職人が辞めても揺るがなかった BASELの「愛のある店づくり」
BASELというブランドで、八王子を中心に13店舗を展開する、有限会社バーゼル洋菓子店(東京都八王子市)。いわゆる町のケーキ屋からのスタートでしたが、2代目の渡辺純さんはフランスやイタリアの田舎の店を参考にすることで、長く続く店の本質を追求。業容を約4倍にまで拡大しています。
BASELというブランドで、八王子を中心に13店舗を展開する、有限会社バーゼル洋菓子店(東京都八王子市)。いわゆる町のケーキ屋からのスタートでしたが、2代目の渡辺純さんはフランスやイタリアの田舎の店を参考にすることで、長く続く店の本質を追求。業容を約4倍にまで拡大しています。
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今回、取材で訪れたのは、東京都八王子市小比企町で2022年10月にオープンしたばかりの「TOKYO FARM VILLAGE(トウキョウ・ファーム・ヴィレッジ)」内にある「FARM BASEL」。 渡辺さんが目指す、フランスやイタリアの田舎にある農場と直売所、カフェ、レストランが一体化したお店を再現しました。
この場所では70年以上前から、酪農を営む磯沼ミルクファーム、江戸時代より農業を手がけていた中西ファームが共同で事業を展開しています。以前からこの地を気に入っていた、自分の理想とする店に最適だと考えていた渡辺さんは、10年ほど前より一緒に店をやらないかとオファーし、実現したものです。
この場所であれば、海外で長く続く店のように、何十年と続く店になるだろう。いずれは海外の店がそうであるように、自分ではなく、今働いているスタッフ、もしくはその子どもが後を継いでくれる。そんな思いを込めて店をオープンさせました。
そもそもBASELは1969年、スイス・バーゼルのお菓子学校で修行を積んだ渡辺さんの父、渡辺圭造さんが、雰囲気がバーゼル地方に似ているからと八王子を選び、創業しました。
7人の兄弟の多くが実業家であるなど、経営者タイプであった父親は、その後はケーキ店だけでなく、レストラン、宿泊施設など。渡辺さんとも合わせると、60以上もの店舗を手がけます。
現在は八王子周辺に13店舗を集約し、ケーキ、パン、焼き菓子、キッシュやグラタン、カレーやパスタといったデリカテッセンのほか、センスのよい皿や小物などの雑貨なども扱っています。
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味はもちろん、おしゃれで居心地のよい店の雰囲気や接客が評判で、その手に敏感な女性を中心に、地元の人気店に。従業員は約250人、売上高約10億円。父親の代と比べると業容は4倍ほどに拡大しました。
「当時はいわゆる田舎のケーキ屋さんといった雰囲気で、都内の洒落た店と比べると、ダサく見えましたね。継ぎたいとは思いませんでしたし、まわりに内緒している感もありました」
「このケーキ屋さんボロいよね」と、学生時代に付き合っていた女性と店の前を通ったときに言われた一言で、思いはより強くなります。
広告代理店、建築家、カーデザイナーといったおしゃれな仕事に憧れ、建築事務所には実際に勤めました。しかし、そこは父親と同じ血筋。サラリーマンは向かないなと24歳で転身し、吉祥寺にBASELとは別のケーキ・カフェのお店をオープンします。
しかし、業績はよくありませんでした。数年後、ハンバーガーチェーンのFCに業容変更し、再起をはかります。当時の経験が、渡辺さんの経営の礎のひとつとなっています。
「最初はまったく売れず、商品が悪いからだと、文句や言い訳ばかりしていました。ただFCですから、商品を変えることはできません。どうやったら売上を伸ばすことができるか、必死に考えました」
出た結論は、「店を愛する」でした。愛するからこそ、清掃をしっかりと行い、店を清潔に保つ。接客、ハンバーガーづくりも丁寧、親切に取り組むなど、オペレーションの質は高まっていきました。
するとみるみる売上はアップ。売上上位店舗にランクインし、3店舗展開するまでに成長させます。
平行して、父親の店も手伝うようになっていた渡辺さんは2つの疑問を感じます。1つは、大手チェーンのように、同じ商品を扱う店舗を展開してきた戦略です。
当時はフランスの有名店などで修行したパティシエが、帰国後に日本でお店をオープンするのがトレンドでした。しかし、父親がスイスで修行したのは1年半ほど。店の拠点は八王子という田舎であったため、特に都内の店舗での売上はよくありませんでした。
そこで一工夫加えます。経験の乏しさを逆手に取ったのです。
「海外の伝統的な手法を大切にしつつも、単に技術をトレースすることなく、言い方を変えればヨーロッパの王道にとらわれることのないケーキを、意識的に作るようにしました。このような考えでしたから、発案や試作も、ケーキづくりの素人である私や若い従業員で行うように変えました」
アイデアの源泉は、現在はBASELの系列となっている、山中湖にある店、PAPER MOONでした。店のオーナーは元カーデザイナーで、ケーキづくりは素人。我流でしたが、人気店となっていました。
経営のヒントを得たいと、店に通いケーキを食べていくうちにオーナーと仲良くなり、ケーキづくりの現場に入ることにもなった渡辺さんは、驚きの光景を目にします。
お菓子作りでは常識とも言える、分量を測っていなかったのです。レシピもありませんでした。目分量で、ケーキを作っていたのです。
