「売れずに悩んだ」紅茶に価値をプラス 知覧心茶堂が着目したGABA
鹿児島県随一のお茶どころであり、緑茶ブランド「知覧茶」で知られる南九州市。茶葉の生産販売を手掛ける知覧心茶堂(ちらんしんさどう)代表の東垂水良世(ひがしたるみず・よしつぐ) さん(52) は、緑茶をとりまく競争環境が厳しくなる中、紅茶へと生産をシフトします。さらに「機能性」という価値をプラスしたGABA茶を開発。メディアへの発信を増やしながら、新たな売り上げの柱に育てあげました。
鹿児島県随一のお茶どころであり、緑茶ブランド「知覧茶」で知られる南九州市。茶葉の生産販売を手掛ける知覧心茶堂(ちらんしんさどう)代表の東垂水良世(ひがしたるみず・よしつぐ) さん(52) は、緑茶をとりまく競争環境が厳しくなる中、紅茶へと生産をシフトします。さらに「機能性」という価値をプラスしたGABA茶を開発。メディアへの発信を増やしながら、新たな売り上げの柱に育てあげました。
東垂水さんは、南九州市知覧町で祖父が始めたお茶農家の3代目です。大学卒業後1年間サラリーマンを経験した後に家業の道へ入ることを決意しました。
「もともと積極的に家業に入る意思はなかった」という東垂水さん。勤務していた鹿児島市の紙を扱う会社で単身赴任を命じられたことや、家庭の事情など、いくつかのことが重なってこの決断に至りました。
その後、2年間知覧の茶問屋で修業をした後に就農して家業に入りました。
東垂水さんが家業に入った1996年は、まさにお茶業界のバブル時期でした。お茶農家は4月~10月のお茶シーズンには数千万円の収入があり、半年働いて半年遊ぶような時代だったといいます。しかし、その一方でかげりの兆しも見せていたと東垂水さんは振り返ります。1996年は、伊藤園がペットボトルの緑茶飲料『お~いお茶』の500mlを発売開始した年でもありました。
「それ以前は、例えば新幹線で駅弁と一緒にお茶を買う時、ティーバッグのお茶が入ったポリ容器にお湯を注いでもらうのが定番でした。でもペットボトルの緑茶が発売されてどんどん売れていくようになりました。どこかで現状維持のままではいけないという気持ちがありました」
急須で煎れるときに使われるリーフ茶の需要が少しずつ減少して、ペットボトル緑茶用の茶葉の需要が増加していきます。茶葉の相場やお茶の飲まれ方に変化が起こりつつありました。
↓ここから続き
そんな中、東垂水さんはお茶農家自身が価格を決められないシステムにも不安を感じていました。お茶農家は市場に茶葉を出荷して、そこに問屋が入札して売値が決まります。手をかけたお茶が高く売れれば報われますが、相場によっては、労力や品質は変わらなくとも値段が下がってしまいます。そこで、直販の道を模索することにしました。
1998年から、全国各地の百貨店を訪問して緑茶の直接販売へ乗り出します。小規模なお茶農家が直販に取り組み、さらに百貨店まで売りに行くのは当時かなり珍しいことでした。
「お茶を入れてお盆に並べて試飲を勧めて、興味を持ってくださったお客さんに説明して。1週間で紙コップを2千個ぐらい使ったかもしれないですね」
しかし、どこの百貨店でも毎週のようにたくさんのお茶問屋が出入りしていました。そして、お客さんが求めているものは安さでもありました。
「当時、詰め放題をされている業者さんがいて人気でよく売れていました。湿気や移り香が大敵のお茶をむき出しで販売することは品質保持上よくありません。それでも安くてたくさん買えるから大人気でした」
お茶農家としておいしいお茶作りに汗をかき、できたお茶の品質に細心の注意を払い、鮮度を保ち、自ら売りにくる。そのやり方は、茶葉を安価で大量に仕入れて、 “安さ”を前面に出した業者に商売の観点では太刀打ちができませんでした。鹿児島から行っても経費がかさむばかりで利益もあまり出ませんでした。
また、ある程度売上の上がっていた百貨店もどんどん閉店していきました。時代の流れや消費者志向の変化など、あらゆる厳しさに直面します。
「100g千円のお茶は売れにくくて、よく売れるのが(より安い)100gのお茶三つセットで千円のものでした。でも三つセットで千円の商品に顧客は付かないですね」
