中川恵一

なかがわ・けいいち

1960年生まれ。東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。日本がん・生殖医療学会理事。厚生労働省・がん対策推進企業アクション議長。著書は「がんは働きながら治す!」(労働調査会出版局)、「知れば怖くない本当のがんの話」(中央公論新社)など多数。

企業が取り組むべき3つのがんアクション

――厚生労働省によると、がん患者の約3人に1人が働き世代(20~64歳)で、仕事を続けながら通院している方が多くいます。がんになっても生きがいを感じながら働き続けることができる社会づくりには、勤務先の理解が欠かせません。まず、企業と連携して、「がん検診受診率50%」をめざす国家プロジェクト「がん対策推進企業アクション」について教えてください。

 「がん対策推進企業アクション」は、企業でのがん対策を進めるためのプロジェクトです。企業が取り組むべき「がん対策」は主に3つあります。1つは、経営者が従業員に「がん検診の受診を啓発すること」です。企業が定期的に行っている健康診断にがん検診を取り入れたり、がん検診の効果を啓発したりすることで、がん検診の受診率の向上につなげます。また、精密検査が必要となった場合の受診のフォローも重要です。2つめは、「がんに罹患しても働き続けられる職場環境を整備すること」です。具体的には休暇制度や時短勤務制度等を整備し、治療と仕事の両立を支援します。3つめは、「がんについて会社全体で正しく知ること」です。早期発見の重要性や飲酒・喫煙のリスクなど、がんに関する知識を身につけることで、適切な対策を講じることができるようにします。この3つが柱です。
本プロジェクトは、厚生労働省の委託事業で、今年度で14年目を迎え、私が当初から議長をやらせていただいています。また、大同生命にも、従業員を含めた企業の健康管理を支援いただくなど、中小企業のがん対策をサポートする中心的な役割を担っていただいています。

経営者ががんを知り、従業員と会社を守る

――「がん対策推進企業アクション」と大同生命の共同調査(大同生命サーベイ)によると、「従業員のがん検診を実施している」企業は41%となり、検診実施率は「経営者のがん対策への関心の高さ」に比例していることがわかりました。こうした結果から、どんな課題が分かりましたか?
※大同生命サーベイ:景況感や様々な経営課題などをテーマとして、大同生命が毎月実施している中小企業経営者へのアンケート調査。
URL:https://www.daido-life.co.jp/knowledge/survey/202210.html

 従業員の検診実施率が「経営者のがん対策への関心の高さ」に比例しているというのが一番重要なポイントです。まずは経営者自身ががんに対して関心を持ち、理解を深めることが、自分の会社と従業員を守ることにつながります。

 実は私の実家も従業員が20名程度の会社を営んでいたのでよくわかりますが、中小企業は大企業に比べて、従業員が不在となった場合の影響が非常に大きいです。従業員が健康で長く働ける職場をつくるためには、「企業のがん対策は経営課題」と、経営者が認識することが必要です。

 経営者ががんに関心を持てば、経営者自身だけでなく、従業員にもがん検診を受診させ、健康管理を行う企業が増加するでしょう。
 ただし、今回の調査結果で、「がん対策にまったく関心がない」、「あまり関心がない」という経営者を合わせると25%もいることがわかりました。これは非常に懸念すべきことです。

 少子化が進む日本では、労働力不足を補うためにも、働く能力と意欲のあるシニア世代に頑張ってもらうことが必要です。人生100年時代において、一番重要なことは70歳までにがんで亡くならないことです。実は70歳を過ぎると、死因に占めるがんの割合は減少します。

 男性の場合は60~74歳、女性の場合は35~74歳で、死因の4割以上ががんです。しかし、そこから少しずつがんで亡くなる割合が減少し、90~94歳では、男性で18%、女性で13%となります。要するに、心臓病や肺炎など、がん以外の病気で亡くなる割合が高くなるのです。人生100年時代では、70歳までにがんで亡くならないよう対策を講じることはとても重要なことです。

がん検診にかかる費用は、コストではなく「投資」

――今回の調査では、「がん検診は個人の問題なので、企業としてどの程度関与すればよいかわからない」という経営者の悩みも多く寄せられました。

 経営者が、従業員のがん対策を個人の問題ではなく、経営課題ととらえ、「会社として従業員の健康を守る姿勢」を示すことが重要です。従業員が健康で長く働ける職場をつくることは、従業員の活力や生産性の向上につながり、そうした好循環が業績の向上にもつながります。つまり、経営的な視点では、企業が従業員のがん検診にかけるコストは「費用」でなく「投資」なのです。

 特に、近年は医療技術の進歩により、がんはコントロールしやすい病気なりました。世の中には、原因がわからず、治療法もない病気がたくさんあります。一方、がんは、原因の約半分が生活習慣にかかわることです。また、がん検診などで早期に発見することができれば9割以上が治ります。

 がんに罹患するリスクを少しでも下げるためには、まずは生活習慣を良くすることが大切です。ただし、生活習慣に問題がなくても、がんに罹患してしまうこともあるため、早期に発見できるよう、定期的にがん検診を受けることが何よりも重要です。

 私は、2018年に膀胱がんになりました。膀胱がんに罹患する主な要因として現在わかっているのはタバコだけですが、私はタバコを吸いません。年齢を重ね、遺伝子が傷むと、がん細胞ができてしまう。これは致し方ないことかと思います。

――先生の場合は、がんを早期発見できたとお聞きしましたが、仕事に支障はなかったのでしょうか?

