目次

  1. デファクトスタンダードとは
  2. デファクトスタンダードの対義語「デジュールスタンダード」
  3. デファクトスタンダードの具体事例
    1. LINE、X(Twitter)、Facebook、Instagram
    2. ZoomやTeams
    3. Intel(インテル)
  4. デファクトスタンダードが形成される要因
    1. 消費者もしくは製品製造者による選択 
    2. 幅広く、数多く使用される状況
    3. 高いネットワーク外部性
  5. デファクトスタンダードが企業に与えるメリット
    1. 必ず顧客に選ばれることから安定的に利益が得られる 
    2. コストを削減できる
  6. デファクトスタンダードが企業に与えるデメリット
    1. 独占禁止法に抵触するリスクがある
    2. 消費者のメリットにつながらない可能性がある
  7. デファクトスタンダードは重要な経営資源

 デファクトスタンダード(De Facto Standard)とは、市場競争の結果、製品の供給者やエンドユーザーによって認められた「事実上の」業界標準を指します。SNSであればLINE、WEB会議用のサービスであればTeamsがデファクトスタンダードの一例です。デファクトスタンダードを形成することで、企業は安定的な利益の創出やコスト削減などのメリットを得られます。

 ラテン語のDe Facto(事実にもとづいた)が、英語のStandard(標準)を修飾する形で成立したのがデファクトスタンダードです。後述する「デジュールスタンダード」とは異なり、ルールや規制によって決められたものではありません。

 デジュールスタンダード(De Jure Standard)とは、公的機関や標準化組織によって組織的に決められた標準のことです。身近な例としては、国際規格であるISOや日本の産業規格であるJISなどが挙げられます。公式に認められた標準であるため、ISOの認定を受けることやJISのロゴを付けることでユーザーに信頼感を与える効果があります。

 一方、デファクトスタンダードは、誰かが決めた標準ではなく、市場競争の結果、形成されるものです。誰もが認めるほど広く認知されたことを示す標準であるといえます。

 公式に高い品質が認められたことにより信頼感が生まれるデジュールスタンダードに対して、設定されたルールや基準はないものの、極めて多くの人々に認知されることで信頼感が高まるのがデファクトスタンダードの特徴であるといえるでしょう。

 ここでは、具体的にどのようなものがデファクトスタンダードと言えるのか、私たちの身近な例を挙げて紹介します。例を参考にしながら、デファクトスタンダードのイメージを掴んでいきましょう。

 いわゆるSNSと呼ばれるLINE・ X(Twitter)・Facebook・Instagramは、それぞれニッチな分野で圧倒的なデファクトスタンダードを形成しており、ほかの類似サービスの追随を許さない状況を構築しているように思います。

 LINEは、知り合い同士の連絡手段として、極めて多くの人のスマートフォンにダウンロードされています。

  X(Twitter)は多くの人に向けて発信する機能において、デファクトスタンダードを形成していると言ってよいでしょう。

 イーロン・マスク氏がTwitter社の経営権を奪取した際、Facebookを運営するMeta社は、すかさずTwitterとほぼ同様のサービスであるThreadsを発表しています。

 当初は急激に登録者を伸ばしたように見えましたが、Twitterを利用していた人の多くは引き続き同サービス(X)を利用しており、ThreadはXの牙城を揺るがすことはできていないように感じます。まさにデファクトスタンダードとしての強さが明らかになった例といえるでしょう。

 本名での登録が原則で、写真と文章で友達の輪を広げていくFacebookは比較的年齢の高い層に受け、映える写真メインのInstagramは若い人を中心に利用されています。Meta社はFacebookとInstagramでニッチに使い勝手を分け、それぞれの分野においてほかには置き換えられないデファクトスタンダードを形成していると考えられます。

