外国人社員とのコミュニケーションは数字と義理人情 記者経験生かす経営術
新聞記者を26年間続けた髙橋一隆さんは早期退職勧告を受け、セカンドキャリアとして経営者になる道を選び、今では4社を運営しています。現場では外国籍の社員を多く幹部に登用しています。がんばりに数字で応えるだけではなく、記者時代からの義理人情を大事にする人付き合いで、社員の定着率が高く安定した運営が強みになっています。
新聞記者を26年間続けた髙橋一隆さんは早期退職勧告を受け、セカンドキャリアとして経営者になる道を選び、今では4社を運営しています。現場では外国籍の社員を多く幹部に登用しています。がんばりに数字で応えるだけではなく、記者時代からの義理人情を大事にする人付き合いで、社員の定着率が高く安定した運営が強みになっています。
目次
充実した記者生活をできれば最後まで全うしたかった。でもそれができなくなったとき、残りの人生をどう生きるのか。
「健水ライフサイエンス」(以下、健水)社長の髙橋一隆さんはこの大きな課題に直面し、期せずして知人の会社を引き継いで経営者になりました。
髙橋さんが事業承継した健水は、特殊な処理によって微細気泡の水素含有水を製造する機器の開発(特許取得)、ミネラルウォーター、化粧水のOEMや代理店業務などを手がけます。特許技術を用い、手荒れにも対応した成分を含むアルコール70%以上のジェルやスプレータイプの衛生品は、コロナ禍で需要が伸びました。
現在、複数の会社経営を始めて3年目、すべてで順調な収益を上げているわけではありませんが、会社の規模は徐々に大きくなっています。
髙橋さんは26年間、毎日新聞の記者として活躍。地方支局や大阪本社で活躍し、特に担当した原発関連記事では高い評価を得ていました。
「もともと私は興味がある対象や人間には、とことんのめり込むタイプ。寝食を忘れて取材し、記事を書き続けました。充実した記者生活を送っていて本当に楽しかった。定年まで記者を続けるつもりでした」
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しかし54歳の時に新聞社から早期退職勧告を受けたことが、ビジネスの世界に身を投じるきっかけになったのです。
その一方で、髙橋さんには記者時代から懇意にしている経営者がいました。健水の元社長です。
「取材が縁で知り合った元社長とはとてもウマが合い、親しい友人でした。以前から従業員のトラブルや商品の売れ行きなどの相談に乗っていたので、会社のことをよく知っていました。さらに元社長は高齢で、後継者がいないことが心配だったようです。私が早期退職するかもしれないと話したところ『髙橋くんの給料ぐらいは余裕で出るから、うちの会社を経営してみないか』と誘われたのです。私は決算書も見て健全な経営をしているのを知っていたので、事業承継をするのはいいかもしれないと思いました」
髙橋さんにとっては”渡りに船”。四半世紀を超える記者生活に別れを告げ、健水を事業承継したのです。
もともと健水にいた2人の従業員はそのまま雇用。社長同様に、以前からよく知っている間柄だったので、彼らからの反発はありませんでした。
同時に有限会社だった健水を株式会社に商号を変更しました。従業員の福利厚生の見直しを進め、弁護士などを顧問にして、新たに福祉事業を進めるためのスピードを上げたのです。
さらにはコロナ禍で経営に困っていた「ホテルアートイン難波」(以下、アートイン)のオーナーから同ホテルの運営を任せられました。そのアートインのフロアを利用して、障害者福祉施設の経営をスタートしました。
と言うのも、障害者福祉施設は郊外にあることが多いのですが、アートインであれば、大阪難波駅から徒歩2分。大阪の中心地・難波というロケーションなら利便性が高く、利用者が増えるだろうと高橋さんは予測したのです。
折しもコロナ禍で大阪中心部のビルでも空室が目立っていたので、賃貸物件を格安で借りることができました。顧問の弁護士や行政書士の協力を得て施設設立を申請し、許可がおりたのです。
「ホテルの2フロアを施設にし、高齢者や寝たきりの入所者を受け入れ、アートインを福祉併用型ホテルとしました。それ以外にも周辺に2つのビルのフロアを借りて、精神障害の利用者を受け入れています」
福祉施設の利用者は30人ほどで、スタッフだけで手が回らない場合は、髙橋さん自らが現場に積極的に出て気さくに利用者と交流します。
