YouTubeがヒット 有隣堂7代目は「信じて任せる」を貫いた
明治時代から続く横浜市発祥の老舗書店・有隣堂。7代目社長の松信健太郎さん(50)は、デジタル化等による書店離れに危機感を覚え、「書店の再定義」に着手してきました(前編参照)。後編では、大手書店のなかでも突出した人気を誇る公式YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」を開設した狙いについて聞きました。
明治時代から続く横浜市発祥の老舗書店・有隣堂。7代目社長の松信健太郎さん(50)は、デジタル化等による書店離れに危機感を覚え、「書店の再定義」に着手してきました(前編参照)。後編では、大手書店のなかでも突出した人気を誇る公式YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」を開設した狙いについて聞きました。
目次
2020年6月に公式YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」を開設した有隣堂。毎週火曜日の更新で、番組の長さは5~10分ほど。MCのキャラクター「R.B.ブッコロー(ブック=本+オウル=ミミズクが由来)」と、有隣堂の従業員が、様々な商品やジャンルについて熱量のあるトークを繰り広げます。
2023年7月25日時点で、チャンネル登録者数は24万6千人。他の大手書店のチャンネル登録者数が数千人~数万人ほどというなかで、頭一つ抜けた存在となっています。
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書店のチャンネルでありながら、テーマは本がメインというわけではありません。2020年7月に公開された「ガラスペンの世界」では、文房具の仕入れ担当者が、あまり知られていないガラスペンの魅力について語り、100万回再生を突破しました。
他にも「特殊紙の世界」「ドライフルーツの世界」「本のカバー掛けの世界」など、従業員がそれぞれの専門性を生かして、自身が好きなものを素直に語るスタイルとなっています。YouTubeに出演したことでファンができ、店舗で声を掛けられる従業員もいるそうです。
MCを務めるR.B.ブッコローの軽妙な毒舌もポイント。取り上げる商品について「興味わかないっすね」「アプリで良くない?」などと率直にツッコミをいれることで、商品の魅力や従業員の熱量をより引き出しています。
2019年に、YouTubeチャンネルの開設を命じた松信さん。きっかけはなんだったのでしょうか。
「書店は出版社やメーカーなど他社が作ったコンテンツを販売していますが、自分たちが発信するメディアを持っていません。以前から自分たちの思いを発信できるオウンドメディア作りに興味がありました。そんなときに、以前から親しくしていた動画クリエイターに『YouTube番組を作ればいいのでは』と言われたのがきっかけです」
松信さんは、開設の経緯をそう話します。やると決まってからは、はやいものでした。公式YouTubeは「販促ではなく広報のため」と目的をかためて運営は広報部で担うことが決まり、6人のメンバーが集められました。1〜2週間後には、制作会社との打ち合わせが始まります。
さらなる狙いもありました。
「書店事業は1995年からマーケットが縮小し続けているため、ほとんどの従業員は成功体験を持っていません。気持ちが小さくなってしまって、5千円の什器を購入するのも遠慮してしまう状況になっていたのです。もっと自信を持ってもいいと常々感じていました」
「ただ縮小市場では、自信が持ちにくいのです。どんなに売り場を作り込んで頑張って販売しても、出版業界全体が落ち込んでいるので、なかなか成果が出ず、自信が持てないのが現状です。そこで一度、書籍から離れて『小売業』と捉えたときに、小売業の店員にとって1番うれしいことは何だろうと考えてみました。『お客様に話しかけられる』『感謝される』ではないかと思ったのです。公式YouTubeをやることでお客様に『今回のYouTube、面白かったよ』とお声がけいただけるようになれば、明日また頑張る動機になるのでは……そんな思いで始めました」