「BASELでは相当な量を作りますから、当然、レシピはあります。ただレシピどおり、作業的にケーキを作るのではなく、クリエイティブな発想を大事にする。これこそ、お菓子作りの基本だと考えています」
実際、渡辺さんも試作したケーキをミキサーですりつぶして、スプーンで食べることで、酸味、甘味、香りなどの構成要素を分析する。このような斬新なケーキづくりにトライしていきました。
BASELでは、パティシエや料理人の採用に関しても、大切にしているのはクリエイティブな発想を持っているかどうか、だと言います。都内の有名店で修行した人が応募してくることもあるそうですが、ゼロから生み出す能力がなければ、採用することはないそうです。逆に、斬新なアイデアを出せる素人大歓迎で、実際、未経験の従業員が多く働き、活躍しています。
「ケーキづくりの素人とも言える2代目が、訳のわからないケーキを作り出した」。当然、これまでレシピどおりにケーキを作っていた昔気質の職人は、次々と辞めていきました。ケーキの品質も、手本にした山中湖のお店のようには、当初はうまくいきませんでした。
加えて、もうひとつの課題。以前から気になっていたダサい店から脱却すべく、店舗改装のタイミングがある度に、自分好みの洒落たデザインに変更していきました。費用はかさみ、業績は落ちていきました。
しかし、渡辺さんは、長いスパンで店づくりや経営を考えていました。そのため一喜一憂することはありませんでした。むしろ、次のように考えていたと言います。
「言葉は厳しいですが、本音を言えば、従業員が全員入れ替わらないと自分が考えている経営はできない。そのように思っていましたね」
父親からは反対意見も出ましたが、聞く耳を持たず。自分の信じた経営スタイルを貫き通します。
渡辺さんが貫き通す、イメージする店の手本はフランスやイタリアの田舎で、昔から何十年と続いている地元のお店だと言います。
内外観は決しておしゃれとは言えない。接客もぶっきらぼう。並んでいるパンもいびつであったりする場合が多い。でも、地元では人気店で行くと混んでいる。店員さんも接客は雑だが、何十年とその店で働いている人が多く、客との会話や好みを把握している。店全体が何だか楽しそうで、幸せなオーラが充満している。
渡辺さんはここ20年ほど、海外の視察旅行を続けており、田舎の宿に泊まると、真っ先に地元で愛されているケーキ屋、パン屋、ビストロを確認し、足を運びます。これまで足を運んだ店は100軒以上。前出の光景を目にする度に、なぜ、ここまで愛されているのか、理由を探し続けました。
「10年ほど通い続けたとき、ある、結論に行きついたんです。料理や接客に“愛”がこもっているな、と。この愛こそ私が理想とする店の根幹であり、どうにか自分の店に落とし込みたいと思いました」
そこで渡辺さんは、次のような企業理念を策定します。
テーマは「愛」。ただ、あまりに抽象的です。ここで、ハンバーガーチェーン時代の経験、愛を持って商品を作ること。接客、オペレーションも同様との経験が重なります。
「味も最低限は必要ですが、それ以上でも以下でもない。一番大切な要素ではないと考えています。お客様に愛のある接客をすることが大事であり、実現するためは、従業員がまずは生き生きと、楽しく働ける店の雰囲気が大事だろうと」
このように考えがかたまっていくにつれ、店舗ごとに設けていた売上目標もなくします。価格も含め、コンビニなどの動向にも目が向かなくなりました。
見るべき対象は外ではなく、内。お客様、従業員、自分の店だと知ったからです。一方で、価格に対しては愛のある店を続けるために、シビアな意見が聞かれました。昨今著しい、物価や人件費などコスト上昇への対応です。
「そのまま価格に乗せています。そもそも日本の物価は海外と比べ安すぎますし、赤字で商売を続けていては意味がありませんからね。私たちの目的である、長く続く店を実現できませんし」
価格が上がったのを理由に店を離れていく客がいたとしても、それは仕方のないことだと考えているそうです。
ケーキ屋とのこだわりもないそうです。実際、数年前にはデリカテッセンの売上が、ケーキを超えました。キムチと青ネギが添えられたチキンカレーといった、ユニークでクリエイティブなアイデアから生まれたメニューもあります。
筆者もBASELには何度も行ったことがありますが、ケーキもチキンカレーもデリカテッセン美味しく、ネットでのレビューを見ても同様の意見が大半です。
八王子に店舗を集約したのも、工場から30分以内で届けることのできる場所にしか出店しない、との理由からだそうです。味は最低限とは言っていますが、高いことは言うまでもありません。
長きにわたり地元から愛される店に成長させたいと、活き活きとした表情で意気込みを話してくれるとともに、冒頭で書いた地元からの評判、ブランディングについて聞くと、次のように話しました。
「ブランディングという言葉がそもそも嫌いです。2、3年で知名度を高めるような、小手先の施策にはまったく興味がありませんし、自分たちから発信するようなことはありません。BASELにブランド力があるかどうかはわかりませんが、お客様が感じてくれているとしたら、長く続けている間に、地元の方たちが醸成してくださったものではないでしょうか」
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