目次

  1. 労働協約とは
    1. 労働協約の意味
    2. 労働協約を締結するプロセス
    3. 労働協約を破った場合はどうなる?
  2. 労働協約と労使協定との違い
    1. 労働協約と労使協定の違い①締結当事者
    2. 労働協約と労使協定の違い②範囲・対象
    3. 労働協約と労使協定の違い③目的・趣旨
    4. 労働協約と労使協定の違い④有効期間
    5. 労働協約と労使協定の違い⑤効力
  3. 労働協約と他の制度の適用順序 
    1. 法令と労働協約の関係
    2. 労働協約と就業規則の関係
    3. 就業規則と労働契約の関係
    4. 適用順序の具体例
  4. 労働協約を締結するときのポイント
    1. ひとつずつ、段階的に進める
    2. 事前協議事項を認めるときは慎重になる
    3. 明確な規程を心がける
    4. 困ったときはすぐに専門家に相談する
  5. 労働協約を締結するときは安易に譲歩しないこと

 労働協約は、労働組合と使用者間で定めた労働条件や労使関係全般に関する取り決め事項のことです。法令に次ぐ強い効力を持ち、組合員については就業規則や個別の労働契約よりも適用が優先されます。

 労働組合は自身らの労働条件を向上させるために団結し、組織を作り、使用者と団体交渉を行います。労働協約はこうした労働組合活動の成果ともいえます。

 労働協約とは、労働組合と使用者との間で労働条件その他に関する事項について書面に作成し、署名または記名押印したものです。

 「労働協約」という表題でなくとも「〇〇協定」や「確認書」「覚書」「了解事項」といったものでもよいとされています。

 労働協約に関しては労働組合法(以下、労組法)第14条から第18条にかけて法定化されています。また、使用者は不当労働行為として、労働組合との団体交渉について正当な理由なく拒むことを禁止されています(労組法第7条)。

 労働協約は、度重なる労使交渉の末、合意に至るというプロセスを経て作成されるものです。労働者代表などの意見を聞き、使用者が作成する就業規則や労使協定とはプロセスが全く異なります。

 労働協約を作成する具体的な手順としては、

 ①有効期間についてを定める
 ②合意に達した事項を書面に作成する
 ③両当事者が署名または記名押印する(労働基準監督署への提出は必要ない)

 という3ステップが必要になります。

 労働協約の当事者は、労働協約を遵守し、履行する義務を負います。そのため労働協約上の規定の違反や義務の不履行については、これにより生じた損害賠償を請求される可能性があります(民法415条)。

 労働基準法の罰則にとどまらず、労働協約の債務不履行や不法行為は民事訴訟に発展する可能性がありますので、労働協約の締結には慎重になるべきです。

 労働協約と労使協定は全く別物だとお考えください。2つの違いを表にすると下のようになります。それぞれの詳細は次に詳しく解説します。

労働協約 労使協定
労働者側の締結当事者 労働組合・連合団体 労働者の過半数を代表する者
範囲・対象 原則、締結主体に属する組合員 適用事業場の労働者
目的・趣旨 労働条件の維持改善 免罰的効果のため
有効期間 定める場合は3年が上限 定めなし※1
効力要件 書面に作成し両当事者が署名または記名押印 両当事者が定めること※2

 ※1.労使協定は有効期限の定めが必要なものとそうでないものがあります
 ※2.36協定(時間外労働・休日労働に関する労使協定)のみ所轄労働基準監督署への届出が効力要件です

 労働協約の締結当事者になり得るのはそれぞれ下記のとおりです。

 労働者側:労働組合または連合団体
 使用者側:その使用者またはその団体

 労働組合という単体組合はもちろんですが、個々の労働組合を構成員とする連合団体も労働協約を締結することができます。また、使用者側も労働協約を締結することを主な目的として団体を組織し、締結の当事者となることができます(労組法第14条)。

 労使協定の締結当事者は、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合は労働組合、労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者とされています。相手方はいずれの場合も使用者です。例えば、100人働いている会社で、51人で組織する労働組合がある場合は、労働組合が使用者である企業と労使協定を締結します。労働組合がない場合は、投票や挙手によって選出された過半数を代表する者が使用者である企業と労使協定を結びます。

 労働協約の場合、雇用契約上の労使関係にとどまらず、連合団体として締結することもあります。連合団体が締結当事者になり得る点も労使協定との大きな違いです。

 労働協約の効力は、原則として労働組合の組合員にのみ適用されます。組合に加入していない労働者には協約の効果は及びません。しかし、次の条件を満たした場合は一般拘束力と呼ばれる効力が発生し、組合員以外の労働者にも自動的に協約が拡張適用されるとしています(労組法第17条・第18条)。