 TV会議は、足を運ばなくても距離を気にすることなく打ち合わせができることから、2000年代に多くの企業が導入した業務システムです。しかし、当時は送信側と受信側に同一のTV会議専用システムを配備しなければならず、多国間に事業所を持つ企業は相当な初期投資が必要だったうえ、個人の使用は困難でした。その後Skypeの出現で、個人でも無料でWEB会議ができるようになりましたが、あまり世間に広がってはいなかったように感じます。

 この状況を一変させたのが、新型コロナ感染症の蔓延です。在宅勤務が一般化したことで、WEB会議の必要性が高まりました。このときに急速に広がったサービスがZoomとTeamsです。Zoomは一定時間を超えて利用するには有料会員になる必要があるものの、ブレイクアウトルームなど意見を引き出しやすい機能と使いやすさに裏打ちされ、急速に利用者数が伸びました。一方、TeamsはMicrosoft Officeに標準装備されていたことから、社内の打合せには利用しやすいシステムでした。

 筆者はオンラインで研修やセミナーに登壇させていただく機会も非常に多いのですが、オンライン研修では圧倒的にZoomが利用されている印象があります。老舗のSkypeをあっという間に凌駕してデファクトスタンダードを形成した例であると言えるでしょう。

 少し古い例となってしまうのですが、以前はほぼすべてと言っていいほど多くのパソコンにIntel社のプロセッサーが組み込まれていました。Intelのシールが貼られたPCは今でもたくさんありますが、当時は今以上に圧倒的多数のPCに使用されていたと記憶しています。

 当時は、Intelを使用することが業界の標準でした。誰かが使用を強制したわけではなく、多くの異なるメーカーが自社製品の性能や品質を高めるためにはIntel製品が不可欠だと考えていたわけです。こうしてデファクトスタンダードが形成されていきました。

 ここでは、実際にどのような要因がデファクトスタンダード形成につながるのかについて解説します。以下の内容を参考に、自社製品の優位性向上を目指しましょう。

 大前提として、デファクトスタンダードとして認められるためには消費者や製品を製造するメーカーが、その品質や使い勝手を高く評価することが必要不可欠です。なぜなら、消費者が求めない商品が市場競争に勝つことはありえず、デファクトスタンダードの域にたどり着くことは不可能だからです。

 また製造メーカーからの評価が得られないと、製品に実装されるに至らず消費者に届けられません。たとえば、ある部品が、極めて性能は良いものの極端に高価であるためにメーカーが実装したくないと評価したとします。すると消費者にその部品を使用した製品は届かず、消費者からは評価すら得られないため、デファクトスタンダードにはなりえないのです。

 デファクトスタンダードの形成には、製品やサービスが幅広く、そして数多く使用される必要があります。一部のメーカーや消費者層だけが使っているだけでは、デファクトスタンダードは形成されません。LINEが誰のスマートフォンにもダウンロードされているように、普及率が高いことがデファクトスタンダードを生み出す要因となります。

  ネットワーク外部性とは、利用者が増えれば増えるほど、その商品から得られる便益が増加するという意味の経済用語です。

 例えば、電話は1台しかなければ機能しませんが、2台あれば相手と通話できます。多くの人が持つ状況が生まれれば、誰とでも話せるようになり、固定電話から携帯電話に移行した際には外出中の人も捕まえるようになり、便益はさらに増加しました。

 デファクトスタンダードの構築には、このネットワーク外部性が大きく関係していると考えられます。例えばLINEは、電話と同様にアプリを1人しかダウンロードしていない段階では誰にもメッセージを送れません。

 しかし、多数の人が登録するようになると会話が成立します。さらに多くの人が登録すれば、誰もがLINEを特定して望むようになり、その後利用者は雪だるま式に増えていくことになります。こうしてネットワーク外部性が一つの要因となり、デファクトスタンダードは形成されていきます。

 デファクトスタンダードはさまざまなメリットを企業にもたらします。ここでは、どのようなメリットがあるのかについて解説します。

 市場競争の結果、デファクトスタンダードとなった製品やサービスは、多くのユーザーに使用されることになります。どのPCにも組み込まれていたIntelはその好例です。自ら営業しなくても、メーカー側の希望で勝手に組み込んでもらえるため、特に働きかけをせずとも安定的な売り上げおよび利益が期待できます。

