「学生もエンジニアの仕事ができる」藤田酒店 家業にとらわれぬ事業づくり
JR岡山駅近くの繁華街にある業務用酒販店「藤田酒店」。創業者の息子である藤田圭一郎さん(37)は、価格競争が激しく、新規開拓が難しいなかで取引先の飲食店向け求人サイトを立ち上げることで販路を拡大。さらに家業で取り入れた学生の長期インターンシップに手ごたえを感じると、自分の会社を起業するなど、地方で挑戦したい人を牽引する存在となっています。
JR岡山駅近くの繁華街にある業務用酒販店「藤田酒店」。創業者の息子である藤田圭一郎さん(37)は、価格競争が激しく、新規開拓が難しいなかで取引先の飲食店向け求人サイトを立ち上げることで販路を拡大。さらに家業で取り入れた学生の長期インターンシップに手ごたえを感じると、自分の会社を起業するなど、地方で挑戦したい人を牽引する存在となっています。
目次
藤田酒店は、近隣の飲食店から酒の注文を受け、配達・販売するのが主な業務内容です。正社員は1人、パート・アルバイトが20人ほど在籍し、年商は3億〜4億円ほどです。
藤田酒店は、藤田さんの祖父が始めた商店を父が再建させたことが創業のきっかけでした。祖父の時代は醤油などの調味料を販売していたものの倒産。藤田さんの父が1975年に藤田酒店として創業しました。
「父は超極貧の幼少期を過ごして、毎月家に借金の取り立てが来るような生活だったそうです。ずっと電気が切れた生活を送っていたので、今でも家の電気が切れたらすごく嫌がるんですよ」
幼い頃は父親が開店前の暗い飲食店に配達へ行くのに、藤田さんもよく連れて行かれました。
「飲食店オーナーに父が怒られているところを見て、いつもは強くてかっこいい父が、オーナーにペコペコして謝るのを見てすごく悲しかったです。絶対僕は商売をやらないと思いました」
関西の大学を卒業後、関西で電気系の会社で営業職として務めた後、2011年に家業に戻りました。父からは藤田さんが帰ってくるなら歓迎するし、帰ってこなかったらゆっくりと廃業するから、どちらでもいいと言われていたそうです。
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起業したい気持ちがありましたが、アイデアもお金もなかったので、ひとまず家業に戻ることにしました。
「家族や従業員との関係は良好で衝突することはほとんどありませんでした。ただ、ハードワーク前提だったのはしんどかったです。当たり前に365日働いているから、その中で休みを取るわけにはいきませんでした」
当時の藤田酒店は、赤字でも黒字でもない状況。「おまえの給料ぐらいは払えるから」と言われたものの、そこまで利益が出ている状況ではありませんでした。
「なぜ、赤字じゃないかというと、家族が死ぬほど働いていたからだったんです。家族が人の3倍働いていて、もしその家族が2人いなかったら、6人雇わないといけない……というような状況でした。実質は大赤字でしたね」
同業者は近くに3、4店舗あり、競争が激しく、価格はもうこれ以上下げられないところまで下がっていました。酒の販売で利益率を上げようとしたり、売上規模を追ったりしても意味がないと気づきました。
藤田さんが家業に戻ってきた頃は、既存の顧客のいる居酒屋のルート営業を中心に行っていましたが、新規開拓が難しく、それまで藤田酒店の商圏ではなかったナイト営業のバーやスナックへ新規開拓を始めました。
その中で顧客が困っていること、ニーズを探っていくと、人材を見つけることに困っていることが分かりました。
「当時は飲食店、特にナイト営業の求人は、まだ雑誌での求人がメインだったんです。スマホにシフトしていく前のタイミングでした」
過去に独学でサイト構築を学んでいた藤田さんは、さらに勉強しながら求人サイトをプログラミングし、ナイト営業の飲食店に特化した求人サイトを作りました。
最初は無料で掲載を始めると、あれよあれよという間に採用希望者が集まりました。働き手が集まるようになった顧客は喜び、次第に酒も買ってくれるようになり、酒の全体の売上高は2〜3倍になりました。
手応えを感じた藤田さんは求人サイトを通して増えた利益を使って、2015年には自身の会社「コンテンツクルー」を立ち上げ、求人サイトの運営を続けました。
2020年には地方学生のための長期インターン求人サイト「COMPUS」を運営する会社を設立。長期インターンによって学生との接点を持ちたい地方企業と、キャリアに対する意欲のある地方学生のマッチングを行います。
