過小評価された自然に新たな輝きを エルク2代目が挑む「エンタメ化」
甲府市のアウトドア専門店「アウティングプロダクツエルク」(エルク)は、2代目の柳澤隆広さん(35)がアナログだった組織運営を改善し、売り上げアップなど家業の成長につなげました。後編では、顧客の幅を広げるために、山梨県の自然をフル活用した旅行・宿泊の事業企画や他業種との連携など、「大自然のエンタメ化」を軸にした成長戦略に迫ります。
甲府市のアウトドア専門店「アウティングプロダクツエルク」(エルク)は、2代目の柳澤隆広さん(35)がアナログだった組織運営を改善し、売り上げアップなど家業の成長につなげました。後編では、顧客の幅を広げるために、山梨県の自然をフル活用した旅行・宿泊の事業企画や他業種との連携など、「大自然のエンタメ化」を軸にした成長戦略に迫ります。
1983年に柳澤さんの父・仁さんが創業したエルクは、豊富な品ぞろえで古くからのファンに支えられた一方、昔ながらの店舗運営が時代遅れになっていました。2020年に入社した2代目の柳澤さんは、POSレジの導入や、情報共有の仕組み作りなど、会社としての基盤整備に力を注ぎました(前編参照)。
しかし、エルクの課題はほかにもありました。柳澤さんは新規顧客を開拓できていない現状に危機感を覚えていたといいます。
「エルクは多数のファンに支えられてきましたが、若者をはじめ新規顧客が非常に少ないという悩みがありました。少子高齢化という地域の現状を踏まえると、新規顧客の開拓に失敗したままでは先細りは免れません。新たな成長シナリオを描く必要がありました」
柳澤さんは21年、エルク傘下の旅行会社「ゲイツ」の経営を母親の孝子さんから引き継ぎ、代表取締役に就任します(エルク取締役と兼任)。
ゲイツはエルクの既存顧客向け登山ツアーの運営を担ってきました。現在、柳澤さんを含めて4人の従業員が働き、年間約30本のツアーを企画しています。
柳澤さんが代表取締役に就任してからは、ツアー参加者を既存顧客に絞らず、ウェブで幅広く募るようになりました。
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「難関とされる登山のガイドツアーはゲイツならではの旅行商品です。特に地元の山には精通しており、その険しさで知られる笊ヶ岳(ざるがたけ)や鶏冠山(とさかやま)のガイドツアーは、簡単にはまねできないと思います」
売上高はまだ安定していませんが、年間3千万円〜4千万円の間で推移しています。
柳澤さんはゲイツの旅行事業を、次世代の稼ぎ頭として伸ばそうとしています。
「富士山麓の自然に恵まれた山梨県は、全国のアウトドアファンをひきつけるポテンシャルがあります。でも、地元ではアウトドアフィールドとしての自然の価値が過小評価されていました。アウトドア・アクティビティーを持ち込めば、魅力的な旅行商品を世に送り出せるはず。私はこれを“大自然のエンタメ化”と呼んでいます」
旅行商品の開発でネックになったのが、予算と人手の問題です。「山梨県の自然に秘められた価値には自信を持っていますが、適正価格の見当がつかずニーズも未知数でした」
売り上げ規模の見通しが立たないため、開発にリソースを割くことに二の足を踏んでいました。
突破口になったのが、国や自治体の補助金です。ゲイツでは旅行商品の開発に、環境省の「国立公園等資源整備事業費補助金」や、観光庁の「看板商品創出事業補助金」などを活用しています。旅行商品のテストマーケティングを地域振興の一環に位置づけ、開発予算の圧縮を図りました。
地元の観光協会と協力関係を結んだことも後押しになりました。
「広告費用をかけられる余裕がなく、集客の見込みが立たないことに悩みました。そこで、地元の観光協会にツアー商品を共同企画として提案し、公式サイトのほか行政関連のネットワークを介したPRを見込みました」
山梨県内の様々な観光協会に共同企画を持ちかけたところ、「日本五大名峡」として知られる昇仙峡の観光協会の協力を得られました。
昇仙峡は昭和の時代まで紅葉の景勝地として多数の観光客を集めていましたが、近年では客数の落ち込みに悩まされています。02年の観光客数は約450万人でしたが、21年は約50万人にまで落ち込み、「見て楽しむ観光地」としての限界を迎えつつありました。
一方、柳澤さんが注目したのは昇仙峡が持つ「アウトドア・フィールド」としての価値です。
「マウンテンバイクやカヌーを持ち込めば、日本有数の絶景の真っただ中でアクティビティーを楽しめます。国内でも類を見ない旅行商品が完成すると考えました。まさに“大自然のエンタメ化”の実践です」
議論を進めるうち、山梨県や甲府市の行政関係者も企画に加わりました。地域一体型のプロジェクトとして、奥行きが生まれています。
21年の9~12月にかけて、柳澤さんの発案による昇仙峡のアウトドア・アクティビティー商品が売り出されました。主なメニューは、紅葉のトンネルを潜る山道のマウンテンバイク、ダム湖のカヌー、山岳信仰ゆかりの古道を登るトレッキング、絶景のそばでくつろぐテントサウナの四つです。
