「家族的経営」から脱皮したアウトドアの名店 エルク2代目の組織改革
甲府市のアウトドア専門店「アウティングプロダクツエルク」(エルク)は1983年に創業し、登山用品などの豊富な品ぞろえや積極的な登山情報の発信で、多くのアウトドアファンの心をつかんでいます。2代目の柳澤隆広さん(35)は家族的なゆえにアナログだった経営体質に向き合い、POSレジの導入や、従業員にスケジュールや売り上げの情報を共有するといった組織改革を進め、売り上げアップにもつなげています。
甲府市のアウトドア専門店「アウティングプロダクツエルク」(エルク)は1983年に創業し、登山用品などの豊富な品ぞろえや積極的な登山情報の発信で、多くのアウトドアファンの心をつかんでいます。2代目の柳澤隆広さん(35)は家族的なゆえにアナログだった経営体質に向き合い、POSレジの導入や、従業員にスケジュールや売り上げの情報を共有するといった組織改革を進め、売り上げアップにもつなげています。
エルクは柳澤さんの父・仁さん(66)が創業しました。仁さんが若かりしころ、数年かけてアメリカを放浪したとき、アウトドア文化に感動した経験が創業の原動力になったといいます。90年代に日本を席巻した第1次キャンプブームよりも前に創業しました。
エルクの売り場面積は約250平方メートルで、取扱商品は約1万5千点にのぼります。アウトドアアクティビティーに必要な主立った道具を一通りそろえることができますが、店舗の強みは登山用品にあるとのことです。専門店としての期待に応えるため店頭に並べる商品は、従業員の試用による吟味を経て仕入れを決めています。
特に重要とされる登山靴やバックパックの品ぞろえには力を入れており、それぞれ30種前後の商品が店頭に並べられています。まとまった数の登山用品を試用しながら比較検討できる点は店舗の魅力のひとつです。本格的なクライマーから商品選びに不慣れな初心者まで、様々な消費者のニーズをつかんでいます。
店で働く8人はほとんどが古くから在籍する従業員で、全員が家族のような関係性です。年間売り上げは1〜2億円の規模で推移しています。
エルクの2代目で取締役の柳澤さんは「本気で登山に挑むための道具選びはお任せください」と胸を張ります。
柳澤さんによると、山梨県内でアウトドア用品を扱う店の数は増えたものの、エルクは「地元に根ざしたアウトドア専門店」として差別化を図ってきたといいます。
↓ここから続き
「エルクには山梨県内のアウトドアフィールドの情報が蓄積されています」。実際、ホームページでも、エルクのスタッフが山梨を中心にアウトドアフィールドでの遊びをリポートしています。
南アルプス山系など有名な山に囲まれた山梨で、エルクは商品と情報の二つにおいて、アウトドアファンから頼られる店舗としての地位を築きました。
「学校が終わってから帰る場所はエルクでした」。柳澤さんはアウトドア文化が周りに満ちた環境で育ち、家族、従業員、常連客らに連れられて山や川で遊ぶのが当たり前だったといいます。
自らを「エルク育ち」と表現する柳澤さんですが、事業承継の話を父親から打診されることはありませんでした。「むしろ商売をしたいならゼロから自分で立ち上げろ、と言われてきましたね」
柳澤さんは東京の大学に進学。応援部にどっぷりつかった学生生活を過ごした後、航海士の資格を獲得するため東京海洋大学に改めて入学しました。
「就活の説明会でタンカーを動かす光景に圧倒されたことが、第2の進学を決めた理由です。船を動かす専門職にあこがれましたが、そのためには資格が必要でした」
4年間の課程を終えたのち航海士として内定が決まりますが、就活と同時並行で進めていた資格試験の身体検査で「色弱のため資格取得不可」という判断を下されてしまいます。
資格取得が入社の条件だったため内定は取り消され、ショックを受けました。「自分が色弱とは知らなかったので寝耳に水でした」
柳澤さんは15年、東京海洋大で専攻した情報処理の知見を生かしてIT企業にシステムエンジニアとして就職しました。「ITの活用が船舶業界で進むことを見据えて専攻を選んでいました。学んだことが生きたとはいえ夢破れた気持ちが強かったですね」と振り返ります。
柳澤さんは学生時代の先輩に誘われて、16年に外資系生命保険会社に転職します。自分の性格を「ワーカホリック」と言い、「わかりやすい数字で仕事の手応えを得られる点にひかれました」。
応援部で鍛えられたバイタリティーを生かして生命保険の営業でも頭角を現します。それでも、19年に家業に入社する決意を固めました。
「ある日、実家に帰ったとき、エルクの今後について父親に尋ねると、一代限りで閉めるつもりと聞かされました。事業承継の話を聞かされたことがなかったので、エルクが閉店する未来は想像していたつもりでしたが、近い将来の話としてリアルに想像すると熱いものが胸にこみあげました」
