様々な電子機器で、電力や信号を送るのに欠かせない端子。1953年創業の杉並電機では、はんだを使わずシンプルな方法で電子基板に接続できる「プレスフィット端子」をはじめとして、さまざまな端子を製造しています。2023年11月時点の社員数は32人(うち6人が嘱託)、年商は約5億円です。
「うちはプレスフィットの端子製造に注力してきました。はんだ等で接合する端子に比べて、金型製造の工程が多く手間がかかる上に、サブミクロン単位で調整する技術が求められるため、対応できる会社は日本国内でも限られています。ここにはうちの強みとする『コイニング加工』という、きわめて高い精度で金属を曲げ、溝を作る技術が生きています。コイニング加工を用いた端子は、スーパーコンピューター『京』に採用されました」
自社が高い技術力を誇る一方で、福田さんには「生産性」に対する危機感がありました。特に2008年のリーマン・ショック後は、競争環境が厳しくなり、そうした思いが強くなっていったといいます。
「日本の製造業が低コストのために海外移転したり、中国など海外メーカーの品質が大きく向上したりするなかで、あらゆるコストが高い東京で、ものづくりを続けるのには限界がありました。いくら技術力があっても、『少人数で効率的に機械を動かし、大量生産を実現するか』も追求しないと、いずれ立ち行かなくなると感じていました」
製造現場が抱える「モヤモヤ」
「仕事がスムーズに流れていないと感じました。うちはまず、取引先から端子の図面を受け取ると、『技術部』が図面に基づいてプレス金型を設計し、『製造部』や『品質管理部』と一緒に試作を重ねながら金型を修正し、約1カ月で量産開始につなげていきます。量産開始後は、製造部が端子の素材となる金属のロールを機械にセットし、プレス金型を通していくことで製品が作られます。多品種少量生産なので、ロールや金型を取り換える『段取り替え』をいかにタイムリーに行うかが合理化のカギのひとつなのですが、まだまだ改善の余地があると感じました」
機械は24時間稼働するものもあります。社員の退社後、夜間に稼働を続ける機械が不具合で止まってもそれがわかるのは翌朝の出社後で、翌朝以降の生産計画に影響していました。また、日中の機械の稼働や、不具合が生じた金型の修理も、実際に現場の担当者のところへ行かないと進捗がわからない状態でした。特に製造部の仕事が他部署から見えにくく、全体最適が難しくなっていました。
「社員同士が、『あの人が担当する作業はいつ終わるのだろう』、『金型の修理にこんなに時間がかかるとわかっていたら、その間に他の注文を受けられたのに』と、他の人の仕事の進捗がわからないために、モヤモヤを抱えながら仕事をしていました。そこで全社員の仕事に影響する、製造現場の進捗を可視化しようと決めました」
進捗を3種のボタンで共有
初めに福田さんが取り組んだのは、ベンダーから紹介されたデータ集約ツール「MotionBoard」の導入でした。2019年のことです。
「まずは、機械が動いているかどうかを可視化しようとしました。具体的には各作業者に『開始』『完了』『加工依頼』といった状況を知らせてもらうことで、あらかじめインプットしておいた生産計画に対する進捗がわかる仕組みです」
導入にあたっては、多忙な作業者の負担を極力増やさないようにしました。製造部の進捗を把握できるのは部品を検査する担当者のため、その担当者の横にタブレットを置き、進捗状況に応じて3種類のボタンを押してもらうだけのアクションとしました。
「同時に、進捗の一覧表示のボードを製造現場のスクリーンに投影し、『皆が見ている』という状況を作りました。製造の進捗が見えるので、計画に対して遅れなどの変化が出れば管理者がフォローに入ったり、遅れが長引きそうなら出荷担当者に連絡したり修理の段取りをつけたりと、対応が素早くとれるようになったのです」
導入前には、製造部の遅れを他部署がすぐに把握できず、翌朝に対応するケースも少なくありませんでしたが、可視化によって他部署が早めのフォローに入り、前倒しで仕事が完了できるように。全体最適が進み、残業時間が月250時間削減されました。福田さんはそれよりも、「社員同士のモヤモヤが晴れたことで職場の雰囲気が明るくなり、コミュニケーションが活発になったことの方が大きい」と話します。
「可視化されたことで、仕事をフォローし合う雰囲気が醸成されました。一方で私は、可視化による業務改善を、もっと手軽にできる方法はないかと考え始めました」
