目次

  1. 焼酎卸売業から製造業へ 鹿児島の伝統酒を復活させた初代
  2. 「必要とされるのならやってみよう」34歳で入社
  3. 全国へ営業 「おたくの焼酎が欲しい」の声も
  4. 「何にでも合う」より銘柄のキャラクターを重視
  5. 「おいしいか、おいしくないか。それがすべて」
  6. コロナ禍の家飲み用で成長 ブランドで選ばれる酒を目指す
  7. 厳しい焼酎市場でも「球を投げ続けたい」

 東酒造(ひがししゅぞう)は、鹿児島市にある従業員20人の酒造会社です。創業者の東喜内(ひがし・きない)さんが焼酎の卸売業として1915(大正4)年に創業し、1949年から焼酎製造業に転換。以来、焼酎やリキュール、灰持酒(あくもちざけ)の製造販売を続けています。

 灰持酒とは、日本酒と同じ製造法で米と米麹からつくられる日本古来の醸造酒です。火入れ(加熱処理)をしない代わりに、灰汁(木灰を熱湯に溶かし、木灰が沈澱した後の上澄み液)をもろみに加えることで酒の保存性を高めています。

 灰持酒は料理酒とみりんの特性を合わせ持つ酒です。鹿児島の郷土料理として知られる「さつまあげ」や「酒ずし」の材料として、また正月に飲むお屠蘇として欠かせないものでしたが、戦時中に製造が途絶えていました。

焼酎の卸売業として創業した当時の東酒造(同社提供)

 そんな灰持酒を初代が復活させたのは1955年。「高砂」(現在の「高砂の峰」)の名で販売を開始しました。

 東酒造の「高砂の峰」は、米由来の天然のアミノ酸が豊富で、さらに加熱処理をしない生酒(なまざけ)のため、酵素が活きた状態で入っている料理酒です。そのため、魚や肉にふりかけるとタンパク質をアミノ酸に分解して食材のうま味を引き出し、臭みを軽減する効果があります。

 1994年に初代が102歳で亡くなると、その長男の妻・匡子(まさこ)さんが2代目社長に就任しました。2001年には、「高砂の峰」の約1.5倍のアミノ酸含有量がある「黒酒(くろざけ)」を開発。食材のうま味を引き出し、臭みを軽減する機能性が評価され、地元だけでなく全国の食品会社や飲食店でも使われるようになりました。

(続きは会員登録で読めます)

ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。