大手製薬会社が主要取引先という山仁薬品。シリカゲルを活用したタブレット状やシート状の乾燥剤「ドライヤーン」を扱っています。現在は主に医薬品向けの製品を取り扱っており、見えないところで私たちの暮らしをサポートしています。
仁宏さんは琴や三味線の先生もやっていました。家には仁宏さんの弟子が出入りしており、慕われている様子を幼い頃から見てきた関谷さん。強いリーダーシップを持ち、ユーモアもある父親を尊敬していました。
しかし関谷さんは、自分のやりたい方向に進むことを決意します。将来の具体的な夢はありませんでしたが、漠然と「父親みたいになりたい」「すごい人になりたい」という思いで、薬学部に進学しました。
そんな、ある日のことです。父親と家業の話になったときに、「この仕事(社長業)は、女には無理や。弟に継がせるつもりでいる」と言われてしまいます。
これまで「父親のようになりたい」と頑張っていた糸が切れた瞬間でした。後継者になりたいとは思っていなかったものの、やはり漠然と思い描いていた部分はあったようです。以前ほど勉強に身が入らなくなってしまいました。
大学卒業後は製薬会社に就職し、MRとして働きだします。実家のある兵庫県芦屋市から京都の会社まで通う日々。がむしゃらに働いた甲斐があり、営業成績が全国でも上位に入るなど、会社からも高い評価を得るようになります。
将来の出世コースにものっていたため「この仕事で一生頑張る」と心に決めていました。
「そんなときに父の病を告げられ……でものちに誤診だったとわかるのですが、後継ぎの話が浮上したのです」
継ぐ予定だった弟は健康面に不安を抱えていたこともあり、関谷さんに声がかかりました。
「私は『お父さんの会社はM&Aして、どこかに買収してもらったらいいやん』と、継ぐことも、会社に入社することもかたくなに拒みました」
しかし母親から「サラリーマンの代わりはなんぼでもいるやろけど、お父さんの代わりはあんたしかいない」と言われ、首を縦に振ったそうです。
関谷さんは、3年の猶予をもらい、製薬会社で他の部署を経験後、家業に入ることとなりました。
「辞めたくなかった会社を辞めて家業を継ぐ以上は、従業員に『続けたい!』と思ってもらえるような会社組織を作りたい、とビジョンが湧きました」と当時を語ります。
「営業ちゃうやん!」入社して感じた違和感
2009年8月、関谷さんは山仁薬品に入社。2010年1月に、代表取締役社長に就任します。
関谷さんは、製薬会社時代とは違う職場環境に戸惑いを覚えたといいます。MRのときは、積極的に得意先との関係作りをしていく必要がありました。しかし山仁薬品では、タブレットタイプのシリカゲル乾燥剤という日本で唯一の商品があったため、「お客様から問い合わせがあれば売ったらいい。自分から営業に行かなくていい」という方針で、クレームのある時だけ訪問をしていました。また、「クレームに対する対策はほどほどで良い。対策しすぎると過剰品質になる」「お客様の言いなりはあかん」と言われていたそうです。
「もう、わけがわかりませんでした。言い合いになることも、たくさんありました」
トイレの清掃もされておらず、男子トイレは床が真っ黒な状態です。さらに社員同士が挨拶をする習慣がないため、営業が外回りに出て社内にいないのかさえ、すぐにはわかりません。
「ある日、ファイルを見つけ見てみると、FAXの紙面が残されていました。営業部と製造部の社員同士が、何らかの理由で衝突したようで、1日に何度もFAXで言い合いをしていたのです。衝撃でした」
3SKで変えた社内の雰囲気
関谷さんは入社してすぐに、挨拶をしない社員たちの姿や、FAXで言いたいことを伝えるコミュニケーション方法、清潔感のないトイレなど、さまざまな課題を感じました。
一度に改革をしようとしても、うまくいきません。まずは自ら率先し挨拶を始めました。関谷さんの明るい挨拶は、会社の雰囲気を徐々に変えていき、みんなが挨拶してくれるようになったのです。
