。
オフィスの整理などをしてやり過ごす日々に、「このままでは自分の成長が止まってしまう」と焦りを感じていました。そんな折、家業の業績が以前に比べて下がっていることを知りました。自分の経験を活かして家業をサポートしたいという思いとともに、大手企業で会社員として働き続けるよりも、家業に入る方が早いスピードで重要な意思決定や新規事業の開拓などに携われるのではないかという期待もあり、退職を決めました 。
家業である「実業印刷(後のJITSUGYO)」は、奈良で昭和から続く地元に根付いた印刷会社です。奈良の教育機関における論文や市町村史、地元企業や自治体のチラシなど、幅広い印刷物を請け負ってきました。
納期を守り、品質を保ち、誠実に商売を続けて築かれた信頼関係によって、積極的な営業をしなくても、毎年決まった時期に決まったクライアントから注文が入る状況が長年続いていました。
しかし、2009年ごろから売り上げが下がり始めました。インターネットを通じて印刷物を発注できるネット印刷の普及がおもな原因でした。
状況を打破すべく、 タウンページや求人広告などを参考に、引き続き地元の印刷会社と取引している企業に次々と営業電話をかけ、訪問しました。しかし、地縁や血縁を重視する企業が多く、印刷の質や低価格をいくらアピールしても、自社に乗り換えてもらうことが難しかったといいます。
24時間365日体制、寝言でも商談について話すほど、自らを追い込んで営業活動に没頭しましたが思わしい成果が得られず、途方に暮れていました。
沢井さんは、思い切って営業先を地元企業から官公庁へとシフト。奈良県が力を入れている、全国に奈良の魅力を発信するための広報活動の公募案件に目をつけました。
自社の得意とする印刷物を活用した広報活動はもちろん、大手工作機械メーカーのマーケティング部門での経験を生かし、ウェブサイトや動画なども活用した幅広いプロモーション内容を提案。広告代理店などの競合がいるなかで案件を獲得できました。
その結果、2009年には約2.2億円だった売上高が、2011年には約3億円となり、会社として過去最高の売上を記録しました。
2014年に社長に就任し、社名を「実業印刷」から「JITSUGYO」へ変更しました。
マーケティングの領域で県庁や民間企業にアプローチする場合を想定し、社名に“印刷”と入っていると「所詮、印刷会社」との印象を持たれてしまい不利だと考えたためです。それに伴い“おもしろい事をしている会社”をコンセプトに、新社屋も建設し、イメージの一新をはかりました。
「当時は若くて体力もあり、業績も右肩上がりで、やり甲斐を感じていました」と振り返る沢井さん。社長になってもプレイングマネージャーとして、長時間労働を続け、休みもほぼ取らずに働き続けたと言います。
「“結果が全て”という思いで、自分にも社員にも厳し過ぎました。経営者としての視点ばかりを押し付け、一般社員としての視点に立って考えることをせずにコミュニケーションをした結果、営業担当の社員が何人も辞めてしまいました。今ではその反省を生かし、社員からも助けを借り、経営者としての思いを噛み砕いて現場へ伝えてもらうなどの工夫をして、当時よりもスムーズにコミュニケーションが取れるようになりました」
沢井さんは印刷業の市場規模が年々縮小するなか、何か策を講じなければ自社の存続が難しいと、焦りを感じていました。
印刷業から幅を広げたマーケティング・広報関連の仕事で売り上げを伸ばしましたが、ゆくゆくは自社ならではの商品を開発し、奈良県に限らず全国のクライアントと取引ができるような事業が必要だと感じていました。
サイト制作に取り組んだこともありましたが、社内の業務負担が想像以上に重く断念。その後、アメリカで開発されたビジネスアニメーション制作ソフト「Vyond」のことを雑誌で知り、サイト制作に比べると作業が短期間で完結し、取り組みやすい点に魅力を感じました。
また、商品や人の魅力を伝えるという意味では印刷業と共通する部分がありつつ、より視聴覚的に理解でき現代の世の中に受け入れてもらいやすい方法だと考え、ソフトの導入を決めました。
