ジョブ型雇用とは?メンバーシップ型との比較や導入のポイントを解説
一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)が2020年に「ジョブ型を組み合わせた『自社型』雇用システムの確立」を提起して以来、一部の大企業が導入したことでジョブ型雇用が注目されています。本記事ではジョブ型雇用の特徴やメリット、経営者や人事部が抑えておきたいポイントを社会保険労務士が解説します。
一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)が2020年に「ジョブ型を組み合わせた『自社型』雇用システムの確立」を提起して以来、一部の大企業が導入したことでジョブ型雇用が注目されています。本記事ではジョブ型雇用の特徴やメリット、経営者や人事部が抑えておきたいポイントを社会保険労務士が解説します。
目次
ジョブ型雇用とは、厳密に細分化した職務に専門の労働者を割り当てる考え方です。ここでいう職務とは職種(例:店舗の販売員)などを指します。職務の範囲内における具体的な作業内容(例:レジ打ちや品出し、商品の清掃)が業務です。
具体的には、雇用契約を結ぶ際には職務や勤務地、勤務時間を明確化し、労働者はその契約の範囲内で勤務する、という考え方になります。
ジョブ型雇用には、正社員やアルバイトなどの雇用形態に違いはありません。また、人事異動や人事評価の対象は上層部だけなのが一般的で、人員に欠員があった場合に採用募集が行われます。
ジョブ型雇用は、欧米諸国で主流の雇用システムの特徴を捉えた考え方であり、日本に従来からあるメンバーシップ型雇用と異なる考え方です。日本においても、一部の大企業がジョブ型雇用を導入したことで徐々に広がりつつあります。
企業の財務分析などを行う投資会社のアナリストや、技術的な知識を持ったエンジニアは、経験を伴う専門知識を必要とすることからジョブ型雇用が当てはまりやすいといえるでしょう。
ジョブ型雇用の対照として、日本には従来からメンバーシップ型雇用といわれる考え方があります。
メンバーシップ型雇用は、雇用契約を結んだ際の労働条件で退職まで就業するのではなく、労働者に応じて職務範囲や内容を適宜変えていくものです。それによって、教育訓練や配置転換、OJTによって多くの職務を遂行できる労働者を育てあげるのが主な目的になります。
また、日本的なメンバーシップ型雇用には、職務や勤務地などの労働条件を柔軟に変えることで長期雇用を維持しようとする狙いがあります。
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の主な違いは、ジョブ型雇用が職務に人材を割り振るのに対し、メンバーシップ型雇用は人材に職務を割り振る点です。
ジョブ型雇用は募集の段階で応募者(労働者候補)は自らの職務を認識しているため、見合うスキルが自身にあると判断すれば応募します。なお、職務を定めて労働契約を締結しているため、採用後に定められた職務以外を命じることはできません。
一方、メンバーシップ型雇用は、総合職や一般職といった雇用形態毎に一括採用を行い、採用後に所属先や勤務地を決めるのが一般的です。さらに、就業中でも職務や勤務地などの労働条件を会社が人事命令を出して柔軟に変えられるのが特徴です。
なお、ジョブ型雇用もメンバーシップ型雇用も、各国で現実的に行われている雇用システムを分類・分析するものです。どちらが良いか悪いか、先進的か古いかを判断するものではありません。
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の特徴を、項目ごとに以下の表で紹介します。
ジョブ型雇用 | 項目 | メンバーシップ型雇用 |
---|---|---|
特定・限定 | 従事する職務 | ローテーション |
特定・限定 | 勤務地 | ローテーション |
職務給 | 賃金 | 職能給、年功型賃金が多い |
職務に欠員が出たら | 採用時期 | 新卒一括採用が多い |
一部の上層部のみ | 人事評価 | 全員を定期的に行う |
職務を遂行できているか | 評価ポイント | 職務を遂行できているかのほか、意欲等の不可視な部分なども評価対象 |
希望するポストがあれば自らの意思で応募する | 異動 | 会社(人事)の命令による |
職務の専門家(スペシャリスト) | 労働者の将来 | 勤めている会社の専門家(ゼネラリスト) |
勘違いされやすい点を補足すると、ジョブ型雇用は成果評価を行うわけではありません。採用の段階で職務を遂行できるかどうか判断し、採用後は決められた職務を遂行できているかどうかを確認するだけです。
