工場火災で操業停止1年半 木工メーカー2代目が見つめ直した理念経営
岐阜県各務原市のエスウッドは、国産の間伐材を板状にしたストランドボードを国内で初めて開発しました。環境に優しく美しい意匠が特徴で、学校や図書館などの公共施設、商業施設、オフィス、ホテルといった民間施設にも多く採用されています。創業者の志を継いだ2代目は火災で1年半の休業を余儀なくされたのを教訓に経営理念を見つめ直し、木工技術を生かしたまちづくりや産業創出に力を注いでいます。
岐阜県各務原市のエスウッドは、国産の間伐材を板状にしたストランドボードを国内で初めて開発しました。環境に優しく美しい意匠が特徴で、学校や図書館などの公共施設、商業施設、オフィス、ホテルといった民間施設にも多く採用されています。創業者の志を継いだ2代目は火災で1年半の休業を余儀なくされたのを教訓に経営理念を見つめ直し、木工技術を生かしたまちづくりや産業創出に力を注いでいます。
目次
企業経営の根幹にあるのは「創業者の志」になります。それは壮大で、簡単に実現できないものばかりです。その志をわが事として受け継ぎ、実現に近づけるのが後継者の役目です。今回は創業者の志を受け継ぎ、間伐材の有効活用に挑むエスウッド2代目社長・長田剛和さん(42)を紹介します。
エスウッドは1999年、先代の角田惇さんが「環境問題に人生をかけて取り組む」と決意し、立ち上げました。現在の年商は約1億5千万円、年間納入件数は大小300件程度になります。
立ち上げ当時の材木市場は大量生産・大量消費が当たり前。使えない間伐材や小径材は放置され、山は荒れる一方でした。間伐材や小径材にも木の良さがあります。それを生かすため、角田さんはこれまでになかった「国産材ストランドボード」の開発に挑みました。
ストランドボードはヒノキやスギなどの間伐材を細かい削片(ストランド)に加工し、「ノンゲル」というユニークなのりで板状に成型した建材です。繊細で品のあるテクスチャー(意匠)、そして人と環境に優しいという特徴があります。
主に内装材や家具材に使われ、岐阜市の中央図書館「みんなの森ぎふメディアコスモス」や、東京大学、京都外国語大学などの公共施設にも採用されています。
エスウッドを2代目として引っ張るのが従業員出身の長田さんです。2016年、志半ばで永眠した角田さんに代わり、経営トップになりました。しかし、長田さんの挑戦は波乱に満ちたものでした。
↓ここから続き
長田さんは大学卒業後、中国・上海の建築会社で設計の仕事を手がけていました。そこで、商談で上海に来た角田さんに出会います。
「自然環境との共生や社会にとって価値あるものづくりをする」という志のもと、地域や社会課題に対し何ができるかを模索し続ける。そんな経営姿勢に強く共感した長田さんは2008年、エスウッドに入社しました。
その後は角田さんや創業時からの仲間とストランドボードの開発や営業に奔走します。しかし、14年、重い病を患った角田さんから後継者を打診されました。会社の長期ビジョンを見据えた抜擢だったといいます。
長田さんは2代目になることを決意しました。「角田さんが人生をかけて育てた会社を途絶えさせるわけにはいかない」という想い、「エスウッドはこれからの時代に頼られるものづくりを実践できる」という確信があったからです。
角田さんは16年に72歳で亡くなりましたが、想いは長田さんに引き継がれました。
長田さんが後を託され、引き継ぐまでには約1年の時間がありました。しかし「当時の自分は代表になる準備が何ひとつできていなかった」と振り返ります。
このころの社員数は役員を含めわずか8人。開発と営業に明け暮れ、毎月の売り上げをあげることに注力していました。つまり、長田さんはリーダーではなくプレーヤーだったのです。
この姿勢は社長に就任してからも変わりません。「お客様に呼ばれたから出かけます」と社員に言い残して出張に向かい、何日も会社を留守にすることもありました。社員には土曜出勤などの長時間労働を強いていたといいます。
