目次

  1. 安全在庫とは
  2. 安全在庫と適正在庫との違い
  3. 安全在庫を設定するメリット
    1. 需要の変動に対応できる
    2. 原料や部品の供給遅延に対処できる
    3. 顧客満足度を高いレベルで維持できる
    4. 予期せぬリスクに備えられる
  4. 安全在庫を設定する注意点
    1. 需要予測の精度の高さが必要
    2. サプライチェーンの不確実性に対処する
    3. 在庫の保管・管理にかかるコストを考慮する
    4. 市場動向と競合他社の状況を把握する
  5. 安全在庫の計算方法
    1. 安全在庫係数の算出
    2. 需要数(使用量)の標準偏差の算出
    3. 発注リードタイムの算出
    4. 安全在庫の実際の計算例
  6. 安全在庫を確保して供給トラブルのリスクマネジメントをしよう

 安全在庫とは、予測できない需要変動や原材料の供給遅延などによる欠品を防ぐために、最低限確保しておくべき在庫数のことです。

 例えば生産に必要な原材料の安全在庫があれば、サプライヤーからの供給が予定より遅れた場合でも、原材料入荷待ちで製造ラインを停止せずに済みます。

 また、製品の安全在庫を確保できていれば、事前に予想していた以上に需要が増えたとしても、顧客を待たせずに製造ができます。

 このように、常に一定量の原材料や製品の在庫を確保しておくことが、経営の安定に欠かせません。

安全在庫を設定するメリットと計算方法
安全在庫を設定するメリットと計算方法(デザイン:浦和ゆうすけ)

 「適正在庫」とは、販売や生産の予測に基づいて計画された在庫のことを指します。

 適正在庫は、需要予測やリードタイム、顧客に提供するサービスのレベルなどを考慮して計算され、計画的な運用を可能にするための在庫です。

 安全在庫とは以下のように目的の違いがあります。

  • 適正在庫:計画的な在庫運用を目指す
  • 安全在庫:予測不能な在庫リスクに備える

 製造業では、安全在庫と適正在庫という二つの考え方を持つことで、在庫コストを最小限に抑えつつ、顧客の需要を満たすという在庫管理の目的を達成できます。

 安全在庫を設定することで、大きく四つのメリットがあります。

 顧客からの急な発注量の増加など、自社の需要予測と異なる受注量になった場合にも、対応できるようになります。

 製造業では出荷する製品の完成までにはある程度のリードタイムが必要であり、需要が予測を大きく上回った際に、迅速に生産量を増やせるとは限りません。しかし、安全在庫があれば顧客のニーズを迅速に満たせます。

 トラブルの一例として、自社の製造に必要な原料や部品を提供するサプライヤーで供給遅延が発生したり、自社の製造工程で生産遅延が発生したりした場合でも、安全在庫があることで余裕を持った対応ができます。

 安全在庫があることで在庫切れを回避できるため、顧客満足度を高い水準で維持できます。

 顧客に対する納期遵守や製品品質の維持といったサービスレベルを高めるためには、適切な在庫の維持・管理が必要です。特に、納期が重視される製造業では、安全在庫が供給不安の解消につながり、同時に自社の余剰在庫の負担削減にもつながります。

 安全在庫を確保しておくことで、自然災害や地政学的リスクなどによるサプライチェーンの混乱といった、予測不能な事態へのリスクマネジメントができます。

 安全在庫を設定する際に、特に注意しておくべきポイントが四つあります。

 安全在庫を決める際には、需要予測の制度の高さが欠かせません。需要予測の精度が低いと、安全在庫量が過剰になったり不足したりするリスクがあります。

 需要予測精度を高めるには、これまでの受注量や出荷量などのデータを蓄積し、定期的に算出するデータの更新頻度を見直すなどして予測精度を高める必要があります。

 例えば、製品の品質保証期間が短いと、安全在庫の算出データが古いままでは在庫の余剰や廃棄につながる恐れがあります。製品の寿命も考慮して半年や1年ごとに見直すなど、自社にとって適切な安全在庫量を設定しましょう。

 自社製品の製造に必要な原材料や部品を納入するサプライヤーの供給能力が不安定で、リードタイムの安定性が低いと、サプライチェーンの不確実性が生じて安全在庫の設定に影響する恐れがあります。

 対策としては、サプライチェーンに関連の深いサプライヤーとの連携強化、複数のサプライヤーの確保など、供給リスクの低減に取り組む必要があります。

 安全在庫を設定することで、在庫の保管・管理にかかるコストが増加します。製品の価格や寿命だけではなく、保管スペース、設備費や光熱費などを考慮して最適な在庫レベルを決定する必要があります。

 さらに、製品の品質維持のための環境設定が必要だったり、保管場所が特定の倉庫などに限定されていたりすれば、保管コストが非常に高くなる可能性もあります。

 在庫の保管コストと在庫切れによる売り逃しなどの潜在的な損失を、バランスよく考慮しましょう。

 安全在庫量は、自社製品を取り巻く市場の動向や、競合他社の状況も考慮する必要があります。

 例えば参入している市場の規模が縮小したり、競合他社が低価格の製品を発表したりすれば、需要が落ち込む恐れがあります。これらの変化を早期にキャッチし、安全在庫のレベルを適切に調整することが求められます。

 安全在庫の計算方法はさまざまですが、需要と供給のリードタイムの変動を考慮して算出する際には、以下の計算式を用いるのが一般的です。

安全在庫量 = 安全係数 × 需要数の標準偏差 × √(発注リードタイム + 発注間隔)