また近年は、電子書籍やECサイトの普及で書店の存在意義が薄まってしまっています。書店の存在意義の再構築を目指し有隣堂のファンを増やす目的もありました。
「世の中の人たちが洋服を着替えて、髪の毛や身なりを整えて、車に乗って、駐車場に並んで……という手間をかけながらも外出する理由は、もう単なる買い物ではなくなってきています。モノを売る以外の理由をクリエイトしていかないといけません。公式YouTubeで動画を公開することで、有隣堂のファンを増やすことができれば、お客様が有隣堂に来店する動機につながるのではと考えています」
公式YouTubeを始めたことで、会社にも思わぬ変化がありました。新卒応募が増え、通年採用をおこなっている中途採用も増加したのです。型破りともいえる公式YouTubeですが、それが多くの人の共感を得て、会社にも影響を与えるようになったのです。
MCであるR.B.ブッコローのキャラクターグッズも売り切れ商品が多数出るなど、想定以上の人気となりました。
たとえば2023年4月27日に、「R.B.ブッコロー プチがま口」(770円)を、有隣堂の店舗などで発売したときのことです。新店舗である「STORY STORY UENO」ではその日のオープンを記念して、R.B.ブッコローの元黒子(パペットの操作役)を務めていた店長・鈴木宏昭さんの直筆「元黒子メッセージ&イラストカード」を先着300人に渡すという特典を付けて販売しました。
4、5月の合計で、約2千個を販売。なかでも特典を付けたSTORY STORY UENOでの販売数が突出して、全体の30%近くを占める結果となりました。R.B.ブッコローの元黒子は、タレントやアイドルでもない、いち社員です。その人物がかいたメッセージ&イラストカードが、集客の起爆剤になったのです。
ちなみに有隣堂のブランド「STORY STORY」とは、書籍の他に雑貨も豊富に取りそろえ、ワークショップなどのイベントを毎日のように開催する提案型の複合店舗です。「書店の再定義」の一貫としておこなわれている事業で、過去には『くまのプーさん』のコラボカフェ「はちみつカフェ」を期間限定でオープンするなど、さまざまなコラボレーションが生まれています。
実は公式YouTubeを開設した当初は、R.B.ブッコローのキャラクターは存在していませんでした。当初の動画は実写ではなくイラストがメインで、別のキャラクターが書籍の内容を紹介するものでした。開設から3か月のトライアル期間で、チャンネル登録者数はわずか200人。松信さんの目にも、苦戦している様子が見て取れましたが、あえて見守り続けました。
「本人たちが1番苦しみ、考えていると思ったから口出しはしませんでした」
トライアル期間の後、YouTubeの担当チームは、外部の動画クリエイターであるハヤシユタカさんとともに番組のリニューアルにとりくみます。このときも松信さんは、リニューアルの方向性について「信じて任せる」という方針でした。
担当チームとハヤシさんは議論のすえ、「商品知識のある従業員を前面に出す」、「客観的な意見を言うポジションとしてキャラクターをたてる」といったリニューアルの方向性を固めていきます。参考にしたのは、TBS系のトーク番組「マツコの知らない世界」でした。
2020年6月末に、リニューアル第一弾として「キレイの概念が変わる!キムワイプの世界」と題した動画を公開。実験器具のふき取りなどに使われるキムワイプを「超性能ティッシュ」として紹介するものでしたが、キムワイプは当時、有隣堂では販売していない商品でした。
自社で取り扱っていない商品にもかかわらず、従業員が熱量をもって紹介をする動画は、大きな反響を呼びます。自由なかけあいのなかに従業員の「商品愛」がにじむ動画のスタイルが当たり、ファン拡大につながっていきました。
もし途中で松信さんが口を出すか、もしくはプロジェクトを終了させていれば、現在の状況はありませんでした。ではなぜ松信さんは、徹底的に「任せる」スタンスを貫けるのでしょうか。
「それは、みんなが私より優秀だからです。優秀な人たちがモチベーションを高く持って作るから、いいものができるのです」