 また、あるデファクトスタンダードの製品に対して副次的に使用できる自社製品を作り出すことで、デファクトスタンダードに準じる利益の創出が可能です。

 ほかの企業としても、連携してデファクトスタンダードに乗っかることで、利益を継続的に得られる状況を生み出せる可能性があります。あるいは、まだデファクトスタンダードに至っていない段階で複数企業が連携することで、複数企業側の技術がデファクトスタンダードを形成することも考えられます。

 すでに事実上の標準となっている商品・サービスは広く認知されているため、あえてプロモーションに費用をかける必要がありません。また、多くの人が利用していることから、消費者動向の分析などでも費用をかけずに幅広いデータを入手しやすくなります。

 広告宣伝やデータ入手の分野で削減できたコストはデファクトスタンダードを維持するため、また、新たなデファクトスタンダードを手にするための開発費用に充当できるでしょう。

 デファクトスタンダードは必ずしもメリットばかりではなく、デメリットもあることを理解しておきましょう。デファクトスタンダードの具体的なデメリットを紹介します。

 多くの人に利用してもらえるデファクトスタンダードですが、それゆえに独占禁止法への抵触が懸念されます。例えば、デファクトスタンダードの例として先述したIntelは1998年に独占禁止法違反の疑いで米国連邦取引委員会にて審理を受けています(参照:米欧独占禁止法〈反トラスト法・EC〔EU〕競争法〉p.209|長縄友明)。

 Intel側としては自社が意図して標準化し、独占を図ったわけではないと考えていたのでしょう。

 しかし、当時米国連邦取引委員会が開いた記者会見で、記者から「Intel側に独占の意図はなかったのではないか」と質問された際、委員会代表者は会見に参加している記者たちに「皆さんお使いのPCでIntelが入っている人は手を挙げてみてください」と呼びかけたのです。ほとんどの記者の手が挙がったことを確認したうえで、委員会代表者は「独占とはそういうものです」と畳みかけました。

 このように、企業側が意図していなくても、独占禁止法に抵触してしまう恐れがあるわけです。

 デファクトスタンダードは市場競争の結果の標準化です。しかし、この競争の結果が必ずしも消費者のメリットにつながらないケースも見受けられます。

 例えば、スマートフォンとして世界で圧倒的なシェアを持つiPhoneですが、充電端子は独自のLightningという様式を採用していました。Lightningはほかの電子機器に使用するMicro USBなどの充電端子とは互換性がなく、消費者によっては複数の充電ケーブルを持ち運ばなければならない不便さがありました。

 このように、デファクトスタンダードの製品やサービスであっても、消費者に不便を強いる可能性があることを理解しておきましょう。

 もっとも、2023年9月発売のiPhone15ではUSB type Cが採用されています。

 事実上の業界標準という地位を手に入れることは独占とほぼ同様の強烈なマーケットリーダーシップを保有することになります。デファクトスタンダードを形成できれば、大きなマーケットシェアとシェアを背景とする多大な収益を獲得できる可能性があります。

 ところで、デファクトスタンダードを形成できるのはつねに業界大手というわけではありません。例に挙げたZoomは、2011年に創設された若い会社です。コロナ禍という世の中の大きな変化の波にうまく乗った結果、デファクトスタンダードの域に到達できたのだと考えられます。また、LINEなどのSNS分野を代表とする各サービスはスマートフォンの出現に、古くはIntelもPCの普及に乗り、デファクトスタンダードを形成しました。

 企業規模の大小ではなく、時流を見極められるセンスを持った企業や経営者にこそ、デファクトスタンダードのチャンスが宿ります。世の中の変化を敏感に察知し、デファクトスタンダードの形成を目指しましょう。