長期インターンとは「3ヵ月以上で社員と同じような業務に携わる有給就業体験」のことを指します。2023年4月には学生ユーザーの登録者数は1万人を突破。 地方における学生長期インターンを徐々に広げています。
きっかけは、藤田酒店でアルバイトとして学生のITエンジニアを雇ったことでした。その学生が藤田酒店のECや求人サイトを立ち上げてくれました。
「とても優秀なエンジニアで、ものすごく事業が進みました。絶対に藤田酒店に来るような学生じゃないんですけど、実践的な仕事ができるということで募集をすると来てくれるわけですよ」
その学生は藤田酒店を3年ほど働いたあと、サイバーエージェントにITエンジニアとして就職が決まり、その後、起業したそうです。
次第に「エンジニアの仕事ができる酒屋があるらしい」と学生が学生を呼び、藤田酒店にどんどんITエンジニアの学生が集まりました。既存のサイトの改修作業だけでなく、法人営業や、マーケティング、新規事業の立ち上げまでも任せました。インターン生が新規顧客を獲得してくることもあるといいます。
藤田さんは特段研修も教育もしていないといい「優秀な学生たちなので、勝手に成長していきます。多少は教えることもあるけど、すぐパフォーマンスを発揮してくれます」と話します。
マネジメントで心がけていることは「マネジメントしないこと。大きな方向性だけ決めて、あとは基本的には学生に任せています」。
藤田酒店には5人の学生インターンが在籍しています。基本的には広報兼サイトの更新作業を任せています。
「藤田酒店のサイトをしばらく全然更新できていなかったのですが、Slackで僕が登壇する情報やニュースを投げ込むと、インターン生たちがどんどんサイトを更新してくれます。その成果あって、最近は藤田酒店よりも10倍、20倍の事業規模の会社よりも、検索エンジンで上の方に出てくるようになりました。それはやっぱりインターン生の力だと思っています」
リモートでは北海道や沖縄の学生も在籍しています。中には「海外にお酒を売りたいです」と藤田さんが特に海外に進出すると言っていないのに、面接でアピールしてくる学生もいました。
「それやったらやろうっ!」と藤田さんはその学生と新規事業を立ち上げている最中と言います。インスタグラムでお香のブランドPRしている学生には「一緒にお酒のブランドを作りましょう」と提案され、今、お酒のブランドも作っています。
「インターン生が増えてくると、先輩インターン生が後輩インターン生のマネジメントをするようになりました。採用活動もインターン生が一次面接して、僕にパスしてくれるんです」
家業で取り入れた長期インターンに大きな効果を感じた藤田さん。「これは地方で広めたい」と事業化していくことにしました。
COMPUSの開発は岡山県内の大学生にお願いしました。メンバーや他の大学生に話を聞いていく中で、「長期インターンをするために休学したり、春休みを利用したりして東京に行く」学生がいることが分かったのです。
学生たちは大学で学んだ技術を実践する場が地元周辺になく、企業との接点も少ないという悩みを持っていました。そんな課題を解決すべく、学生メンバーでCOMPUSを開発し、学生視点でサービスの設計をしてもらいました。
東京では中小企業からスタートアップまで様々な企業が長期インターンを利用して学生にアプローチを図っていますが、地方では学生が卒業後、都市圏へ出ていく現状があり、地方の企業は学生との接点を持つために多額の費用をかけて広報活動を行なっていることも少なくないといいます。
COMPUSでは、長期インターンを通して地方の企業が意欲的な学生に出会う機会をもうけ、地方での新たな採用方法を作り出しています。
家業にとらわれず、自分やまわりが活きる道をどんどん開拓していく藤田さん。これまで他にもITエンジニアのシェアハウスの運営など数々の事業に取り組んできました。最近では、弁護士の山田邦明さんと地方発のベンチャーキャピタルファンド(ベンチャー企業への投資基金)を設立しています。
「失敗したことや辞めたことも多いんですよ。だけど、打席に立ち続けることは重要なんじゃないかなと思います」
一方で家業に戻ってきてからも、その傍らで起業してからも、ずっと東京で起業することに憧れがあったのだと言います。
「やっぱり家業があるから地元を離れられなかった中で、地方にいることが足かせになることをなくしていきたいと思っているんです。だから、スタートアップや学生などチャレンジしたい人のために地方での情報や機会格差をなくしていくことが僕のやりたいことです」
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