商品開発はコンパクト&シンプル 町工場3代目が市場調査で見いだした勝機
自動車やカメラなどで使われるゴム製品金型の、設計・製造を手がける石井精工(東京都墨田区)。3代目の石井洋平さんは、市場調査と自社でできる新商品開発を考えた結果、コンパクトでシンプル、かつデザイン性に富んだ香りが漂うボタン型アクセサリーを考案しました。2万個以上売り上げるヒット商品が生まれています。
自動車やカメラなどで使われるゴム製品金型の、設計・製造を手がける石井精工(東京都墨田区)。3代目の石井洋平さんは、市場調査と自社でできる新商品開発を考えた結果、コンパクトでシンプル、かつデザイン性に富んだ香りが漂うボタン型アクセサリーを考案しました。2万個以上売り上げるヒット商品が生まれています。
目次
石井精工は旋盤工であった石井さんの祖父、石井利之さんが1959年に創業しました。当初は金属部品の加工を手がけていましたが、数年後にプラスチック製品の金型製造に、その後はゴム製品金型にも着手するようになり、現在ではゴム製品金型の設計・製造がメインとなっています。
「葛飾区や墨田区は、ゴム製品を手がける町工場が多い地域でした。そのためゴム製品の金型を手がけてみてはどうか、と声をかけられたのがきっかけだと聞いています」
金型の依頼は部品加工とは異なり、図面を渡されることはほとんどありません。最終的な製品の図面から逆算して、どのような金型を作ればよいのか、設計スキルが求められます。加えて、設計どおりに加工する技術も求められます。
言葉や図面では表すことが難しい、いわゆる職人の経験値や技術力といった、このようなスキルやノウハウこそ石井精工の強みだと、石井さんは言います。
顧客のクライアントであるメーカーともやり取りするなどして、存在感を発揮。北は東北から南は九州まで、自動車の部品メーカーを中心に、多くの顧客とやり取りしています。
石井さんは大学卒業後、自動車エンジンのアルミダイキャスト製品を手がける、業界トップクラスの企業に就職。営業マンとして大手自動車メーカーに出入りする日々を過ごします。
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ところが、社会人となってから3年ほどすると、母親の病が発覚。石井さんは、家業に入る決意をします。
まずは現場で金属塊を削り、金型を形づくっていく仕事に取り組みますが、働く環境や従業員の仕事に対する姿勢、清潔で整頓された職場、あいさつ、向上心など様々な場面でギャップを感じました。そこで5S活動や、品質改善の提案などを行います。
しかし、先輩従業員から教わる立場でありながらの改善活動は難しく、うまくいきませんでした。次第に、家業を出たいとの気持ちが湧いてきます。
もともと好きだったインテリアに関係する仕事で起業することを考え、インテリアコーディネーターの資格も取得します。
ただ、会社の現状と自身の展望を父親と話し合うなかで、起業してゼロから始めるよりも、祖父、父親と受け継いできた工場や技術力といったアセットを使った方がいいだろうとのアドバイスを受け、納得します。
恵まれた環境にあることを認識して以降は、金型製造のノウハウを身につけるべく、設計も含め5年ほど現場仕事に懸命に打ち込みます。
「金型をつくりあげていく作業は楽しく、やりがいもありました。でも、できあがった金型は社会の目に触れるわけではないですし、作られたゴム製品も同様ですよね」
使い手がよろこぶ製品を作りたい。同時に、石井精工の技術や社名も知れ渡る。そんな仕事を手がけられたら、自分も社員も新たなモチベーションが生まれるのではないか。そんな思いがインテリア関連の製品開発につながっていきます。
当初は父親のアドバイスもあり、本業のアセットを活用したゴム製のインテリアグッズを考えます。しかし、いいアイデアが浮かびません。そこで、デザイン会社に協業依頼の問い合わせをしますが、ことごとく断られます。
「デザインには年月もお金もかかることを、当時は知らなかったからです。『いくらかかるかわかっている?』などと、電話口でダメ出しを何度もされました」
それでも石井さんは諦めることなく、協力先を探し続けます。するとあるデザイン会社の社長から、自治体の事業を活用すれば費用を負担することなくデザイナーと協業できる、との情報を得ます。
石井さんはすぐに墨田区が行っている「ものづくりコラボレーション(現在は終了)」という事業に応募。デザイナーが加わり、改めて商品開発を行うことになりました。
この事業は終了していますが、後に説明する「すみだモダンフラッグシップ商品開発」という近しい事業があります。
素材を見直す段階から立ち戻り、自社で製品化までできる金属製品を作ることにしました。素材が変わったのは、もうひとつ理由がありました。
「部品加工の仕事も増やしていこうと、数年前に旋盤を購入したんです。でも、見込んでいた仕事が受注できず、稼働していませんでした。この機械を活用できれば一石二鳥だろうと」
