プル型営業で広げた永島農園のシイタケ 元銀行員の夫妻が練った戦略
横浜市金沢区で500年以上続く「永島農園」の永島太一郎さん(40)、陽子さん(40)夫妻は外資系の銀行員でしたが、結婚を機に陽子さんの家業に就農しました。シイタケやキクラゲの生産販売を始め、栽培法を試行錯誤しながら、シイタケ狩りやネットショップといったプロモーション面にも力を入れました。コロナ禍では卸先の休業に見舞われましたが、自宅で育てる「シイタケ栽培キット」をヒットさせ、売り上げの落ち込みをカバーしています。
横浜市金沢区で500年以上続く「永島農園」の永島太一郎さん(40)、陽子さん(40)夫妻は外資系の銀行員でしたが、結婚を機に陽子さんの家業に就農しました。シイタケやキクラゲの生産販売を始め、栽培法を試行錯誤しながら、シイタケ狩りやネットショップといったプロモーション面にも力を入れました。コロナ禍では卸先の休業に見舞われましたが、自宅で育てる「シイタケ栽培キット」をヒットさせ、売り上げの落ち込みをカバーしています。
目次
永島農園にはビニールハウスが2棟あり、シイタケとキクラゲを時季ごとに変更しながら各12トン生産しています。栽培面積は約600平方メートルで、そのほか横須賀市にもビニールハウスを1棟設けています。
シイタケは太陽光を取り入れた菌床栽培から「おひさまシイタケ」と名づけ、1日に約30~100キロ超を収穫。朝に採ったものは午前中には農園内の直売所に並べ、飲食店やスーパーなどにも配送します。
ネットショップでも受け付け翌日には配送し、干しシイタケやキクラゲを使った加工品も数多く扱っています。農園ではシイタケ狩りも手がけ、週末には最大100人が訪れます。
小売りが売り上げの約4割を占めます。コロナ禍による飲食店の休業・閉店で卸の取引は減りましたが、小売りは上昇しました。
従業員は社員1人、パート6人。陽子さんは主に出荷販売を、太一郎さんは営業や新規就労希望者への技術指導を担います。
永島農園は柔軟に事業転換を重ねてきました。陽子さんの祖父・寛治さんは戦後まもなく、コメ作りから転じて地域で初めて花や野菜の栽培に着手。父・一男さんは花壇用の草花や家庭菜園用の野菜ポット苗の管理を行い、現在は園芸販売店も運営しています。
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陽子さんは2人姉妹の長女で「幼いころ、祖母から『大きくなったら後を継ぐんだよ』と言われたのを覚えています」と話します。当時は忙しい時だけ苗に価格シールを貼ったり、ポットに肥料を入れたりする程度でした。
高校生になると米国に4年間留学。日本の大学を卒業後、外資系銀行に就職しました。「いつか後を継ごうとは思っていましたが、家族も『外の世界を見ておいた方がいい』と考えが一致していました」
職場で知り合ったのが、夫となる太一郎さんです。農業とは無縁の家庭で育った太一郎さんは銀行を退職後、仲間と営業支援会社を興し、陽子さんとの結婚を機に婿入りして農業の道に入りました。異業種への挑戦に不安はあったものの、戸惑いはなかったといいます。
太一郎さんは「義父から花や野菜苗のことは教えてもらいましたが、他の農作物も知りたいと、仕事を続けながら学べる半年間の農業ビジネス講座に通いました」。
太一郎さんは08年に退職し、千葉県成田市の農業生産法人で3年間研修を積みます。その間、陽子さんは銀行に勤め続けました。
野菜の輸出部門に配属された太一郎さんは全国の農家を訪ね、農作業の手伝いをしながら、香港やシンガポールなどへの輸出を手がけました。
当時は労働時間も長く、スーツ姿から農作業に転じて戸惑うこともありましたが、シイタケ、ユズ、サツマイモなど幅広い農作物の現場に触れました。
太一郎さんは同じ農作物でも、日本と海外では異なる価値が付くことを知りました。「海外では小さなサツマイモの方がすぐ焼けると喜ばれました。日本では規格外のものに価値が出るのが意外でした」
農業法人の代表に「どう作るかも大事だが、どう売るかも大事」と言われたのも印象的だったといいます。
のちにシイタケ栽培を手がけたのは、研修中に収穫したてのシイタケで作る炭火焼きに感動したのがきっかけでした。おいしさはもちろん、農作物のストーリーを広く伝え、価値を高めることが重要だと感じたのです。
太一郎さんと陽子さんは12年から、永島農園で農業に従事しました。夫妻は新しい農作物を作ろうと、横浜で取り組む農家が少なかったシイタケの菌床栽培に決めます。一男さんが営む園芸販売会社とは別に「永島農縁」という会社を新たに作りました。
陽子さんは「祖父の代より前から、養豚、養鶏、花卉と変わり、時代に合わせた農業をやってきました。それが永島家のやり方なのかもしれません」と話します。
父・一男さんからは花業界の動向や、親子で同じ事業に取り組む際、やり方の違いなどで問題が起きることなど、経験に基づくアドバイスを受けました。
「祖父も父も『代が変われば興味や関心も変わる。ふたりで考え、時代に合った農業をやればいい』と応援してくれました」と夫妻は口をそろえます。
シイタケの原木栽培が収穫まで約1年半かかるのに対し、国産おがくずの粉や米ぬかなどの栄養源を加えた菌床栽培なら約3カ月で収穫できます。限られたスペースを有効活用でき、都市部でも取り組みやすいといいます。
