世界に届いた盆栽用じょうろ 根岸産業3代目の販路開拓
ものづくりの町・東京都墨田区の工場で、園芸用の高級じょうろを作り続ける「根岸産業」。従業員3人、家族で営むこの小さな町工場には、世界中の園芸ファンからじょうろの注文が舞い込みます。以前は国内販売が主でしたが、3代目の根岸洋一さん(47)が販売方法をがらりと変え、海外需要の掘り起こしに成功しました。
ものづくりの町・東京都墨田区の工場で、園芸用の高級じょうろを作り続ける「根岸産業」。従業員3人、家族で営むこの小さな町工場には、世界中の園芸ファンからじょうろの注文が舞い込みます。以前は国内販売が主でしたが、3代目の根岸洋一さん(47)が販売方法をがらりと変え、海外需要の掘り起こしに成功しました。
目次
根岸産業の創業は1944年。第2次世界大戦中の物資がない最中に、根岸さんの祖父・蔵信さんが金物製造を営んだのが始まりです。神社仏閣の屋根職人だった蔵信さんは、トタンなどを使って、じょうろや振るい、石炭バケツを始めとした園芸金物を製造しました。
その後、1966年に父の修さんが2代目となり、先代の技術を応用しながら、銅や真鍮、ステンレスで園芸用じょうろを専門に製造するようになります。
製造方法は今も変わらず、一つ一つ手作り。銅などの素材を機械で裁断し、それらを曲げて形作り、その各部分をはんだ付けし、磨きをかけて完成です。1日に作れるのはわずか4個ほどだといいます。
金属板を裁断するのは、足踏み式裁断機。溶接は、七輪とコークス(石炭から作られる燃料で火力が強い)を使って温めます。いずれも先代から受け継いだ技術です。
根岸産業のじょうろは、壊れたり痛んだりした箇所を修理しながら、長く使い続けることができます。30年は問題なく使えるそうです。
価格は5千円~3万円ほど。手間もかかっている分安くはありませんが、園芸家や盆栽の専門家から広く支持されています。その理由は、水の出方にあるといいます。
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竿を長くすることで水圧のコントロールがしやすくなり、一定の水圧で均一に散水できるため、土が流れたり、苔を傷めたりしません。先代の父・修さんが盆栽の専門家の元に通い、試行錯誤の末にたどり着いた形状です。
「以前、テレビ番組で、弊社のじょうろの水の出方を科学的に検証してもらったことがあります。そのとき、『限りなく雨に近い』というデータが出ました」
じょうろは漢字で「如雨露」と書きますが、まさに雨露の如(ごと)しということが証明されたのです。
さらに、銅の殺菌力が水を腐りにくくし、水に溶け出した銅イオンの効果によって、苔の生育が促される利点もあるといいます。
根岸さんは幼いときから工場に出入りし、3歳ごろから見よう見まねでじょうろ作りを始めました。5、6歳の頃には、祖父が大部分を手伝ったものの、自分のじょうろを初めて完成させました。じょうろ作りは当たり前のように周囲にあり、小学校の卒業アルバムにも「お父さんのあとつぎをしたい」と記していました。
中学の頃には、自分1人でじょうろを作れるようになり、学校から帰ると、工場で梱包作業などの手伝いをしていたそうです。その後社会人となり、SEとして企業に就職した後も、土日は工場でじょうろを作っていました。
「SEと兼業でじょうろ作りをしていたので、父が他界したとき、自然と継ぐことになりました」
2010年、35歳で3代目として、家業を承継しました。
根岸さんが家業を継ぐ前、自社商品の流通は問屋任せだったといいます。
「時代遅れの問屋システムの流れに乗り、他人任せでした」
問屋の担当者は、一度も工場を見に来たことがなく、顧客に間違った情報を伝えていました。
「製品の特長、素材、作業についての間違いがたくさんありました。ハス口(じょうろの先に取り付ける部分)の付け方を間違うほか、『危険な薬品を使っている』という説明など、数多くの問題が見つかり、売る人がこれではダメだと強く感じました」
問屋任せでも、経営を続けるのに問題ない売り上げは確保されていましたが、「自ら正しい情報を伝えていこう」と、承継後はPR方法や売り方を変えることを決意。様々なことに着手し、実行していきます。その中で目を付けたのが、海外からの需要でした。
盆栽は海外でも「BONSAI」として知られ、世界中に愛好家がいます。また根岸産業のじょうろが得意とする繊細な水やりは、海外のガーデナーにも響きました。
「もともと海外のお客様からの問い合わせが多少ありましたが、『窓口が分かりにくい』といった声が聞かれました。さらに、私は英語がそれほど得意ではないので『言葉の問題』や、『お客様対応に時間が取られる』などの悩みもありました」
こうした海外対応の問題を解決するため、2010年ごろから始めたのが、インターネットの通販サイトを通じて海外向けに商品を販売する「越境EC」の活用でした。
コロナ禍に拡大した越境EC市場ですが、根岸産業ではその10年前に着手していたのです。
最初に試したのは、190カ国に展開する世界最大級のマーケットプレイス「ebay」でした。しかし一つのECモールだけでは、世界中に散らばる潜在顧客に効果的にアピールできるかわかりません。そこで、Amazon、アリババなど大手ECモールのほか、小規模なECサイトにもじょうろを出品していきました。
「国によって使いやすいサイトが異なり、実際にアップしてみないと反応が分からないので、なるべく多くのサイトを試すようにしています」と根岸さん。これまでに試したECサービスは、10以上になるそうです。
反応の悪いECサービスは利用を控えるなど、試行錯誤を続けています。顧客の需要などを考慮し、来シーズンは、eBay、Lazada、shopeeなどで展開する予定です。