この現実に直面した時に、先行きの暗さを感じ、直販で販路を伸ばすことの難しさを痛感しました。どうしようかとあれこれ考えた末に、競争ですり減るよりも新たな分野を開拓することに目を向けました。
「高く売れる、ブランド力のある緑茶も確かにあります。それは100g千円を定価で売れる販路を持っているかにかかってきます。でも、南九州市だけでも100以上の工場、500以上の農家さんがいます。過酷な緑茶のレースで競うのではなく、誰も参加者がいない紅茶に出てみようと思いました。その当時知覧で作っている人はほぼいなかったので、もし売れ出したら面白いことになるなと考えたんです」
ちょうど、東垂水さんの畑には紅茶に適した「べにふうき」という品種の茶葉がありました。これは大手飲料メーカーのペットボトル飲料用に植えていた品種でした。べにふうきが含む成分が花粉症の緩和が期待できるとして、花粉症対策を狙った商品として売り出されました。しかし販売はふるわず、卸し先のなくなった品種でした。
基本的に緑茶、紅茶、ウーロン茶は、同じ茶葉から製造が可能です。ただし、茶葉の中でもタンニン量などの違いで緑茶向きの品種、紅茶向きの品種があります。べにふうきからは緑茶も作れますが、紅茶に特に適した品種でした。
紅茶製造には、緑茶工場の設備をそのまま使えます。緑茶では10工程くらいあるものを、紅茶は3工程で済むので、手作業で機械から機械へ移動させながら紅茶の製造にチャレンジしました。初めて作ったのは2008年ごろです。
「紅茶に適した品種があったのは本当に偶然でした。そのべにふうきを使い初めて自分で作った紅茶は、今思うと味も香りもまだまだだったと思いますが、当時は結構おいしくできたなと思って。それからも作るたびに枕崎市の野菜茶業研究所のところへ持って行って専門家の意見を聞いて、自分なりに試行錯誤しました」
取り組みのなかで、紅茶製造は同業者が少ないこと以外にも多くの利点があることに気付きました。紅茶にする茶樹では、肥料がない方がおいしい紅茶ができるとされています。また重労働であるかぶせも不要です。かぶせとは、摘み取る前の茶葉にシートをかぶせて日光を遮ること。雨でシートがぬれてしまうと一人では持てない重さになるため、この作業から解放された利点は大きなものでした。コストと労力が大幅に削減できました。
もちろん紅茶だからこその労力はあります。緑茶工場は完全機械化されている一方で、紅茶は手作業が必要になる部分があるので労力がかかりました。それも、2014年に紅茶工場を新設して、さらに現在も工程を見直すなどしながら、効率化に取り組む中で徐々に解消されています。
「利益率で計算すると緑茶は50%に満たないですが、紅茶の場合は70%くらい。さらに最適化していけば75%はいけると思います。肥料代や重油、ガス代が値上がりしている中、こうしたメリットは非常に大きいと思いました」
こうして紅茶栽培の大きなメリットに気付いた東垂水さんでしたが、紅茶自体の売れ行きは芳しくありませんでした。「どうしたらお客さんに興味を持ってもらえるか?」「何が必要とされているか?」考えた末、次に着目したのが「機能性」という付加価値でした。
ヒントになったのは、百貨店での行商時代の経験です。
「催事で隣で出店していた沖縄の会社の、薬草茶と健康食品が大人気でした。自分の10倍近く売れていて、そうしたものへのお客さんの関心の高さがうかがえました」
そこで、リラックス効果が期待される「GABA茶」の製造に取り組むことにしました。
GABAとはガンマアミノ酪酸というアミノ酸の仲間で、茶葉の発酵過程で酸欠状態(嫌気状態)にすることで増加します。リラックス効果があり、安眠や血圧降下が期待できるとされています。製法は一般に公開されていました。紅茶、緑茶、ウーロン茶とどれでもできるので、GABA紅茶をメインにGABAウーロン茶、GABA緑茶も作ることにしました。
「2010年ごろに初めて作ったGABA茶はビッグサイトで販売してみましたが、最初はこれも全然売れなくて。でも少しずつ風向きが変わってきて、2020年くらいから売れるようになってきました。試飲販売でのお客さんの反応も今までと全然違います。緑茶では10人接客したら2人買うくらいでしたが、GABA茶は10人中7~8人買っていきます」
