「観光客が楽しめるものは何もなかった」水上村 よそ者社長が磨く体験価値
熊本県の山間部にある温泉旅館「水上荘」を東京都のイベント会社「ゴンドラ」が承継。装い新たに2022年に「スローバケーションホステル MIZUKAMISO」としてオープンし、海外からも旅行客が訪れています。地元の人たちが「観光客が楽しめるものは何もない」と感じ、サービス精神で続けてきた釣りやカヤックなどの事業に対し、ゴンドラの三瓶誠社長は体験価値を磨くことで事業として成り立たせられるポテンシャルを感じています。
熊本県の山間部にある温泉旅館「水上荘」を東京都のイベント会社「ゴンドラ」が承継。装い新たに2022年に「スローバケーションホステル MIZUKAMISO」としてオープンし、海外からも旅行客が訪れています。地元の人たちが「観光客が楽しめるものは何もない」と感じ、サービス精神で続けてきた釣りやカヤックなどの事業に対し、ゴンドラの三瓶誠社長は体験価値を磨くことで事業として成り立たせられるポテンシャルを感じています。
「鹿児島空港から車で1時間半。高速を降りてから下道を45分走ってたどり着く”多くの人が知らない場所”にはポテンシャルしかありません」と、東京都渋谷区を拠点にイベント企画を行なうゴンドラの三瓶誠社長は話します。
ゴンドラでは主に企業向けプロモーション事業を受注してきましたが2018年頃から地方創生案件が増え、プランナーとして地方活性化にも力を入れています。
「イベントプランナーとして受注する地域の仕事をやっていると、なんとかしてこの地域を盛り上げたいという強い気持ちがありつつも、現場の進みが遅いことにどうしてだろうと思うことがたびたびありました。どうして進まないのか、どうやったら進められるのか、外の人ではなく“なかの人”として感じ取り、地方創生に深く関わりたいと思ったんです」(三瓶社長)
日本全国のM&A情報を集め始め、出会ったのが熊本県水上村の温泉旅館「水上荘」でした。畑違いの旅館業、しかも縁もゆかりもない本社から遠く離れた熊本県の山の中の事業譲受。いちばんの決め手は「市房山の春夏秋冬を眺められる、旅館の前の広大な敷地」だったと三瓶社長は言います。
「個室を充実させた高級温泉旅館などハードを売り物にした観光地化だと商売として難しい立地だと思います。ただ都市部では、メジャーな観光地を訪れるような旅ではなく、素朴な田舎で過ごすことで得られる体験に価値を見出す人が増えているように常々感じていました。水上荘前の敷地でBBQをしている人やグランピングテントで楽しむ人の姿が浮かんできて、水上荘を受け継ごうと決めました」(三瓶社長)
熊本県内有数の花見スポットとして、水上村の市房ダム湖畔の1万本の桜は有名です。「お嶽さん(おたけさん)」として人吉球磨地方の人々に崇められてきた標高1722mの市房山を目指す登山客も多く、村内には小さい宿泊施設が水上荘以外にも10数軒あります。
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とはいえ、商店が立ち並ぶ温泉街があるわけではなく、県外から人を呼び込める施設もありません。ただ三瓶社長はこれを「デメリットでもありメリットでもある」と見ています。
「豊かな自然に囲まれ観光地として栄えていない場所は、地元の方々と距離感近く滞在できるんです。水上村には子どもの頃から自然に親しんできた釣り名人がいて、ヤマメ釣りを教えてくれます。猟友会によって駆除された猪などのジビエ料理のスペシャリストもいます。こういった地元の方々と触れ合うことができる体験価値を磨き上げていけば知る人ぞ知る、良いスポットになると考えています」(三瓶社長)
水上荘を承継したゴンドラにとって、ユーザーの体験価値を重視したイベント企画はお手のもの。「観光客が楽しめるものは何もない」と話す地元の人にとっては当たり前の日常を、訪れる人の非日常に変えて提供し、事業として成り立たせる。「スローバケーションホステルMIZUKAMISO」の経営を通して、水上村全体の活性化を三瓶社長は目指しています。
ゴンドラのイベントの空間デザインを担当していたデザイナーとともに、人吉・球磨を拠点に事業再生や事業承継をサポートする地方創生ベンチャー「KoToToBa(コトトバ)」を立ち上げ、三瓶社長は水上荘の再生に着手しました。
