エンパワーメントとは?メリットや注意点、導入までのステップを解説
組織開発の現場では、社員の自律性を高めながら、持てる能力を発揮してもらうためにさまざまな取り組みがおこなわれています。エンパワーメントは取り組みの一つとして、近年注目されている手法です。本記事では、社員のエンパワーメントを高める効果的な方法や導入の注意点をわかりやすく解説します。
組織開発の現場では、社員の自律性を高めながら、持てる能力を発揮してもらうためにさまざまな取り組みがおこなわれています。エンパワーメントは取り組みの一つとして、近年注目されている手法です。本記事では、社員のエンパワーメントを高める効果的な方法や導入の注意点をわかりやすく解説します。
目次
エンパワーメント(Empowerment)とは「力を与えること」「力づけること」という意味を持つ言葉で、ビジネスシーンでは社員一人ひとりが持つ力を最大限に引き出すことを言います。
具体的には、主に部下へ権限委譲をしたり、新たなチャレンジを与えたりする方法が挙げられます。
類語に「エンゲージメント」というビジネス用語がありますが、エンゲージメントは社員から組織や仕事に向けた意欲や思い入れの働きかけを指す言葉です。それに対して、エンパワーメントは会社の経営陣や管理者から社員に向けた働きかけを指します。
実際のビジネスシーンで、エンパワーメントという用語は以下のように使われます。
エンパワーメントという用語は、一般的なビジネスシーン以外でも使われています。たとえば、看護や介護の分野、教育の分野での使用が主にあります。
看護・介護分野 | 教育分野 |
---|---|
支援やサービスを受ける側でできることを可能な限り増やし、自分で判断や決断をさせて本人に自信を与えること | 他の子供や兄弟姉妹などとの比較によって子供の個性を否定したり過小評価したりせず、子供たち一人ひとりが持つ能力や可能性を伸ばすこと |
看護や介護の分野について補足をすると、介助や支援を受ける側は本来自分でやりたいが、介助や支援を受けなければできない立場のために受け身の姿勢になり、自分のわがままや希望を言いづらい状況に陥りがちです。
そのため、介助や支援を提供する側は、自分の立場が上であると錯覚したり思い込んだりして、本来対等であるはずの受ける側と提供する側の関係性に上下関係ができてしまう可能性もあり得ます。
そのような状況を避けるために、支援やサービスを受ける側に対して、自分でできることは自分でするように促したり、物事の判断や決断をさせたりして、本人に自信を与えることを看護や介護におけるエンパワーメントとしています。
このように、エンパワーメントは本来の意味を持ちつつも、それぞれの分野で若干違う使われ方をしています。
この記事では、ビジネスシーンでのエンパワーメントについて解説をしていきます。
近年エンパワーメントが重要視されている背景には、以下のような対応が急務であることが考えられます。
現代は先行きの予測が難しく、不透明なVUCA時代です。そのなかで企業が未来に向けて生き残っていくには、従来のやり方や過去の成功事例に固執しないことが重要です。
これまでの企業は、社長や幹部などの経営層が事業の舵取りをするトップダウン式が主流でした。時代を読む能力と優れた行動力を持つ経営層が、トレンドを見極めながら事業の意思決定をするだけでも成長できていたからです。
しかし、時代の局面が変わり、変化のスピードが早くなった今、経営層だけの知恵や能力だけではついていくことが難しくなっています。
そのことから、過去のトップダウン式ではなく、むしろ社員一人ひとりが持つ力をいかに効果的に活用するかが大きなカギとされています。
グローバル化が進んだ現代では、海外にまで競合する企業は広がっています。国内外問わず起こる迅速な市場参入や業界再編などに対応するには、日々の事業経営からもスピード感をもって進めていかなくてはなりません。
業界や競合企業の動きに素早く対応できるフットワークを組織として身につけるには、社員一人ひとりが自律的に考え行動して業務を進めていける環境と、それを支える体制が必要です。
新卒入社の社員をいかに早く戦力として成長してもらうか、中途入社の社員にいかに効率的に成果を上げてもらうかは、いつの時代も経営者にとっての悩みの種です。
そのうえ、新入社員と中途社員の入社時期が重なると、人材育成の方法も従来のやり方をそのまま続けていては育成が間に合わず、アップデートが必要になってきます。そこで、人事部が定型的な育成方法を見直し、社員の個々のポテンシャルを引き出す人材育成方法を取り入れる選択肢の一つとして、エンパワーメントが注目されているのです。