トイレ掃除も同様で、社長自ら男子トイレの清掃まで行いました。しかし挨拶の広がりとは違い、掃除の輪はいっこうに広がりません。そこで「3SK(整理、整頓、清掃、危機管理)」に関する外部研修を取り入れることにしました。研修内容には、会社貢献として掃除の項目が組み込まれています。外部研修を利用して、少しずつ掃除の文化を社内に広めていきました。
2013年くらいから3SKを取り入れ始め、掃除当番制を導入するようになりました。
「朝礼も以前は業務のことしか喋ったらあかんとか、結構堅苦しかったのが、家庭の話などもしだしたら、大人同士盛り上がって事務所自体が明るくなってきましたね。従来は年間30件ほどあったクレーム数が大幅に減り、2022年は12件ほどになっています」
社内でのチャットツール活用も進め、FAXも段階的に減らしていく方針だといいます。
先代とは違う「医薬品用乾燥剤」に舵
山仁薬品は創業時からシリカゲルの製造・販売を行っていますが、時代と共に経営方針は変わってきました。創業者の仁朗さんはシリカゲルの販売権を取得後、シリカゲルを使ったドライフラワーの製法の特許取得を行い事業を展開してきました。
父親の仁宏さんは、靴に入れる乾燥脱臭剤や、押し入れ用、着物用など、家庭用に製品を展開してきました。
3代目社長となった関谷さんは、入社前に医薬品会社にいた経験から、医薬品業界をメインターゲットとした顧客軸の展開をしていこうと舵を切ります。
先代が引いたレールがありながら、違う道を切り開いたのは未来を見据えてのことでした。
「昔はお菓子にもよく乾燥剤が使われていましたが、(包装技術の進歩などもあり) 今では乾燥剤が使われていないことがほとんどです。将来的に乾燥剤が無くなることを大前提に物事を考える必要性があると感じたのです」
そこで、BtoBの中でも安定した需要が見込めるであろう、医薬品用の乾燥剤に舵を切ったのです。
2011年から、会社の経営理念「医薬品の品質安定で、命と健康の安心をサポートいたします」を掲げ、理念経営をスタートさせました。理念を立てたことで、営業は医薬品会社に営業に行けばいいとわかり、過剰な指導をしなくても、営業は何をすべきかわかるようになりました。
これまで営業に行っても積極的な営業をする必要のなかった社員が、行ったこともない会社に行き、積極的に顧客のニーズを伺うタイプの営業に変更することに対して、最初は戸惑っていたようです。しかし関谷さんが、1on1で話を聞き不安を払拭。営業社員も、実際に営業に行くと製薬会社は大手企業が多いため「こんな小さな会社の製品でも大手企業に採用されるんだ」と自信がついていく様子が目に見えてわかったそうです。
その中で、先代から続いていた「クレーム対策をするのはお客様を甘えさせる」といった方針からも脱却。何かクレームが起きれば、真摯に対応する方針に切り替えました。そうやって一社一社丁寧に対応していったところ、
「医薬品業界にだけ向いてくれている専門の会社はあまりないので、ありがたい」
「クレームが起きたら、真摯に対応してくれるし、クレーム対策で設備投資もしてくれる」
「監査で注意が入ったことは、全部変えてくれてとても助かっている」
などの言葉をもらえるようになり、営業社員のモチベーションも上がっていきました。
地道に新規取引先の開拓をしていき、関谷さんの代から、妊娠検査薬やインフルエンザの判定キットなどにも使われる、シートタイプの乾燥剤なども取り扱い、製薬会社のニーズに合った品を揃えるようになっていきました。
こうして、事業環境が変化するなかでも売り上げを確保。20年以上、安定して6億円台の売上を出してきました。
理念が事業を大きく動かした同社。しかし10年が経過すると、思わぬ課題も見えてきました。理念を作ったことで、その理念が会社のブレーキになってしまったのです。
将来の売上減少を見据え、BtoCにも活路
「ビジョンはアクセルになりますが『この枠からはみ出たらあかん』というのが経営理念なので、理念はブレーキにもなります。今は理念がストッパーになっています」と語ります。
理念を明確にしたことで、逆にそれ以外の分野には営業に行かせにくくなってしまったのです。
そんなとき、関谷さんに新商品のアイデアが浮かびました。