  • 一工場もしくは事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったとき
  • 一の地域において従事する同種の労働者の大部分が一の労働協約の適用を受けるに至ったとき、かつ厚生労働大臣又は都道府県知事の決定があったとき(地域単位の一般的拘束力の適用例は1950年代から2022年までに9件しか報告されていません)

 一方、労使協定の効力は、労使協定を締結した当該事業場の労働者全体に適用されます。労使協定締結の際に、反対の意を述べていた労働者でも、労使協定が締結された場合は適用対象となります。

 労働協約の目的は、組合員である労働者の労働条件維持改善と地位の向上です。厚生労働省が3,319の労働組合から行った調査によると、組合活動で重点をおいてきた事項は一位から「賃金・賞与・一時金(90.8%)」、「労働時間・休日・休暇(76.9%)」、「組合員の雇用の維持(41.6%)」となっています(参考:令和3年 労働組合活動等に関する実態調査 結果の概況/5 労働組合活動の重点事項 |厚生労働省)。

 労使協定の目的は、法律の原則の規制を修正し、例外を認めさせ、違法行為を免罰化することにあります。労働基準法では14の協定による例外を認めています。時間外労働と休日労働に関する36(サブロク)協定を例に説明します。

 労働基準法第32条では、法定労働時間を超える労働は認めていません。しかし、就業規則や労働契約に時間外労働が発生する場合がある旨を記載し、36協定を締結・届出をすることで、時間外労働させたとしても労働基準法違反とならなくなります。

 このように、労働協約の目的は労働条件の維持改善であり、労使協定の目的は免罰的効果であり、それぞれの目的・趣旨は全く違います。

 労働協約では、有効期間を定める場合は3年を上限としています(労組法第15条)。有効期間を定めなかったときは、期間の定めがない労働協約となります。

 期間の定めがない場合でも、締結当事者の一方が、解約しようとする日の少なくとも90日前に署名または記名押印した文書で相手方に予告すれば解約することができます。

 労使協定は、有効期間の定めが必要なものとそうでないものがあります。例えば年次有給休暇の計画的付与に関する労使協定などは有効期間を定めなくとも問題ありません。

 労働協約の効力は、労組法第14条に記載があり、「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる」とされています。

 対して労使協定は、協定で定めることができれば効力が発生します(36協定以外)。ただし効力要件ではないものの次の労使協定は労働基準監督署への届出が必要ですのでご注意ください。

  • 1箇月単位の変形労働時間制(就業規則で定めない場合)【労基法第32条の2】
  • フレックスタイム制(清算期間が1箇月を超える場合)【労基法第32条の3】
  • 1年単位の変形労働時間制【労基法第32条の4】
  • 1週間単位の非定型的変形労働時間制【労基法第32条の5】
  • 事業場外労働のみなし労働時間制(法定労働時間を超える場合)【労基法第38条の2】
  • 専門業務型裁量労働制【労基法第38条の3】
  • 任意貯金【労基法第18条】
  • 36協定【労基法第36条】→届出で効力が発生

 また、労使協定の署名や記名押印については法律条文に書かれていませんが、厚生労働省のQAでは下記のように書かれており、記名押印または署名をするのが一般的です。

(Q)協定書や決議書における労使双方の押印又は署名は今後も必要ですか。 (A) 協定書や決議書における労使双方の押印又は署名の取扱いについては、労使慣行や労使合意により行われるものであり、今般の「行政手続」における押印原則の見直しは、こうした労使間の手続に直接影響を及ぼすものではありません。 引き続き、記名押印又は署名など労使双方の合意がなされたことが明らかとなるような方法で締結していただくようお願いします。

労働基準法施行規則等の一部を改正する省令に関するQ&A~行政手続における押印原則の見直し~ p.4|厚生労働省
各制度の力関係をまとめた図・編集部作成
各制度の力関係をまとめた図・編集部作成

 労働協約は、労使が対等の立場で取り決めたものとして、法令に次ぐ効力があります。労働関係のルールについて、効力の強いもの(優先されるもの)を頂点として図示したのが上のピラミッドになります。

 それぞれの関係性と具体例をご紹介します。

 労働協約では労働条件のほか、組合活動に関する事項や団体交渉、争議行為に関する事項など労使関係全般に関する事項を定めることができます。

 法令は最低限の基準を定めたものでありますが、労働協約、就業規則、労働契約が法令の基準以下であるときは法令が適用されます。

 就業規則は、上位の法令、労働協約に反してはならないとされています(労働基準法第92条)。就業規則が労働協約に反している場合はその部分について無効とされ、労働協約の基準が適用されます。