 私の場合、入院日数は3日でした。12月28日に手術をして、31日に退院しました。年が明けて1月4日から通常どおり勤務しましたから、休暇はたった1日でした。

 ステージにもよりますが、胃がんや大腸がんの場合、開腹手術だけでなく、身体に負担の少ない内視鏡手術でも治療可能です。 また、前立腺がんの放射線治療は、30~40回程度かかる場合もありますが、東大病院では5回で終わらせます。一回の治療時間は2分で、部屋に入ってから出るまでで7分。服も着替えません。

 しかし、多くの方は、がんを治すには開腹手術など身体に負担の大きい治療しかないと思っています。治療法を知っているか・いないかで、その後の生活は大きく変わります。経営者ががんに対する知識を持つことで、万一、経営者ご自身や従業員ががんに罹患した場合でも適切に対処できます。そしてそれが会社を守ることにもつながります。

――経営者ががんに関心を持った時、どこで情報を集めるのがよいでしょうか?

 「がん対策推進企業アクション」のWebサイトは、Eラーニングや動画など、がんについて理解を深めるためのコンテンツが充実しています。
https://www.gankenshin50.mhlw.go.jp/index.html

 また、「がん対策推進企業アクション」に参画すると、がん対策の最新情報やがん対策を推進するためのツールを利用することができます。個人事業主の方でも参画できますので、ぜひパートナー企業になっていただければと思います。

協会けんぽの生活習慣病予防検診で、がん検診を受けられる

――大同生命サーベイでは、「従業員が少ない企業は、がん検診の実施率が低い」という結果も明らかになりました。従業員規模の小さい会社は経営体力が十分ではなく、コスト負担が難しい場合もあります。小規模な企業でも実施可能な取組みはありますか?

 協会けんぽ(全国健康保険協会)の生活習慣病予防健診には、がん検診も含まれます。協会けんぽから健診費用の一部補助を受けられるため、企業の負担を軽減できます。利用する場合は、オプションとなっている乳がん検査や子宮頸がん検査についても企業負担で受けられるようにするとよいでしょう。

がん対策で「攻め」の健康経営を

――「これまでがんに罹患した従業員がいる(いた)」と回答した企業は28%に上ります。国は「第3期がん対策推進基本計画」のなかで、「治療と仕事の両立」を掲げています。一方、経営者からは「治療中の従業員の業務をカバーする人材が不足している」という悩みも聞こえます。がんに罹患した従業員に対し、企業はどのようなサポートをすればよいでしょうか。

 がんといっても、ステージ1とステージ4では状況が全然違います。例えば、胃がんの場合、ステージ1の5年生存率は約90%で、ステージ4になると約8%です。治療にかかる負担も全く異なります。私の場合は、早期発見のため仕事を1日休むだけで済みましたが、同じように、従業員ががんになったとしても、入院が数日であれば仕事への影響も限定的です。「治療と仕事の両立」を支援するには、早期発見が重要になってきます。

 企業のサポートとして、短時間勤務を行えるようにすることがまずは重要です。さらに時間単位で有給休暇を取得できると理想的です。がんの場合、治療のために必ずしも丸1日、あるいは半日休む必要はありません。繰り返しになりますが、放射線治療は入室から退出まで7分で済みます。それを5回実施すれば治療が終わる場合もあります。治療内容にあわせて時間単位で休暇をとることができれば、仕事への影響を軽減できます。
 また、短時間勤務制度が整備されていれば、本人の体調にあわせて柔軟に働くことが可能となります。がんの症状や治療による副作用が原因で、どうしても体調は不安定となりがちです。「治療と仕事の両立」を実現するためには、これらの制度がとても役立ちます。

――「ツギノジダイ」のメイン読者層である中小企業の若手経営者や後継者に対し、伝えたいことはありますか?

 経営者の健康が重要だということは、皆さん十分ご理解されていると思います。ご自身の健康をしっかりと管理し、元気に働くことは大切です。ただそれだけでなく、従業員の健康管理も同じように重要なのです。

 人生100年時代を充実したものにするためには、がんで亡くならないこと。これはとても重要です。とりわけ経営者の場合は、定年退職して余生を過ごすと考える方は少なく、身体が元気な限り仕事を続ける方が多いと思います。私の父も祖父もそうでした。経営者に長く現役で働いてもらうためにも、がん対策は重要です。

 だからこそ、「がん対策は経営課題」と考えていただきたい。一定のコストはかかるかもしれませんが、健康に「投資」することで、最終的には「企業の活性化」や「業績の向上」につながります。

 がん対策の推進は、経営上の「守り」であると同時に、「攻め」でもあります。「将来への投資」ととらえ、積極的に取り組んでいただきたいと思います。

写真:横関一浩