2020年2月にアニメーション動画サービスの提供を開始。その後すぐに、新型コロナの流行が始まりました。
コロナ禍が自社の業績に与えた影響は大きく、企業イベントの中止や観光誘致プロモーションの停止など仕事が激減。10年間3億円以上を維持していた売上高が、2020年9月ごろには2億6000万円まで落ち込みました。
なんとかしなければとプレッシャーを感じる日々。ある朝目覚めると、だんだんと心臓が痛くなり、脂汗が出てくるのを感じました。感覚的にただごとではないと悟った沢井さんは、妻に助けを求め、そのまま病院へ救急搬送。心筋梗塞と診断され、緊急手術によって一命を取り留めました。
手術3日後からオンラインで会議に参加しつつも、入院の時間を利用して経営者ではなく、一人の人としての在り方や考え方の本を読むことにしました。
そこで、一歩引いて長期的に考えることの大切さや、一見無駄に思えることも無駄ではないかも知れないと気付かされたといいます。
以前は 、自社のビジネスと直結する人間関係にばかり目を向けていましたが、本を読んだことで、例えば他事業の成功例や他の経営者の考え方を知ることで、自社の事業にも反映することができるのではないかと考えました。
そこで、退院後はこれまで参加しなかったようなプライベートの集まりや、若手起業家組織の集会などにも参加し、新たな人間関係を築くようになりました。
特に影響を受けたのは、仕事関係の人から誘われた趣味の集まりで、教育改革実践家の藤原和博氏と出会ったことです。
東京都初の中学校の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めた藤原氏の「正解は1つではなく、自分の得意な分野に力を入れるべき」との考えに感銘を受け、自社だからこそ提供できるサービスについて深く考えるようになりました。
JITSUGYOは、委託事業の奈良の観光情報誌「ならり」などの制作のため、年間約80回ほど取材しており、商品やサービスの魅力を引き出すためのインタビュー経験が豊富にありました。
沢井さんはこの経験を生かし、企業の商品の魅力を展示会で伝えるための動画や、採用イベントで経営者の哲学を学生に伝える動画などの制作時に丹念な経営者へのインタビューを実施。
話の内容を元にストーリーを作成し、3分程度のアニメーション動画に落とし込むことにしました。ストーリーを考える“企画”部分まではインタビュー経験の豊富な社内のスタッフで行い、その後の編集作業は社外のクリエーターと連携して動画を作成する体制を整えました。
2021年1月7日にリリースした、オンライン寺子屋「朝礼だけの学校」のサービスを端的に説明したアニメーション動画では、10日間で290人の事前登録に寄与したといいます。
経営者のビジョン、商品やサービスの魅力を分かりやすく伝える動画は、展示会や企業のウェブサイトなど様々なシーンで、商品の認知度アップやブランドイメージの向上に貢献しました。
インタビューから約1週間で初稿納品するスピードもあり、現在では大企業 、海外進出企業、ビジネス著のベストセラー作家、全国のベンチャー企業や教育委員会などに、年間200件以上のアニメーション動画を提供しています。
2021年度のアニメーション事業の売上は会社全体の売上高の約1割にあたる約2800万円で、コロナ禍の影響で落ち込んだ約4000万円の売上の半分以上を補填することができました。
創業65周年を迎えるJITSUGYOは「印刷も、その先も ー 伝わるべき人に伝わる世界 」をビジョンに掲げています。
「創業当時から続く印刷事業に加え、アニメーション事業を導入したことによって、“伝わるべき人に伝わる”手段を以前より幅広く提案できるようになりました。今後、さらにデジタル化の進む世の中で、“伝える”ための手段はより多様化すると予想しています。“圧倒的当事者意識“を持って顧客と伴走する視点はそのままに、時代やニーズに合わせて“伝える手段”をアップデートし続けたいと考えています」
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