目次

  1. 「ベンチャー型事業承継=同族経営礼賛ではない」
  2. アトツギから社長の父へ覚悟の手紙
  3. 「だんだん経営者になっていけばいい」

 ベンチャー型事業承継とは、ファミリービジネスの後継者が世代交代をきっかけに先代から受け継いだ有形・無形の経営資源をベースにしながら、新規事業、業態転換、新市場参入など新たな領域に挑戦することです。

 ベンチャー型事業承継という言葉を生み出したのが山野さんです。全国に普及させようと、2018年に同名の一般社団法人「ベンチャー型事業承継」を設立。メンターを務める100人あまりの経営者たちとともに、これから後を継ごうとしている若者たちを支援しています。

 山野さんは「私たちの活動は決して同族経営を礼賛するものではありません。実現したい未来と目の前の現実に葛藤しながら、ときに孤軍奮闘し、それでも新しい領域へ挑戦しようとするアトツギを応援しているんです」と話します。

 そんな活動のなかで、後を継ごうかどうか迷っている、または家業に入ったが経営者になるために何をすればよいかわからないと悩んでいるアトツギに対し、先輩経営者たちから「家業に入る前後に経験しておきたかった」300のエピソードを集め、55個の提言へとまとめました。

 山野さんが本をまとめるにあたり、どうしても入れたかった項目の一つが、家業の「側島製罐」(愛知県大治町)に戻ってきた石川貴也さん(2023年4月、代表取締役に就任)が、当時代表を務めていた父親と交わした”念書(のようなもの)”です。

「側島製罐」(愛知県大治町)に戻ってきた石川貴也さん(2023年4月、代表取締役に就任)が、当時代表を務めていた父親と交わした「念書のようなもの」(側島製罐提供)

 石川さんのnoteによれば、事業承継に向けて父に向けて「多様性や新たな価値観を認めること」を求める一方で「飲酒に関する価値観の強要及び酔った際の不用意な発言」や「他人の仕事やキャリアを否定すること」をしないよう申し入れています。

 今の時代に大切なことを言語化し、親世代との感覚のギャップを埋めるうえで大事だったのではないか、と受け止めた山野さん。

 「事業承継は、経営権を譲ってあげるものではありません。先代とアトツギは上司と部下でもなく、同等な立場なのです。そのことをしっかり言語化しているところが素敵だし、石川さんの覚悟が伝わる内容でした」

 事業承継をするうえで、先代である親との関係に悩んでいるアトツギの背中を押したい気持ちも込めて、本に”念書”を掲載することにしました。

 「55の提言、と聞くとテクニック論のように聞こえるかもしれません、でもこの本で伝えたいことはマインドセットなんです」と山野さん。

 本のなかで、詳しい事業承継プロセスを紹介しているのが鹿児島県の総合商社「小平(こびら)」4代目社長の小平勘太さんです。

小平株式会社4代目社長の小平勘太(こびら・かんた)さん(写真は小平提供)

 事業承継後もエネルギッシュだった先代が会長として会社に残っていたため、小平さんは社長に就任しても経営に向き合えずに10年が過ぎてしまいます。

 しかし、コロナ禍の危機をきっかけに「先代が決めたことだから変えてはいけない」という無意識下の”縛り”を破り、組織の変革に向けて動き出します。

 小平さんの事例を本で紹介した山野さんが伝えたかったことは「焦らなくていい」ということ。前職でスタートアップを経営していた小平さんでさえ、”縛り”から解き放たれて「真の事業承継」ができるまで10年かかりました。

 「アトツギは家業に入ると、すぐに改革しなければ、変えなければという気持ちを持つかもしれません、でも焦らなくて大丈夫。いま活躍している経営者たちも悩みながら前に進んできたんです。自分で気づいていないだけでアトツギにはポテンシャルがあるはず。だんだん経営者になっていけばいいんです」