一般的な製法では大量生産ができず、大体は茶葉100キロ単位で少しずつ生産することになりますが、東垂水さんは独自の改良を工場に施して茶葉8千キロを一度に加工できるように整備しました。これで大量生産できる体制が整いました。
GABA緑茶は新聞で取り上げられたことをきっかけに茶商から大口注文が来るようになりました。GABA紅茶はネット通販を中心に売れていきカフェなどでも販売されるように。こうしてGABA茶がじわじわ売れ出して、普通の紅茶も少しずつ売れるようになっていきました。2022年には売り上げの5割をGABA茶、4割を紅茶が占めるようになり、従来の緑茶にかわる売り上げの大きな柱になりました。
とはいえ、GABA茶が売れ出す2020年ごろまでは苦労が続きました。本当にどん底だったのが2019年で、「超自転車操業だった」と東垂水さんは振り返ります。
「最後の方は催事に行っても赤字なんだけど、行かないと現金が入らなくて会社が回せないから行くような状況にまでなっていました。もうお茶をやめようかと思っていました。そんな時に紅茶とGABA茶が売れるようになってきて何とか今に至ります」
経営が苦しい中、確実にやって大きかったことは経費の見直しです。税理士との打ち合わせは半年に一回くらいでどんぶり勘定だったのを、月一で打ち合わせして細かくアドバイスしてくれる税理士さんとの取引に変えました。
「それからは、毎月の固定経費、変動経費、粗利を正確に把握するようになりました。その数字を先月や前年度の同時期と比較していると、年間の動きが分かってきます。毎月正確な数字を把握して、金融機関にも毎月その帳簿を提出できます。そうすると、今後借り入れするときに信用してくれて審査に通りやすくなることもあると税理士さんから教えてもらいました。ごく当たり前のことかもしれませんが、生産や販売でいっぱいいっぱいになっていてきちんと向き合えていなかったんです」
2020年には、元バレーボール日本代表で鹿児島県出身の迫田さおりさんと一緒にGABA茶を広めるプロジェクトを行い、クラウドファンディングで目標金額以上の支援を受けました。他にも、新聞やメディアへの積極的な売り込み、自社ECサイト作成、食べチョクへの出店など、見て知ってもらう機会を増やすことを意識しました。
「露出はその時にすぐには結果が出ないかもしれないけれど、何度も目に触れることによってだんだんと認知され信頼されるようになる。だからずっと出し続けてないと駄目だなって思いましたね」
自分で飲食店や企業に商品の売り込みをすることもあります。企業の問い合わせページから、商品の提案とアピールを行ったことで決まった取引もあるそうです。この行動力も、紅茶とGABA茶が売れていった一因かもしれません。
「難しいかも、と思わずに思い立ったら電話でもメールでもとにかく聞いてみます。先入観を持たずに行動してみるようにしています」
そんな東垂水さんが、今興味があるのが太陽光発電です。一部のお茶畑を太陽光発電の会社に貸して借地料をもらう計画が進行中です。なんと、太陽光パネル設置がお茶栽培のメリットになる可能性も秘めているのだそうです。
「紅茶栽培は日当たりが良すぎない方がいいんです。紅茶生産地であるインドやスリランカは標高が高くて日照時間は少なく、いい香りの紅茶ができます。知覧は日当たりが良すぎて…。それが太陽光パネルを入れることで影ができて適度な日当たりになる。さらにパネルがあることで、冬場は熱が逃げにくくなり放射冷却が起きづらくなるかもしれません。そうすると防霜ファンが不要になり電気代が節約できます。やってみないとわかりませんが、試してみる価値はあります」
お茶農家を取り巻く状況は、地球規模での環境変化や物価の高騰、消費者の嗜好の変化や需給バランスと、常に不安定でもあります。そういった中で、「お茶とはこうあるべき」といった固定観念にとらわれず、新しい領域や取り組みに積極的にチャレンジする東垂水さん。いろんなチャレンジをしながらも初心は変わりません。
「お茶は身近な存在で、いつの間にかたくさん飲んでいるものです。だから日常のお供として、気が付けばなくなっているような、すっと飲めるお茶をこれからも目指して作っていきたいと思います」
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。