阿部仏壇製作所は1949年に創業しました。一般的に仏壇といえば、一面が金箔(きんぱく)の荘厳な金仏壇をイメージしますが、同社の仏壇のほとんどが、無垢材使用のインテリアになじむナチュラルなデザインです。木材加工技術を生かし、積み木や箸置きなどの雑貨、オーダーメイドのテーブルなどにも幅を広げています。
吉田さんは家業を継ぐつもりはなく、地元のデザイン事務所で働いていました。しかし、病気を患った父・孝(たかし)さんが「この会社を残したい」と病床で話したことで、下り坂だった家業を担う決意を固めました。
「頑固な性格の父が本音を語ったことに驚きました。職人の仕事だった仏壇の製造工程が中国や東南アジアに移った影響で売り上げが減少してもなお、父は『作ることを極める仕事』が、再び日の目をみるはずと信じていました」
父が引退して他界した2007年、兄の一彦さんが代表を務め、吉田さんも家業を手伝うことに。それでも仏壇の売れ行きは悪く、数千万円の借金を抱え運転資金が枯渇寸前になりました。
仏壇業界は斜陽の一途。吉田さんは仏壇以外にも目を向け、11年に木製雑貨ブランド「KOUGI(こうぎ)」を立ち上げます。「仏壇の木製屋根を作る技術で新製品を生み出し、間口を広げられるのではと考えました。ブランド名は父の法名の『孝義』から取りました」
「毎日使いたくなるロングライフデザイン」をテーマに、KOUGIはコースターや箸置き、ティッシュケースなど十数種類の木工雑貨をそろえました。しかし、思うように売り上げは伸びず、気持ちは焦る一方。イベント出展や委託販売など、地道な活動を続けました。
先が見えないなか、吉田さんは13年、滋賀県在住だった妻の香那子さんと出会います。香那子さんは海や山が好きでたびたび新潟を訪れ、県内のクラフトフェアでKOUGIの商品を手に取り、吉田さんと意気投合。結婚して移住することになりました。
新潟で広告制作会社の営業に転じた香那子さんは、全国ナンバー2の成績をあげたといいます。そんな妻を見て、吉田さんは「3年だけ家業を手伝ってほしい」とお願いします。
香那子さんは「仏壇については無知で、自分に何ができるか分かりませんでした」と振り返ります。
まず木育インストラクターの資格を取得し、木に触れる機会をつくるため、木工品づくりのワークショップを開催しました。しかし「気合を入れて準備したのに、初開催は参加者ゼロだったんですよ」と苦笑いします。
商品やサービスは、広く認知されないと売れない――。改めて発信の重要性を痛感し、インスタグラムでの広報活動、KOUGI商品のネット販売に力を入れ始めます。
経費削減で改善を積み重ねる
吉田さんは15年、兄・一彦さんから代表を引き継ぎました。一彦さんは職人仕事に専念する方が合っていたからです。ここから、阿部仏壇製作所の大改革が始まります。
まず取り組んだのは経費削減です。営業事務の経験がある香那子さんは、会社の無駄を見つけては改善策を提案しました。
例えば、取引先との交渉で支払いサイトを先払いから後払いに変更してもらうことで、入金と出金のタイミングを明確にしてキャッシュ不足を解消しました。
社員の給料カット、付き合いで始めた効果がない広告の取りやめ、在庫がかさんだ数珠ブレスレットの破格販売なども進めます。手書きだった伝票やタイムカードも、データで管理して効率化を図りました。敷地内の駐車場や工場の一部を貸して収入増も図るなど、小さな改善を積み重ねました。
少しずつお金が回り始め、税金の支払いも滞らなくなったことで補助金の申請もできるように。吉田さんは「私が代表に就任した1年目に黒字になりました。工場に住み込んで働きまくる貧乏生活に、ようやく光が見えた気がしました」と振り返ります。
「おなまえ積み木」がヒットした理由
吉田さん夫婦が経営を担ってから数年後、さらなる転機が訪れます。KOUGIの「おなまえ積み木」が大ヒットしたのです。
「おなまえ積み木」は、好きなアルファベットを選べるセミオーダーの積み木です。国産ヒノキを使用した手触りがなめらかな積み木は、なめても安心な亜麻仁油を使用。幅広い年齢層の子どもが楽しめます。
この積み木は、ローマ字で赤ちゃんの名前を指定できるため、出産祝い商品としての需要がありました。吉田さんの知人のリクエストで生まれ、これまでも細々と販売していましたが、売れ行きはさほど良くありませんでした。
躍進のきっかけは、GMOペパボ運営のハンドメイドサイト「minne」に商品を登録したことでした。
「最初は全然売れませんでしたが、『出産祝い』『内祝い』のキーワードを意識してタイトルや説明文を変えたところ、サイト内の検索順位がぐっと上昇したんです。みるみるアクセスが増えて注文が入りました」(香那子さん)
反響を受けて理由を分析すると、当時、出産祝い用の名前入り積み木の競合が見当たらないことが分かりました。その後、他社も類似商品を販売しますが脅威にはなりませんでした。