2階客室は水回りなどの軽い改修にとどめ、1階の食事広間はカフェに、宴会場として使っていた大広間は18人が泊まれるドミトリースペースにしています。
カフェスペースには一部、畳スペースを残しました。前経営者である女将・久保田ツヤ子さんとの会話のなかで食事広間の思い出が語られ、女将の亡き夫が山に入って切ってきた木の天井などへの愛着を強く感じたからです。
「できることなら自分が生きている間は、水上荘の行く末を見届けたい」という女将の思いに共感し、2021年3月の事業承継契約締結の後も「一緒にやっていきましょう」と三瓶社長は前経営者の希望を全面的に受け入れました。
「女将はパワフルな人です。水上村の活性化もいろいろとやりたいことはいっぱいあったけれど思うようにできなかった、歳をとってしまったという思いを聞き、ともにサポートし合う関係が築けると考えました。旅館業は初めての私たちとともに女将として運営してもらうだけでなく、水上村の方々の新参者に対する壁のようなものを取り払い、潤滑油として間に入ってもらえるので助かっています」(三瓶社長)
初めて三瓶社長が水上村を訪れたとき、女将を心配する地元の仲間たちが毎晩のように水上荘に集まり飲んでいたそうです。その仲間に加わりお酒を飲んだりBBQしたりするなかで、水上村で起きていることやこれまで起きたことを聞き、「よそ者」だからこそ見える水上村の魅力、「村全体を変えたい。俺に任せてくれ」と熱心に丁寧に伝えたと、三瓶社長は当時を振り返ります。
「釣りやカヤックなど現在の体験コンテンツは地元の方々のサービス精神で成り立っていて、商売としては成り立っていません。継続的に自走できる事業にするにはしっかりとした収益を確保できるビジネスモデルにする必要があります。
たとえば、4泊5日でプロの指導のもと木の皮はぎから仮組み立てまでログハウス作りを学ぶ体験プランを6万円で提供しています。実施期間は10月のみで、定年後の夫婦など田舎で悠々自適に暮らす人をターゲットに20年ほどやっていると聞き、なんてもったいない!と思いました。
今のサウナブームの波に乗り“ログサウナ”キットとしてネットで販売、YouTubeで組み立て方動画を配信すれば時期を問わず、村を訪れることが難しい人々にも拡販できます。ログサウナキットや動画を通して水上村を知り、行ってみたいと思う人が出てくるかもしれません」(三瓶社長)
収益を確保できる新しい事業が誕生すれば、雇用も生まれ、移住したいという人も出てくるだろう。「これまでのスキルを活かして、都市部ではなく地方で成功事例をつくるのはこれまでやったことがない大きなチャレンジ」だと三瓶社長は目を輝かせます。
「体験価値を伝えていくのはなかなか難しいことです。広告費を投じてPRしたからといってお客さんが一気に増えるというものではありません。1、2年で結果を求めず、まずは自分自身が好きなリバーサウナを楽しんでいる様子を発信していくなどして徐々に体験コンテンツを磨き上げていきたいと考えています。ジワジワと体験者数を増やしていきたいですね」(三瓶社長)
水上荘の事業譲受から1年超、「ログサウナ」構想に加え、グランピングテント設営や、熊本県内には少ない犬を飼っている人向けのドッグラン施設づくりなども考え始めています。
加えて、水上荘の事業承継を学びに今後は「旅館事業だけでなく他業種のM&Aも視野に球磨エリア、熊本県内にまで広げ事業再生案件に着手していきたい」と三瓶社長は意気込みます。
「女将の久保田さんは水上荘に住んで宿の経営に携わっていたので、事業承継にあたって当初、家問題がフックになりました。都市部の事業承継では会社と自宅は切り離されていることが多いと思うので、地方の事業承継ならでは。事業全体をまるっと買い再生させるほうが早いのですが、それが難しい地域、事業ならではの問題や課題があるということがわかりました。運営だけ技術だけを事業承継するなど、いろいろな形があっていい。結果、水上荘の場合は女将の希望を契約に落とし込み、敷地内に住み続けてもらう形に落ち着きました。今後は自社の知見を積み重ねるだけでなく、各地域の活性化のためによりよいマッチングややり方があると伝えられたらいいなと思います」(三瓶社長)
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