ただし、経営者に近い一部の上層部は、職務を遂行できているかどうかだけでなく、成果が評価される場合があります。
欧米諸国の主流であるジョブ型雇用が、注目されている理由は以下の2つです。
順に解説します。
経済成長の停滞や超高齢化社会、年功型賃金維持の厳しさなどの課題において、ジョブ型雇用が課題を解決すると紹介されることがあります。
しかし、ただ職務記述書を作成するだけで課題解決できるわけではありません。
そもそも、産業革命以後から第二次世界大戦後までの働き方は、ジョブ型雇用の特徴にあてはまるものでした。
メンバーシップ型雇用は高度経済成長期に確立され、世界各国から注目を集めていましたが、バブル崩壊後の1990年代に批判的な意見が出始めます。そこで、メンバーシップ型雇用とは対照的な特徴を持つジョブ型雇用が再度注目されることになりました。
一般社団法人日本経済団体連合会が「2020年版経営労働政策特別委員会報告」を公表したことでジョブ型雇用に注目が集まっています。
報告には、メンバーシップ型のメリットを活かしながら適切にジョブ型と組み合わせた「自社型」雇用システムを確立することが提起されています。
「自社型」雇用システムの確率は2021年版の報告にも引き継がれ、メンバーシップ型とジョブ型のハイブリット版を「自社型」雇用システムとして段階的に作り上げていくことが重要であると説明がありました。
また、政府は関連法の改正等により、2020年から同一労働同一賃金の推進を進めています。雇用形態で差をつけず、同じ職務であれば同一の賃金を支払うことを目的にしている同一労働同一賃金が、ジョブ型雇用の考え方にあっていることも注目を集めた理由です。
ジョブ型雇用を導入することで、期待されるメリットは以下の3つです。
順に解説します。
職務によって賃金が決まるジョブ型雇用は、同一労働同一賃金が理想とする形です。現在、正社員と非正規社員が混在する部署は、ジョブ型雇用を取り入れることで同一労働同一賃金に対応した雇用システムを構築できます。
ジョブ型雇用は職務によって賃金が決まっているため、人件費を管理しやすく、定期的な人事評価を行う必要がありません。
一方、メンバーシップ型雇用の賃金は、一般的に人事評価や査定、年齢、勤続年数などが反映されます。そのため、メンバーシップ型は毎年人事評価を行う必要がありますが、ジョブ型雇用は賃金が一定で人事評価を行う必要がないため、人事担当者の作業削減も期待できます。
ジョブ型雇用は定期的な人事異動がなく、就業場所や労働時間が採用時に決められているため、生涯のキャリアプランを作成しやすいというメリットがあります。
また、専門的な職務を担当していることから、さらなるスキルの向上や新しいスキルを取得することで、よりよい条件の企業への転職も転職メンバーシップ型雇用と比較して有利といえます。
ジョブ型雇用を導入することで受けるデメリットは以下の3つです。
順に解説します。
ジョブ型雇用を導入することで、社員がより条件の良い企業へ転職する可能性があるため、人材確保や維持が難しくなる可能性があります。
ジョブ型雇用の社員は、専門的なスキルを持って就業しているため、他社がより良い条件を提示した場合、転職する可能性があります。
また、中小企業は大企業と比べて職務も少なく、賃金などの労働条件が見劣りしてしまうことが多いため、採用も困難でしょう。
そこで、中小企業が人材確保と労働力を維持するためには、ジョブ型雇用とする職務を精査し、該当職務の賃金を市場値より高めに設定するという方法があります。
賃金設計には厚生労働省が発表している「職種別平均賃金」や「職業安定業務統計の求人賃金を基準値とした一般基本給・賞与等の額(時給換算)」を参考にしましょう。
ジョブ型雇用は、社員の上司や職務を有する部門の判断が優先されます。人事部の位置付けは、各部門の人事課題の取りまとめや相談相手、指導役となるイメージです。
人事部の位置付けが変わることで2つの課題があります。1つは、人事部が持っている人事権を各部門に譲渡できるかということです。
2つめは、会社全体の利益よりも、部門の利益を優先しないかという懸念です。
たとえば、優秀なジョブ型雇用の社員がいた場合、賃金などの労働条件を引き上げて囲い込む可能性があります。理想の人事部は、部門長の良き相談相手であり、過剰な囲い込みを防ぐことです。ただし、部門長に指導する場合があるため、人事部も上位の役職者が対応する必要があります。
ジョブ型雇用社員の募集では、スキルが低い新卒は採用されることは難しいといえます。なぜなら、入社後に教育訓練を行い、新入社員を育てるのはメンバーシップ型雇用であり、ジョブ型雇用は特定の職務を遂行できる即戦力を募集しているからです。
ジョブ型雇用の特徴を自社に導入する場合に、誤解されやすいポイントと注意すべきポイントを4つ紹介します。