 安全在庫係数(安全係数)は許容できる欠品リスクを数値化したものです。標準正規分布表で決められた数値であり、「サービス率」から求められます。

 サービス率とは、顧客からの受注に対して欠品を発生させることなく対応できる割合を指します。例えば、1,000件の受注に対して900件は欠品が発生せずに対応できるならば、サービス率90%ということです。

 なお、100%からサービス率を差し引いた値を「欠品率」と呼びます。1,000件の受注に対して100件は欠品が発生すると評価されると、欠品率は10%となります。

 安全係数をMicrosoft Excelで計算する際は、以下を用いて算出できます。

=NORM.S.INV(サービス率/100)

 例えば、サービス率が90%なら「NORM.S.INV(0.90)」と入力して求めます。

 サービス率と欠品率、安全係数は以下の表のような関係になります。

サービス率 95% 96% 97% 98% 99% 99.9%
欠品率 5% 4% 3% 2% 1% 0.1%
安全係数 1.64 1.75 1.88 2.05 2.33 3.09

 標準偏差は数値のばらつきを示す値です。安全在庫の算出ではこれまでの需要数(発注者から見た使用量)から算出します。

 自社の出荷量のばらつきは、過去の1日あたりの出荷実績によって推察できます。もちろん、品種や時期などによって出荷量がまちまちな場合もありますが、製品別に標準偏差を求める必要があります。

 具体的には、以下の手順で算出します。

  1. 各期間(日、週、月など)の需要を計測する
  2. 需要の平均値を計算する
  3. 期間中の需要から平均値を差し引き、それぞれの差を二乗する
  4. 二乗差の平均値を計算する(= 分散)
  5. 分散の平方根を取る

 例えば、曜日別の製品Aの需要数が以下の場合の標準偏差を計算してみましょう。

  • 月曜日:1,000個
  • 火曜日:1,100個
  • 水曜日:900個
  • 木曜日:800個
  • 金曜日:1,200個

①各期間(日、週、月など)の需要を計測する

 月~金曜日の需要数の合計値を算出します。この場合は、1,000個 + 1,100個 + 900個 + 800個 + 1,200個 = 5,000個です。

②需要の平均値を計算する

 合計が5,000個、日数が5日なので、平均値 = 5,000個 ÷ 5日 = 1,000個と計算できます。

③期間中の需要から平均値を差し引き、それぞれの差を二乗する 

 需要の平均値は1,000個であるため、各曜日の平均需要と需要の差分を二乗して、分散を算出します。

  • 月曜日:(1,000 - 1,000)^2 = 0
  • 火曜日:(1,100 - 1,000)^2 = 10,000
  • 水曜日:(900 - 1,000)^2 = 10,000
  • 木曜日:(800 - 1,000)^2 = 40,000
  • 金曜日:(1,200 - 1,000)^2 = 40,000

④二乗差の平均値を計算する(= 分散)

 二乗差の平均値を計算(= 分散)します。分散 =(0 + 10,000 + 10,000 + 40,000 + 40,000)÷ 5 = 20 000です。

⑤分散の平方根を取る

 標準偏差は分散の平方根であるため、「√20,000 = 141.42個」です。

 なお、Microsoft Excelで算出する際は、以下のように関数を用います。

=STDEV.P(該当すべての量)

 STDEV.P関数に、➀の「製品Aの月曜日から金曜日の需要数」を入力することで、需要の標準偏差が算出できます(例:標準偏差 =「STDEV.P(5000)」)。

 「発注リードタイム」は受注を受けてから発注者に製品が届くまでの期間を指します。

 例えば、4月13日に受注を受けて製品の出荷準備を始め、出荷してから発注者に届いたのが4月18日ならば、発注リードタイムは5日となります。

 安全在庫量の計算式にある「発注間隔」は、次の受注を受けるまでの日数です。前述の事例では、4月23日に次の受注があれば、発注間隔は10日となります。

 また、Microsoft Excelでは、平方根はSQRT関数を使用するため、以下の計算式で求められます。

=SQRT(発注リードタイム+発注間隔)

 上記から、「=SQRT(5+10)」で算出ができます。

 安全在庫量の計算式を用いて、以下の事例で実際に計算してみましょう。

  • 安全係数:2.05(サービス率98%)
  • 需要の標準偏差:300個
  • リードタイム:5日
  • 発注間隔:11日
安全在庫量
= 安全係数 × 需要の標準偏差 × √(発注リードタイム + 発注間隔)
= 2.05 × 300 × √(5 + 11)
= 2,460個

 この計算例では、安全在庫として2,460個を確保すれば、98%のサービスレベルを維持できるという結果になります。

 Microsoft Excelの計算では、下記のように一括計算を使用することも可能です。標準偏差などを別途求める必要がある場合は、一括計算をするのは難しいのですが、数値がわかっていれば、参考にしてみましょう。

=INT(NORM.S.INV(98/100)*300*SQRT(5+11))

 安全在庫係数が小数点第三位以降の数値も含まれる場合もあるため、その場合は含めた分だけ在庫数が増えます。

 安全在庫とは、需要の急激な変動やサプライヤーの原材料などの供給トラブルに備えて、あらかじめ最低限確保しておくべき在庫数のことです。

 安全在庫を多く見積りすぎれば、製品や原材料などの在庫保管・管理にコストがかかるため、需要を見越した定期的な見直しが欠かせません。

 供給トラブルを未然に防ぐリスクマネジメントの一つという意識を持ち、毎月の棚卸しで在庫確認を適正におこない、過去の需要データなども参考にしながら安全在庫を取り決めましょう。