同所は1971年、眞一さんが創業しました。長男の宏典さんは子どものころから、父が使命感に燃えて仕事に取り組んでいたことを知っていました。大学卒業後は、東京の会計事務所に就職します。選んだのは、いずれ親元に戻ることを了承してくれたからでした。
ここは所員の自由度が高い事務所で、顧問先には税理士の判断で「経営会議を開いて、その場で改善策を議論しましょう」と提案できました。「経営者に伴走するのも税理士の重要な仕事」と考えていた宏典さんは、積極的に提案しました。
ある外食産業を担当したときのことです。その会社は特定の店舗が不採算で、全体の業績が芳しくありませんでした、宏典さんは何度かその店舗を閉めるよう進言しました。が、社長は聴く耳を持ちません。
危機感を持った宏典さんは夜中の12時にその店を訪ね、店にいた社長から「こんな時間に何の用だ」とにらまれます。宏典さんは「殴られてもいいから、とにかく伝えないと」と覚悟を決め、「店を閉めるべきだ」と訴えました。
「イキイキしていない」と感じて
当時のSS総合会計は企業監査が中心。所長の眞一さんは所員に「監査こそが一番大事だ。まずは監査をきっちりやること」と繰り返し伝えました。監査のやり方は決まっています。その決まりきったやり方を、ミスなく繰り返すことが事務所の方針でした。
そんな所員を見て、宏典さんは「全然イキイキとしていない」と感じていました。
所長はミスを一つ見つけると「書類を全部コピーしてこい」と言って、社員には任せず、所長が中心となって顧問先の課題をすべてを解決する手法をとっていました。
そのため、「こうした方がもっと良くなる」といった業務の改善提案が社員から出ることはありませんでした。
リーマン・ショック以降は売り上げが横ばいか少し下がる状況で、「マーケティングがうまくいっておらず、自分たちの商品の強みを、所員全員がわからなかったと思います」と振り返ります。
この状況に宏典さんは不安を覚えました。「自分が大学や東京の会計事務所で培ってきた先にあるのが、この事務所を受け継ぐことなのか」と考えてしまいました。
コーチングとの出会い
そんな不安の中、宏典さんはあるセミナーの営業に来ていた人から熱心に勧められ、コーチングと出会います。コーチングは人に質問し、その人の意見を共感して受け止め、承認してやる気を引き出すコミュニケーション手法です。
宏典さんはスクールに通い、コーチングにのめりこんでいきます。ほかの受講生は適切な質問を考え、共感を示すことに苦労した様子でしたが、宏典さんはあっという間にできたといいます。100人を相手にコーチングするワークも、楽しんでやり切りました。
実際、チームビルディングで悩んでいた生命保険会社の友人にコーチングしました。友人は宏典さんから学んだ手法を、部下5人に実施したところ、成績がどんどん伸び、短期間で30人以上の部下を持つまでになったといいます。
コーチングを実践した宏典さんは「まるで上りのエスカレーターを歩く時のように成長を実感できた」と振り返ります。
経営改善計画をめぐって父と対立
コーチングに目覚めた宏典さんは、それゆえにSS総合会計の仕事とのギャップに悩みました。
コーチングの面白さは、「本当は何がやりたいのか」を一人ひとり引き出すことです。が、型どおりに進めることが重要な監査の仕事には必要なかったのです。
そんなジレンマの中、事務所のナンバーツーだった宏典さんは、経営方針をめぐり所長の眞一さんと対立しました。それは中小企業庁が進める経営改善計画策定支援事業をめぐるものでした。
同事業は、金融支援を伴う経営改善が必要な中小企業が対象になります。認定を受けた専門機関が経営改善計画の策定を支援し、経営改善を促す施策です。
この施策を知った時、眞一さんは喜びました。SS総合会計が認定経営革新等支援機関になれば、資金繰りに苦しむ会社を救えると考えたからです。
一方、宏典さんは所長と正反対の感情が湧きました。なぜなら、計画の立て付けが非常に難しいものだったからです。
この経営改善計画に経営者の想いは反映されません。経営分析と財務諸表・融資金の返済計画といった数字の型に当てはめ、専門家の指導で作成するものです。
この趣旨は全く間違っていませんが、宏典さんは「会社を将来こうしたい!」という経営者の熱い想い(スピリット)を入れる余地がないことに落胆しました。
その考えを正直に眞一さんに伝えると「従えないなら、次(2014年)の経営方針発表会には出なくていい」と言われました。「辞めろ」と言われたのも同然でした。
親子であることに甘えていた
残るか、辞めるかーー。追い込まれた宏典さんが相談したのは、一般社団法人才能心理学協会代表理事の北端康良さんでした。才能心理学とは才能開花のメカニズムを心理学的に解明した理論体系で、北端さんはその第一人者です。
一通り話を聴いた北端さんからは「あなたは、人を輝かせたい人だ」と言われました。宏典さんは大きくうなずきます。
一方、北端さんから「心から尊敬しているお父さんを否定してはだめ。この課題に向き合わないといけない」とも言われた宏典さんは、自身のキャリアを振り返りました。
父を尊敬しているからこそ税理士を目指し、SS総合会計に就職したはず。それなのに、父とまともに向き合うことを避けていました。「型にはめるやり方が気に入らない」という好き嫌いの感情が先立ち、父の話をまともに聴いていなかったのです。