吉田さんは、世にない商品を最初に出すことの強みを感じたそうです。
「売れた商品を分析することで、どこに需要があるか探れます。私たちの場合、キーワードは『出産祝い』でした。ようやくターゲット層が明確になり、方向性が見えてきました」
「おなまえ積み木」は年間4千セットを売り上げ、KOUGIを代表する商品に。口コミやリピーターなど小さなコミュニティー内で広がっていることから、大きな広告は出さず全国放送の取材も断るなど、ブランドイメージを大切にしています。
積み木と仏壇の相乗効果
「おなまえ積み木」のヒットはさらなる相乗効果を生みます。子育て世代の顧客が増えたことで、30~40代が仏壇を購入するようになったのです。
一般的に仏壇を買う年齢は50代以降が多い傾向にあります。多くは親が亡くなって必要に迫られて購入し、生前から仏壇を検討する人は少数派です。
「おなまえ積み木」は仏壇屋が作る雑貨で、若い顧客がほとんどです。豪華絢爛な金仏壇とは異なる、インテリアになじむナチュラルな木の仏壇が受け入れられているのかもしれません。
「おなまえ積み木を購入したお客さまからは、『シンプルな仏壇の存在を初めて知った』と言ってもらえることも多いです。高齢となった親御さんと一緒に来店してくださるケースが増えています」
現代のライフスタイルに合う仏壇として開発した、手元供養台「nenrin®(ねんりん)」も注目されています。無垢材(ウォルナット・チェリー・メープルの3種)の台木の上に、遺影を飾るガラス板が付いており、ナチュラルな雰囲気でインテリアの邪魔をしないのが特徴です。
月5回ほど、香那子さんが行う木育ワークショップも、仏壇への認知を広げる機会となっています。国産の木を使ってカスタネットやティッシュケースを作ったり、木のおもちゃと触れ合ったりするなかで、「木の良さ」を伝えています。香那子さんは「木育活動を通して、仏壇がやさしいイメージになっているのでは」と話します。
木製雑貨のショップもオープン
21年には事務所内にKOUGIの雑貨の販売スペースをオープン。23年3月には「子連れで来店できるお店 」をコンセプトにリニューアルしました。仏壇屋のイメージとはかけ離れた木のぬくもりあふれる店内には、ベビーやキッズ向けの木工雑貨が並びます。
店内には授乳室やオムツ交換台も完備。国産杉で作られたキッズスペース「木育広場」は、子どもたちが靴を脱いで自由に遊べる場となっています。
雑貨の購入だけでなく、木育ワークショップや外部カメラマンのフォトイベント、外部講師によるリトミック体験会など、親子で楽しめるイベントも多数用意しました。
吉田さんは「リニューアルの目的は、地元のお客様との距離を近づけたかったことです。地域に開かれた場を作ることで、製品のブランディングにもつながっていると実感しています」と話します。
ショップの奥には、木製仏壇や手元供養を展示し、仏壇や仏具のことを気軽に相談できます。
「昔から、カフェのような仏壇屋を作りたいと思っていました。なぜなら、高齢者のニーズに合わない高価な仏壇を販売する業者が少なくないという現実に嫌気が差していたからです。お客様に誠実に寄り添う姿勢で、仏壇をカジュアルに知る機会を大切にしたいと考えています」
ゆりかごから墓場まで寄り添う
阿部仏壇製作所は、倒産寸前状態からV字回復し、売り上げは当時の2倍以上を記録し、従業員も年々増え続けています。吉田さんはこう振り返ります。
「大きなマイナスから始まった経営ですが、あきらめようと思ったことは一度もありません。常に種まきやリサーチは怠りませんでした」
「大きな転機は、妻との出会いです。妻は圧倒的な行動力を持ち、私はニーズに応える商品を作ることができます。お互いに異なる種類の分析をすることでヒット商品が生まれ、相乗効果で仏壇の需要も掘り起こせました。2人でかじ取りをしたから、うまくいったと思います」
3人目の役員である兄・一彦さんの存在も欠かせません。一彦さんは主に仏壇の漆塗りや金箔張りを担当し、木製品の加工も幅広くこなす職人で、「夫婦の間に立ってくれる緩衝材のような存在です」と吉田さん夫妻は口をそろえます。
同社が伝統的な仏壇作りに固執せず、柔軟に変化して成長できたのは、一彦さんはじめ職人の理解があったおかげだといいます。
今後について、吉田さんは「無理に会社の規模を広げるつもりはありません。事業の幅は『ゆりかごから墓場まで』と広いので、これからも正しいと思うことを続けるだけです」と話します。香那子さんは「オンラインの木育ワークショップを始めたい。まだやるべきことはたくさんあります」と話します。
異なる個性を持つ夫婦が、ともに経営を引っ張り化学反応を起こしました。その軌跡は、斜陽とされる仏壇業界の希望となりそうです。