山の上ホテル、2024年2月から休業へ 川端康成・三島由紀夫らの定宿
川端康成、三島由紀夫、池波正太郎らの定宿として愛されてきた「山の上ホテル」(HILLTOP HOTEL:東京都千代田区神田駿河台)が2024年2月13日から全館休業することを公式サイトで明らかにしました。理由は「竣工から86年を迎える建物の老朽化への対応を検討するため」で、休館期間は未定です。
川端康成、三島由紀夫、池波正太郎らの定宿として愛されてきた「山の上ホテル」(HILLTOP HOTEL:東京都千代田区神田駿河台)が2024年2月13日から全館休業することを公式サイトで明らかにしました。理由は「竣工から86年を迎える建物の老朽化への対応を検討するため」で、休館期間は未定です。
山の上ホテルは、JR御茶ノ水駅から徒歩5分。英名“HILLTOP HOTEL”の通り、神田駿河台の高台に位置しています。周りに高層ビルが立ち並んでおり、今では眺望を楽しむことは難しくなっていますが、それでもアールデコ様式の建物は多くの利用客から人気を集めていました。35室の客室のどれ一つも同じレイアウトがありません。
ロビーには池波正太郎が描いた絵が飾られています。また、三島由紀夫が書いたレターセットに書かれたメッセージもホテルに残されています。
「東京の真中にかういう静かな宿があるとは思わなかった。
山の上ホテル公式サイト
設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人っぽい処が実にいい。
ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」
山の上ホテルの公式サイトによると、日本で多くの西洋風の建物を手がけた建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計だといいます。
日本初の美術館である東京都美術館を寄付したことで知られる九州の石炭商佐藤慶太郎氏が設立し、西洋の生活様式、マナーなどを啓蒙する施設として利用されていました。
しかし、太平洋戦争中には帝国海軍に徴用、日本の敗戦後には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収されてからは陸軍婦人部隊の宿舎として使われていました。今でも一部の部屋のドアノブが高いのは、このころの名残だと言われています。
1954年(昭和29年)1月20日、ホテルとして営業を始めました。
出版社が集まる神保町に近いため、作家が「カンヅメ」で執筆するときに使われており、締め切り前には、ホテルロビーに原稿を待つ編集者であふれかえったというエピソードも残っています。
芥川賞を受賞した作家たちが受賞後第一作を執筆するなど「文化人のホテル」としても知られます。
そんな歴史のある山の上ホテルは2023年10月23日、公式サイトを更新しました。「竣工から86年を迎える建物の老朽化への対応を検討するため、2024年2月13日より当面の間、休館する事となりました」と伝えています。休館期間は未定としています。
ただし、直営店である「てんぷら山の上Ginza」「てんぷら山の上Roppongi」「てんぷら山の上日本橋三越本店内」「レストランヒルトップ順天堂医院内」は、引き続き営業すると説明しています。
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