市場調査をすると、5000円以下のギフト商品が売れ筋であることがわかりました。価格から工賃や原材料を逆算すると、コンパクトで工賃もかさまない、シンプルなものに絞られていきました。
「小さい製品ならアクセサリーかな、と。でも、ただのアクセサリーじゃつまらない。何かプラスアルファーのアイデアを加えたい。改めて市場調査を行うと、香りを加えた『アロマアクセサリー』という商品があることを知ります」
ピン型の留め形状であれば、加工がシンプルなため、コストも抑えられる。こうして、香りが漂うボタン型アクセサリー「ALMA(アルーマ)」が生まれます。
片方はピン、もうひとつは穴の開いたボタン風の2つのパーツから構成されていて、雄雌のネジ加工が施されていて、キャップのように開け締めができます。中の空洞にアロマオイルや香水を染み込ませた綿などを置ける仕組みです。
ピンは溶接ではなくアルミ棒材を削り出して作っています。一見すると技術力が求められる加工に思えますが、「ふだんから旋盤加工を手がけている会社であれば、そこまで難しくないと思います」と石井さん。というのも金型製造では、フライス盤を使うことが大半だからです。
「正直、旋盤加工の技術力はそれほど高くありませんでした。でも、どうしても作りたい。そこで、フライス加工の職人さんと機械の取説を見ながらあーでもない、こーでもないと試行錯誤を重ね、なんとか形にしていきました」
ドリルが回転するフライス盤とは異なり、旋盤では材料が回転します。そのため旋盤に金属棒を固定する際の位置出し、固定の強弱などの設定の勝手が異なっていました。実際、固定が強く製品が変形してしまう。逆に弱く、加工中に飛んでいくなどの失敗を重ねました。
ある程度設定が定まるようになってからも、苦労は続きました。金型のような一点ものの製品を作る工程とは異なり、同じ製品を多く作ること。かつ、品質を統一し管理していくことは、これまで経験したことのない感覚だったからです。
金型であれば、型に干渉しない外側などは多少の傷がついていても問題ありませんでした。しかし、ギフト商品では傷一つ許されないといった点も、これまでの業務とは異なる点でした。
「トラブルが発生しても、そもそも何が問題で起きているのか、最初はわからない状態でした(苦笑)。ただ、このような苦労は最初から想定していたので、苦労も含めて楽しんでくれる。そのような性格の職人さんにお願いしたことが、よい結果につながったと考えています」
一つひとつ壁を乗り越えていた結果、構想から2年ほどで商品は完成します。ブランディングもデザイナーと協業したことで、商品はもちろん、専用サイトや紹介リーフレットも、おしゃれなインテリアショップで置かれているデザインに仕上がりました。
ただ、売れるかどうかは不安だったため、まずはクラウドファンディングに出品し、市場の評価を確認します。すると167人から支援が集まり、集まった資金は100万円近く。クラウドファンディングを通して、インバウンド客相手の百貨店のバイヤーからのオファーも届きました。
ギフトショー、百貨店の催事などにも積極的に参加します。特にアジア圏からのニーズが高いことがわかってくると、香港や台湾にも足を運び、現地の展示会などにも出展。台湾では、優れたデザインに贈られる「GOLDEN PIN DESIGN AWARD」を受賞します。
販路はOEMにも広がり、累計2万個以上は売れているそうで、色やデザインなどラインナップも充実させていきます。
本業への成果も出ています。現在では多くの社員がALMAの加工を行えるようになったため、旋盤加工の技術を習得したことです。獲得した旋盤の加工技術を、本業の金型製造で行うような動きも出ています。
傷ひとつ許されないエンドユーザー向け製品を扱うことで、より高い精度や品質を求める機運が生まれ、金型の精度もアップしました。その結果、Tier1やTier2といった層の顧客とのやり取りが、以前より増えたと石井さんは成果を口にします。
さらに、新しい取り組みにチャレンジする会社との印象が広まったことで、新たな顧客との取引や入社希望者の増加に寄与しています。
ギフトショーに従業員を連れていくことで、工場で作業をしているだけでは味わえない。まさに石井さんが入社当時に抱いた、エンドユーザーのよろこぶ顔を間近で見て会話することで、従業員のエンゲージメントが高まる。そのような成果も感じています。
現在デザイナーさんとは直接協業を継続しており、今後はデザイナーの内製化も考えています。
「再び墨田区の事業『すみだモダンフラッグシップ商品開発』を活用し、大手メーカーとコラボレーションして新商品を開発するプロジェクトにも取り組んでいます。今後も金型事業を主としながらも、新しい取り組みにも積極的に、社員と一緒に取り組んで行きたいと考えています」
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