ジョブ型雇用は一定期間毎に成果を評価し、成果に応じた賃金を支払うと誤解されていることが多いです。ジョブ型雇用における評価は、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の比較で述べたように職務を遂行できたか、できなかったかのどちらかです。
ジョブ型雇用では、人の評価を採用時にしており、基本的に入社後に評価することはなく、職務を遂行できたかどうかの確認程度となります。昇給するには別の高給の職務か、職務範囲内の上位階層に応募する必要があります。
メンバーシップ型とは異なる働き方になるため、給与などの労働条件を正確に伝えることが必要です。
メンバーシップ型雇用にも地域や職務を限定した正社員という働き方があり、ジョブ型と近い考え方として捉えられることがあります。しかし、限定正社員にはジョブ型雇用にない次の3つが対象です。
ジョブ型とメンバーシップ型のハイブリットであると認識したうえで、限定正社員を募集するのは良いでしょう。ただし、ジョブ型=限定正社員だと誤解の無いようにしなければいけません。
ジョブ型雇用が主流のアメリカは解雇が自由であることから、ジョブ型雇用は解雇しやすいと勘違いされることがあります。
欧州もジョブ型雇用ですが、日本と同様に不当な解雇を規制する法律があります。ジョブ型雇用でも、適用される法律が変わるわけではないので、不当な解雇であれば変わらず規制されます。
ただし、ジョブ型雇用では、整理解雇の有効性は認められやすくなる可能性があります。整理解雇とは、事業場の閉鎖や職務が無くなったことにより社員を解雇することです。
メンバーシップ型雇用では、職務決定の主導権が会社にあるため、別の事業場や職務に異動させて解雇を回避します。一方ジョブ型雇用は労働契約時に職務が決定しているため、職務がなくなったことが理由であれば整理解雇が有効と認められる可能性は高まるでしょう。
ジョブ型雇用では、異動や職務変更の裁量は人事部ではなく、労働者自身にあります。もちろん労働者の意思のみで決定されるわけではなく、会社との合意が必要ですが、原則として労働者自身が自らのキャリアを形成していきます。
会社が人事命令を出して労働者を異動させるのが当たり前のメンバーシップ型雇用では、終身雇用や年功型賃金あっての人事権であるため、ジョブ型雇用では人事権の裁量が狭まることを認識しておいてください。
これから起業される場合は、すべての労働者の雇用システムをジョブ型とすることもできるかもしれません。ただし、ここでは中小企業がジョブ型雇用の仕組みを導入するためのステップを紹介します。
ジョブ型雇用には、次の2種類があります。
2は採用時に、途中からジョブ型となることを説明し、納得したうえで労働契約を結ぶ必要があります。
現在アルバイトや派遣社員などの非正規労働者が就いている職務は、ジョブ型雇用に向いている職務です。です。また、フルリモートワークできる職務も、ジョブ型雇用を取り入れやすい職務といえるでしょう。
職務記述書はジョブ型雇用で募集する職務に関して、次の事項を記載した書類です。
職務記述書(Job Description Library)はジョブディスクリプションと呼ばれ、採用承認・募集・採用の場面で使用されます。
職務記述書を作成するのが難しいと感じたら、その職務がジョブ型雇用に適当かどうか再度検討してみましょう。
ジョブ型雇用では人に値札をつけるのではなく、席に値札をつけるといわれます。
ジョブ型雇用を取り入れた職務は、その席に値札をつけますが、席の値段が相場より低いと応募が来ない、採用後できても条件の良い会社に行く可能性があります。
職務の賃金設計をする際は、厚生労働省の「職種別平均賃金」や「職業安定業務統計の求人賃金を基準値とした一般基本給・賞与等の額(時給換算)」を参考にし、他部門との均衡も踏まえて検討しましょう。
厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会において、労働条件を明示する際に「就業場所・業務の変更の範囲を追加するべき」といった議論がなされています(参考:労働契約制度及び労働時間制度について p.5|厚生労働省)。
これまでは「就業場所:本社・営業所の所在地による」としていたところを、「就業場所:本社、又は〇〇県営業所、〇〇県営業所」と可能性がある範囲を明示するべきといった検討がされているということです。
詳細は未定ですが、今後企業が成長するためには少なからずジョブ型雇用の特徴を取り入れていく必要があると私は考えています。
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