「福祉事業は、正直言って労力のわりに利益が薄いのですが、収益の予測が立てやすく、会社として安定させるには適した事業と言えるでしょう。なぜなら、利用料以外に措置費などの公的な運営費が入ってくるので、“どれくらいの人員でどの程度のサービスをすれば、これくらいの収益を上げられる”という試算がしやすいからです。さらには『最低人員基準』といって、入所者に対して介護スタッフの数が決められているので、利用者の数に応じて雇用を増やせます」
現在の高橋さんは合計4社の会社の社長となり、パートも合わせると従業員は60人以上に増えました。
雇用面で特徴的なのはフィリピン人や韓国人などを積極的に雇用していることです。しかも、大学で統計学の学位を取っているような、“数字に強い”人材もいます。彼らは会社の幹部として日々の売り上げからデータ解析なども行ない、より効率的な経営戦略に貢献しています。
髙橋さん自身も、大学、大学院とずっと統計学を学んでいたので、ビジネス面でのデータ解析の重要性を実感しています。
「特にフィリピン人社員は、英語やスペイン語などの語学に優れたマルチリンガルが多いですね。しかも頭脳労働だけでなく、運搬や清掃などの力仕事もいとわないのが素晴らしい。さらには性格が明るく、コミュニケーション能力が高くてホスピタリティにも溢れています。社員のなかには、まだまだ日本語が片言な者もいますが、それでも積極的に外に営業に出てくれます。その熱意たるや感心するしかない。彼らの尽力もあって、将来、フィリピン・マニラでのホテル進出も考えています」と髙橋さんは前向きです。
高橋さんは、外国籍の社員にモチベーションを高く働いてもらうには、「数字」と「浪速節の義理人情」の両方が必要だといいます。
「私が社長を務める4社では定期的に社員に財務諸表を開示して、会社の経営状況を細かく説明しています。だから収益はもちろんのこと、人件費も一目瞭然。頑張れば頑張ったぶん給料に反映していますし、有能な外国人社員には日本人より多くの給与を払っているので、それも彼らのモチベーションを保つ一因になっているのではないでしょうか」
“数字”は言葉の壁を超えた共通言語。外国人とのコミュニケーションには、数字での共通理解が必須です。しかし優秀であればあるほど人材の取り合いとなり、よりいい条件の会社に従業員が移ることも少なくないのが現状。非正規の社員は帰国するなど結構入れ替わっていますが、正社員は今のところ誰も辞めていません。しかも、日本に帰化して、髙橋さんと末長く一緒に仕事をしたいと希望しているそうです。
「私は“惚れた”相手とは、がっぷり四つに組んで深い人間関係を築くタイプです。記者時代から懇意にしていた元社長、顧問弁護士達もそうです。経営をするために仲良くした訳ではありませんが、結果的に彼らとの深い関係性があったから、今のビジネスができています。外国人従業員達にも『よそじゃなくてうちに来てくれ!』と口説き落として入社してもらいましたし、社員たちとのリアルな話し合いや誕生日イベントなども欠かしません。今どきのドライな日本人の若者には“暑苦しい”と敬遠されるでしょうが、情が厚いフィリピン人や韓国人と私は相性がいいのかもしれません」
経営面で冷静なデータ分析をする一方、人事面で“浪速節”の義理人情を大事にする髙橋さんは「企業は人なり」(松下幸之助の言葉。人間そのものが企業を形作っている)がモットーです。
長く精魂を傾けてきた記者職を辞めることになり、社長業に専念することになったからこそ、気づいたことがあります。
「不確定要素が多い昨今では、大会社の社員だからといって安穏としていられません。私も定年まで記者を全うしたかったけれど、そうはできなかったのですから。30〜40代の早い段階から、第二、第三の人生に向けた人間関係やキャリアの構築を考えたほうがいいと思います」
そして最後に、髙橋さんはこう続けます。
「ゼロからの起業はワクワクしますがリスクも大きいです。一方他人が作った会社の事業承継はリスクが低い。先代社長が慈しんで育て、長く続いた企業に誰も継ぐ人がいないのであれば、他人が継いで成長させることが大切だと私は思います」
数字と人情、この2つをいかに両立させるかーー。ここで髙橋さんの今後の社長としての真価が問われそうです。
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