ニット直営店を工場に併設 米富繊維3代目が縮める地方と都会の距離
山形県山辺町の老舗ニットメーカー米富繊維は、かつて経営を危ぶまれた時期もありました。3代目社長の大江健さん(45)はローゲージの編地を生かした初の自社ブランド「COOHEM(コーヘン)」を立ち上げ、海外にも出展するなど評価を得ました。後編では2015年に社長になった大江さんが注力した会社のブランディング、コロナ禍で実現した新ブランドや工場内の直営店など、地方企業ならではのアイデアに迫ります。
山形県山辺町の老舗ニットメーカー米富繊維は、かつて経営を危ぶまれた時期もありました。3代目社長の大江健さん(45)はローゲージの編地を生かした初の自社ブランド「COOHEM(コーヘン)」を立ち上げ、海外にも出展するなど評価を得ました。後編では2015年に社長になった大江さんが注力した会社のブランディング、コロナ禍で実現した新ブランドや工場内の直営店など、地方企業ならではのアイデアに迫ります。
大江さんは07年に入社するまで継ぐことは「1ミリも考えたことがなかった」と言いますが(前編参照)、父で2代目の富造さん(現会長)から社長就任を打診された際、迷うことはありませんでした。
自身が指揮を執って10年に立ち上げた「コーヘン」が軌道にのってきたところで、「断ったり、引き伸ばしたりするのは違う気がしました」と振り返ります。
入社以来、家族が暮らす東京と山形を行き来して仕事をしていましたが、ちょうど就任前年に子どもの小学校入学に合わせて家族と山形に拠点を移しており、断る理由もありませんでした。
当時、コーヘンは売り上げ全体の3割を占めるほどに成長し、OEM(相手先ブランドによる生産)と並行しつつ、「今後は自社ブランドを中心に据えて事業を組み立てる必要がある」と考えていたタイミングでもありました。
社長に就任した大江さんが着手したのは、会社全体のブランディングでした。その際に役立ったのは、自社ブランドのコーヘンで5年培ったノウハウです。「会社のブランディングはブランドづくりと変わらない。それは『米富』という人格をつくるような作業でした」
自社ブランドの開発や会社のブランディングでは、前職の販売職で身に付けた「価値や魅力を分かりやすく伝えるスキルが役に立った」と言います。
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まず実施したのは、自社ウェブサイトのリニューアルです。山形を拠点とするデザイン会社と一緒に、名刺や封筒などのデザインも一新しました。
デザインへの投資に、役員会では当初「そんなことにお金をかけて意味があるのか」という懐疑的な意見も出たといいます。それでも大江さんは「最新の編み機を買うより、デザインに投資した方がいい。ほかの工場が手を付けていないところだから差別化できる」と考えたのです。
創業者の祖父良一さんは常に新しい設備を整え、新製品づくりに励んでいましたが、現在の米富繊維には長い歴史で培った高い技術力があります。
その技術や会社の魅力を、デザインの力で伝えることこそ「自分がやるべきことだと思った」。もちろん大事なのは中身ですが、特にアパレル業界はビジュアルが重視されることもあり「会社のイメージがいいに越したことはありません」。
コーヘンは成果を上げていましたが、社長就任時には立ち上げから5年が経っていました。別事業のような存在となり、「会社と自社ブランドの運営が切り離されてしまっている状況」が課題だったといいます。
ウェブサイトをリニューアルするにあたり、会社の歴史からOEM、自社ブランドの情報まで一元化しました。それまでのサイトは、会社概要だけを紹介したような内容で、米富繊維がどんな思いで事業をしているのか伝わりづらいものでした。
どんな会社なのか最低限の情報を分かりやすく整理するため、「伝えたいことは日本語で言い切る」ことを重視。ビジュアルも大事ですが、イメージ写真に頼るのではなく「文字にして、ストレートに伝える」ことを意識したといいます。
会社のスローガンのほか、大江さんや先代のモットーなど、さまざまなページに目を引く言葉をちりばめています。米富繊維を分かりやすく伝えたことで、サイト経由での新規の取引先も増えました。
ほかにも、大江さんには社長就任前後で「何でこれをやっていないんだろう」と思うことが多々あったといいます。
例えば、採用に関する会社説明会や入社後の研修です。当時の米富繊維はパソコンを使ったことがないようなベテラン社員が多く、転職や一般的な就職活動をしたことがない人がほとんどでした。
そこで、大江さんが自身の就職活動の経験を生かして採用活動のスキームを作り、事業のあり方も組み立て直しました。
内側から会社のことを見てみると、事業が行き詰まった原因も見えてきました。「長年同じスタッフでやってきて、それまでのやり方を変えられず、事業がうまくいかないのは何が原因なのかも分からなくなってしまっていました。みんな一生懸命やっているのに、その頑張りが無駄になっている状況でした」