エンパワーメントを高めるには、以下の三つの要素を同時かつ継続的に実践していく必要があります。
社員へのエンパワーメントを実践するために不可欠な要素の一つとして、職場の心理的安全性の確保が挙げられます。
社員が自分の存在そのものが職場で必要とされて、自分の考えや意見を上司や周囲から否定されずに受け止めてもらえると感じられなければ、どんなに権限委譲や新たなチャレンジを与えたとしても、その課題や業務に前向きに取り組むことはできないでしょう。
したがって、心理的安全性の高い職場環境の確保は、エンパワーメントを高めるための必要不可欠な土台であると言っても過言ではありません。
社員に自社製品・サービスを深く理解してもらうことも、エンパワーメントの効果を高めることにつながります。
なぜなら、自社製品・サービスを深く理解している社員は、消費者や取引先にその魅力と同時に課題を正しく効果的に伝えることができるため、相手から信頼を置かれるようになります。そして、それが既存商品の特徴を踏まえた新商品やサービスへの展開、アイデアを生み出す原動力となるからです。
経営者としては、社員には「こちらから促さずとも、自社の製品やサービスについて深く理解しているはずだ(あるいは、理解していてほしい)」と思ってしまうものですが、実際に社員一人ひとりがどこまで自社の製品やサービスを理解しているかは疑問の余地があります。
社員のエンパワーメントを実現するには、経営者や管理職の「社員だから自社製品やサービスの特長や良さを十分理解しているはずだ」という思い込みから離れ、あらためて自社製品について知ってもらい、ファンになってもらうだけでも、エンパワーメントの効果の向上につながります。
エンパワーメントでは、方法の一つとして権限委譲があります。この権限委譲は、組織としてのゴールを設定したうえで実施します。そのため、権限委譲を受ける側が、経営者と同じ目線を持ち、「目的」「期待されている行動」「上司や先輩からのサポートの程度」を十分理解しながら業務を進められるようにすることで、エンパワーメントの効果の向上が期待できます。
ここでは、エンパワーメントを組織に導入する主なメリットを三つ紹介します。
社員の自律性やエンゲージメントが低いと感じられる場合、個々の社員の能力やポテンシャルが組織で発揮されていないことが要因の一つかもしれません。
そのような場合は、丁寧に準備の期間をかけてエンパワーメントを導入することで、社員一人ひとりの業務に対する自律性が育ち、エンゲージメントが向上するメリットが期待できます。
従来の人材育成計画に基づいて社員の育成をおこなっているが、育成のスピードが現場のニーズに追いついていない場合、育成の方法やプランの見直しが必要になっている可能性があります。
エンパワーメントは社員の自律性・自発性を促すため、そうした人材育成の課題解決にも有効です。ただ、育成スピードの加速化を期待して焦るのではなく、計画的にエンパワーメントを導入することが必要となります。
新しい商品やサービスを開発したいが、組織にイノベーションを起こせる人材がいないなどの課題を抱えている場合、業績向上の突破口を模索する時間が長くなり、経営の先行きに不安が生じる可能性があります。
一方、エンパワーメントを組織全体に行き渡らせると、社員一人ひとりの生産性が向上し、またその相乗効果で社員のイノベーションマインドが刺激されて、新商品やサービスが生まれる可能性もあります。
目的を明確にして十分な準備のもと実施をすれば、大きな効果が期待できるエンパワーメントですが、事前準備をせずに表面的に実施をすると大きな逆効果を引き起こすリスクもあります。
ここでは、エンパワーメントを社内で導入する際の、主な注意点を三つ紹介します。
対象者の個性や得意な能力によって、それぞれ適切なエンパワーメントの方法があります。
仮に全員に同じ内容のエンパワーメントを適用したとしても、その効果の表われ方は人によって異なる場合が多いと考えましょう。
社員の主体性や自律性を向上させることは、組織の成長にとって大切です。
しかし、主体性や自律性を高める目的とは言え、社員に制限なく権限を委譲したり自由に業務をおこなえるようにしたりすると職場の環境が乱れやすくなります。エンパワーメントを実施するときはきちんと計画を立て、行き過ぎたエンパワーメントで社員が暴走しないように注意が必要です。
エンパワーメントの導入には十分な準備が欠かせませんが、実際に導入するときは、次の5ステップで進めることができます。
はじめに、経営陣がエンパワーメントの導入に強く合意していることが必要です。