就任翌年、同社は最高益を記録しました。しかし、それと引き換えに社員の負担を増やす経営を行っていたのです。
積み重ねたひずみは19年4月、工場火災という形で噴き出しました。溶接メンテナンス中に発生した火花が材料に燃え移り、工場内の設備の7割程度が損傷してしまったのです。
エスウッドは1年半もの間、生産をストップせざるを得ませんでした。地域、社員、営業先、取引先など多くのステークホルダーに迷惑をかけてしまったのです。
長田さんは休業中、なぜ火災が発生したかを振り返りました。そして、自分が目の前の利益ばかりを追ううち、角田さんが大切にしていた「理念を中心とした経営」が全くできていなかったことに気が付きました。その理念とは「社会や地域のために5年、10年先を見据えて何をすべきか」というものでした。
「例えば、社員が休みたいときに休めなければ、疲れて注意散漫となりけがにつながる。製品づくりに集中せざるを得ないことで、日常の掃除や整理整頓ができずにメンテナンスや修繕に立ち会う余裕がないなど、至らない点は多かったと感じています。すべて受注対応が最優先という考えのせいです」
「社員を想い、設備や備品を大切に使い、協力パートナーを想うという気持ちのなさが、結果として火災につながったのかもしれません。ここで一度立ち止まりなさいという先代からのメッセージだったとも考えています」
長田さんは休業中、自分自身の人生理念や会社の理念やビジョンについてじっくり考えてみました。
名古屋市で開かれた窪田経営塾という勉強会に、知人の紹介で参加したのはそのころでした。同塾は理念経営の第一人者で「理念経営~潰さない経営の極意~」(PHP研究所)の著者・窪田貞三氏が講師を務めます。「何のために経営をするのか」「どのような理念やビジョンの下で経営したいのか」を同世代の仲間と真剣に向き合い、考える塾です。
長田さんは何度も通ううちに、自分の中に「これだ!」と思える言葉をひねり出しました。
それは「想いを未来につなぐ」という経営理念、そして「国内唯一の木工技術を生かし、あらゆるモノ、地域、ひと、コトの循環に貢献する“つなぎ手”となる」という「2030年ビジョン」でした。
「事業形態や商品・サービスは時代とともに変わっていくのが当然かもしれませんが、先代からの想いは変わらず受け継がれるものと考えています。今となっては先代の言葉は聞けませんが、私なりのとらえ方で、“つなぎ手”という言い回しでビジョンを伝えています」
「2030年という言葉を入れたのは、社会がSDGs達成に動き出しており、小さな会社ならではのやり方でお役に立ち、地域から頼られる会社になれると感じたからです」
もし工場火災がなければ、今も目先の利益ばかりを追っていたかもしれません。長田さんは「理念やビジョンに真剣に向き合う時間が確保できたことは、社長として大きなプラスになった」ととらえています。
不慮の火災は多くのことを教えてくれました。
火災が起きたとき、長田さんが一番心配したのがエスウッドを支えてくれた技術者です。技術者がいなければ会社を続けることはできません。実際は大半の社員とパート従業員が会社に残り、長田さんは感謝でいっぱいになりました。
火災の後には全国の仲間から応援のメッセージが届きました。一つひとつの言葉に長田さんは強く勇気づけられました。長田さんはこのときはじめて、たくさんの仲間に支えられてエスウッドがあったと気づきます。どん底の心理状態から徐々に前向きな気持ちが芽生えてきました。
20年9月、エスウッドは操業を再開しました。再開後は新しい理念とビジョンを具体的な行動に落とし込み、実践へとつなげています。
まずは社員に寄り添うため、一人ひとり個別に面談する時間を作りました。定期的に社内勉強会を実施したり、オンラインを使って顧客の声を聴く場を設けたりするようになりました。