永島農園ではビニールハウスに遮光シートをかけ、木漏れ日のような採光を作り出しています。飲み水として使われていた井戸水を使用し、薬剤なども使わずに育てます。
「原木栽培が盛んな大分県のシイタケ農家を見学すると、どこも薄明かりが差し込んでいました。うちは菌床栽培ですが、原木栽培のような自然環境を再現できるよう工夫しています」
品種は5~6種類から厳選し、うまみや香りが強い「大峰」を採用しました。
初年度は湿度のコントロールがうまくいかずカビが広がったり、キノコを好むコバエに悩まされたりしました。夏は気温が高すぎて芽が出にくく、成長の過程で干しシイタケのようになったこともありました。
涼しい環境を求め、敷地内の洞穴で栽培を試したこともありましたが、ハウス内で育てたものより香りや味が弱かったそうです。10月~5月までを生シイタケのシーズンとし、それ以外は干しシイタケに注力しました。
天候に左右されて収穫の適期を読み切れず規格外になったこともありました。散水音や堆肥のにおいなど近隣への配慮や対策も必要で、夫妻は試行錯誤して少しずつ規模を広げました。
14年からはキクラゲの栽培も始めます。シイタケと逆で5月~10月に栽培できるのが強みでした。当時キクラゲは国内消費の約98%を中国産が占め、国産キクラゲは菌床自体の取り扱いも少なかったそうです。
陽子さんは「成長過程で内部に水がたまるなど問題も多く発生しました。今思えば水が多かったとわかりますが、手探り状態でした」と話します。
今ではシイタケもキクラゲも安定供給できるように。夫妻は遠隔操作できる散水タイマーや太陽光発電を導入するなど、商品力と効率化を同時に追求しています。
夫妻は販売経路の確保にも注力しました。太一郎さんは「こだわって生産しても、市場では価格相場が決まっています。売り方に活路を見いださない限り、未来はないと思いました」と言います。
太一郎さんは自治体などが運営する食のイベントなどに積極的に参加し、地元の飲食店経営者や料理人、小売業者を農園に招待。農園内にピザ窯をつくり、収穫したてのシイタケを味わってもらいました。本格的に農園を開放するのは初の試みでした。
「味には自信がありますが、『うちのシイタケを使ってください』と押すプッシュ型の営業では足元を見られる可能性もあります。おいしさを伝え、価値を感じてもらうプル型の営業で、適正価格で販売できるようにしました」と太一郎さん。
永島農園のシイタケの価格は一般的な商品の約1.4倍ですが、相場に左右されずに販売できているといいます。
商品の魅力を伝えるフライヤーも、最初は夫妻の手作りでしたが、のちに陽子さんの友人を通じてデザイナーに出会い、かわいらしいキャラクターを用いるなど目をひくデザインに仕上がっています。
20年4月、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言で卸先の飲食店がほぼ休業します。そこで、夫妻は家庭で育てられる「シイタケ栽培キット」(1個1500円)の販売に本腰を入れました。
栽培キットはシイタケの菌床を小分けにしたもので、コロナ禍前から扱っていましたが販促に手が回らず、売り上げも1カ月に数個程度でした。
「おうち時間を使ってシイタケを育ててみませんか」
夫妻は農園のフェイスブックでキットを紹介すると、陽子さんの友人の新聞社カメラマンから取材依頼が入りました。テレビなどにも取り上げられ、約2週間で5千個もの注文が入りました。
「学校が休校になり、子どもたちに楽しい体験をさせてあげたいと考える方が多かったと思います。遠方に暮らす祖父母から孫へのプレゼントや、単身赴任の父が子どもに贈るという声もいただきました」と陽子さん。
ここまでの反響は予想できず、親戚を総動員しましたが、配送伝票も手書きだったのですぐに追いつかなくなったといいます。
夫妻は「急いで宅配業者と契約し、送付先をデータ入力できるようにしたほか、送付用の段ボールの入手にも奔走しました。必要にかられ、一気に業務効率化が進みました」と振り返ります。
購入者からは「菌床を置く向きは決まっているのか」、「水はどのくらいあげていいのか」という質問が相次ぎました。「説明書はありましたが、初めて育てる方が疑問に思うことが書かれていなかった」と陽子さん。
説明書をブラッシュアップし、質問が多い項目は写真付きで解説しました。栽培キットと合わせてシイタケやキクラゲを購入する顧客も多く、コロナ禍で減った売り上げが80%ほどカバーできたといいます。
5年ほど前からは中学生の職業体験受け入れや、大学生とエシカル消費について考えるイベントを開いています。太一郎さんは神奈川県内を中心に新規就農者への栽培指導にも力を入れます。
「シイタケは省スペースで栽培でき、作業負担が少なく新規参入しやすい。今は依頼をいただいた県内の食品流通会社と社会福祉法人を指導しています」と太一郎さん。
陽子さんも「それぞれの場所や強みを生かした栽培や販売方法になるため、ライバルになるとはあまり考えていません。むしろ、収穫量が減ってしまう時期に情報交換するなど、助け合える形をとろうと考えています」と言います。
いずれはヴィーガンやベジタリアンに向けて、海外にも販路を見つけたいと考える永島夫妻。農業を軸に新たな挑戦を続ける決意です。
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