取引先の選び方もその一つです。「たとえ相手に元気がなくなっても、長い間付き合ってきた取引先を変えられず、一緒に弱ってしまっていた。どこかで見直さないといけないのに、誰も手を付けられていない現実がありました」
今はどういうところと取引すべきなのかが定まっていませんでした。「(地方にある)生産地と(都会が中心の)消費地があまりにも遠くて、そのことが見えづらかったのも要因の一つだと思います」
大江さんが取引先を見直し、OEMから脱却して自社ブランドを育て、着実に〝新しい米富〟を築いていたところ、コロナ禍に襲われました。受注が減って打撃を受けるなか、切り札になったのはウェブサイトです。移動が制限された時も、ウェブを通して顧客とコミュニケーションをとり、オンラインストアで販売を継続できました。
苦境に立たされつつも、大江さんは挑戦の種まきをやめません。「THIS IS A SWEATER.(ディス・イズ・ア・セーター)」と「Yonetomi(ヨネトミ)」という二つの自社ブランドを新たに立ち上げました。
コロナ禍前から準備を進めていた「ディス・イズ・ア・セーター」は「止める理由はない」と計画通り20年に立ち上げました。原点であるセーターに特化し、「セーターとは何か?」を問い直したブランドです。
コーヘンの立ち上げから10年が経ち、違った切り口で同社の技術力を詰め込みました。セーターからジャケット、ワンピースまでトータルスタイリングを提案するコーヘンとは異なり、アイテムをセーターに絞って「10年、20年と世代を超えても愛され続け、新しいけれど古くなることのない価値を宿したセーター」を提案しています。
「ヨネトミ」はいくつかの理由が重なって始まりました。コロナ禍で受注が減って生産ラインに余裕ができたこと、残糸でベーシックなニットアイテムを作って山形に期間限定店を開いたところ、想像以上に売れたこと、少しでも売り上げを立てたかったことが、ブランド立ち上げを後押ししました。
ベーシックなデザインは、表情豊かな編地を特徴とするコーヘンでは取り組んでいないゾーンで、会社としてもすみ分けができます。半袖シャツでも2万円以上するコーヘンに対し、ヨネトミは長袖Tシャツやプルオーバーでも1万円でそろえ、買いやすい価格にしました。
キャラクターの異なる三つの自社ブランドがそろい、22年8月には本社工場内に初めての直営店「Yonetomi STORE(ヨネトミストア)」をオープンしました。直営店は元々東京に出す想定でしたが、「まずは自分たちの目で商品が見える範囲で店を作りたい」という考えに変わったといいます。
直営店では三つの自社ブランドのほか、エッジの効いた革靴を得意とする日本のレザーブランド「Hender Scheme(エンダースキーマ)」の靴、フランスのワークウェアブランド「DANTON(ダントン)」のダウンジャケットなど、セーターとのスタイリングを楽しめるアイテムをそろえました。
リピーターが増え、売り上げはおおむね目標通りに推移しているといいます。来店客は半分が山形県内で、もう半分は県外です。「この場所で買いたかった」と旅行で東京から来た人が立ち寄ってくれることもあるそうです。
大江さんは「服も、野菜と同じように産地を意識されるようになってきた」と工場内の直営店に可能性を感じています。
山形には都会のようなトラフィックはありませんが、「コンテンツ次第で勝負できる」と見ています。消費の変化のスピードが速く、東京より競争相手が少ない地方はお客の店へのロイヤルティーも強いため「店に来たくなる仕掛け」を用意すれば来店につながるといいます。
東京よりも「やるべきことはシンプル」で、セールなどではなく工場併設のメリットを生かしてニットづくりのデモンストレーションを行うなど、顧客が喜ぶコンテンツを考える。そんな「店の本来の姿」を追求できることが、地方のメリットだと感じています。
工場内に直営店を出したのには、もう一つ理由があります。大江さんが常々感じていた「アパレル業界は、作る人と売る人の距離があまりにも遠すぎる」という問題を解消するためです。
産地の多くは地方にありますが、高感度なファッションアイテムの販売は都市部に集中しがちです。一方、ヨネトミストアでは大江さんも含め管理部門の社員は、基本的に全員店頭に立って接客もしています。
「生産地と消費地の距離を縮めたい」との思いもあり、米富繊維では一般客向けに工場見学も開いています。21年までは年1度でしたが、22年にヨネトミストアを開設後は毎月開催しています。
工場には、ものづくりの魅力そして米富繊維の強みが詰まっています。米富繊維のニット生産の工程を見られるのは「うちにしかないコンテンツ」であり、「工場をオープンにすることで、多くの人にものづくりの魅力に触れてほしい」と言います。見学コースの終点が直営店で、工場の空気を感じながら買い物もできます。
大江さんは今後も積極的に新規事業にチャレンジする考えですが、「これからは自分ではなく、中堅社員が引っ張っていってほしい」とも言います。米富繊維の次の時代を担う人材の育成が、新たな挑戦になりそうです。
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