実際、様々な分野への豊富な知識と愛情を持つ個性的な従業員の存在が、有隣堂の公式YouTubeチャンネルの大きな魅力を生み出しています。
従業員を信じて任せるスタンスですが、何をやってもいいわけではありません。松信さんは、公式YouTubeに関して4原則を守るように従業員に通達を出したといいます。
この4原則以外は、会社としてのタブーはないと伝え見守るスタンスに徹しているのです。今後の公式YouTubeの方向性に関しても「私が言うのは適切ではない。今後についてはみんなで考えてくれればいい」と、あくまでも4つの原則を守っているならば、現場の人たちの自由な発想を優先していくスタイルを貫いています。
「経営者だけでは、何もできないんですよね。人にやってもらい、その集合体によって商売が成り立っています」
そのために1番大切なことは「人を見ていくこと」と松信さんは語ります。
「一人ひとりが成長する環境を提供するのが、経営者の役割です。そのため可能な限り、人をしっかりと見るようにしています」
人を見るために実践してきた方法は、いくつかあります。その一つが、従業員が1年に1回提出する状況申告書です。これまでも経営陣がひととおりチェックしていたものの、隅々までしっかり見られていない状況でした。そこで松信さんは「1枚1枚の申告書を、丁寧に見ていく」という当たり前のことを、しっかりおこなうようにしました。経営者側の意識を変えることで、やり方は従来と同じでも一人ひとりと向き合える状況を築いたのです。
また、以前から部長・店長会や従業員面談を実施したときは必ずアンケートを取って、一方通行にならないようにフィードバックをもらい、それに対してのバックも実施してきました。
「もともと有隣堂は、やりたいことをやれる風土のある会社でした。私はそれを潰さないように心掛けています。また入社式など様々な機会で『会社のために働くのではなく、自分のやりたいことを見つけて、そのために会社を利用する。会社に利用価値がなくなったら、次の会社を探したほうが幸せですよ』と伝えています」
意欲や目的意識のある人材の起用と共に、双方向のコミュニケーションを重視し、さまざまな場面で、従業員を「しっかりと見ていく」。そうすることで適材適所の人材起用が可能となり、その道のプロが育ちやすい循環が生まれているようです。
2020年9月1日松信さんは、前社長より任命され代表取締役社長に就任しました。社長就任の打診は、同年1月頃にありました。これまでも「自分の会社」として当事者意識を持って取り組んでいたため社長就任後も、メンタル面では大きな変化はなかったといいます。
「社長であろうがなかろうが、やることは変わりません。常務、専務、社長といった役職は、私にとってはあまり重要ではありませんでした。これまで通り従業員の長所を探り、従業員やお客様が幸せになれる環境作りをしていくことが大切だと感じています」
有隣堂の売上高のうち、書籍・雑誌が占める割合は徐々に減ってきており、現在の割合は4割程度です。この割合については、書籍自体を作るのは書店ではなく出版社ということもあり、「(書店の売上の)コントロールは難しい」と松信社長。現実的には今後、書店の売上比率が下がり、オフィス機器販売などBtoB領域の売上比率が伸びていくとみています。
しかし松信さんは、「書店事業は長年苦しんでいるが、原則としては他の事業に支えてもらうのではなく、単独で利益を出さないといけない」と強調します。
「その利益を出すためには本の販売だけでは難しいので、ほかの『モノ・コト・トキ』を一緒に提供したりと、試行錯誤をしているのです」
あわせて、従業員に向けて言い続けているのが、差別化のため「STAY UNIQUE(唯一無二の存在)であれ」という言葉です。
「差別化が蓄積していくと、必ずそこが目的地になります。お客様に有隣堂の事業やビジネスを目的地として選んでいただけるように、普段の会話から常に伝えています。今後も単に『モノ』を売るだけではなく、常にお客様の背後にあるニーズや夢、希望を想像しそれにお応えできるよう、事業を進めていきたいと考えています」
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