図面は紙派だった富士油圧精機のDX抵抗勢力、まずやってみるで推進側へ
DXの取り組みが広まるなか、着手できていない中小企業も少なくありません。製本・印刷機械を手がける富士油圧精機(群馬県前橋市)もそんな1社でした。しかし、富士油圧精機が違ったのは、DXの抵抗勢力だった幹部が「まずやってみる」ことで意識改革を遂げたことでした。導入費用の3倍の経費削減を達成しただけでなく、自ら考えて動く組織へと変わるという成果を手にしました。
DXの取り組みが広まるなか、着手できていない中小企業も少なくありません。製本・印刷機械を手がける富士油圧精機(群馬県前橋市)もそんな1社でした。しかし、富士油圧精機が違ったのは、DXの抵抗勢力だった幹部が「まずやってみる」ことで意識改革を遂げたことでした。導入費用の3倍の経費削減を達成しただけでなく、自ら考えて動く組織へと変わるという成果を手にしました。
目次
1965年に創業した富士油圧精機は、製本・印刷工場のラインなどで使われる、各種自動省力化機械などを手がけています。起源は木工アクセサリーの製造で、その際に油圧プレス機を使っていたことに、由来しているそうです。
設計から製造、販売、アフターフォローまで。機械・電気問わず、あらゆるフェーズならびに領域の業務を担っていること。一貫して、あるいは一部分だけをお願いする。どちらにも対応する柔軟、面倒見のよい姿勢が評価され、「困ったときの富士油圧」と信頼を得てきました。
他の領域に挑戦する開発型企業であることも特徴で、現社長の石田桂司さんは、「そのような社風が気に入り入社しました」と、言います。
たとえば昨今盛り上がりを見せるトレーディングカードなどを、効率的に仕分けする「カードフィーダー」を開発。国内シェア95%を誇ります。
「営業からカスタマーサポートまで一貫して携われること。世の中にない機械設備を創出し、お客様から感謝される。達成感を強く感じることのできる仕事です」(剱持卓也さん)
レーザー加工機など最新の設備機器も導入していき、第二工場の竣工、東京・大阪への進出と事業を拡大していきました。
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ところが社会のデジタル化に伴い、製本・印刷関係の仕事が激減。強みでもある他の領域で乗り越えようと努力し、スクラッチカード検査装置や、SIMカード自動投入装置などを開発します。
しかし、主軸事業の影響が大きかったこと。加えて、新型コロナウイルスの流行やウクライナ戦争により、半導体などの部品調達も難しくなるなど、追い打ちをかけます。
12億円ほどで堅調に推移していた売上は、9億円ほどまでに減少。銀行からの借り入れもかさんでいきました。石田さんは当時の様子を次のように振り返ります。
「幹部5人を集めたチームを立ち上げ、現状を乗り越えるために話し合いました。その結果、再生協議会(現在の中小企業活性化協議会)に相談。コンサルティング会社を迎え入れ、企業再生を図ることとしました」
コンサルティング会社は役員を派遣し、経営に参画、改革を進めていきます。そのひとつが、デジタル・DX推進でした。図面の運用が紙、アナログな状況であることを知った新役員はDX化を進めない理由を、当時部長職だった剱持さんに問います。
剱持さんは、反論します。IT化は十分だと考えていたからです。実際、CADは30年前に導入、20年前には2000万円以上の費用をかけてオリジナルの生産管理システムも構築していました。
PCの導入も積極的で、CADで設計したデータはPCやサーバーなどに、定期的にバックアップするなど、セキュリティ、保管対策も行っていました。ただ、剱持さんが反論した本意は別のところにあったようです。
「60年近く事業を続けてきている経験から、図面は紙にプリントアウトした方が見やすい、と考えていました」
剱持さんは思いを、そのまま新役員にぶつけます。すると新役員はデータ量、保管場所などを事細かに聞いてきます。すると視認性という点では紙の図面の方が見やすいかもしれませんが「検索」との観点では、多くの課題があることが浮き彫りになりました。
蓄積された30万枚にもおよぶ図面の検索に、多大な時間を要していたからです。検索業務に慣れたメンバーでないとできないことも問題でした。データが個人のパソコンやフォルダに入ったままで、検索することがさらに難しい、との課題もありました。
「図面があることは間違いないのですが、番号でしか検索できないため、図面に描かれている部品の形状、材質、用途などが、図面を開くまで分からない状態でした。そのため検索するよりも新たに図面を設計した方が早い、との状況も生まれていました」(剱持さん)
組織の問題もありました。図面を多く書くこと、頑張っている姿勢を見せることが良しとされていたのです。
新役員は「図面DX」で、これらの課題は解決できる、そのことを知らないのは無知であることを認識してください、と指摘します。
しかし、再び反論します。「やっぱり、図面や設計を知らない人からアドバイスや指示を受けたくない、との心理的障壁があったと思います」と剱持さんは胸の内を明かします。