自身の物言いも相手を尊重しない、ぶっきらぼうなものになっていました。それは組織のトップとナンバーツーの意見交換ではなく、親子であることに甘えた家族的な会話の姿でした。
コーチングは相手を正面から見て話を聴き、それを承認することから始めます。その基本を、父である所長に対しては怠っていたのです。
父とのコミュニケーションに変化
宏典さんは、父とのコミュニケーションの型を少しずつ変えました。まずは深くうなずくというシンプルなことから始めます。そして、一通り話を聴いた後、「所長の言いたいことを集約すると、〇〇ということですよね?」と確認するようにしたのです。
そうすると「その通りだ」という答えが返るようになり、だんだんコミュニケーションがスムーズに進みました。
相互理解が深まるにつれ、自分も父も中小企業の経営を良くしたいという想いは一緒だと確信します。違っていたのは重要視するポイントだけでした。
宏典さんはその違いを否定するのをやめます。逆に両方必要なのだから、それぞれの良さを統合できないかと考えました。
そして、経営改善計画づくりを支援する時にコーチングの手法を加えてみました。数字を組み立てながら、お客様に「本当は何がやりたいですか?」、「会社をどのような状態にしたいのですか?」と、想いを引き出す質問をしたのです。
一例をあげると、宏典さんが担当したある工務店は、5年後や10年後のビジョンがなく、目標とする棟数や利益が見えない状態が続いていました。同所への相談は「もう工務店をやめたい」というものでした。
通常は目標利益を「見える化」して経営改善計画を作りますが、宏典さんはまず工務店の社長に「本当にやりたいこと」を尋ねてみました。
その結果、社長のコアコンセプトが「導く」であることが分かりました。幼少期から常にリーダーシップをとり、人を導いて笑顔にしてきたからです。
そこで「正しく導き、お客様に真の価値を提供する」という経営理念を定め、具体的な戦略や数字に落とし込みました。中長期的な課題を明確にして、PDCAを回したところ、経常利益が1年で3千万円ほどのび、社長が生き生きと経営できるようになりました。
宏典さんは、このような経営改善計画を「ビジョン戦略計画書」と名づけました。数字の組み立てと経営者のスピリットを兼ね備えた「魂の入った仏」になったのです。
「ビジョン戦略計画書」の効果
「ビジョン戦略計画書」の効果は予想以上でした。クライアントの経営がV字回復しただけでなく、そこから別の顧客の紹介へとつながりました。
業績回復後も「ずっとそばにいて欲しい」と言われるようになったといいます。クライアントと想いを共有し、コーチとして伴走し続けたからこそ生まれた関係性でした。
父による「やるべきことを徹底的にやりきるシステム」と、自身が得意とする「顧客のスピリットを引き出すコーチング」がかみあい、「人を輝かせる独自のサービス」になったのです。それは宏典さんが一番やりたかったことでした。
ストーリーがつくる一体感
SS総合会計のSSは「Sprit&System」の略称です。元々は創業者の眞一さんのイニシャルでしたが、今は父子がそれぞれ大切にする価値観を理念としています。
宏典さんは2017年4月、42歳で代表に就任しました。その年の1月にあった経営方針発表会で、宏典さんは自分が再設定した経営理念を発表します。しかし、単に「すべての人にSprit&Systemを」と伝えただけではありません。
所員は言葉だけでは理解できず、なぜこの理念になったかというストーリーが必要です。宏典さんは父との葛藤の歴史や、これから大切にしたいことを全員の前で話しました。
父へのざんげや母への感謝、所員への想いが交錯し、気づいたら涙で話せなくなっていました。所員たちも感情が高ぶり、全員が涙であふれていたといいます。後継者の宏典さんを中心に事務所が一枚岩になった瞬間でした。
宏典さんは、経営者のストーリーには力があることを実感しました。以来、自分と同じような後継者には、理念を再設定したら必ず経営方針発表会を開き、自らのストーリーを熱く語るよう指導しています。トップの自己開示こそが、所員の共感を呼び組織の一体感を高めるのです。
顧問先の「かかりつけ医」に
後継者となった17年は33件だった年間のコンサルティング件数は、現在80件にのぼるといいます。
宏典さんは現在、全国の税理士を対象に「MAS事業化」というテーマでセミナーなどを開催しています。MASはマネジメント・アドバイザリー・サービスの略で、同所が展開する経営計画策定と経営会議を中心とした伴走型支援のことです。
監査を主業務とする税理士によるMAS事業が、日本の中小企業を発展させると考えています。
また、SS総合会計では顧問先の「かかりつけ医」として、税理士業務に加え、様々なサービスを提供しています。
始動したばかりですが、M&A仲介や会社分割・組織再編などの高度税務、信託を活用した事業承継支援、採用や人材育成、マーケティングやコスト削減支援なども提供し、ほかの専門機関の協力を得て拡充しています。
この機能を宏典さんは「人型プラットフォーム」と呼んでいます。「人型」とは「人間による」という意味です。クライアントの話をよく聴き、最善のソリューションを考えてマッチングを促す。そうした想いを共有した人にしかできないサービスを提供したいと考えているのです。
創業者と後継者それぞれの良さを生かしたSS総合会計は、会計事務所の新しい姿を提示しているように思います。そのノウハウが全国に広がる日は、そう遠くないかもしれません。