効果を実感した福田さんは、より一層可視化を進めようと、自前でのIoT化に取り組み始めました。
市販のセンサーでモニタリングを進化
福田さんが着目したのは、市販のセンサーを用いたモニタリングでした。作業者が手動で進捗を入力しなくても、センサーによって自動で機械の稼働状況を可視化できる環境を目指したのです。
「YouTubeを見ていると、市販のツールの活用事例が無料で数多く公開されていました。そこで見た、M5StickCというマイコンボードが使えるのではと考えました」
M5StickCは加速度センサーなどを内蔵した、消しゴムほどの大きさの端末。用途に合わせてプログラミングをすることで、「傾きを検知したら信号を送る」といった運用ができます。数千円と安価で、スイッチやセンサーなどのモジュールをつなげて機能の拡張が可能。イグ・ノーベル賞を受賞した明治大学・宮下芳明教授らの研究でも「ニンニクの香りを発生させるデバイス」に用いられました。
「うちでは機械が停止する際の信号を検知するようにプログラミングして、機械のパネルに取り付けました。機械が止まるとセンサーが信号を検知し、『稼働ストップ』の情報が停止の原因とともにボードに表示され、slackでも全社員に通知される流れです。プログラミングといっても、専門的な言語を習得する必要はなく、パズルのように感覚的に使えるものもあります。表示するボードもオープンソースの『Node RED』を使うことで、表現の幅が広がりました」
ほかにも、コンプレッサーの配管にセンサーを取り付けて稼働状況やトラブルを把握できるようにしたり、プレス機の1分間ごとの生産状況をグラフ化して進捗を記録したりできるように。多額の設備投資をせず、自動的に作業を可視化する環境を整えました。
モニタリングで電気代を月4万円削減
福田さんは、すぐできるモニタリングのおすすめとして、電気の使用状況を監視する「使用電力量の可視化」を挙げます。
「(電気の使用状況を監視するデマンド監視装置に)センサーを取り付けて、時間ごとの電力使用量をグラフで可視化したところ、夜間に想定外の電力消費がありました。調べていくと、設備の待機電力が主な原因でした。夜間に無人で稼働する設備が加工を完了すると、そのまま待機モードになっていたのです。そこで電源を切るタイマーを取り付けたり、コンプレッサーの電源をこまめに切ったりする対策を講じたところ、月4万円の電気代を削減できました。センサーの材料費は2千円ほどです(2022年6月当時)。特に夜間の消費電力チェックはおすすめですね」
モニタリング活動は、大学生のインターンも巻き込んで行われました。
「『プログラミングが好きではない』という理系の学生でしたが、アイデアを次々と形にしてくれました。機械の空気圧チェックや、生産進捗のカウンター、人感センサーで来客や社長の離席を知らせるものなど、どれも数千円の材料費でできるものです。人感センサーはお年寄りの安否確認や、防犯対策にも使えると思います」
福田さんは、これらのノウハウを積極的に開示しています。
「羽村市の異業種交流会『はむらイブニングサロン』などで紹介しています。自社で抱え込むような技術でもないので、どんどん使ってほしいですね。可能な限り、設置や研修の相談にものっています」
エラーでもかまわない、まずはやってみる
高い技術力と、作業の可視化による生産性向上を両立させた杉並電機。次の課題は、「製造技術の伝承」だと言います。
「製品の製造、金型の設計・製造・改修と、どれも職人技術と専門知識を要する仕事です。特に、製品の質に直結する金型の修理は、加工方法の見きわめや細かな補修など、熟練の技が求められます。若手には熟練技術者の作業を動画で見てもらっていますが、動画で伝わるのは工程全体の流れ程度。その先の、作業のコツの習得に、モニタリングのデータが役立つのではと考えています」
具体的には、「熟練作業者がどの工程に時間をかけているかをモニタリングして、チェックポイントを可視化していきたい」と福田さん。まだ構想段階ではあるものの、まずはやってみることが大切と話します。
「高額な設備投資をするわけではないので、多少エラーが出てもかまいませんし、エラーから学ぶことも多々あります。電子工作の“部活”のような感じで取り組んでいきたいですね。仕事の生産性を上げることでトライする時間を増やし、未来につながるものづくりを、楽しく続けていければと思います」
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