自分たちなりに改善努力を行ってきた。でも、うまくいかなかった。外部の状況や経営者が悪いから。他責の念が強かったと、当時を振り返ります。もうひとつ、剱持さんが首を縦に振らなかった理由がありました。
「図面DXといった道具を手に入れたところで、どのように改善するのか。明確なイメージが持てなかったことも大きかったです。費用対効果です。確認もしましたが、元が取れるとは思いませんでした」
新役員が最初に行った改革は、実はDXではなく、マネジメント改善でした。ただ、内容はシンプル。各部署の位置と役割、責任や権限、管理を明確にすることでした。しかし、このシンプルな改善策が同社には効きました。自身も教育を受けた石田さんは、次のように振り返ります。
「かつてはトップダウンで多くの物事が進んでいました。そのためトップが指示を出さないと、動かない状況でした」
この結果、「他責」文化が醸成されてしまったのです。
社内には50年以上も事業を継続している、高い技術力があるという矜持がありました。一方で、利益に結びつかず、経営難に陥っていることも理解していました。ただ、毎日忙しく働いていたために、危機感を醸成できておらず、「課長が悪い、部長が悪い、営業が悪い、経営層が悪い…」という思考に陥っていたのです。
反発する剱持さんに対し、新役員も譲りません。
剱持さんは図面DXのサービスを提供している会社に渋々連絡を取り、社内会議の席で進捗を問われると「設計部の新図抑制に効果はありそうですが、費用が高い」と否定的な発表をしました。それでも新役員は、図面DXを推進せよというスタンスを変えようとはしませんでした。
そこまでいうなら成果を考えずにとにかく行動しようと、剱持さんのなかで意識が変わり始めました。
「それまでの私は成否や費用対効果、結果ばかりを気にしていました。しかし、まずは行動することで、成否もいち早く気づくことができる。考えが次第にシフトしていきました」
後から新役員に聞いたところ、かたくなに図面DXを推進した理由について「成否を吟味する成果視点が強く、誰も変化してこなかった。行動するという一点に集中することで何らかの成果を得られることを体感してほしかった」と打ち明けられました。
DXがうまくいかなかったらどうなっていたんですかと聞くと「ダメだったという結論に早く至ることができるだけです。体感こそが経験化であり、そこからでしか人の思考は変わらない」という答えが返ってきたといいます。
そして2022年10月、製造業サプライチェーンの変革に挑むスタートアップ、キャディが手がける『CADDi DRAWER』を導入することにしました。まずは成果を考えずにとにかく行動することだけを意識し、2ヵ月で10万枚を登録しました。
紙の図面で保管していたデータをデジタル化し、クラウドに保管。利用者は図面番号、部品名、材質、顧客といったテキストを入力したり、実際の図面を検索にかけることで、類似図面が検索できたりします。
クラウドのため、どこにいても誰でもどのようなデバイスでも使えるようになりました。
「紙の図面は廃棄され、キャビネットは空になりました。図面の検索時間はこれまでは短くても10分、長い場合には1日がかりだったのが、すぐに見つかるようになり、検索時間も95%は削減されました。検索してみると、似たような部品の図面がいくつも見つかりました」と、剱持さんは苦笑いしながら、成果を口にします。
調達や見積もりの適正・迅速化にも寄与しています。製造・組立部門においても特に出先、顧客先のサポート時などに、事前に図面をプリントアウトする手間がなくなりました。リモートワークも可能になりました。
すでに導入費用の3倍の経費が削減できているそうです。
実際、加工プログラムの担当者は8人から5人に。教育などでも活用していくそうで、今後はさらなる経費削減が期待できると、剱持さんは手応えを口にします。副次的な効果として、メディアからの取材依頼が増えたことで、社員のモチベーションアップにも貢献しているそうです。
人に指示されないと動けない。他責の社風も大きく変化したそうで、今では率先して改善案を提案し、自ら動く。そんな社員が多くなったと、石田さんは嬉しそうに話していました。
剱持さんも、DXに取り組む前は、次代継承や業務の引継ぎばかり考え「あと数年、じっと我慢していればゴールに辿り着ける」と縮こまっていました。しかし、図面DXを通じて、行動すれば、変化できることを体感しました。
バブル崩壊後の日本経済の停滞は「失われた30年」と呼ばれるようになりました。しかし、「失われた30年」の間にも、図面という資産がきちんと蓄積されていました。それにも関わらず、これまでは資産をうまく活用できていなかったのです。
「DXによって、いつでもどこでも、求める情報を、正確に入手できます。今だけじゃない、弊社が存在する限り、この情報は利用し続けることができるのです。時間切れを待つ田舎の中年管理職にも、やれることがまだあったことが何よりもうれしいのです」
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