エンパワーメントの導入とその効果を確認できるまでには、かなりの時間を要します。経営陣が生半可な意思決定のもとで導入すると、エンパワーメントどころか社内に混乱を招き、社員の心が会社から離れてしまう危険性があります。そのため、まずは経営陣が強い気持ちで導入について合意形成をおこなうことが必須となります。
経営陣の積極的な合意形成がなされたら、エンパワーメントの目的と導入によってどのようなビジョンを描いているのか、組織全体が理解・共感をするように周知します。
このステップで重要なことは、エンパワーメントという言葉だけが独り歩きしないように、具体例を示しながら社員一人ひとりに、どのような影響があり、どのような行動の変化が求められるのか、イメージしやすいようにわかりやすく説明をすることです。
社内に周知し理解を得られると、すぐに実践したくなるところですが、導入を成功させるためには、先に社内の心理的安全性を確保する必要があります。
エンパワーメントが社員一人ひとりの能力を最大限に引き出すことを主眼としているにもかかわらず、それを実践しようとする組織が心理的安全性に欠けていては、エンパワーメントは実現できません。
組織の一部で心理的安全性が損なわれている部署や、心理的安全性が欠落している上司と部下の関係性が認められる場合は、まずその関係性の改善が先決です。
社内の心理的安全性が確保できたら、エンパワーメントの導入によって何を実現するのか、どのような組織状態を目指すのかを部署ごとに目標を設定して、実行プランを作成します。
目標設定を部署ごとにする理由は、エンパワーメントはその対象となる社員の現状の能力や経験値、個性によって異なる目標設定が必要となるからです。普段からその社員のことをよく知る上司が、どのような業務においてどこまでその社員に権限委譲をおこなうのか、その結果どのような成果を期待するのかを決めていきます。
そして、本人が実際の業務の進め方をイメージできるように、成果を出すために社員はどのような努力をする必要があるのか、上司や周囲からはどのような支援が得られるかなどの実行プランも作成する手順が理想です。
最後のステップは、実行プランに従って実践し、定期的に実践の成果をレビューし、改善点を見つけて改善策を実施するというサイクルを繰り返すことです。
このサイクルの効果的な期間としては、対象となるエンパワーメントの内容によって判断をします。
たとえば、経験の浅い若手社員に対して、1年を超える長期的プロジェクトでエンパワーメントを実践する場合は、3カ月から6カ月程度となります。段階的に責任ある役割を少しずつ増やしながら進めていくことになるため、レビューをして、新しい役割を増やして問題ないかを検討する方法が効果的でしょう。
逆に、店舗で顧客に対するサービスの仕方を自分なりのアイデアを出して実践するなど、比較的シンプルで短期間に繰り返し実施する内容の場合は、2週間から1カ月程度のなかでサイクルを回す方法が適切と考えられます。
レビューのフェーズでは、対象の社員のエンパワーメント効果だけでなく、エンパワーメントの導入が適切であったか、実行プランの内容そのものに関する検証もおこない、次回の導入に向けた改善につなげていきます。
山梨県笛吹市にある「石和名湯館 糸柳」は、1879年創業の老舗旅館です。
団体客の減少を契機に、経営方針の見直しが図られ、「こころ動かす、工夫がある。」というブランドコンセプトとして対外的に発信を始めました。元々持っていたおもてなしのDNAですが、言語化をしたことで、社員で共有ができるようになり、活性化がされています。
ホームページのコンテンツにもお客様に向けてどのように発信をすれば響くのかを担当者が丁寧に考えて、試し、工夫を重ねています。
社員のこうした日々の努力行動が顧客へのおもてなしにつながり、リピート客につながっています(参照:『エンパワーメント人材戦略 地域に愛される企業の「社員育成と経営」』p.138~152)。
エンパワーメントの導入は、決して単純ではありません。しかし、エンパワーメントの本質をよく理解し、腰を据えて根気強く正しいステップで取り組めば、その成果を享受することができるでしょう。
エンパワーメントの対象となった社員は、心理的安全性が確保された環境で自分の能力とポテンシャルに自信を持てるようになり、仕事へのエンゲージメントが向上し、モチベーションを高く保ちながら自立したビジネスマンに成長することが期待できます。
エンパワーメントをされた社員が多くいる組織を目指すことは、社員にとっても経営陣にとっても有意義なことだと言えます。
本記事を参考に、社員のエンパワーメントに取り組んでみてはいかがでしょうか。
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