「エルク育ち」を自称する柳澤さんにとって、地域のアウトドア文化を牽引してきた家業は誇りでした。
「エルクはアウトドア文化の啓蒙に力を入れてきた店です。国内外の登山にお客様をご案内してきたほか、登山ロープ(ザイル)の講習会やプロ登山家の講演会などのイベントを催してきました。そうした人の輪が年々広がっており、エルクを中心にアウトドアコミュニティーができあがっています。これを絶やしてはならないと思いました」
柳澤さんは20年、エルクに入社します。最初に担当した主な仕事は店頭業務でした。
「アウトドアの知識と経験を現場で身につけているところです。まだ付け焼き刃なので、専門的な問い合わせはベテラン従業員に速やかなパスを心がけてきました」。従業員たちは幼いころの柳澤さんのこともよく知っており、実の兄のように気軽に頼れる存在です。
しかし、オペレーションの現状を把握するにつれて、柳澤さんはがくぜんとしたといいます。従業員が機械に対する苦手意識を抱き、POSレジすら導入されていないアナログな店舗運営だったからです。
「販売データに基づいた仕入れができないため非常に困りました。扱っている商品のなかにはアパレルなどトレンドに左右されがちなジャンルがあり、販売データがないのは致命的です」
「売れ残りを抱えがちな経営体質にも悩まされ、値付けにも問題が生じていました。10年以上前の値札がついた商品が混在すると、お客様の誤解を招いたり、意図しない安売りにつながったりすることがしばしばでした」
そこで、柳澤さんはPOSレジの導入を進める決断をします。新しい機器の導入を進めるにあたって、アナログな仕事に慣れた社内から反発の声が挙がらなかったのでしょうか。
「売れ残りの問題は、社長である父親も認識していました。しかし、解決策を打ち出すことができず、内心困っていたようです。POSレジの意義とコストを説明したところ、導入に同意してくれました」と語ります。思い切って率直に相談したことが功を奏しました。
POSレジの導入後は、運用にかかる手間が柳澤さんの悩みの種になりました。日々入荷された商品データを登録していく必要が生じるからです。
さらに登録されたデータは更新する必要もあります。エルクには3万種以上の商品データが登録されていますが、輸入品が多く為替などの影響を受けるため更新作業は頻繁かつ膨大です。
「データの更新に半日がかりの日もしばしばありましたが、作業量だけの問題ではありません。毎日やるべき作業に追われて、気が散るのが非常にストレスです。分担できる適任者を社内に探しましたが、パソコン作業が苦手な従業員が多かったのです」
ルーティンで生じるパソコン作業から柳澤さんが解放されたのは、ECに注力するため、パソコン作業が得意な人材を採用してからでした。
「自社サイトで募集をかけたところ、移住を希望する方から早速応募がありました。在庫管理のためPOSレジとECを併せて一体的に商品データのメンテナンスを任せることができました」
続いて柳澤さんは「家族的経営」からの脱皮を図るための改革も進めました。「わざわざ話さなくてもわかり合える」という関係性のもと進められていた日々の業務にメスを入れたのです。
「仕入れや棚卸しはタイミングが大事ですが、年間スケジュールが定められていないことには驚きました。さらに、社内ミーティングや業務報告の習慣が皆無だったため、改革に向けて歩調をそろえることが困難でした」
改革の第一歩として進めたのが、朝礼と終礼の導入でした。「スケジュール、引き継ぎ、連絡や目標管理といった情報の共有が一気に行われる時間を作り、初歩から組織改革を進めていきました」
慣れ親しんだ仕事の進め方に改革のメスを入れようとすれば、反発が付きものです。それでも、社内の危機感が改革の後押しになったといいます。
実は、古株の従業員たちも旧式の商いを続けることに疑問や不安を抱いていたのです。「今のままではエルクの存続は危ないかもしれないという危機感は、私よりも従業員のほうが強かったようです」と語ります。
一連の改革を経て、コロナ禍によるアウトドアブームを売り上げアップにつなげられたといいます。22年の売り上げは柳沢さんの入社直後に比べ、約1.5倍に伸びました。
柳澤さんは「数字を意識する習慣がメンバー全員に浸透した結果だと思います。POSデータをふまえた売り場の活性化や、ウェブを通じた情報発信など、目前の売り上げ計画を達成するため全員で知恵を絞っています」と語ります。
※後編では、柳澤さんが新規顧客の開拓という課題に向き合い、自身で立ち上げて軌道に乗せた、アウトドアをテーマにした旅行と宿泊の両事業の舞台裏に迫ります。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。