さらに、東京都や墨田区といった自治体、中小企業基盤整備機構などのECプロジェクトにも参加し、積極的に販路を広げています。
越境ECによって海外の販路は広がり、欧米、中南米、アジア諸国など地域を問わず、世界各国から注文が舞い込みました。現在は、売り上げの約8割を海外からの注文が占めるまでになったといいます。
顧客は、盆栽店や園芸店、個人の盆栽愛好家だけでなく、日本関連のショップなどにも広がっていきました。
「持ちやすくて、散水がしやすい」「修理して長く使い続けていきたい」といった声が海外からも寄せられているそうです。
商品によっては注文から納品まで3年待ちというケースも。一つ一つ手作業で製造しているので大幅な増産はできず、売上高は大きく変わりません。
「世界各国から注文はいただいていますが、まだ認められたとは思っていません。世界一のじょうろを作るため日々研究です」
ECサイトを通して、予想以上に注文が集まってしまうという事態も起こりました。「そのため、商品の掲載期間などを調整し、注文数をコントロールするようにしています」
また、越境ECで注意が必要な点もあるそうです。
「実は、無断で自社の画像が使われたり、販売価格が適正でなかったり、怪しい出品が後を絶ちません。悪質な転売などもあります」
怪しい出品を発見したら、自社で公式出品をして、正しい商品ページを表示させるなどの対応が必要だといいます。例えば、法外な価格を付けている出品者を見つけたら、同じサイトに出品して、元々の出品が転売だと分かるようにするそうです。
海外の潜在顧客を見つけるために、根岸さんがECと並んで注力しているのが、海外展示会や出張での人脈づくりです。
これまでに、国内だけでなく海外の展示会にも積極的に出展してきました。ブースでの紹介に加え、セミナーや実演などにも力を入れています。
「これまで、パリ、ミラノ、フランクフルトなどの展示会に出展し、海外のバイヤーや専門家たちに興味を持ってもらうことができました。特に実演は手応えを感じています」
製品やデモンストレーションを実際に見てもらうことができる展示会の効果は大きいといいます。
人脈も広がりました。
「展示会で出会った人から、お客様やバイヤーを紹介していただき、中には、東京の工場に足を運んでくれる熱心なお客様もいらっしゃいます」
展示会だけでなく、海外出張では人脈づくりのチャンスを逃さないよう、いろいろなアプローチを試みます。
例えば、町中で「BONSAI」の看板を見つければ、店に飛び込んで雑談を始めます。盆栽店やミュージアム、ショップなど、いろいろな所にきっかけがあるといいます。
共通の知人がいたり、専門家を紹介してくれたりと、雑談から人の輪が広がることも多いそうです。さらにアドバイスをもらえば、それを製品や流通の改良に生かします。
「お客様の困り事や専門家の声、さらにはクレームも、アップデートのための貴重なヒント。それをキャッチするために、海外では特にアンテナを張り巡らせます」
「こうした出会いや人脈を活用していくためには、SNSが欠かせません」と根岸さん。
遠く離れていても時差があっても、瞬時に反応できるSNSを活用しています。顧客の属性や効果を考慮し、現在は、フェイスブックとインスタグラムを中心に使っているそうです。
このとき活躍するのが、「Google アラート」。気になるキーワードを登録し、関連情報を漏れなく入手します。「じょうろ、水やり、散水、根岸、盆栽」などのワードを、26の言語で登録しています。
また、海外で知り合った人、自社製品の顧客、専門家や著名人などの投稿をこまめにキャッチしフォローすることで、密な付き合いを継続しています。
さらに、思いがけない出会いから、販路拡大につながることも。
ある時、スイスの「Negishi Sushi Bar」という店で、「Joro」さんという名前の人が働いていることをSNS上で知りました。偶然の一致に驚いた根岸さんは自ら連絡をとり、Joroさんとの交流が始まりました。やがて「Negishi Sushi Bar」のオーナーが、スイス国内で経営する約40のレストランのギフトコーナーで、根岸産業のじょうろを販売してくれることになったのです。
根岸さんはこのように、展示会などでの直接対面とSNSをうまく組み合わせて、ファンを増やしています。銅製のじょうろを作っている会社は世界的に見ても非常に少なくなっており、それゆえ根岸産業の希少価値が高まっている側面もあるそうです。
「うちのじょうろをもっと多くの人に知ってもらうためにも、いろいろな国のニーズやお客様の声を得るためにも、SNSをうまく活用したい」と意欲を見せます。
根岸さんの一連の取り組みは、順調に進んでいるように見えますが、これは数多くの試みを行った結果だといいます。
「当たるものもあれば、当たらないものもあります。『トライ&エラー』の繰り返しです。むしろ実際はエラーばかりです」
様々なECサービスを試した取り組みは、まさに「トライ&エラー」の連続でした。
現在は、アプリ開発、チャットGTPの活用、3Dプリンターを用いた製造などにも取り組んでいます。
「アプリは『じょうろの水の出方を判定する』ツールを目指していて、完成すれば、植物に合った水やりの方法などを知ることができます。3Dプリンターで作るじょうろは、実現すれば多くの人に供給できる新しいフェーズが期待できます」
「失敗したっていい。とにかくやってみよう」と、エラーと改善を重ねてきた根岸さん。次の一手に向けて、常に情報を収集してチャンスに繋げたいとしています。
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