関谷さんが会社に入社したころ、製造現場の研修を受けた際にもらった錠剤の乾燥剤を家に持ち帰ったことがありました。家にあった調味料が湿気で固まっていたので、試しに錠剤の乾燥剤を入れたところ、サラサラとなって最後まで使えるようになったそうです。
「感動したんですよ。絶対に、市場にも困っている人はいるから売りたいと思ったんです。でもそのときには医薬品専用乾燥剤にすると舵を切っていたので、提案しても『(手掛けるのは)医薬品と違いますか?』と却下。仕方なくやってみたいこととしてストックしておきました」
そして月日は経過し、新型コロナウイルス感染症の拡大により、キャンプ需要や家時間が増えたことで調味料市場が拡大しました。
「普段料理しない男性が、30種類ものスパイスカレーを作ったりして、スパイスを余らせるなど、需要はあると感じました」
コロナ禍でも、同社の利益は低迷していませんでしたが、社員一同、いつ低迷するかわからない不安を抱えていました。「今できることは、今のうちにやっておこう。たとえBtoBがダメになっても、BtoCがあれば生き残れる」と考え、調味料用の乾燥剤としてBtoC事業にも参入。調味料用の乾燥剤作りを目指しました。
その結果2023年1月に、自社ホームページをはじめAmazonや楽天などのECモールなどから、乾燥剤「カタマラーーン」が発売されるに至りました。コンパクトサイズのタブレットタイプのシリカゲルで、あらゆるタイプの調味料保存容器などにポンと入れるだけで、調味料を湿気から守れる商品です。
市場にある袋タイプの乾燥剤は小さなビンには入らないうえ、入ったとしてもビンの穴を塞いでしまい調味料が出にくくなるため、タブレットタイプで全てのビンの口径に合うサイズにしました。
「購入してくださった方は、調味料の乾燥剤として、1番効果があったと言ってくださる方もいます。産学連携の一環で、京都芸術大学とのコラボレーションもしていて、2024年あたりには、市場の隠れたニーズを具現化した製品ができそうです」
「70年間もシリカゲルを販売している企業として、固定観念が邪魔をして、すてきな発想が生まれない場合もあります。新しい協業者を入れることでアイデアの幅が広がると思い、大学にも協力してもらうことになりました」
常にお客様と共に、ニーズの解決に努めるためアンケートなども実施。「お客様の隠れたニーズがマーケティングの基本中の基本である」という考えを社員同士で共有して、今後の事業展開につなげているそうです。
コロナ禍の非常事態時に生まれたBtoC事業は、理念とは違う事業領域ですが、関谷さんは「これまでの理念があったからこそ、高品質・安定供給を実現することができ、周辺事業の展開に繋げられるようになった」と語ります。しかし今後は、時代のニーズに合わせ、2025年の創立70周年を機に理念を見直す話も出ているといいます。
「ドライヤーン」を乾燥剤の代名詞に
「先代から譲り受けたものを当たり前に引き継いで、そのまま何もせずに会社がずっと存続し続けると思い込んでいては、会社の継続は難しいと思っています。やはり経営者も社員も危機感を持ったほうがいい。だからこそ、次期社長は一族以外の社員から出す。それも競争の元に出すことも視野に入れています。そうしたら、社員みんなが未来を見られると思うんです」
新事業への参入も考えています。社員の中には、子どもが病気になった際に自分も休まざるをえない社員も少なくありませんでした。
「会社で病児保育ができる仕組みを作りたいと、10年前から思っていました。チャンスとタイミングがきたらすぐに乗り出せるように、現在、保育士の試験にチャレンジ中です。もともとコーチングや脳科学に興味があり勉強していたので、そちらの知識も活かしていきたいと思っています」
会社の目標としては「ドライヤーンを乾燥剤の代名詞にしたい」と語っています。
「そのためにも先代と同じことをすればいいのではなく、顧客ニーズや市場を見ながら少しずつ変えていくことが必要と思いながらやっています」と言います。乾燥剤の代名詞として認知される日を目指す同社の今後の展開にも注目です。