マウンテンバイク・カヌー・テントサウナなどは補助金を活用して調達しました。インストラクターも、エルクの顧客や関係者のなかに適任者がいました。地域密着のアウトドア専門店の強みを生かした形です。
価格はいずれも1人1500円の安値に設定。地域振興目的の補助事業のため、利益をあげられないことが理由ですが、柳澤さんは「利益度外視の取り組みになりましたが、確かなニーズがあるという手応えを得られました」。ツアーには約1千人を集めました。
意外なことに参加者の中心は山梨県在住者です。コロナ禍で日帰り旅行が人気となり、地元のテレビに取り上げられたことで一気に集客が進みました。
補助事業を終えた22年、昇仙峡のアウトドア・アクティビティー商品は1人6千円で提供しています。大幅に値上げしましたが、客数は前年と同程度を維持し、売れ行きは好調です。
「高価格帯に耐えうる商品を目指して、内容とオペレーションに磨きをかけています」
柳澤さんが旅行商品の開発と同時に進めてきたのが、宿泊事業の立ち上げです。
「エルクは老舗とはいえ小さな店です。メーカーとの交渉力に乏しいため、仕入れの条件は年々厳しさを増しています。“モノ”に縛られない事業を多角的に模索する必要に迫られていました」
21年3月、「gosen」と名付けた宿泊事業を立ち上げ、最近注目を集める「バケーションレンタル」を提供しています。バケーションレンタルは民泊の一種ですが、別荘やリゾートマンションなどラグジュアリーな用途を指すものです。
gosenで貸し出す宿泊施設は、山梨県南アルプス市の山中に建てられた165平方メートルの別荘です。宿泊事業の開始にあたって物件を借りました。
1泊4万5千円で定員は14人。大人数のグループの場合、ホテルに泊まるより割安でプライベートな空間を独占できます。
バケーションレンタルには、県外の客が来た時に案内できる宿泊施設を自社で持ちたいという狙いがありました。「完全セルフサービスで不特定多数との接触を回避できます。コロナ禍の最中の宿泊先として人気は上々でした」
gosenの22年の稼働率は30%弱。民泊の稼働率としては標準的といいます。
事業を始める際、社長を含めた関係者からは「集客が成り立たない」と言われました。
柳澤さんは「地元住民から見ると山奥の不便な一軒家ですが、都会の感覚でとらえ直すと、自然体験の空間としての条件がそろっていると考えました。大自然に秘められた価値は、一度県外に出た人間だからこそ気がつくことが多々あります」と言います。
バケーションレンタルを提供するうち、ユーザー像が想定とは異なることに気づきました。
「施設は名山の麓で、当初は登山の前後に使ってもらえると考えていました。実際は予想に反し、ファミリーや学生といった一般旅行のお客様が大半です。登山客は宿泊施設の機能性が重要ですが、一般旅行客は“旅の楽しみ”を提供する必要があります。サービスの見直しを急ぎました」
宿泊施設の周りには店がほとんどありません。そこで柳澤さんは地元レストランの協力を得て、八ヶ岳南麓の水で育てられた有機野菜や、ブランド肉の甲州ワインビーフなどをふんだんに取り入れた食事を、朝夕にデリバリーで提供しています。「山梨県の味を楽しんでいただくため、県産食材にたけたレストランに協力を仰ぎました」
一般旅行客向けにトレッキング用品レンタルやガイドツアーもスタートしました。
山梨県の人口(23年2月現在)は約79万人で、43年ぶりに80万人台を割り込みました。柳澤さんは地域に根ざした専門店として「山梨県の観光振興が私のミッションです。観光振興を通じて山梨の魅力が広まれば、居住希望者の増加につながります」と語ります。
“大自然のエンタメ化”を掲げる柳澤さんは、宿泊・交通・飲食など多様な事業者との連携を意識するようになりました。旅行商品の開発を進めるうちに地元企業とのつながりが育まれてきたからです。
「地元をよく知る異業種と連携すれば、さらに優れたアウトドア・アクティビティーを生み出せます。地域との接点を増やすよう努めてきました」
進行中のプロジェクトがトレーラーハウスによるキャンプ場開発です。gosenのすぐそばに予定地があり、山梨県で盛んに展開しているトレーラーハウス事業者と共同で進めています。
小売り事業では“モノ”を扱ってきましたが、柳澤さんの新規事業では、旅行と宿泊という“コト”に焦点を当てています。
「旅行や宿泊の提供価値は、いわば形のない体験です。商品の価値を共感できるようなストーリーが伝わらないと、集客がままなりません。“モノ”を扱う小売業とは異なる難しさはありますが、地元で長年培ったアウトドアの経験を生かすことができます。自分たちの経験をもとにした言葉でストーリーを語れる点は、地域に根ざした老舗店の強みだと思います」
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