目次

  1. 労働条件の明示ルールとは
  2. 労働条件明示ルール、改正の背景に2つの目的
    1. 有期契約労働者の無期転換ルール
    2. 「多様な正社員」の雇用ルールの明確化
  3. 労働条件の明示ルール、4つの変更ポイント
    1. 就業場所・業務の変更の範囲の明示
    2. 更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容
    3. 無期転換申込機会の明示
    4. 無期転換後の労働条件の明示
  4. 「無期転換」ルール、詳細は厚労省のポータルサイトへ

 労働条件の明示ルールとは、労働契約を結ぶにあたって使用者が労働者に対してその条件を明らかにしなければならない条件を指定したものです。労働基準法15条に明示義務が書かれています。

労働基準法15条:使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない

 使用者が明示すべき具体的な労働条件の内容は、労働基準法施行規則5条に定められています。

一 労働契約の期間に関する事項
一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
七 安全及び衛生に関する事項
八 職業訓練に関する事項
九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
十 表彰及び制裁に関する事項
十一 休職に関する事項

 厚生労働省は、2024年4月から労働基準法施行規則5条を改正し、新たな項目を追加します。労働基準法120条では、明示義務に違反した雇用主は30万円以下の罰金に処されると定められているので、注意しましょう。

 今回のルール変更は、厚生労働省に設置された「多様化する労働契約のルールに関する検討会」において、2021年3月から2022年3月にかけて議論されてきました。

 開催要綱によると、検討会設置には2つの目的がありました。

 1つ目の目的は、有期契約労働者を無期契約に転換するルールへの対応です。

 厚労省によると、無期転換ルールとは、同一の使用者(企業)との間で、有期労働契約が通算5年を超えて更新された場合、契約社員、アルバイトなど有期契約労働者からの申し込みにより、期間の定めのない労働契約に転換されるルールのことです。

 有期労働契約で働く人は約1560人に上り、有期労働契約で働く人の約3割が通算5年を超えて有期労働契約を更新しているといいます。

 有期労働契約で働く人の雇い止めの不安の解消、処遇の改善に向けて、2013年4月1日に改正労働契約法が施行されました。

有期契約労働者の無期転換ルール。厚生労働省公式サイト「無期転換ルールについて」から(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21917.html)

 この労働契約法改正時の付則では、改正法施行後8年を経過した場合に「その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるもの」とされていました。

 2つ目の目的は、2019年6月に閣議決定された規制改革実施計画への対応です。

 安倍内閣が閣議決定した規制改革実施計画では、勤務地限定正社員や職務限定正社員といった「多様な正社員」の雇用ルールを明確化することが盛り込まれていました。

2024年4月から追加される4つの労働条件明示事項(厚生労働省「労働条件明示改正リーフレット」からhttps://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001080267.pdf)

 今回、厚生労働省は、労働条件の明示ルールに次の4項目を加えます。

  1. 就業場所・業務の変更の範囲の明示 
  2. 更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容
  3. 無期転換申込機会の明示
  4. 無期転換後の労働条件の明示

 なお、1.は全ての労働者に対する明示事項、2.~4.は有期契約労働者に対する明示事項です。

 労働者の就業場所・業務の内容については、これまで「雇い入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示すれば足りる」と解釈されてきました。

 今回の変更により、すべての労働契約の締結と有期労働契約の更新のタイミングごとに、「雇い入れ直後」の就業場所・業務の内容に加え、これらの「変更の範囲」についても明示が必要になります。

 「変更の範囲」とは、将来の配置転換などによって変わり得る就業場所・業務の範囲を指します。

将来ありうる就業場所・業務内容を盛り込んだ労働条件通知書のイメージ(2022年3月30日 厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会」参考資料1より/https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000928270.pdf)

 報告書では次のようにメリットを挙げています。

 「労働者としては、配置転換等がされる可能性のある範囲を認識できるほか、限定がある場合にはそのことをより信頼することができ、キャリア形成やワーク・ライフ・バランスを図りやすくなると考えられる」

 「労使が労働条件を確認し合う契機となり、紛争の未然防止効果も期待できると考えられる」

 有期労働契約の更新上限は、その設定自体が違法になるものではありません。

 ただ、報告書では「上限の有無が不明確な場合には、労働者が契約更新や無期転換の期待を抱く可能性があり、労使の認識の相違からトラブルが生じやすく」「最初の契約締結より後に更新上限を新たに設定する場合には、その時点で更新の期待を有する労働者に不利益をもたらすことから紛争の原因となりやすい」と課題を指摘していました。

 今回のルール変更で、有期労働契約の締結と契約更新のタイミングごとに、更新上限(有期労働契約の通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容の明示が必要になります。

 最初の労働契約の締結より後に更新上限を新設・短縮する場合は、新設・短縮をする前のタイミングでその理由を労働者に説明することも、併せて義務付けられます。

 契約更新のタイミングでの更新条件の設定は、労働者にとって同意を余儀なくされるケースが多いと想定されます。

 報告書によると、過去の司法判断をもとに「使用者が更新上限の有無及び内容の明示をしたことや労働者が更新上限条項に異議を唱えず契約更新に応じたことのみでは、更新上限について有効な合意が成立したとは認められず、更新の合理的期待は必ずしも消滅しない」と指摘しています。

 更新条件に関する労使間のトラブルを避け、意思疎通を円滑化する狙いから、労働者への事前説明が義務付けられるようになります。

 厚生労働省の「有期労働契約に関する実態調査(個人)」(2021年1月1日時点)では、有期契約労働者のうち、無期転換ルールの内容を説明した項目について1つでも知っていると回答した割合38.5%にとどまりました。

 そのため報告書では「無期転換申込権が発生してもそれを行使しない労働者の割合が高い要因の一つには、こうした無期転換ルールの認知度の低さがあると考えられる」と指摘しています。

 今回、「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)を明示することが義務付けられるようになります。

 報告書では「個々の労働者が自社の無期転換制度を理解した上で無期転換申込権を行使するか否かを主体的に判断しやすくするとともに、紛争の未然防止を図る」と狙いを説明しています。

 無期転換後の労働条件が分からなければ、有期契約労働者は無期転換するかどうかを決めることができません。労働者が適切に権利を行使できるよう、使用者は「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、無期転換後の労働条件を明示することが必要になります。

 また、無期転換後の労働条件を決定する際には、正社員ら(いわゆる正規型の労働者及び無期雇用フルタイム労働者)とのバランスを考慮した事項について、「無期転換申込権」が発生する更新のタイミングごとに、有期契約労働者に説明するよう努めなければならないこととなります。

 厚生労働省は「バランスを考慮した事項」について、「業務の内容、責任の程度、異動の有無・範囲など」と例示しています。

 改正項目のうち、特に2.~4.については、有期契約労働者の無期転換に関するルールと深くかかわります。無期転換をめぐる紛争の未然防止に資するよう、厚労省は「無期転換ポータルサイト」を開設し、周知を図っています。