「社員がエスウッドの仕事を自分事としてやりがいあるものにしていきたいと思っています。理念からの学びを実践するには覚悟が必要です。私自身そこにようやく気付きました」
創業者の角田さんがまいた種は今、芽を出し始めています。
全国の森林からは多くの間伐材や小径材が出ます。現在、多くの場合、それらは放置されるかバイオマス原料などに使われ、手元には何も形に残りません。
エスウッドはそれらを原料に、一辺1~2メートルの四角いストランドボードを製造しています。同社のボードは見た目が美しく、きれいに仕上げる技術を持っているので触っても安全です。学校や店舗、オフィス、ホテルなどの内装に用いられています。
大阪府のスギ、福岡県のシイノキ、石川県のヒバなど各地から依頼を受けています。
「加工は工場設備1ラインでこなしていきます。効率を考えれば一つの樹種に絞って他は断りますが、それは先代の想いと異なります。さまざまなお客様や地域の声に応えるのは、先代の想いを実践する証しでもあります」
国産材のヒノキやスギがやわらかい材料であるため、家具製作の多くは輸入材で、国産材利用はまだ少数です。
その点、間伐材や小径材から生まれるストランドボードは国産材100%で欠点が少なく、比較的均質な材料であることから家具にも使われています。また、木目や節といった一般的な木の意匠とは異なる仕上げ材として、これまでと異なる価値も生み出しています。
自治体からのニーズも高まっています。例えば、滋賀県の琵琶湖周辺は葦(よし)の多いエリアですが、生活習慣の変化などで需要が停滞傾向にありました。
しかし、同社の技術で19年から滋賀県という地域性を持つ葦を固めたストランドボードを生産できるようになりました。様々な施設の内装や家具の素材として評価されています。
エスウッドは植物を価値ある形へと生かし、地域のために有効活用するサーキュラーエコノミーを実現しているのです。
長田さんは理念とビジョンを芯に据えたことで、仲間とのつながり方や接し方が変わりました。
現在、同社には大企業や自治体などから多くのオファーが寄せられています。ボード化したい植物もスギやヒノキだけでなく、イグサや稲わら、もみがら、茶殻、コーヒー豆カスなど未利用の植物資源まで多様化しています。
長田さんがパートナーとの関係で重視するのは、ともに同じビジョンが描けるかどうかです。「一方的に作業だけをお願いしてくる、あるいはその先のビジョンや方向性がみえない中で本質をもった開発はできないと考えています」と言います。
「例えば、お客様から『うちで○○が余って仕方がないので、ボードにできませんか』というだけでは、受け入れられません。目的や目標、ターゲットや出口戦略などを持たれているか、あるいは弊社とともに模索できるかどうかという共感や担当者の熱も大事です。昔はそうした視点は全くありませんでした」
ものづくり以外にも、自然環境保全やまちづくり、環境教育などの視点で経営しています。
具体的には地域イベントに協力したり、木工技術を活用した木育を進めたりしています。地元の各務原市が運営する「かかみがはらSDGsパートナー登録制度」にも参画。同制度のパートナー登録証には、エスウッドのストランドボードが採用されました。
脱炭素社会やサーキュラーエコノミーの重要性が中小企業にも増す中、経営者一人ひとりの判断と行動が、未来を変えていきます。
長田さんは「創業者の想いをつなぎ、環境問題を自分ごととして捉え、エスウッドだからこそできる取り組みが必要です。社員や協力パートナー、そして地域の仲間と5年、10年先を見据えて実践することで、多くの方の幸せを育んでいきたい」と語ります。
長引くコロナ禍や為替リスク、紛争など、経済情勢が激しく変化する中、理念やビジョンを芯に据え、ぶれずに経営するのは難しいことです。しかし、長田さんは創業者である角田さんの教えや工場火災から得た教訓などを胸に、理念経営を実践し続けています。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。