 就業規則で定める基準に達しない個別の労働契約は、その部分については無効となります(労働基準法第93条)。この「達しない」は労働者にとって不利な場合のみを指します。

 東京都の時給を例にして関係性を説明します。

1.労働協約>就業規則>労働契約の順に条件がよい場合
根拠 法令(最低賃金法) 労働協約 就業規則 労働契約
時給 1,072円 1,400円 1,200円 1,072円

 時給労働者が労働組合員だった場合に適用される時給…1,400円
 時給労働者が労働組合員ではない場合に適用される時給…1,200円

2.労働契約>労働協約>就業規則の順に条件がよい場合
根拠 法令(最低賃金法) 労働協約 就業規則 労働契約
時給 1,072円 1,300円 1,200円 1,400円

 時給労働者が労働組合員だった場合に適用される時給…1,300円
 時給労働者が労働組合員ではない場合に適用される時給…1,400円

 2.のように、労働者にとって有利な労働契約であっても労働協約が優先されることに違和感があるかもしれません。

 これは有利な労働契約を労働協約より優先してしまうと、使用者が影響力のある組合員に対し有利な労働契約をもちかけ、組合の弱体化を図る可能性があるためです。そうした理由から、たとえ有利な労働契約であっても労働協約が優先されることとされています。

 最後に、団体交渉に応じ、労働協約を締結する際のポイントを解説します。

 労働組合は労働条件の維持改善を目的としているので、一度に複数の労働条件について改善を求めてくることもあるでしょう。ですがそういった場合でも、ひとつずつ、または段階的に進めていきましょう。

 使用者は団体交渉に応じる義務がありますが、それはすべて要望を受け入れなければならないということではありません。現時点で合意に達せないものがあれば、それはきちんと労働組合に伝えましょう。

 事前協議事項とは、懲戒処分や人事異動、解雇などを会社が決定する前に、労働組合との事前協議を義務づける事項のことです。

 例えば懲戒処分すべてを事前協議事項としてしまうと、問題行為のあった社員に対し戒告処分を行うにしても労働組合との事前協議が必要となり、会社運営の支障となりえます。

 会社の合併・分割、事業の譲渡など、会社全体に大きく影響を及ぼすものは事前協議事項として労働協約に定めてもよいかもしれませんが、事前協議事項を認める際にはその発生頻度をよく考えましょう。

 協約内容について、複数解釈できる書き方だとトラブルの元となります。労働協約に限ったポイントではありませんが、明確な規程を心がけましょう。

 例えば「子の行事日には無給の休暇を取得することができる」という規定をつくったとします。

 この場合、

 「子は実子のみ? 親じゃないけど養育している子は該当する?」
 「行事が複数日に亘る場合は複数日休暇をとれる?」
 「子が複数いる場合は?」

 といった複数の解釈(疑問)が発生するため、明確な規定とはいえません。そのため「養育している子の行事日には、一子につき年に3日まで無給の休暇を取得することができる」といった解釈の余地が少ない規定をつくる必要があります。

 労働組合数、労働組合員数は1994年をピークに減少傾向にあるものの、いざ団体交渉を申し込まれたとなると、使用者である経営者はどう対策すればよいのかと不安に思われる人も多いでしょう(参考:令和3年労働組合基礎調査の概況 p.3|厚生労働省)。

 労働関係の交渉ということで社会保険労務士が浮かばれるかもしれませんが、社会保険労務士は労使間の交渉において依頼を受け直接相手方に意思表示することはできず、依頼側に助言などを行うにとどまります(個別労働紛争によるあっせんにおいての特定社会保険労務士を除く)。

 団体交渉の場に同席して相手方に意見してほしい場合や、使用者・経営者側の代理人となってほしい場合には弁護士に相談するのがよいでしょう。

 労働協約を就業規則や労使協定と似たようなものだと考えていた人もいらっしゃるかもしれません。いずれも労使関係のルールを定めたものですが、上記でご説明したとおり、目的や適応範囲、効力などが全く異なります。

 2021年において雇用者数5,980万人における労働組合員数の割合は16.9%とされています(参考:令和3年労働組合基礎調査の概況 p.3|厚生労働省)。自社は組合がないから大丈夫と思っていても、連合団体の組合員となり団体交渉してくることも考えられます。

 社外の労働組合や上部団体からの交渉であっても、使用する労働者が所属していたり、共同連名で申し入れられたりする場合には拒否することはできません。


 ただ、交渉に応じることと、内容について合意し締結することは別の問題ですので、焦って一方的に条件を飲む、譲歩するようなことはせず、落ち着いて、場合によっては専門家を頼り、よい収束点を探しましょう。